進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第二百三十話

 

 

848年5月中旬

 

 

海の向こうのパラディ島で新エルディア帝国がかつてない速度で発展を遂げている頃、世界を支配してきた超大国マーレの中心は、初夏の生温かい風と、目に見えない深い焦燥感に包まれていた。

 

 

 

レベリオの郊外に広がる、広大なタイバー家本邸。

 

 

世界中から「悪魔の末裔」と迫害されるエルディア人でありながら、かつての巨人大戦でマーレに勝利をもたらした『救世の英雄』として、特権階級の頂点に君臨する一族の住まい。

 

 

色とりどりの薔薇が咲き誇り、手入れの行き届いた緑豊かな庭園は、すぐ壁の向こうに広がるレベリオ収容区の泥濘と絶望を完全に忘れさせるほどの、圧倒的な美しさと静謐さを保っていた。

 

 

 

その広大な敷地の一角に建てられた白亜の洋館。

 

 

外部の音を一切遮断し、機密を完全に守るために分厚い防音材と二重扉が施された、当主専用の書斎にて。

 

 

本来であれば決して同じ空間で言葉を交わすことなどあり得ない、三人の男たちが顔を合わせていた。

 

 

「……私の突然の呼び出しに応じてくれて、ありがとう。それぞれ、お互いに最新の情報の共有と、今後の大局に向けたすり合わせをしておきたいと思った故、こうして極秘の話し合いの場を設けた」

 

 

部屋の中央に置かれた重厚なマホガニーの机。

 

 

その上座に深く腰を下ろしたタイバー家現当主、ヴィリー・タイバーが、静かで、しかし部屋の空気を掌握するような知的な声で最初に話を切り出した。

 

 

見目麗しいプラチナブロンドの髪と、底知れぬ深淵を覗かせるような灰色の瞳。マーレという巨大な帝国を、実質的に裏から操る真の支配者である。

 

 

だが、その洗練された貴族的な空間に、一人だけ全く似つかわしくない異物が混じっていた。

 

 

「ったくよォ……だからって、俺にこんな窮屈な『使用人』のフリさせて呼び出すこたァねぇだろ。……いつから俺は、てめぇの小間使いになったんだってんだ」

 

 

乱暴な口調と共に、机の上にドカッ!と土汚れの付いた革靴が放り出された。

 

 

上等な仕立ての給仕服に身を包みながらも、裏社会で染み付いた血の匂いは隠しようがない。

 

 

首元の窮屈なタイを鬱陶しそうに引きちぎるように緩めながら、不遜な態度で葉巻を取り出した男の名は────ケニー・アッカーマン。

 

 

パラディ島の新エルディア帝国から送り込まれた、特務兵団の最高峰の暗殺者であり、現在マーレの心臓部で最も深く暗躍している密偵であった。

 

 

「ケニー、私の前ではともかく、ヴィリー様の前では必要最低限の礼儀というものをだな……」

 

 

ケニーのその無作法な振る舞いを、机を挟んで座っていたもう一人の男──マーレ軍の最高権力者であるカルヴィ元帥が、微かに眉をひそめて窘めようとした。

 

 

軍のトップである彼からすれば、国家の実質的支配者であるタイバー家当主の机に足を乗せるなど、万死に値する不敬である。

 

 

しかし、当のヴィリーは全く気を悪くした様子もなく、むしろ可笑しそうに小さく笑って片手を上げた。

 

 

「カルヴィ、良いんだ。私自身、現在進行形で彼らパラディ島勢力には大変助けられているからね。その上、私の密会のわがままの為に、彼にわざわざ危険な潜入と回りくどい変装をさせてしまったんだ。……ケニー殿、どうか楽にしてくれて構わないよ」

 

 

ヴィリーのその言葉に、ケニーはピタリと動きを止め、口に咥えかけていた葉巻越しに、鍔広の帽子の奥から鋭い三白眼でヴィリーの顔をじっと見つめた。

 

 

「……ふっ」

 

 

やがて、ケニーは鼻で短く笑い、机から足を下ろした。

 

 

