進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
馬車に揺られて数十分。
父であるグリシャと涙ながらに和解を果たし、そして「異母弟が天才百合絵師の美少女になっていた」という致死量のバグ報告を脳内で必死に処理しようと試みていた俺の耳に、外から活気に満ちた喧騒が聞こえ始めていた。
ガタゴトと車輪が立てていた単調な音が、ふっと消える。
整備された滑らかな路面───おそらくはアスファルトか、極めて精巧に敷き詰められた石畳の区画に入ったのだろう。
馬車を揺らしていた不快な振動が、幾分かやわらいでいた。
「っ!? これは……!」
前後に吹き抜けとなっている馬車の幌の隙間から前方を見遣った俺は、丸眼鏡の奥で大きく目を見開き、思わず息を呑んだ。
そこは、マーレの常識である『文明から取り残された原始的な土人どもの巣窟』と蔑み、嘲笑っていた島の景色では断じてなかった。
真っ直ぐと地平の先まで伸びる、広大で清潔な大通り。
その左右には、一定間隔で天に向かってそびえ立つ電線と街灯が整然と立ち並び、壁面をガラス張りで覆われた、洗練された近代的な建築物が陽光を反射して輝いている。
さらに俺の視線を釘付けにしたのは、通りを行き交う人々の活気と、その間を縫うようにして走る『鉄の塊』だった。
蒸気をモウモウと吹き上げながら線路を走る巨大な蒸気機関車と、道路上を黒い煙を吐きながら自走する、原始的ではあるが紛れもない『車』らしき乗り物の数々。
道ゆく人々の身なりも豊かで、誰もが明日の希望に満ちた明るい顔をして笑い合っている。
(……壁内の文明は、やはり発展していた……)
俺は、信じられないものを見る目でその景色を網膜に焼き付けた。
海の向こうの超大国であるはずのマーレと、何ら遜色のない──いや、活気とインフラの整備状況に関して言えば、一部マーレすら凌駕しているかもしれない、圧倒的な近代都市の姿。
(……まぁ、あれだけ常識破りな力を見せられたら、これぐらい納得の光景ではあるがな)
俺は心の中で、半ば諦めにも似た深い溜息を吐き出した。
あの、一撃で大地の地形を変える15メートルの絶対神や、二千年の時を超え現世に降臨した始祖ユミル。
そして、彼らを狂信的に愛し、空を飛んで巨人を解体するという鬼神リーシェ。
あんなデタラメな化け物たちが存在し、その規格外の能力を土木工事やインフラ整備に惜しみなく投入しているのだとすれば、この百年分の遅れをたった数年で取り戻すという奇跡も、物理的に不可能ではないのだろう。
やがて、目的の場所に到着したのだろう。 馬車が、巨大で近代的な研究施設のような建物の前でゆっくりと停止した。
「さぁさぁ! ようこそ、我らが新エルディア帝国の誇る最先端都市、"アトラス区"へ!」
先程まで馬車の中で奇声を上げていた、あの特徴的なゴーグルを頭に乗せた狂人──ハンジ・ゾエが、真っ先に馬車から飛び降り、両手を大きく広げて仰々しく歓迎の言葉を口にする。
「……アトラス区、か」
俺は馬車から降り立ち、改めてこの街を見回しながらポツリと呟いた。
あの見目麗しい超絶美少女たる神の名前が、そのまま冠された都市。
なるほど、この街の根幹を誰が創り上げたのか、嫌でも理解できるネーミングだ。
そのまま、巨大なガラス扉を抜けて目的の建物の中へと入った俺たち一堂は、分隊のマーレ兵たちと共に、チリ一つ落ちていない清潔で真新しい一室へと案内された。
「ここは帝国技術開発部門の支部さ。と言っても、規模や設備、研究の質で言えば、帝都の本部よりもここが一番充実しているんだけどね!」
ハンジは腰に手を当てながら、自慢げに胸を張って見せた。
「そう言えば、正式な自己紹介がまだだったね。私はこの技術開発部門の一番偉い立場にあたる、部門長ハンジ・ゾエだ。以後お見知りおきを!」
陽気で、どこか底抜けに明るい狂人。
だが、そのゴーグルの奥の瞳には、一切の妥協を許さない純粋な探求心と、得体の知れない底知れなさが渦巻いている。
「君たちをここへ連れて来たのは、君達マーレ兵が持ち込んだ装備や武器、銃火器なんかを、残さず解析に回す為なのと──────」
そこで、ハンジの口調が一段階、スッと低く落ちた。
「尋問の為だ」
──────っ!
