進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
アトラス様が語る『デモンストレーション』の概要を聞き終えた俺達は、深く一礼した後、重厚なオーク材で作られた特別会議室の両開きの扉を背にして、静かにその場を後にした。
背後の部屋には、新エルディア帝国の首脳陣たるエルヴィン総司令や、あの氷のように冷徹なリヴァイ兵長、そして我らが三神教の崇拝の対象である、三柱の女神様方がいらっしゃる。
極限まで張り詰めていた空気が扉一枚で遮断され、ようやく呼吸の仕方を思い出したかのように、俺は密かに肺の底から息を吐き出した。
「はぁぁぁ……凄く緊張したよライナー」
足音を吸収する王城の高級なカーペットの上を歩きながら、隣を歩く長身の戦友、ベルトルトが深いため息をこぼした。
彼の顔には、尋常ではないプレッシャーから解放された安堵と、極度の疲労が色濃く滲んでいる。
「あぁ、凄く……良い匂いだった」
俺は思わず精悍な顔つきのまま、自身の鼻腔の奥に未だ微かにこびりついている、アトラス様から漂うあの甘く清らかな花の香りを思い出し、しみじみとズレた感想を零してしまった。
あの神聖な空間で、俺の脳髄を歓喜の熱で蒸発させた極上の残り香。
それを反芻する俺に対し、隣を歩いていたアニが、金髪の隙間から完全に死んだ魚のような、底冷えする絶対零度の眼差しを向けてきた。
「……キモ」
一切の容赦もない、短くも辛辣な暴言の刃が突き刺さる。
だが、今の俺にはそんな冷たい視線すらも、三神教の教えを胸に秘めた敬虔な信徒としての『試練』に過ぎなかった。
そんな、俺とアニの殺伐とした(俺が一方的に蔑まれているだけの)やり取りをしながら長い廊下を歩いていると、不意に角の向こう側から、何やら話し声が聞こえてきた。
「よぉ!アルミン!元気にしてたか?」
「ん、あぁ、すごく久しぶりだねエレン。噂には聞いてたけど、本当に姿が変わっちゃったんだね」
「おう、お陰で創作が捗って仕方ねぇぜ」
「はは、相変わらずだねエレンは」
鈴を転がした様な可憐で透き通るような美しい声と、幼い少年の知性を感じさせる声が、広い大理石の廊下に響き渡る。
俺とベルトルトは、その会話の中に混じった、ある『単語』にピクリと反応して足を止めた。
「……ライナー、"エレン"ってもしかして」
ベルトルトが、恐る恐る、信じられないものに思い当たってしまったというように俺の顔を見つめてくる。
だが、俺は即座に、かつ断固としてその推測を首を横に振って否定した。
「いや、流石にそれは無いだろ。あの方はきっと豊かな髭を蓄えた聡明な老画家だ。こんな貴族令嬢の様な声で、片田舎の少年みたいな乱暴な話し方をする人じゃない。絶対に」
俺の脳内にある『エレン・イェーガー先生』のイメージ。
それは、帝都の芸術界と宗教界の頂点へと上り詰め、三柱の女神たちが織りなす『究極の百合空間』を狂気にも近い情熱と神がかった筆致で描き出す、気高くも厳格な天才画家の姿だ。
あのような、己の欲望のすべてを芸術へと昇華させる深い業を背負った人物が、こんな高く可愛らしい声の持ち主であるはずがない。
「でも、さっき"創作"って──────」
ベルトルトが、なおも食い下がろうと言い終える前に。
件の声の主が、廊下の角を曲がり、軽やかな足音と共に俺たちの目の前へと姿を現した。
「ん?」
その瞬間。 俺の心臓は、まるで巨大な鐘を打ち鳴らされたかのように、ドクンッ!と激しく跳ね上がった。
そこに立っていたのは、艶やかなダークブラウンの髪を振り向きざまにふわりと靡かせる、仕立ての良い長袖のワンピースを身に纏った絶世の美少女だった。
年齢は十歳かそこらだろうか。
しかし、その顔立ちはあまりにも完璧で、純真無垢でありながらも、どこか人を惹きつけてやまない圧倒的な輝きを放っている。
「どうかしたかい?エレン」
続く様に、彼女の隣からひょっこりと顔を出した、中性的な、それでいて整った顔立ちをしたあどけない金髪の少年が、こちらに目を向ける。
俺は思わず、その場に立ち止まったまま、目の前のダークブラウンの髪の少女を凝視してしまっていた。
(……なんて美しいんだ……)
あのアトラス様やリーシェ様、ユミル様といった三柱の女神様方にも引けを取らない、圧倒的な美貌。
彼女がただそこに立っているだけで、冷たい石造りの廊下がパッと華やいだように感じられる。
「エレンの知り合い?」
アルミンと呼ばれる少年が不思議そうに小首を傾げ、隣の少女に問いかける。
すると、エレンと呼ばれたその超絶美少女は、俺たちをじっと見つめ返した後、ふっと口角を上げた。
「いいや?まぁでも──────」
そう言って、彼女は何やら面白そうな、少しだけ悪戯っぽくも怪しい笑みを浮かべた。
次の瞬間、彼女はスッと背筋を伸ばし、佇まいを完璧に正した。
そして、あのアトラス様が浮かべるような、花も照れる様な極上の微笑を浮かべ、艶やかな唇をゆっくりと開いたのだ。