「カルヴィ。てめぇのご主人様は、幾分か物分りが良いじゃねぇか。

───あの、いけ好かねぇ『金髪野郎』に通ずるところがあるぜ」

 

 

ケニーの、数多の修羅場を潜り抜けてきた類い稀なる殺人鬼としての『洞察力』が、目の前の男の本質を正確に見抜いていた。

 

 

立ち振る舞いの優雅さや、柔らかい笑みの奥に隠された、決して揺らぐことのない冷徹な芯。

 

 

感情に流されず、大局のためなら自身のプライドすら容易く切り捨てる合理性。

 

 

そして、世界を盤上に見立てて駒を動かす、途方もないスケールの野心。

 

 

(……なるほどなァ? エルヴィンの野郎が、こいつを遠く離れた海を越えて信頼すると同時に、最も警戒すべき毒牙だと見做しているその理由……ちょっと顔を合わせただけで嫌ってほど分かりやがる。マーレの支配者も、捨てたもんじゃねぇな)

 

 

ケニーは、ヴィリーのその静かな佇まいとほんの少しのやり取りだけで、彼がエルヴィン・スミスにも勝るとも劣らない、恐るべき知謀の持ち主であると確信していた。

 

 

「あのパラディ島を導く稀代の傑物、エルヴィン・スミス殿とまで並べて評して貰えるとは、私にとってこれ以上なく光栄だ。

……いつか、すべてが片付き顔合わせ出来る機会があれば、是非とも彼とは個人的に交流を深めたいものだな」

 

 

ケニーからのある種の最高の評価に対し、ヴィリーは顔を綻ばせながら、少し謙遜しつつも、海を隔てたまだ見ぬ英雄に対する純粋な敬意と、為政者同士として仲を深めたいという私欲の混じった言葉を口にした。

 

 

二つの巨大な歯車が、目に見えない糸で複雑に絡み合い、確実に世界を動かしている。

 

 

「さて、余談も程々に。……我々の時間が無限ではない以上、本題へと移ろうか」

 

 

ヴィリーのその一言で、フッと、密室の空気の重みが物理的に一段階下がった。

 

 

先程までの和やかな社交の空気は消え去り、国家の存亡と歴史の転換を扱う、冷たく研ぎ澄まされた謀略の空間へと変貌したのだ。

 

 

「カルヴィ……軍上層部の様子はどうだ?」

 

 

ヴィリーが、灰色の瞳を細めてカルヴィ元帥に問う。

 

 

「はい。芳しくはありません」

 

 

カルヴィ元帥は、胸に輝く幾つもの勲章の重みを感じながら、軍人特有の感情の分からない無機質な表情で、淡々と、しかし深刻な現状を告げた。

 

 

「ここ数ヶ月は、先の最高機密会議で私が提示した『巨人戦力喪失によるマーレ滅亡のタイムリミット』という圧倒的な重みと恐怖で、幹部たちの思考を停止させ、パラディ港の拡張工事と称した工作船に対する意識を逸らせていました。

……しかし、ここ最近になって、流石の無能な彼らも、ただの一隻も船が帰還しないという異常な損耗率と、その不自然さに違和感に気付いたようで。度々、作戦の中止と責任の所在を問う声が、派閥を超えて上がり始めました」

 

 

カルヴィは小さく息を吐き出し、言葉を続ける。

 

 

「これ以上の工作船の強行派遣は、軍内部のまとまりに致命的な亀裂を生じさせ、最悪の場合、私の権力失墜、あるいは内乱へと発展し、この国の統治そのものに影響を及ぼす恐れがあります」

 

 

マーレという泥舟を、ゆっくりと、しかし確実に沈めるための緻密なコントロール。

 

 

だが、死の恐怖に直面した人間たちの疑心暗鬼は、カルヴィの想定よりも早く限界を迎えようとしていたのだ。

 

 

その報告を聞いたケニーは、短くなった葉巻を灰皿に押し付けながら、嘲るように鼻を鳴らした。

 

 

「はっ、無能揃いのマーレ軍にしちゃあ、よくもまぁ数ヶ月も持ったもんだ。……だが、安心しな。丁度いい潮時だ」

 

 