その一言で、部屋の空気が一瞬にして凍りついた。
俺も、ピークも、背後に立つマーレ兵たちも、背筋に冷たい汗が流れ落ちるのを感じて身構えた。
相手は、あの化け物たちを束ねる軍の幹部だ。ただで情報を聞き出せるとは思っていない。
ハンジは、俺たちの緊張を楽しむかのようにニィッと口角を吊り上げ、一歩じりっと距離を詰めてきた。
「……ここなら私の管轄だし? 多少、血の出るような手荒な真似をして、君たちの身体の構造を隅々まで調べ尽くしたとしても───」
「おい」
彼女のその不穏すぎる、人体実験の願望を隠しきれない狂気の言葉を。
隣の壁に寄りかかって腕を組んでいた小男──リヴァイが、絶対零度のドスを効かせた声で鋭く制止した。
その三白眼には、「それ以上無駄口を叩けばその頭をかち割るぞ」という明確な殺意が込められていた。
「───あ、あははは! 冗談じゃないか! 冗談冗談! ……半分ぐらいは」
ハンジは慌てて両手を振り、冷や汗を流しながら笑って誤魔化したが、最後にボソッと付け足した「半分ぐらい」という本音が、俺の肝を徹底的に冷やした。
(……あぁ、今すぐ逃げ出したい……)
俺は、一瞬の隙あらばエルディア人の肉体を切り刻んで解剖しようと目論むこの狂人を前に、心の中で情けない弱音を吐き出していた。
この島の幹部連中は、どいつもこいつもネジが数本吹き飛んでいる。
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それから、俺達は一人ずつ別室の取調室へと連れられ、厳密な尋問を受けることになった。
机を挟んで俺の向かいに座るのは、先程の狂人、ハンジ・ゾエ。
部屋の隅には、監視役としてあの小男、リヴァイが腕を組んで鋭い眼光を光らせている。
尋問の内容は多岐にわたった。
俺たちがパラディ島に上陸した経緯とルート。
マーレ軍が現在保有している近代兵器の性能、軍艦の数と配備状況。
海の向こうのエルディア人が押し込められているレベリオ収容区の規模や待遇。
俺たちが持ち込んだパラディ島の地形図の出処等。
果ては、現在の国際情勢や、マーレと敵対している中東連合の動きまで。
俺は、隠し立てすることなくすべてを正直に話した。
もう、マーレに忠誠を誓う理由はどこにもない。
俺の唯一の肉親である父はここにいて、また新たにやり直せることになったのだから。
「もし、あなた方がマーレから収容区のエルディア人を解放し、保護したいと考えているのなら……早めに動いた方が良い」
俺は丸眼鏡の位置を直し、極めてシリアスな声でハンジに忠告した。
「マーレの軍事力の根幹は『巨人の力』だ。だが、数年前に送り出した超大型、鎧、女型、顎の四体に続いて、今回、獣と車力まで喪失したことを諸外国が知れば……必ず、世界のパワーバランスは崩壊する」
俺は机の上で両手を組み、マーレの迎えるであろう絶望的な未来を予測した。
「マーレの弱体化を悟れば、中東連合をはじめとする諸外国は、数年以内に必ずマーレ本土への総攻撃を仕掛けてくる。そうなれば、マーレの上層部は失われた巨人戦力を補うために、収容区にいる多くの罪のないエルディア人たちを、ただの肉の盾として最前線の戦地へと向かわせることになるだろう」
俺の言葉を聞いたハンジは、顎に手を当てて深く頷いた。
「そうだねぇ。にしても君達の話を聞く感じ、超大国って自称している割には、あまりにも巨人戦力に依存しすぎで大ピンチじゃないか。軍備の近代化を怠って、巨人の力だけで世界を支配し続けられると思っていたなんて……向こうの上層部、無能過ぎない?」
「それについては、激しく同意するね」
俺は肘を机に乗せながら、人差し指をビシッとハンジに向けて、これ以上ないほど力強く、大きく頷いた。 思わず心の底からの本音が漏れ出た瞬間だった。
「そもそも、あの始祖奪還作戦からして正気の沙汰じゃなかったんだ。あいつらは巨人の力を過大評価し、それに胡座をかいて完全に傲慢になっている。 マーレの管理下に残る九つの巨人は、もうタイバー家が保有する『戦鎚の巨人』ただ一つしか存在しない。たった一体の知性巨人で、覆る戦況などたかが知れている。中東連合は日々、対巨人用の徹甲弾や近代兵器の開発に莫大な予算を投資しているし、巨人の優位性なんてすぐに無力化されるだろうさ」
