進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
第二百三十一話
848年6月下旬
パラディ港から壁内の方向に直線距離にして約30kmほど内陸へと入った平原のど真ん中に、見渡す限り青々と輝く広大な水辺が広がっていた。
ジリジリと肌を焼くような初夏の日差しが、さざ波立つ水面をキラキラと黄金色に反射させ、吹き抜ける風が心地よい涼気を運んでくる。
ここ、『アトラス湖』にて。 俺の前世の記憶──あの血みどろで絶望に満ちた原作『進撃の巨人』において、互いに殺し合い、騙し合い、憎み合っていたはずの主要な登場人物たちが、今日、この場所に一斉に集結していた。
(……いや、それにしても。なんで当然のように、湖に俺の名前が使われてんだよ……)
俺は、燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びながら、遠い目をしつつ内心で盛大なツッコミを入れていた。
もう随分と遠い昔の様な話に感じるが。
俺がまだ巨大樹の森で引きこもり、人間体へと受肉する前のことだ。
リーシェと一時的に別れ、一人で鬱憤と孤独を持て余していたあの一年ちょっとの空白期間。
自身の規格外のパワーを持て余した俺が、「ちょっとしたストレス発散」のつもりで、地面に向けて全力の打撃を加えたことで形成された超巨大なクレーター。
万が一のことを考えて、壁からかなり離れた位置でやったんだった。
あの時は、地盤がドゴォォォン!と沈下して半径10kmほどの地形がすり鉢状に消し飛んだだけで、特に水が吹き出したりはしていなかった筈なのだが。
数年の時を経て、どこかのタイミングで地下水脈が破れて水が吹き出し、結果としてこの巨大な湖が形成されてしまったらしい。
(ちょっとしたストレス発散のつもりが、地形操作レベルで陥没したからなぁ……あの時はマジで焦った……)
自身の過去のやらかしが生み出した雄大な大自然の産物を前に、俺は頬を引き攣らせた。
とにかく、今日この湖畔に集まった、ある意味で奇跡的かつクレイジーすぎるメンツについて紹介しよう。
先ず、俺とユミル、そしてリーシェのベニア三姉妹は当然として。
帝国特務兵団総司令こと、金髪の苦労人エルヴィン・スミス。
そしてその腹心たるミケ・ザカリアスと、帝国の刃こと人類最強の男、リヴァイ・アッカーマン。
少し離れた場所には、駐屯兵団の長を務める酒好きのピクシス司令や、家族サービス抜きで引っ張り出された憲兵団師団長ナイル・ドーク。
帝国技術開発部門の二大頭脳である、ハンジ・ゾエ部門長とアルミン・アルレルト。
三神教のトップに君臨するニック大司教と、彼に養子として迎え入れられた『顎』の継承者である方のユミル。
さらには、現在の帝国の真の女王として君臨するフリーダ・レイスと、その異母妹であるヒストリア・レイス。
さらにさらに、かつては人類の敵として壁を破壊しにきたはずのマーレの戦士組──ライナー・ブラウン、ベルトルト・フーバー、アニ・レオンハートに、ピーク・フィンガー。
そして、医者であるグリシャさんの補佐としてすっかり壁内に馴染んで働いている『獣の巨人』ことジーク・イェーガー。
当然、シガンシナ区で俺たちの第二の家族となっているイェーガー一家────グリシャさん、カルラさん、TS美少女化して百合絵師として更に覚醒したエレンちゃん、ミカサちゃんも、全員参加している。
……文字通り、オールスター大集合である。 世界を滅ぼす地鳴らしの脅威も、マーレとの血で血を洗う戦争も、どこへやら。
「……ねぇ……リーシェ……今日って、何のために集まってるんだっけ……」
俺は、首から下を覆う布面積が絶望的に少なく、フリルとリボンが無駄にあしらわれた扇情的な『水着』という名の極小の衣服に身を包み、肌を撫でる初夏の風に居心地の悪さを激しく感じながら、前に立つ愛妻に問うた。
「ん? 量産型蒸気船三番艦の進水式よ? ……あっ、アトラス、その腕、後ろ手に回して。ちょっと前傾姿勢になってくれる?」
「…………」
そう、彼女の言った通り、今日はこの湖で建造された新型蒸気船の『進水式』なのだ。
俺は普通にただ、帝国の象徴たる女神として、その厳かな式典の視察に来ただけ。 その筈、だったのに……。
なぜか俺は今、湖畔の白い砂浜の上で、まるでグラビアアイドルの撮影会のように、リーシェの指示通りにポーズをとらされているのである。
「きゃー! お姉様かわいい!! すっごく似合ってるよ!!」
きゃっきゃっ、とテンション爆上がりで、純白の可愛らしいビキニ姿のユミルが、俺の太ももやお腹、そして腕にすり寄るように抱きついてきた。