ケニーは、皮肉な笑みを浮かべたまま、パラディ島から持ち込んだ最新の、そしてこの世界の常識を破壊する驚愕の事実を口にした。

 

 

「先月、新エルディア帝国で、とうとう『蒸気船の独自建造』に成功した」

 

 

「……なっ!?」

 

 

「プレゼントの件については、エルヴィンから『十分な技術と船体は確保できた。いつでも派遣を止めてくれて良い』と伝えられている。

……今、ここでアンタらに内ゲバで倒れてもらっちゃァ、こっちの計画も狂って困るからな。俺からアイツに、上手く伝えておこう」

 

 

「…………っ!!」

 

 

ケニーが平然と話した内容に、ヴィリーとカルヴィの二人は、その洗練された為政者の仮面を完全に剥ぎ取られ、驚愕のあまり言葉を失った。

 

 

「何だと……? いささか、それは早すぎないか……?」

 

 

カルヴィ元帥が、額に脂汗を浮かべ、僅かに目を見開きながら、信じられないといった様子でケニーに問うた。

 

 

「船の構造解析から、動力機関の設計、造船所の建設、そして実地での建造……たった数ヶ月だぞ? それでもう、大海を渡る巨大な蒸気船の独自建造にまで漕ぎ着けたというのか? 俄には、到底信じ難いが……」

 

 

「ケニー殿。カルヴィの言う通りだ。……それは、本当に事実だろうか?」

 

 

ヴィリーもまた、常に余裕を湛えていた姿勢を崩し、真剣な眼差しで、僅かに額に冷や汗をかきながらカルヴィの問いに便乗した。

 

 

彼らの驚愕は当然であった。

 

 

彼らからすれば、百年間、壁の中に引きこもり、馬と馬車しか知らなかった文明が、マーレが数十年かけて培ってきた最新鋭の蒸気船の技術を、たった数隻の拿捕船と技術者を与えられただけで、わずか数ヶ月で完全にリバースエンジニアリングし、自らの手で一から造り上げてしまったというのだ。

 

 

それは技術の進歩などという生易しいものではない。完全なる『文明の跳躍』である。

 

 

「さぁな。俺もずっとこっちで裏仕事ばっかりやらされてるから、直接その船を見た訳じゃねぇからハッキリとは答えられねぇ」

 

 

ケニーは肩を竦めたが、その直後、普段のおどけた様子とは完全に一線を画す、凄みのある真剣な表情になった。

 

 

「……ただ、帝国が誇る倫理観ゼロの変人と、化け物じみた先見の明を持つ頭脳の天才少年が揃ってんなら……その辺りをねじ曲げてでもやりかねんってのは、確かに言えるな」

 

 

そこから放たれる圧倒的な説得力。

 

 

ケニーが、冗談でもハッタリでもなく、嘘偽りなく事実として答えているというのは、修羅場を潜ってきたヴィリーとカルヴィの目には明らかだった。

 

 

「「…………」」

 

 

思わず、再び絶句する二人。

 

 

パラディ島の、あまりにも異常すぎる発展速度。

 

 

あの島には、膨大な氷爆石や鉄鉱石といった未開拓の豊富な資源があり、肥沃な大地がある事は、彼らも十分に理解している。

 

 

だが、それにしてもだ。余りにも異常である。

 

 

資材がどれだけあろうと、それを扱う「頭脳」と「組織力」が伴わなければ、宝の持ち腐れに過ぎない。

 

 

この異常な速度の進化を可能にしているのは、他でもない。

 

 

エルヴィン・スミスという男が、壁内のあらゆる才能を余すこと無く発掘し、適切に人材を確保し、完璧な配置と莫大な予算を決定し、無駄なく徹底的に効率良く国家という巨大な歯車を回し切っている為である。

 

 

もちろん、彼一人では決してなし得ない。

 

 

その彼の常軌を逸した要求と速度に、完璧に応えられるだけの、狂気的とも言える優秀な部下たちが数多く存在しているのだ。

 

 

「……は、はははっ! そうか、ははっ……!」

 

 

重い沈黙の後、ヴィリーは顔を覆い、現実離れしたその報告に、もはや腹の底から笑うしかなかった。

 

