進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
848年4月10日
帝都ミットラスの中心部。 政府中枢敷地に隣接する一角にそびえ立つ、重厚な石造りの『帝国特務兵団』専用庁舎。
その最上階に位置する総司令室の大きなガラス窓からは、うららかな春の陽光が差し込み、蒸気機関の白い煙が所々に立ち昇る活気あふれる帝都の街並みを明るく照らし出していた。
分厚いマホガニーの執務机に一人座る私は、先程届いたばかりの極秘の私信に目を通し終え、深く、そして微かな疲労と安堵の入り混じったため息を、静かな室内に吐き出した。
「……そうか。あの三人が、ようやく……」
私は手元の便箋をそっと机に置き、青い瞳を窓の外の春空へと向けた。
手紙の差出人は、アトラス殿。 内容は、数日前のパラディ港の視察の帰路、特別車輌の列車内において、彼女とリーシェ、そして始祖ユミルの三人が、正式に『婚約』を交わしたという報告であった。
(……あの三人の関係性を思えば、遅すぎるくらいだがな)
私は内心で小さく苦笑した。 出会った当初から互いに強烈な執着と愛情を抱き、今やこの国で『神聖なる百合空間』として三神教の教義の核にまでなっている彼女たちだ。
とうの昔に結ばれていたと思っていたが、こうして正式な形をとるまでにこれほどの時間を要したのは、ひとえにアトラス殿の真面目すぎる気質と、常識人ゆえの葛藤があったからだろう。
だが、このめでたい報告は、為政者である私に新たな政治的課題を突きつけるものでもあった。
女性三人による、重婚かつ同性婚。
現在の新エルディア帝国の法律では、当然ながらそのような婚姻形態は想定すらされていない。
だが、相手はこの帝国の絶対的な守護神であり、三神教の崇拝の対象たる三柱の女神である。彼女たちの意志を法が阻むことなど許されるはずもない。
(……早急に法務部門と議会を動かし、王政時代の古い家族法の解体と、新たな婚姻制度の確立──法改定に極秘裏に取り掛からなければならないな。反対する保守派の議員がいれば、『圧力』を少しばかりちらつかせる必要もあるか)
複雑極まりない法律の調整とプロパガンダの準備が必要となるため、この婚約の事実を民衆に向けて大々的に発表するのは、暫く見送ることになるだろう。
それでも、私は冷めかけた紅茶のカップを手に取り、人類に対する数々の献身を思い、彼女たちの永遠の幸福を祈り、一人静かに心の中で祝杯を挙げた。
それにしても。 手紙を読み解いていく中で、私が最も意外に感じ、同時に彼女の心情の変化に驚かされたのは、その過程だった。
「まさか、あの常に受け身で奥手だったアトラス殿の方から、プロポーズを仕掛けたとはな……」
手紙には、ほんの少しの照れ隠しと共に、彼女がプロポーズに至った心境の推移が率直に綴られていた。
数日前のパラディ港の視察。 そこで彼女は、マーレからの工作船を無血で拿捕し、敵兵をシステムの中に組み込んでいく我々の『盤面』を目の当たりにした。
そして、壁の外と内という理不尽な枠組みを越え、人々が共に汗を流す光景を見たことで───「この国はすでに、自分たちのような『神の力』がなくとも自立し、進んでいける」と察したのだという。
大いなる役目を終えた達成感と、安堵。 それが、彼女の背中を押し、二人の生涯を背負うという決断に至らせたのだ。
(……我々の築き上げたシステムをそこまで高く評価してくれたこと自体は、一人の指揮官として非常に光栄なことだ。……だが)
私は、組んだ両手の指先に少しだけ力を込めた。 アトラス殿は恐らく、これからは表舞台から一歩退き、ただの人間として愛する者たちと静かに平穏に暮らしたいと考えているのだろう。
しかし、国家運営の現実は、そう甘くはない。
彼女たちがどれほど『お役御免』を望もうとも、この新エルディア帝国という巨大な組織は、すでに彼女ら三柱の女神と、帝国、そして民衆の信仰に至るまで、根強く、そして完全に一体化してしまっているのだ。
世界を無に帰す圧倒的な武力と、無限の硬質化を生み出す奇跡の力。
