進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
第二百二十一話
847年10月25日
帝都ミットラスの中心部、政府中枢敷地に隣接する一角にそびえ立つ、重厚な石造りの建物。
半年程前に新設されたばかりの『帝国特務兵団』専用の庁舎、その最上階にある総司令室の窓からは、高く澄み渡った秋の空と、蒸気機関の白い煙が所々に立ち昇る活気あふれる帝都の街並みが一望できた。
私は、高級なマホガニーの執務机に置かれた一通の手紙──いや、極秘の作戦報告書に目を通し、深く、そして心地よい安堵の息を吐き出していた。
「……見事な手際だ。作戦は無事に完了したようだな」
私は報告書から顔を上げ、机の前に立っている小柄な男──帝国特務兵団兵士長にして、人類最強の双璧の一角であるリヴァイ・アッカーマンへと視線を向けた。
報告書には、パラディ島南部の平原にて、マーレから上陸してきた『獣の巨人』と『車力の巨人』の継承者、および分隊規模のマーレ兵たちを、誰一人殺すことなく完全無傷で捕獲・武装解除し、その後の尋問まで滞りなく終えたことが記されていた。
「リヴァイ、ハンジの目付役、本当にご苦労だった」
私が労いの言葉をかけると、リヴァイは腕を組み、底冷えするような三白眼をさらに鋭く細めて、忌々しげに舌打ちを漏らした。
「……あぁ、全くあのクソメガネ。隙あらば捕虜どもを切り刻んで人体実験を目論もうとしやがる。あんなイカれた女を技術開発の部門長にして、本当に大丈夫なのか」
「ふっ……ああ見えて、彼女は己の探求心と倫理観の線引きは理解している。本気で捕虜を解剖するような人間ではないさ。……今のところは、だがな」
「……全くもって信用ならねぇな」
リヴァイは深い溜息をつき、首の後ろを揉みほぐした。
彼が現場でハンジの手綱を握っていてくれたおかげで、マーレの最高戦力たちを無事に、そして精神的に少しばかり追い詰めつつも、有益な情報源として生かしておくことができたのだ。
彼にはいくら感謝しても足りない。
彼との短いながらも信頼に満ちたやり取りを終え、私は改めて、今回の捕獲作戦によって我々が得た『巨大な戦果』について思考を巡らせた。
獣の巨人継承者ジーク・イェーガーと、車力の巨人継承者ピーク・フィンガー。
彼らを確保したことは、単にマーレの軍事力を削いだというだけでなく、我々にとって計り知れないほどのアドバンテージをもたらしたのだ。
まず第一に、パラディ島の具体的な地形図の入手である。
ピークが所持していたマーレの軍事地図。百年前の古いデータとはいえ、我々が今まで全く知る由もなかったこの島全体の具体的な形状と、その正確な『大きさ』を知ることができたのは、国家運営においてこれ以上ないほどの収穫だった。
地図によれば、このパラディ島はひし形に近い形状をしており、そのサイズは我々の想像を遥かに、それこそ次元が違うレベルで凌駕していたのだ。
アトラス殿の神の如き力によって構築された絶対防壁『ウォール・アトラス』。
その内側に確保された生存圏だけでも、およそ110万平方キロメートルという途方もない広さを誇る。
だが、そのさらに外側……この島全体の面積となると、なんと約800万平方キロメートルに及ぶというのだ。
(……素晴らしい。本当に、素晴らしいことだ)
私は、地図の数値を反芻しながら、内心で高鳴る鼓動を抑えきれずにいた。
かつて我々を脅かしていた無垢の巨人の大群は、兵団の過剰な狩りによって、今やこの島からほぼ絶滅状態にある。
巨人の脅威が事実上無力化されている現状を考えれば、我々は現在の支配領域の『約七倍』にも及ぶ広大な未開拓領域を、潜在的な領土として既に保有していることになるのだ。
