進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

217 / 232
第二百十七話

 

 

 

847年10月20日

 

 

秋の平原に、土煙の匂いと、絶望という名の重く冷たい空気が澱んでいた。

 

 

先程まで車力の巨人の背に乗り、この悪魔の島を極秘裏に行軍していたはずの俺たちマーレの分隊は、今や完全に武装を解除され、後ろ手に固く縛られた状態で冷たい地面に跪かされていた。

 

 

 

俺の視界の先には、見たこともない漆黒の戦闘服───銃火器と刃を組み合わせた装備に身を包んだ、数十名の兵士たちが立っている。

 

 

 

彼らの動きには一切の無駄がなく、俺たちを包囲するその陣形は、軍事大国マーレの戦士である俺の目から見ても完璧としか言いようがなかった。

 

 

 

そして、俺たちの真正面に立つ二人の人物。

 

 

一人は、特徴的なゴーグル型の眼鏡を額に押し上げ、どこか狂気を孕んだ目で俺たちを観察している長身の女。

 

 

もう一人は、小柄な体躯でありながら、一瞬でも俺たちが妙な動きを見せれば即座にその首を切り刻まんとする、研ぎ澄まされた純度百パーセントの殺気を放っている小男だ。

 

 

(……こいつら、只者じゃない)

 

 

だが、俺の心を最も深く抉り、重い絶望の底へと叩き落としたのは、彼らの背後に静かに佇む『三人の若者』の姿だった。

 

 

「ライナー……ベルトルト……アニ……」

 

 

俺の口から、乾ききった、悲痛な呟きが零れ落ちた。

 

 

かつて、始祖奪還という祖国の重い使命を帯びてこの島へと送り出した、俺の可愛い後輩たち。

 

 

マーレの戦士としての誇りを持ち、地獄のような訓練を耐え抜いた彼らが。

 

 

今、この島の兵士たちに囲まれながらも拘束されることなく、まるで『あちら側の人間』であるかのように、ただ静かに俺たちを見下ろしているのだ。

 

 

 

「……」

 

 

 

俺の呼びかけに対し、ライナーたちは何も答えなかった。

 

 

ただ、どこか酷く気まずそうに、そして深い罪悪感を滲ませた顔で、スッと俺から目を逸らしたのだ。

 

 

裏切り。 いや、彼らほどの戦士が、ただ命惜しさに寝返るとは到底思えない。

 

 

彼らの家族はレベリオ収容区で人質になっているはずだ。

 

 

それを天秤にかけてまで、この島の悪魔たちに付く『理由』が、何かあるというのか。

 

 

俺の頭脳が、その非合理的な状況に答えを出せずにショートしかけていた、その時だった。

 

 

「あー! 感動的な再会ですねー! そのままハグー! ────なんて! 縛られているから出来ないかー! あーはっはっはっはっはー!」

 

 

静まり返った平原の空気を木っ端微塵に粉砕する、底抜けに明るく、そして最高に無神経な笑い声が響き渡った。

 

 

目の前の眼鏡の女が、腹を抱えて大爆笑しているのだ。

 

 

「おい、ハンジ」

 

 

隣に立つ小男が、絶対零度の声で短く窘める。

 

 

だが、女は全く意に介さず、さらに身を乗り出してニコニコと笑いかけた。

 

 

「分かってるって! リヴァイ、ちょっとしたジョークじゃないか! こう、気まずい空気を解すためのさー? 分かるだろう?」

 

 

「……もうお前は喋るな」

 

 

リヴァイのドスの利いた言葉に、ハンジはようやく「はいはい」と肩を竦めて口を噤んだ。

 

 

(…………)

 

 

俺は、その余りに場に似つかわしくない、緊張感の欠片もない空気感に、自身の表情が完全に死んでいくのを自覚していた。

 

 

 

なんだ、こいつらは。 たった一発の打撃で大地の地形を変えるような、あの絶望的な物理法則無視の化け物を擁している組織の幹部が。

 

 

 

こんな、まるでピクニックにでも来ているかのような、ふざけた連中だというのか?