それがこの国に存在しているという事実こそが、内部の反乱を抑え込み、同時に海の向こうの列強に対する絶対的な『抑止力』として機能している。
正直に言えば、アトラス殿には、有事の際だけでなく、平時においてもこの帝国を束ねる『光』として、精神的支柱の頂点に恒常的に君臨し続けてもらわなければ困るのだ。
(……この辺りの認識のすり合わせと、今後の彼女たちの『役割』についての交渉も、折を見て慎重に進めなければならないか……胃が痛むな)
私は、少しだけ痛み始めた胃の腑を意識の外へ追いやり、思考をさらに広い世界地図──海の向こうの大陸へと向けた。
現在、我々パラディ島の状況は、控えめに言っても『圧倒的優位』にある。
マーレの表向きの最高権力者であるカルヴィ元帥は我々の密偵であるケニー・アッカーマンと繋がり、さらには裏の支配者たる『タイバー家』当主、ヴィリー・タイバーとの密約もすでに成立している。
マーレという世界最大の軍事国家の心臓部を、我々は完全に掌握しているのだ。
勝敗は、物理的な火蓋が切られる前に、すでに決していると言っても過言ではない。
マーレから「パラディ港の拡幅工事」という名目で定期的に送られてくる工作船。
その実態は、我々にとって最新鋭の資材、先進的な技術、そして優秀な技術者という名の極上の『プレゼント』である。
拿捕した船と彼らの知識を吸収することで、帝国の発展はさらに爆発的な拍車をかけていた。
アトラス殿が創り上げた絶対防壁『ウォール・アトラス』の内外を問わず、パラディ島の至る所で、氷爆石や鉱物の資源採掘場が稼働し、大規模な農場や畜産施設、そして人口増加を見越した新居住区の開発が猛烈な速度で進んでいる。
だが、それ故の深刻な問題が一つあった。
この島は、恐ろしい程に肥沃で、未知の地下資源に溢れすぎているのだ。
アトラス殿の防壁によって確保された約110万平方キロメートルという広大な生存圏に対し、現在我々が抱える人口──百年前から解放された同胞を含めても、わずか百八十万という数は、あまりにも、あまりにも少なすぎる。
国家として、これほどの豊かな大地を開発・維持し、近代国家としての国力を高めるためには、慢性的な『圧倒的人手不足』に直面しているのだ。
(……ならば、迎え入れるしかない)
私の脳裏に浮かぶのは、海の向こうのマーレ大陸。
その各地に点在する収容区に押し込められ、家畜のように虐げられている、我々と同じ──数百万に及ぶエルディア人の同胞たちの姿だ。
彼らを解放し、この豊かなパラディ島へと受け入れる。
それは人道的な救済であると同時に、帝国が真の超大国へと飛躍するための必然的な労働力の確保でもある。
だが、ただ彼らを物理的に海を渡らせ、解放すれば済むという話ではない。
彼らは生まれてからずっと、マーレによる『壁の中の奴らは世界を滅ぼす悪魔だ』という、強固で徹底的な洗脳教育を受け続けてきたのだ。
マーレ内に蔓延るそのエルディア人蔑視と自己嫌悪の固定観念は、鎖を外したからといって容易に解けるものではない。
いきなり彼らを我々の社会に迎え入れれば、激しい文化摩擦と軋轢を生み、お互いにとって益にならない大混乱を招くことは明白だった。
(パラディ港で見られるような、マーレ兵とエルディア人の和気藹々とした光景は、あくまで特務兵団の厳重な管理下という小規模な範囲であり、一人一人に手が行き渡っているが故の理想的な姿に過ぎない。 ……国家レベルの数百万人規模となれば、話は全く変わってくる)
私は机上に広げた世界地図に視線を落とし、マーレ大陸を三つの区画に分断する線を、脳内で冷徹に引いた。
先ず、マーレという巨大な帝国を、物理的かつ政治的に解体する。
『旧植民地群』、『マーレ本土』、そして同胞たちが集中する『レベリオ収容区周辺地域』だ。
レベリオ収容区とその周辺の土地を、我々新エルディア帝国の『保護領』として割譲させる。
そして、その保護領の統治を、表向きはマーレの英雄一族であるタイバー家に任せるのだ。
急激な環境変化によるパニックを防ぐため、彼らにとって馴染み深い権威をクッションとして利用する。
その保護領において、時間をかけて、ゆっくりと、しかし確実に彼らの我々に対する固定観念を排除していく。