これから帝国の人口が爆発的に増加し、ハンジの開発した蒸気機関を中心とする工業化がさらに進めば、農地や工業地帯、そして居住区としての土地はいくらあっても足りない。
その国家百年の計を支えるだけの土台が、この島には初めから用意されていたのである。
そして第二の戦果。
捕獲した分隊規模のマーレ兵たちから鹵獲した、近代的な装備や武器、銃火器、そして先進的な兵器情報の数々だ。
百年間、壁の中に閉じこもっていた我々の軍事技術は、外の世界から大きく遅れをとっている。
だが、実物の小銃や通信機器、野営装備の構造を技術開発部門で徹底的にリバースエンジニアリングすれば、その技術的空白を数年で埋めることも不可能ではない。
(……それに、彼らへの尋問から得られたマーレの現状についても、非常に興味深い)
私は執務机の上で両手を組み、青い瞳に冷徹な為政者としての光を宿した。
ここからは、盤面上の駒をどう動かすかという、私の最も得意とする戦略的シミュレーションの領域だ。
海の向こうの超大国、マーレ。
恐らく彼らの上層部は、今頃、極秘裏に派遣したジークとピークからの定時連絡が途絶えたことに焦りを感じつつも、まだ『作戦途中であり、島に潜伏している』という希望的観測に縋っている段階だろう。
だが、あの優秀な戦士たちが一向に帰還せず、何の情報も寄越さないという異常事態に、遅くとも数ヶ月経てば確実に気付くはずだ。
『あの二人も、過去に送った戦士たちと同様に捕らわれたのでは……』
そう疑念を抱いた時、マーレはどう動くか。
彼らは世界に対する軍事的優位性を保つため、自分たちが誇る『九つの巨人』の大多数を喪失したという事実を、国内外に絶対に知られるわけにはいかない。
となれば、まずは強固な情報統制を敷き、事実確認と秘密裏の奪還のために、パラディ港へと何隻かの工作船や偵察船を送り込んでくるに違いない。
周辺国に悟られないよう、あくまで目立たない小規模な編成で、だ。
(……そこを、叩く)
私は机上の地図の『パラディ港』の位置を指先でトントンと叩いた。
その小出しに送られてくるマーレの戦力を、我々特務兵団が待ち伏せし、確実に出鼻を挫くのだ。
拿捕の目的は、単なる敵兵の排除ではない。
彼らが乗ってきた『最新鋭の蒸気船』、そして何より、それを操る『操船技術』や『造船技術』を持つマーレの海軍兵たちを、船ごと鹵獲する。
海を知らない我々が外の世界へ打って出るには、船と航海術の確保が急務である。
彼らを捕虜として技術指導に当たらせ、我々の海軍力創設の礎とするのだ。
しかし、マーレもいつまでも小出しの偵察で誤魔化しきれるものではない。
奴らがどれだけ情報統制に長けていようとも、『超大型』『鎧』『女型』『顎』に加え、『獣』と『車力』まで喪失したという事実を隠し通すには限界がある。
軍の動静や植民地の監視網から、巨人戦力の大部分喪失という致命的な情報が漏洩するまで、長く見積もっても三ヶ月から半年。
その噂を周辺国が察知し、情報局を動かして確信を得るまでにさらに一ヶ月。
そして、マーレの圧政に苦しむ植民地での反乱の活発化や、中東連合をはじめとする敵対国家群が『対マーレ包囲網』を結成し、本格的な軍の動員を開始するまでの期間。
(……およそ、一年半程度だろうか)
私の脳内の演算が、一つの明確なタイムリミットを弾き出した。
一年半後。
マーレは世界中から牙を剥かれ、間違いなく大規模な世界大戦へと発展する。
そして、その泥沼の戦争が起これば、マーレ上層部は失われた巨人戦力の穴を埋めるため、レベリオ収容区やその他のエルディア人を収容する区画から、押し込められている数十万人のエルディア人を、ただの『肉の盾』や特攻兵器として最前線へと駆り出すだろう。