彼女の柔らかな肌と、女性特有の豊かな膨らみが、俺の素肌にダイレクトに密着してくる。
俺は、そんな二人の熱烈なスキンシップを受けながら、周囲の光景へと視線を向け、自身の脳が現実の理解を全力で拒絶していくのを感じていた。
少し離れた砂浜では、皆が俺たちと同じように『水着』に着替えており、巨大なパラソルを立てたり、BBQの網で肉や野菜を焼く準備を始めたりしている。
パラソルの下では、水着姿のまま絵筆を握り、涎を垂らしながら俺たち三人の絡みを猛烈な勢いでスケッチしているエレン少女の姿があった。
そして、そのエレンの華奢で美しい肢体に、背後から熱烈に抱き着き、首筋に顔を埋めて完全に落ち着ききっているミカサちゃん。
さらに奥の木陰に目を向ければ、BBQのトングを持ったグリシャさんとカルラさん、そしてすっかり憑き物が落ちた柔和な表情のジークが、本物の仲睦まじい家族のように和やかに談笑している。
水辺では、ヒストリアが顎ユミルに水をかけ合ってじゃれ合い、それをニック大司教とフリーダ女王が微笑ましく見守っている。
その後方では、俺の極小水着姿を直視してしまったライナーとベルトルトが、仲良く鼻血を噴き出して砂浜に倒れ伏し、アニとピークが「……キモ」と冷たい視線を投げ下ろしていた。
エルヴィン総司令とピクシス司令は、昼間からビール瓶を片手に優雅に乾杯し、ハンジとアルミンは湖に浮かぶ蒸気船の構造について熱く語り合っている。
カオス。 もう、カオスという言葉すら生ぬるい。
「う〜み〜は〜ひろい〜な〜おおきい〜な〜」
俺は、完全に現実逃避をするため、空を見上げながら、前世の記憶にある童謡を棒読みのトーンで口ずさんだ。
「アトラス? あれは湖よ?」
「……うん。知ってる」
せっかく現実逃避の旅に出かけていたのに、秒で的確なツッコミを入れて引き戻さないでくれ、リーシェ。
「あははっ! お姉様の歌、変なのー! でも声がすっごく綺麗だから、なんだか神聖な賛美歌に聞こえるね!」
そしてユミル。 そろそろ、俺の体を無邪気に弄り回すのはやめてくれないか。
最初はただ腕に抱きついて太ももにすりすりしているだけだったのに、何か変なスイッチが入ったのか、だんだんその手付きが、俺の腰のくびれや、水着の紐の結び目といった、極めて危ない方向(意味深)へと這い上がってきているから。
「こらユミル。独り占めは許さないわよ。……アトラス、こっちを向いて。私にもその美しい肌を堪能させてちょうだい」
リーシェまでもが、俺の反対側の腕に絡みつき、背中から俺の耳元へと甘い吐息を吹きかけてくる。
「ひゃっ……! ちょ、二人とも、人前だから! エレンちゃんが目を血走らせてこっち見てるから! スケッチの筆の動きが早すぎて残像見えてるから!」
俺が顔を真っ赤にして抗議するものの、二人の耳には全く届いていない。
ここ最近は、突拍子も無いぶっ飛んだ出来事もすっかりなりを潜め、平和な日常が続いていた。
だが、ちょっと気を抜いたらこれだ。
BBQの肉の焼ける香ばしい匂いが風に乗って漂い、遠くからはしゃぐ子供たちや兵士たちの笑い声が聞こえてくる。
誰も死なない。 誰も巨人に喰われない。 誰も、明日を生きる恐怖に震えていない。
まさに、俺が望み、命を懸けて掴み取った『平和の塊』みたいな光景が、ここには広がっている。
だが、俺の心の奥底にある「進撃の巨人」という血塗られたダークファンタジーの原作知識が、この光景の理解を、良くも悪くも激しく拒んでいた。
(……なんで、グリシャさんとジークが仲良く談笑してんだよ。なんでライナー達が俺の水着見て鼻血出して倒れてんだよ。なんで始祖の神様がビキニ着て俺にセクハラしてきてんだよ……)
もう、俺の知っている原作の面影は、キャラクターの名前と顔以外、何一つとして残っていない。
「えへへ……お姉様、 ほら、早くお水に入ろっ!」
ユミルが俺の手を引き、キラキラと輝く湖面へと向かって走り出す。
「あっ、ちょっとユミル! 待ちなさい、私が先よ!」
リーシェも慌てて後を追い、三人で波打ち際へと駆け込んでいく。
冷たい湖の水が、夏の熱気に火照った素足を心地よく冷やしてくれた。
水しぶきを上げながら笑い合うリーシェとユミルの姿を見て、俺の胸の中にあった原作知識の違和感やツッコミも、次第にどうでもよくなっていくのを感じた。
まぁ、いいか。
どんなにカオスで、どんなに原作崩壊していようと。
この世界で、俺の愛する人たちが、こうして心から笑って生きられているのなら。
俺は、青く澄み渡るアトラス湖の空を見上げながら、神が設計した極上の美少女フェイスに、誰に見せるでもない、心からの安堵と幸福に満ちた笑顔を浮かべるのだった。