 

「つくづく……君たちを、真の『敵』にしなくて良かったと心から思うよ。本当にね……。

もし我々が覇権主義のまま彼らに牙を剥いていれば、今頃マーレは、巨人の力を使うまでもなく、圧倒的な技術力と物量の前にすり潰されていただろう」

 

 

ヴィリーは、自らの選択がマーレという国を救うための唯一の正解であったことを改めて痛感し、背筋に冷たい悪寒と、強烈な安堵を同時に走らせていた。

 

 

「そうだな。……工作船の件は、ケニー殿の言葉通り、これ以上の派遣を止める方針で進めよう。軍上層部の不満もこれで抑えられる」

 

 

ヴィリーは笑いを収め、再び冷徹な為政者の顔に戻って次なる一手を指し示した。

 

 

「ただ、工作船という形ではなく……『別のアプローチ』で、こちらから島へ船を送らせて欲しい。 カルヴィ、君の持つ手駒……マーレ軍内部や各地に潜伏させている『エルディア復権派の工作員』たちを、秘密裏にレベリオ収容区周辺へと集めるんだ。

……ケニー殿。エルヴィン殿に伝えて欲しい。マーレの正規の輸送船に偽装した船、もしくは以前鹵獲した工作船を使って、レベリオ軍港に極秘の迎えの船を送って欲しいと」

 

 

(……ここで、何としてでもエルヴィン・スミスに、パラディ島に『恩』を売っておく)

 

 

ヴィリーの灰色の瞳の奥で、恐るべき未来の盤面が描かれていた。 パラディ島は今後、間違いなく世界の覇権を握る。

 

 

その時、彼らエルディア人を迫害してきた世界中の国々は、報復を恐れてパニックに陥るだろう。

 

 

だが、その強大な新エルディア帝国が世界と融和し、成長基盤を構築していくためには、外の世界の情勢を知り尽くし、各国の言語や政治に通じた『優秀な工作員や外交のパイプ』が必ず必要になる。

 

 

 

タイバー家のコネクションに加え、マーレ内で地獄を這いずり回ってきたエルディア復権派の精鋭たちをパラディ島へ「無傷で」引き渡す。

 

 

それは、新帝国への極上の貢物であり、タイバー家が今後の新世界において確固たる地位を築くための、極めて重要な協力者としての布石であった。

 

 

「……あぁ分かった」

 

 

ケニーが短く頷く。

 

だが、その直後。ケニーは帽子を少し持ち上げ、鋭い三白眼で、ずっと黙って二人のやり取りを聞いていたカルヴィ元帥を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「……アンタがやろうとしてる政治的な小賢しい立ち回りは、何となく分かった。……ただ、ずっと疑問に思ってたんだがな」

 

 

ケニーは、葉巻の煙を長く吐き出しながら、核心を突くような低い声で問うた。

 

 

「カルヴィ……アンタ、何でそんなに都合よく『エルディア復権派』の連中と深く繋がってやがんだ? 俺の調べじゃ、アンタは代々続く名家出身の、純血の『マーレ人』の筈だろ……?」

 

 

その鋭い問いかけに、書斎の空気が一瞬だけピリッと張り詰めた。

 

 

マーレ軍の最高司令官でありながら、国家に対する反逆者であるエルディア復権派の命綱を握り、彼らを庇護しているという決定的な矛盾。

 

 

カルヴィは一瞬言葉に詰まり、重い口を閉ざしたまま、これを他国の密偵であるケニーに話すべきかと、確認を求めるように無言でヴィリーへと顔を向けた。

 

 

 

ヴィリーは、カルヴィの視線を受け止めると、ふっと静かに息を吐き、すべてを明かす許可を与えるように、深く、重々しく首肯した。

 

 

 

それを見たカルヴィは、組んでいた両手をゆっくりと解き、ケニーに向けて、長年分厚い軍服の下に隠し続けてきた、自身の魂の根幹に関わる恐るべき真実を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

「─────私は、マーレ人ではない……お前たちと同じ、『エルディア人』だ」

 

 

 

 

 

 

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