進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
848年4月6日
パラディ島南西部、パラディ港。
春の穏やかな陽光が、波穏やかな海面をキラキラと黄金色に反射させ、潮の香りを孕んだ海風が心地よく吹き抜けていく。
俺は今、港の全景を俯瞰できる高台に設置された、特別監視室の分厚いガラス窓の前に立ち、眼下に広がるその光景を静かに見下ろしていた。
神が黄金比で設計した自身の『比類なき超絶美少女フェイス』に、感情の読めない冷徹な女神の仮面をピタリと貼り付けながら。
(……信じられないな、本当に。たった数年で、ここまで変わるなんて)
俺の網膜に映るその景色は、前世の記憶──原作の『進撃の巨人』の物語において、エルディア人の復権派たちが注射を打たれ、無慈悲に蹴り落とされていたあの絶望の入り口とは、もはや何の共通点も存在していなかった。
海岸に設置されていた無骨なコンクリートの壁と、今にも崩れそうだった簡素な桟橋。
それらはすべて綺麗に取り払われ、新たに拡張され、今や近代的な巨大クレーンが幾基も立ち並び、堅牢な石造りの防波堤が海へと突き出す、立派な『軍港』としての機能を完璧に備えていた。
さらには、壁内の帝都ミットラスからこのパラディ港までを一直線に結ぶ、超長大な鉄のレール──『大陸横断鉄道』が敷設されている。
今この瞬間も、氷爆石や石炭を動力とする巨大な蒸気機関車が、モウモウと黒い煙と白い水蒸気を吐き出しながら、絶え間なく膨大な物資と人員を輸送してくる光景が当たり前のように広がっていた。
港から少し離れた内陸側には、すでに港湾の管理や物流に携わる関係者たちが住まう、真新しいレンガ造りの『街』まで形成されているのだ。
「ポーッ……!」という蒸気船の野太い汽笛の音が、俺の思考を現実に引き戻した。
視線を海へと向けると、水平線の彼方から、マーレの軍旗を掲げた一隻の巨大な船が、ゆっくりと、そして堂々とした速度でこの港へと接近してくるのが見えた。
今日もまた、海の向こうの大国・マーレから定期的にやってくる『拡幅工事の工作船』という名目の船だ。
だが、それは俺たち新エルディア帝国からすれば、最新鋭の資材や優秀な人材、そして近代的な技術をたっぷりと詰め込んで、自ら口の中へと飛び込んで来てくれる『極上の物資輸送船』に他ならなかった。
マーレの軍上層部たちは、思いもしないだろう。
彼らが「パラディ港を徐々に奪還し、橋頭堡を築いている」と信じて疑わずに送り込んでいるこの港の拡張工事。
その実態が、すでに完全に島の悪魔たちによって掌握されており、あろうことか、かつて彼らが送り込んだマーレの戦士たちや捕虜となった兵士たちが、帝国の監視下でせっせと港の管理と土木工事を担っているなどとは。
故に、何の疑いも警戒心も持たないそのマーレの工作船は、岸壁で旗を振る誘導員(マーレの軍服を着た新エルディア帝国の変装兵)の指示に素直に従い、ゆっくりと、完璧な位置に港へと停泊した。
タラップが降ろされ、ぞろぞろと白い制服に身を包んだマーレの海兵隊や技術者たちが、眩しそうに目を細めながらコンクリートの地面へと降り立つ。
「ほう……随分と立派な港になったものだなぁ」
降り立った部隊の先頭。指揮官らしき恰幅の良い男が、綺麗に整えられた髭を満足げに撫でながら、ぐるりと辺りを見回して感嘆の声を漏らした。
(……そりゃそうだ。俺たち巨人組が、夜通し硬質化能力とバカみたいな膂力を使って、死に物狂いで基礎工事をやったんだからな)
