進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
「…………は?」
予想の斜め上を遥かに通り越した、あまりにも衝撃的な告白。
常に飄々として物事に動じないケニーでさえ、口を大きくパカリと開き、完全に間の抜けた声を漏らして絶句した。
「マーレ軍の……それもトップの元帥が、エルディア人……だと……? んな馬鹿な話があるか。血液検査一つでバレるような国だぞ、ここは……」
ケニーの混乱をよそに、カルヴィはただ淡々と、しかしその瞳の奥に、遠く血塗られた過去を懐かしみ、悼む様な、ひどく静かな声音で語り始めた。
「私はかつて……『フクロウ』───エレン・クルーガーと共に、マーレの治安当局に偽の血液検査記録を捏造して潜入していた、エルディア復権派の工作員だったのだ」
「フクロウ……!」
ケニーもその名には聞き覚えがあった。マーレ内部で暗躍し、グリシャ・イェーガーを導いた伝説的な復権派のリーダー。
「クルーガーとは、同志であり、同じ釜の飯を食った親友だった。 我々はマーレ人の仮面を被り、自身の同胞の指を詰め、楽園送りへと突き落とし続けるという……正気を保つことすら困難な、文字通りの地獄の中で、いつかエルディアを解放する日を夢見て情報を集め続けていた」
カルヴィの土気色の顔に、深い苦悩のシワが刻まれる。
「しかし、ある時……我々の組織の末端が尻尾を掴まれ、治安当局の苛烈な一斉摘発に巻き込まれた。私は数日間に及ぶ逃亡生活の末……傷つき、飢え、マーレの追手から逃れられないと悟り、裏路地で命からがら倒れ伏した。
……その死の淵にあった私を、偶然拾い上げ、匿い、助けて頂いたのが……この御方、ヴィリー様だったのだ」
カルヴィは、隣に座るヴィリーに向けて、深い感謝と忠誠を込めた一礼をした。
「私も、あの時は本当に驚いたよ」
ヴィリーは、当時の記憶を思い起こすように、少しだけ目を伏せて語り継いだ。
「私の屋敷の裏口で、血まみれになって力尽きていたマーレの将校。
……密かに手当てを施し、身元を調べた結果、彼がまさか、偽装して潜入していたエルディア復権派の生き残りだったとはね。
……だが、彼がうわ言のように繰り返していた同胞への懺悔と、マーレへの憎悪を聞いた時。私は、同時に深く悟ったのだ」
ヴィリーは、どこか呆れた様な、自虐的な笑みを浮かべた。
同時に、その表情には、かつて己の一族が犯してきた失態を悔いるような、どうしようもない無力感と罪悪感が色濃く滲み出していた。
「我々タイバー家が、かつての巨人大戦を終わらせたという『英雄』の名声に胡座をかき、安全な特権階級という裏の支配者の座に鎮座しながら。
……この国で、罪のない同胞たちが家畜のように虐げられ、壁の向こうの悪魔だと迫害され続けている現状に、何一つ口出しをしてこなかった。
その怠慢と見て見ぬふりのツケが……己の同胞を売るという地獄の業を背負わされ、路地裏で血を吐いて倒れていた彼の、あの悲惨な姿だったのだと」
ヴィリーの言葉は、懺悔そのものであった。
「───だから私は、彼を治安当局に突き出さなかった。 前当主の目を欺き、彼に新たな、そして完璧な『マーレの名門貴族』としての身分と経歴をタイバー家の権力を使って用意した。 当主の座を受け継いでからも、彼が軍の最高権力者である元帥に登り詰めるまで、裏からあらゆる財と手を尽くして徹底的に支援し続けた。
……それが、同胞を見捨ててきた私にできる、彼らに対するせめてもの『贖い』だったからだ」
ヴィリーの悲痛な独白を聞き終え、ケニーはゆっくりと葉巻の煙を吐き出した。
「……ヴィリー様」
カルヴィは、ヴィリーの言葉に対し、一切の表情を変えることはなかった。 それは彼が冷酷だからではない。
クルーガーと共に復権派として徹底的に施された、感情を殺してマーレ人として生き抜くための『工作員としての訓練』が、彼の肉体の芯まで染み付いているからだ。
「はっ。……どおりで、マーレの軍備拡張にやたらとブレーキをかけたり、無能な幹部どもを重用して軍を腐敗させたりと、不自然な動きが多いとは思っていたが。
そうか、カルヴィ……おめぇも、ある意味でタイバー家に救われ、縛られた身だったんだな」
ケニーは、長年マーレの中枢で感じていた違和感の正体がすべて繋がり、納得する様に目を閉じ、ふっと息を吐き出した。
「笑いたまえ、ケニー」
カルヴィは、自身の軍服に飾られた勲章を、忌々しげに、自嘲する様な手つきで撫でた。
「私はヴィリー様の尽力で元帥という軍の頂点の役についた。だが……頂点に立ったからといって、マーレの根深い差別構造と世界への恐怖を覆すことなど、不可能だった。
結局のところ、私が元帥として為し得たことなど、エルディア人の解放には程遠かった。
……精々が、無能な者を要職に就かせて意図的にマーレの軍事力を腐敗させ、あの無謀極まりない『始祖奪還計画』という自滅への作戦を強引に押し通し、壁の悪魔を刺激してマーレに破滅をもたらすよう仕向けることぐらいだったのだ……」