パラディ島の勢力は、世界を滅ぼす侵略者の悪魔などではなく、マーレの圧政から彼らを救い出した『解放者』であると。
百年に及ぶ不条理な迫害は終わり、遂にエルディア人は人間としての自由を手にしたのだという事実を、教育と豊かさをもって彼らの魂に刻み込むのだ。
「……ふっ」
私は、その壮大で気の遠くなるような青写真を描きながら、口角を微かに吊り上げた。
この悪魔的な分割統治案について、タイバー家現当主のヴィリー・タイバーには、数ヶ月前にケニーを通じた密使経由で、すでにその役割に就く承認を得ている。
事実上、我々が持つアトラス殿という『絶対的な神の武力』を背景にした脅しに近い提案であった。
だが、彼からの返答は私の予想を遥かに超えるものだった。
彼は我々の武力を恐れるどころか、むしろそれを味方に付け、今後の列強諸国に対する強力な『抑止力』として、タイバー家ごと我々新エルディア帝国の傘下に入りたいと、自ら申し出てきたのだ。
流石の私も、あの報告を受けた時は驚きを隠せなかった。
腐敗しきった軍国主義のマーレ帝国の中枢に、これほどまでに冷徹に自国を切り捨て、大局を見極めて決断を下せる優秀な人間がいたとは。
(……ヴィリー・タイバー。彼のその圧倒的な決断力と政治的嗅覚は、我々にとって莫大な益となるだろう。……だが、同時に、警戒を怠ればいずれ強烈な害にもなり得る毒牙だ)
有能な手駒は、常に己の首を狙う刃でもある。 彼の手綱は、私が死ぬまでしっかりと握り続けなければならない。
私は、地図から視線を外し、深く息を吸い込んだ。 世界を書き換えるための布石は、すでに盤石になりつつある。
あとは、すべての歯車が噛み合い、マーレが自壊を始める『来るその日』に向けて、ただひたすらに、我々の国力を高め、邁進するまでだ。
そう、私の中で静かな、しかし熱い決意が固まった、まさに、その時だった。
──────バァァァァァァァァァァンッ!!!!
「!?」
静寂に包まれていた総司令室の重厚なオーク材の扉が、まるで砲弾でも撃ち込まれたかのような乱雑さで、轟音と共に蹴り開けられたのだ。
蝶番が悲鳴を上げ、室内に風が巻き起こる。
私は、瞬時に思考を現実に引き戻され、思わずこめかみを押さえて大きなため息をついた。 開かれた扉の中央。
そこには、特徴的なゴーグルを額に押し上げ、白衣を油汚れと煤で真っ黒に染め上げた人物が、両手を天高く突き上げて仁王立ちしていた。
「エェェェルヴィィィィンッ!!!!! 遂に! 遂に完成したよぉぉぉぉぉぉっ!!!」
鼓膜を破らんばかりの大声で絶叫するのは、新エルディア帝国が誇る技術開発の頂点にして────────度を越えた変人、ハンジ・ゾエ部門長であった。
「見たかい!? いや、まだ見てないよね!? 私たちの叡智と、パラディ港の技術の結晶! 完全なる、純度百パーセントの『新エルディア帝国製・第一号蒸気船』が、遂に進水式を迎えたんだよぉぉぉっ!!!」
ハンジは目をバキバキに血走らせ、口からヨダレを飛ばさんばかりの興奮状態で、今にも私の執務机に飛び乗ってきそうな勢いで歓喜の舞を踊っている。
彼女が持ち込んだマーレの拿捕船の解析データと、アルミン少年の頭脳が合わさった結果、遂に我々は、自らの手で海を渡るための巨大な鋼の船を造り上げることに成功したのだ。
「……あぁ、そうか。よくやってくれた……」
私は、頭痛を堪えるように片手で顔を覆いながら、彼女の背後──開け放たれた扉の奥の廊下へと視線を向けた。
そこには、徹夜続きで目の下に真っ黒なクマを作り、油まみれになって今にもその場に倒れ込みそうなモブリットをはじめとする技術開発部門の部下たちが、幽鬼のように肩を落として立ち尽くしていた。
私は、目の前で奇声を上げ続ける上官に連日連夜振り回され、地獄のような開発スケジュールを生き抜いてきた彼らに向けて、心の底からの深い同情と敬意を込めて、静かにそう口にした。
「……本当に、ご苦労だったな。皆」
人類が海を越え、世界の覇権を握るための最大の翼が、今ここに完成した。 私の胃の安まる日は、まだまだ永遠に訪れそうにない。