俺は内心で、ドスンドスンと地響きを立てながら海中にクリスタルの杭を打ち込んだ日々の苦労を思い出し、少しだけ誇らしく、そして恨めしく思いながら突っ込みを入れた。
指揮官の前に、人の良さそうな笑みを浮かべた誘導員がスッと歩み寄る。
「長旅、ご苦労様であります。長官がお待ちです。まずは航海の疲れを癒やすため、奥の別室へとご案内いたします」
流れるような、そして一切の不審を抱かせない完璧な応対。
マーレの指揮官は「うむ、頼む」と鷹揚に頷き、部下たちを引き連れて、港に建設された巨大な管理施設の中へと足を踏み入れていった。
俺は、彼らの背中が重厚な扉の向こうへと消えていくのを見届けながら、心の中で彼らにそっと合掌した。
この後、あの扉の向こうで彼らを待ち受けているのは、温かい食事や休息などではない。
人類最強の男や、得体の知れない殺気を放つ特務兵団の兵士たちによる、受け入れ難い『現状の宣告』と、徹底的な『尋問』だ。
『歓迎しよう。君たちは今から、新エルディア帝国の捕虜だ』 そんな冷徹な宣告と共に、彼らは完全に武装を解除され、選択を迫られることになる。
大人しく捕虜として収容所に入るか。
それとも、この港の作業員として労働に従事し、手厚い待遇を受けるか。
あるいは、その専門知識を活かして帝国の技術者に転ずるか、だ。
そして、彼らが別室で拘束されている間に、船に残った船員たちも、待機していた特務兵団の精鋭たちによって音もなく、迅速かつ完璧に制圧・確保されていくのである。
俺は、その血の一滴も流れない、まるで工場の大規模なライン作業のように洗練された『無血鹵獲』の光景を監視室から見下ろしながら、現在の新エルディア帝国の、あまりにも恐ろしい化け物具合に内心で激しく戦慄していた。
(……普通に笑顔で案内されて、扉が閉まった瞬間に「君たちは捕虜となった」って宣告されるとか、どんな理不尽なホラゲーだよ……)
マーレ兵からすれば、安全地帯だと思っていた自陣のセーブポイントが、実は最初から魔王城の地下牢だったようなものだ。
本当に、こんな悪魔的な罠のシステムを考えつき、運用しているエルヴィン・スミス特務兵団総司令の底知れぬ智謀には、一生頭が上がらない。
ここ数ヶ月の間に、俺の知らない政治の裏側で、一体何が起きていたというのか。
聞くところによれば、マーレ上層部にはすでに、あのケニー・アッカーマンを含めた多数の有能なスパイを紛れ込ませており、さらにはマーレの影の支配者たる『タイバー家』の当主ヴィリー・タイバーとも極秘裏に強力な協力関係を結んでいるという。
結果として、マーレ軍トップであるカルヴィ元帥の意志すらも事実上、我々新エルディア帝国が手中に収め、盤上でコントロールしているというのだ。
本当に、俺が気付いた時には『全部終わっていた』という状況である。
俺やユミル、そしてマーレの戦士組であるライナーやピーク、アニ、ジーク、果てはグリシャさんまでもが総出で。
巨人体になってウォール・アトラスからパラディ港までを繋ぐ強固な地盤を固めたり、獣の巨人の長い腕で膨大な鉄材を運んだり、車力の背中に何十トンもの資材を積んで運搬したりと、巨人の力をフル活用してせっせと土木工事に汗水を流し、準じていた、この間。
その間に、エルヴィンら首脳陣は、国家間の政治戦略と緻密な裏工作を、まるでチェスの駒を動かすようにサクッと終わらせてしまっていたのだ。
(……マジで、何をどうやったらこうなるんだ?)