それは、己の無力さに対する、血を吐くような後悔の念だった。
同胞を救うために高い山に登ったはずが、結局は自国を内部から瓦解させるという、泥に塗れた陰湿な手段しか取れなかった男の末路。
その、あまりにも不器用で、悲壮感に満ちたカルヴィの自嘲する様な姿を見て。
ケニーの脳裏に、かつての『自分自身』の姿が強烈に重なり合った。
王都の地下街という掃き溜めで、力だけを信じて生き抜き、最強の暗殺者として名を馳せながらも、結局は何も生み出せず、何も救えなかったかつての自分。
ウーリ・レイスという圧倒的な存在に出会い、始祖の力を手に入れて彼と同じ『慈愛の景色』を見るという、決して叶うことのなかった夢にすがりつき、手を血に染め続けてきた自分。
(……ったく。他人の惨めな姿に感情移入するなんざ、俺らしくもねぇ……)
ケニーは、鍔広の帽子の奥で、自嘲気味に目を細めた。
だが、同時に彼の胸の奥で、決して消えることのない熱い炎が燃え上がっていた。
(……だが、そうだな。……俺が今、この男の背中を押してやるのも。……ウーリ、お前みたいな『誰かを許し、肯定する人間』に近づくための、第一歩だと思えば。……まぁ、悪くはねぇか)
ケニーは、深く肺に空気を吸い込むと、咥えていた葉巻を灰皿に叩きつけ、意を決して重い口を開いた。
「───カルヴィ、ふざけた事言ってんじゃねぇぞ」
ケニーの声は、静かだったが、部屋の空気をビリビリと震わせるほどに鋭く、そして強烈な圧を伴っていた。
「てめぇが自分のやった事を泥臭くて無様だと卑下しようが、知ったこっちゃねぇ。
……だが、俺たちパラディ島の連中にとって、てめぇが始祖奪還計画を押し通してくれたからこそ、マーレの戦士たちをこちら側に引き入れる事ができた。
てめぇが軍を腐敗させてくれたからこそ、今の新エルディア帝国の圧倒的優位がある。
そして何より……俺たちにアンタは協力して、今まさにその『エルディア人の真の解放』を成し遂げようとしているじゃねぇか」
ケニーは、立ち上がり、大股でカルヴィの正面へと進み出た。
そして、かつての『切り裂きケニー』としての殺意すら滲ませるほどの強烈な眼光で彼を睨み据えながら、これまでの血塗られた人生で一度も口にしたことのない、最大の激励を、目の前の漢へと叩きつけた。
『──────誇れ』
「……てめぇが血反吐を吐きながら歩んできたその道は、間違いなく今の結果に繋がってんだ。
例え世界中の万人がアンタのやり方を『裏切りだ』『無様だ』と否定しようとも……。王都の地下で泥水啜って生きてきたこのケニー・アッカーマンが、アンタの生き様を『誇って良い』と、ここでハッキリ言ってやる……!」
それは、理不尽な世界で足掻き続けた敗者同士にしか分からない、魂の底からのエールであった。
「…………ッ」
カルヴィの瞳が、大きく見開かれた。
長年、フクロウの死を背負い、マーレ人としての鉄仮面を被り続け、誰にも己の苦しみを打ち明けることなく、ただ一人で国を沈めるという大罪を抱え込んできた老将。
その彼の瞳から、ツーッと、一筋の透明な涙が、シワの刻まれた頬を伝って零れ落ちた。
「……ふっ……まさか、お前のようなならず者の口から、これ程までに胸が熱くなる様な言葉を投げかけられる日が来るとはな……」
カルヴィは、涙を拭うこともせず、ただゆっくりと、その顔に、仮面ではない、一人の人間としての温かい『笑み』を浮かべた。
「本当に……人生というものは、最期まで何があるか分からないな。
──────ありがとう、ケニー」
カルヴィのその憑き物が落ちたような安らかな笑顔を見て、ヴィリーもまた、心からの救済を感じたように、静かに目を閉じて微笑んだ。
ケニーは、照れくさそうに帽子を深く被り直すと、背を向けて窓の外の青空を見上げた。
(……なぁ、ウーリ……俺は、お前みたいに、圧倒的な力で誰かをひざまずかせたり、神様みたいに世界を愛で包み込むような立派な人間には、到底なれねぇ……。
やっぱり俺は、どうしようもない暴力と暴言しか知らねぇクズのままだ)
ケニーは、ポケットに両手を突っ込みながら、心の中で静かに語りかける。
(だが……こういう泥臭い励まし方でしか救えねぇ奴らと一緒に、この世界を少しでもマシな方向に引っくり返してやるよ。俺は俺のやり方で、『俺のウーリ』になってみせる。……どうか、あの世の特等席で、面白おかしく見ていてくれや。ウーリ)
彼は心の中で、今は亡き、唯一の親友に向けて、静かに、そして力強く誓うのだった。
初夏の生温かい風が、タイバー家の美しい庭園を吹き抜け、密室の書斎に確かな希望の香りを運んできていた。
決して交わるはずのなかった三人の男たちの謀略は、互いの過去と罪を許し合い、やがて来る『人類の夜明け』に向けて、さらに強固な絆となって結実していくのであった。