俺は、自身が戦士長としてマーレ軍に抱いていた数多の不満を、ここで一気に吐き出していた。
(まぁ、それでも……)
俺は心の中で、密かに自嘲する。
(どれだけ近代兵器が発展しようが、世界が一丸となって最新鋭の艦隊でこの島を相手にしようが……あの理不尽な神々たちを前にすれば、手も足も出ずに一瞬で消し炭にされるだろうがな)
世界の軍事力の進化すらも無に帰す、歩く終末兵器たち。
マーレの上層部が彼女らの存在を知れば、恐怖で狂死するかもしれない。
「よし! 一先ず、君からの尋問はここまでにしておこう。とても有意義な時間だったよ、ジーク君」
ハンジが満足そうにメモ帳を閉じ、パタンと机の上に置いた。
「最後に、君たちにとって一番重要な報告をしておくよ。
……君とピークちゃんの『巨人化能力』と、あの厄介な『十三年の呪い』は、君達を捕虜しにした時点ですでに、始祖ユミルちゃんの手によって遠隔で封印・解呪されているからね」
「……は?」 俺は、自分の耳を疑った。
「封印……解呪されている? ……すでに、だと?」
「うん! だから君たちはもう、寿命を気にする必要もないただの普通の人間さ! おめでとう!」
俺の頭の中で、またしても常識の壁が音を立てて崩れ落ちた。
捕虜にされた時点で? 遠隔で?
「これから壁内で生活するにあたって、自身の身元やマーレから来たという事実は、無用な混乱を避けるためにも絶対に口外しないこと。
……今後、マーレ関連の作戦で君たちの知識が必要になって招集される事もあると思うけど、そこは協力してくれると助かるかな」
ハンジが、立ち上がりながらサラリと条件を告げる。
「壁内で生活、か……」
俺は自身の掌を見つめた。 呪いが消え、巨人の力も消えた。俺はもう、重い使命を背負った戦士長ではない。
ただの、ジーク・イェーガーという一人の人間に戻ったのだ。
「住む場所や働き口で何か要望があれば、こっちで融通効かせられるよ。君たちは貴重な情報提供者だからね」
おおよそ、敵国の捕虜に対する扱いとは思えない破格の提案を、ハンジが笑顔で告げてきた。
この狂人に借りを作るのは、いささか命の危険(解剖的な意味で)を感じて不安ではあるが。
「……なら。父さんと、同じ場所で働きたい……かな」
俺は、長年胸の奥底に封じ込めていた迷いを包み隠さず、少し遠慮がちに、一人の息子としての自身の希望を口にした。
「へぇ、グリシャと同じ職場。と言うと、医者かな? 君、何か医療知識やそういう経験はあるのかい?」
ハンジが興味深そうに首を傾げる。
「あぁ。前任の『獣の巨人』の継承者と深い関わりがあってね。彼はマーレにおける巨人化学の専門職、研究者だったんだ。
……俺も彼から直接手ほどきを受けて、そこである程度の生物学と、巨人の人体構造についての知識は備えているんだ」
俺が、恩師であるトム・クサヴァーとの記憶を思い出しながらそう答えた、次の瞬間だった。
「巨人化学だって!?」
ガタッ!! と、凄まじい勢いでハンジが椅子を蹴り倒し、身を乗り出してきた。
「く、詳しく! そのマーレの巨人化学の研究内容について、もっと詳しく聞かせてくれないか!!」
机の上に身を乗り出し、ゴーグルの奥の瞳をギラギラと輝かせ、ヨダレを垂らさんばかりの期待と狂気の眼差しを俺に向けてくる。
(……なるほど、こいつの『餌』はこれか)
俺は、狂人の扱い方を完全に理解し、ニヤリと口角を上げた。
「……俺とピーク、その他捕虜にしたマーレ兵の生活環境や、父さんとの職場について、最大限の『融通』を効かせてくれるなら、いくらでも知識を共有して考えようかな」
「よし乗った! 私が持つ技術開発部門の全権限でもって、君たちの要望に全力で応える事を約束しよう!! さぁ、早くそのマーレの巨人化学の基礎理論を教えてくれ!!」
こうして。 鼻息荒く興奮する狂人を、恩師から受け継いだ知識という最高のルアーで見事に手懐けることに成功した俺は。
晴れて、父の助手としての、静かで平和な第二の人生の役割を確固たるものにする事に成功するのだった。