俺は窓ガラスに映る自身の艶やかな黒髪を見つめながら、深いため息を吐いた。
現在は848年。 俺の前世の記憶にある原作のタイムラインであれば、今はまだエレンたちが訓練兵団で泥にまみれ、壁内の人々はウォール・ローゼの内側で、いつやって来るか分からない巨人の脅威に日々怯え続けている、どん底の時代のはずだ。
それがどうだ。 俺という特異点のバグが介入した結果、この世界は完全に原型を留めない次元へと変貌してしまった。
九つの巨人のうち、実に八つ(始祖、進撃、超大型、鎧、女型、顎、獣、車力)を帝国が手中に収め、壁内外を問わず大規模な氷爆石等の鉱物資源採掘と、蒸気機関による都市開発、そしてアルミンやハンジによる圧倒的な技術革新が巻き起こっている。
それに次いで、こうしてマーレの物資と人材を吸い上げる無血鹵獲の罠まで敷き、世界最強のはずのマーレ上層部を完全に掌握してしまっているのだ。
「……いかがでしょう、アトラス様」
不意に、監視室の静寂を破り、背後から恭しく、そしてひどく熱を帯びた声が掛けられた。
「我が帝国が誇る、この完璧な罠……非常に美しいと思いませんか?」
俺が振り返ると、そこには純白の港湾管理者の制服に身を包んだ一人の青年が、俺に向けて深々と、神を崇めるような敬意を込めて一礼をしていた。
この港湾管理者であり、同時に三神教の教団トップであるニック大司教の右腕として働く優秀な腹心、ライナスと名乗る青年だ。
「……美しい、ですか」
俺は、彼のその信仰に満ちた熱い眼差しに対し、何とか機嫌を損ねないよう、鈴を転がしたような澄んだ可憐な声音を作り上げ、少しだけ不器用な女神の笑顔を浮かべて、彼が口にした特定の言葉をオウム返しに口にした。
(美しい……か)
俺は再び窓の外へと視線を向け、青い海と港で働く人々の姿を見下ろした。
(確かに……一定のリズムを刻むように、誰一人として取りこぼすことなく組み込まれ、構築されたこの巨大なシステムとでも呼ぶべき罠は、構造的な意味で言えば、極めて『美しい』と言えるのかもしれない)
事実、この罠によって、誰も血を流し、理不尽に傷つくことなく、マーレの兵士たちは我々の社会へと受け入れられているのだから。
窓の下の港湾施設では、かつて捕虜となったはずのマーレ兵たちも、今ではエルディア人の作業員たちと共に、同じ制服を着て汗水垂らしてコンテナを運び、休憩時間には人種の壁など関係なく、笑顔で雑談を交わしている姿が見受けられる。
エルヴィンの恐ろしいほどの政治力と、三神教の教義がもたらした、完全なる融和。
それは、かつての血塗られた歴史を知る者からすれば、まさに奇跡のような、美しい光景だった。
「何か、お気に召さない点がありましたでしょうか?」
俺の微かな沈黙を不満の表れだと勘違いしたのか、ライナスが焦ったように一歩前に出て、額に汗を滲ませながら頭を下げた。
「アトラス様がお望みとあらば、直ちに、私の命に代えても改善させていただきますが」
「いえ、そんなことはありませんよ」
俺は慌てて首を横に振り、彼を安心させるように、ふわりと柔らかい微笑みを向けた。
「すでに完璧に完成されているものに、私から無闇に手を加えるようなことはしません。
……ライナスさん、あなたはとても優秀です。どうか引き続き、この港湾管理の職務に御励みになってくださいね」
「……ッ!! 勿体なき御言葉に存じます、アトラス様!!」
ライナスは、俺のその労いの言葉に感極まったように声を震わせ、瞳に涙すら浮かべながら、再び深く、九十度以上の角度で恭しく一礼をした。
「では、私はこれで」
俺は彼に軽く会釈を返し、静かに監視室の扉を開けて、その場を後にした。
海風が吹き抜ける港の高台の通路を一人歩きながら、俺は自身の純白のワンピースの裾が風に揺れるのを見つめ、深く、静かに息を吐き出した。
一体、この世界はこれからどこへ向かっているのだろうか。
俺が前世で知っていた『進撃の巨人』という残酷な物語の知識は、もはやこの完全にバグり散らかした平和な現実においては、何一つとして役に立たない過去の遺物と化してしまっている。
誰も死なず、誰もが笑い合えるこの世界は、確かに俺が望んだハッピーエンドの形だ。
だが、そのあまりにも巨大で完璧すぎるシステムの中で、自分という規格外の存在がこれから先、どう振る舞うべきなのか。
青く澄み渡る空と海を見つめながら、俺の胸の奥には、すべてが順調すぎるが故の、拭い去ることのできない一抹の不安が、静かに、しかし確実に影を落としているのだった。