 

 

 

論理も、合理性も、俺の中にある常識も、すべてが崩壊していく。

 

 

 

今後、この世界が待ち受けるであろう絶望的な現実に、俺が一人静かに絶望の淵へと沈み込んでいた、その時だった。

 

 

ドシン、ドシン、ドシン──────

 

 

一定の、地を這うような重いリズムで、大地を踏み鳴らす音が近づいてくる。

 

 

ドシン、ドシン──────

 

 

「あっ、来たみたいだね」

 

 

ハンジと呼ばれる女が、まるで待ち合わせしていた友人がやって来たかのような、余りに気に留めない軽い調子で件の足音について流した。

 

 

ドシン……

 

 

俺たちの数十メートル前方で、その足音がピタリと止まる。

 

 

シュゥゥゥーッ……!

 

 

凄まじい熱風と共に、そこにあったのは、つい先程俺たちの目の前で、絶望的な破壊を生み出した張本人。

 

 

全身を青白い硬質化の結晶で完全に覆われた、15m級の未知の巨人であった。

 

 

「ひっ……ひぃぃっ!!」 背後で跪かされていたマーレ兵の誰かが、恐怖に耐えきれずに悲鳴をあげる。

 

 

かく言う俺も、その一切の感情を読み取れない無機質な冷たい瞳を持つ未知の巨人を見上げ、思わず固唾を飲んで全身の筋肉を硬直させていた。

 

 

こんな至近距離で暴れられれば、俺たちは文字通り一瞬で肉片に変わる。

 

 

シューゥゥゥゥッ……!

 

 

巨人の項が開いたのか、そこから強烈な高熱の蒸気が勢いよく吹き出し始めた。 白い霧が巨躯を包み込み、その蒸気の中心から、ゆっくりと一つの『人影』が現れるのが見えた。

 

 

 

(……一体、どんな恐ろしい大男なんだ……)

 

 

 

俺は、冷や汗を流しながら最悪の想像を膨らませた。

 

 

これだけの規格外の暴力を振るう巨人を操る本体だ。歴戦の傷を負った筋骨隆々の戦士か、あるいは狂気に満ちた老練な悪魔か。

 

 

俺がそんな風に、全身を強張らせて身構えていると。

 

 

「……お待たせしてすみません」

 

 

風に流されていく蒸気の向こうから聞こえて来たのは。

 

 

唸り声でも、野太い男の声でもなく。 鈴を転がしたような、どこまでも高く透き通る、可憐な少女の声だった。

 

 

(…………は?)

 

 

俺の口から、間抜けな風切り音が漏れた。 訳も分からないまま、その声の主が、白い蒸気のベールを完全に抜けて姿を現した。

 

 

 

 

「────ッ」

 

 

 

息が、止まった。 純白のサマーワンピースの裾を風に揺らし、背中まで伸びる艶やかな漆黒の髪をなびかせる少女。

 

 

 

夜空のように深く神秘的なアイスブルーの瞳と、神が己の持てる芸術的才能のすべてを注ぎ込んで丹精込めて手がけたかのような、一切の瑕疵がない完璧な美貌。

 

 

 

恐ろしい大男どころか、この世のすべての美の基準を書き換えるような、『比類なき超絶美少女』がそこに立っていたのだ。

 

 

 

俺を含め、マーレ兵全員がその完全なる美を前にして呆然と口を半開きにしていると、俺たちの視界の反対側から、パタパタと軽やかな足音と共に明るい掛け声が聞こえてきた。

 

 

「あっ、お姉様おかえりー! 遠くで見てたけど、すっごくかっこよかったよ!」

 

 

俺の横を通り抜けていったのは、鈍色の金髪を揺らす神秘的な少女だった。

 

 

「ただいまユミル。……結構遠くで動かしてたと思うんだけど、どうやって見てたの?」

 

 

 

黒髪の美少女が、優しく微笑みながら首を傾げて尋ねる。 すると、金髪の少女は、さも当然の事のように無邪気に答えた。

 

 

 

「えっ? 普通に、巨人の目を通して直接脳に……だけど?」

 

 

「あぁ……うん、そっか」

 

 

黒髪の美少女は、少しだけ引き攣ったような、何かを諦めたような顔で短く納得した。

 

 

すると今度は、その明るい少女の隣を歩く金髪の女が、黒髪の女の方へと歩み寄った。

 

 

「お疲れ様アトラス。ふふっ、出逢った頃のあの姿を思い出したわ」

 

 

その女が、アトラスと呼ばれる女の腕に愛おしそうに絡みつきながら、甘く蕩けるような声で囁く。

 

 

 