「御機嫌よう。お初にお目にかかりますわ。
私、『エレン・イェーガー』と申します。以後お見知りおきを」
そう言って、彼女はワンピースのスカートの袖を優雅に摘みながら、片足を引いて深く膝を折る、完璧なカーテシーを披露してみせた。
さっきまでの『片田舎の少年』のような砕けた雰囲気とは一線を画す、洗練され尽くした完璧な貴族令嬢の立ち居振る舞い。
俺はそのすさまじいギャップに脳の処理が全く追い付かないまま、先程彼女の可憐な口から告げられた衝撃の『名乗り』に、意識のすべてを持っていかれてしまった。
(なっ!?エ、エレン・イェーガー!?彼女が……あの天才絵師、エレン・イェーガー先生だと!?)
俺の全身を、雷に打たれたような衝撃が貫いた。
隣を見ると、ベルトルトもまた、この到底信じ難い現実に衝撃で打ち震えている様子で、大きく口を半開きにして固まっていた。
すると、俺は彼女の腕の中に、先程まではその美貌に目を奪われて気付かなかった『ある物』があるのを発見した。
良く見れば、彼女は小脇に、布で覆われた絵画用らしき木製の板を大事そうに抱えているのだ。
俺の燃えるような視線に気付いたのか、エレン先生は。
「あぁ、こちらは今から納品予定の絵画ですわ。私こう見えて、そこそこ有名な絵師ですのよ」
と、極上の笑みを崩さぬまま、裏向けられていた絵画をクルリと翻し、俺たちにもはっきりと見えるよう持ち替えた。
「─────────ッ!!」
俺の呼吸が、完全に止まった。
そこに描かれていたのは、見間違える筈もない、あの神がかった筆致でカンバスに描き殴られた、この世のどの宝石よりも美しい『尊さの極地』たる宗教画だった。
俺の頭の中で、人としての残された僅かな理性が、音を立てて完全に吹き飛んだ。
「あ……あぁっ……あああ」
俺は最早、己の膝の震えを堪えきれず、大理石の床にガクンと膝を突いて屈してしまった。
そして、目の前に顕現した真理(絵画)に向けて祈りを捧げる様に、固く握り締められた両の手を顔の前に持ち上げ、声にならない嗚咽を漏らしたのだ。
「……エレン先生ッ……お会いしたかったッ!俺は、貴女の絵に……何度も、何度も救われたんです!」
故郷マーレの期待を背負いながらも、無力感と罪悪感に苛まれていた俺の心を、この狂おしいほどに美しい百合の世界だけが、唯一の救済として光を照らしてくれていたのだ。
俺は完全に理性を排した狂信者の様子で、懐に持っていた紙袋──つい先程、帝都の大型書店で買ったばかりの、最新の『三神教公式宗教画集』を乱暴に取り出した。
そして、震える太い指先で表紙の裏、見返しの白い部分をバッと開き、平伏するような体勢のまま、彼女の目の前へと勢いよく差し出した。
「────サインをください!」
俺の、魂の底から絞り出した、一人の人間としての最大の懇願。
それに対し彼女は──────
「──っ!ええ、もちろんですわ!」
宝石の様に美しい、パッチリとしたエメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせながら、一切の躊躇いもなく、鈴を転がすような明るい声で快諾してくれたのだ。
彼女のその屈託のない笑顔と、ペンを走らせる神聖な手つきを涙目で見上げながら、俺の頬を熱いものがとめどなく伝い落ちていく。
そして、俺のすぐ背後では。 「ぼ、僕も……僕もお願いしますッ!」と、俺に続く様に膝をついたベルトルトが、同じく紙袋から画集を取り出し、必死の形相でサインの順番待ちの列を形成していたのだった。
本作の被害者(広義の意味で)
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エルヴィン
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リヴァイ
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ミケ
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グリシャ
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ジーク
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ライナー
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ベルトルト
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アニ
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エレン
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その他(感想欄等で)