我々は、それまでに動かなければならない。
同じユミルの民の血を引く、罪なき同胞たちを、マーレの悪魔的な支配から保護し、救い出さなければならないのだ。
(……そのためには、早急に海を渡る手段を確立し、定期的にマーレ内部の情報を確保し続ける必要がある)
機を窺い、マーレが世界大戦の対応でパラディ島にまで手が回らなくなった最大の隙を突いて、レベリオ収容区を強襲、あるいは保護領化する。
それが、我々新エルディア帝国が世界に対して放つ、最初で最大の反撃の一手となる。
私は、そこまでシミュレーションを終えたところで、深く、体重を預けるようにして執務用の革張りの椅子にもたれかかった。
できることなら、レベリオの十数万人の同胞を、すべてこの安全なパラディ島──広大な未開拓地が広がるこの豊かな大地へと迎え入れたい。
だが、事はそう単純ではないことも理解している。
彼らは生まれてからずっと、マーレによる『自分たちは悪魔の末裔であり、壁の中の奴らは世界を滅ぼす真の悪魔である』という、強固で徹底的な洗脳教育を受け続けてきたのだ。
物理的に彼らを救い出したとしても、その精神に深く根付いた自己嫌悪と我々への恐怖心は、少なからず壁外のエルディア人と我々壁内人類との間に、激しい軋轢と衝突を生むに違いない。
(……先ずは、彼らをマーレの手から物理的に離し、我々に対する認識を根底から改めさせるところから始めなければならないな)
そのためには、我々が言葉を尽くして説得するよりも、彼らと同じマーレの収容区出身であり、かつては彼らと同じ思想を持っていた『戦士組』──ライナー、ベルトルト、アニ、そして今回捕獲したジークとピークに、大いに活躍してもらおう。
我々壁内の人間が説くよりも、彼らの口から直接「壁の中は悪魔の巣窟などではなく、平和で希望に満ちた場所だ」と語らせる方が、何百倍も説得力が高く、同胞たちの心を動かせるはずだ。
そのためにも、彼らには壁内での生活を通して、我々が敵ではないことを心から理解し、味方となってもらう必要がある。
(それまでは、我々はこの壁内の産業発展と、軍事力の強化にとにかく尽力するべきか)
私は、少しだけ冷めた紅茶を一口飲み、窓の外に広がる青空を見つめた。
胃の腑には、かつて私を幾度も苦しめたような、あのギリギリと締め付けられるような激痛は全く存在しなかった。
頭を悩ませる国家間の謀略も。 数年後の大戦を見据えた軍備の増強も。 異文化を持つ同胞たちをどう社会に統合していくかという政治的課題も。
(……アトラス殿の『歩く終末兵器』としての絶望的な力や、リーシェの狂気。そして始祖ユミルの『受肉』と、約五十万の超大型巨人の人間化……)
これまでに私が直面し、対処し、胃にいくつもの穴を開けかけながら乗り越えてきた『常識外れな神話の実現』の数々に比べれば。
今、私が直面している「人間同士の盤面操作」や「国家間の戦争」など、文字通り、造作もないことだ。
物理法則も論理も通じない神々を相手にするプレッシャーに比べれば、人間の思考の範疇に収まる問題など、ただのチェス盤のゲームに過ぎないのだから。
「本当に、これまでが怒涛過ぎた……」
誰もいない総司令室で、私は心の底から、深く、ホッと一息つき、これまでの想像を絶する苦労を思い返すのだった。
人類が巨人に怯えていた時代は、とうの昔に終わった。
これからは、我々人間が、人間の知恵と力で未来を切り拓いていく時代だ。
私は、これまでの常軌を逸した苦労と、それを乗り越えて手に入れた現在の揺るぎない盤面を誇らしく思い返し、次なる一手を指すために、静かに万年筆を握り直すのだった。