「リ、リーシェ……あれは結構恥ずかしかったやつだから、あんまり言わないで……」

 

 

アトラスは、耳の先まで真っ赤に染め上げ、恥ずかしそうに視線を泳がせて身をよじった。

 

 

「えー、どうしようかしらー」

 

 

リーシェは、アトラスの反応がたまらなく可愛いのか、さらに身体を密着させてクスクスと笑い声を上げる。

 

 

(…………な、なんだ……これは)

 

 

俺は、目の前で展開され始めた、あまりにも甘ったるく、そして圧倒的に場違いな『極上の百合空間』を前にして、完全に思考の海を漂流していた。

 

 

俺は今、一体何を見せられているんだ? 幻術か?

 

 

「おっほん!!」

 

 

その時、わざとらしい特大の咳払いが響いた。 ハンジだ。彼女は両手に腰を当て、呆れたように、しかしどこか楽しげな口調で彼女たちを窘めた。

 

 

「もー、君たち! 隙あらばイチャイチャしだすんだからー! 仮にも帝国の心を支える『三神教の女神』なんだよ! しっかりしてくれよぉ!」

 

 

(…………ていこく? さんしんきょう? めがみ?)

 

 

俺の脳髄に、さらに理解不能な単語の羅列が叩き込まれた。

 

 

帝国? 壁の中の王政はどうなった? 三神教? 女神? なんだ? 誰が女神だ? 何の話をしているんだ!?

 

 

俺は助けを求めるように、ふと隣に座るピークへと目を向けた。

 

 

マーレの戦士の中でも随一の聡明さを誇る彼女なら、この狂った状況から何か論理的な推論を導き出しているかもしれない。

 

 

だが。 ピークは、ポカンと口を開け、黒い瞳をグルグルと限界まで白黒させながら、ショートしそうな脳で必死にこの異常すぎる現状を処理しようと完全にフリーズしていた。

 

 

駄目だ。ピークの頭脳をもってしても、このカオスは処理しきれないらしい。

 

 

異常事態につぐ、異常事態。

 

 

完全に俺のアイデンティティと世界観が崩壊し、これ以上どんな理不尽が襲ってきても驚かないだろうと、そう自暴自棄になりかけていた、その時だった。

 

 

ザクッ、ザクッ、と。 兵士たちの奥から、一人の男がゆっくりとこちらへ向かって歩み出てきた。

 

 

その足音に、俺は無意識に顔を上げた。

 

 

そして、その人物の顔を視界に捉えた瞬間。俺の心臓が、これまで経験したことのないほどの激しい衝撃で跳ね上がり、呼吸が完全に停止した。

 

 

 

黒のコートに身をつつみ、丸眼鏡の奥のエメラルドグリーンの瞳に、過去の己の過ちを深く悔いる様な、計り知れない罪悪感と哀愁を滲ませている男。

 

 

あり得ない……

 

 

絶対に、この世に存在しているはずのない人間だ。

 

 

かつて、俺がこの手でマーレの治安当局に密告し、楽園送りにされた……いや、俺が楽園送りにしたと言っても過言では無い、最大のトラウマ。

 

 

「……ジーク」

 

 

男の口から、震える声で紡がれた俺の名前。

 

 

俺は、縛られた両腕の痛みも忘れ、ただ大きく見開かれた目で、信じられないものを見るようにその男を見つめ返した。

 

 

「…………父さん……」

 

 

俺の論理と安楽死計画という名の悲壮な夢が、パラディ島のこのカオス極まる平原の上で、音を立てて完全に崩れ去っていくのだった。

 

 

 






いつも本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!


ここまでかなり長い物語になりましたが、それでも変わらず読み続けてくださっている皆さんには、感謝してもしきれません。

感想や評価、お気に入り登録なども、いつも執筆の励みになっています。本当にありがとうございます。

今後の更新についてですが、これまでより少しだけペースを落とし、これからは基本的に月曜日・水曜日・金曜日の週3回更新とさせていただきます。

更新を楽しみにしてくださっている方には、少し間が空くように感じられるかもしれませんが、どうかご理解の程よろしくお願いいたします。

すでに六十万文字を超える長い作品となりましたが、ここまで一緒に物語を追いかけてくださって、本当にありがとうございます。

まだまだ物語は続きますので、これから先も楽しんでいただけたら嬉しいです。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。