進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
「…………」モグモグ
アトラス湖の湖畔に、炭火で肉や野菜が香ばしく焼ける匂いが漂い始めていた。
先程までの、あの理不尽極まりない水遊びという名の俺の小賢しいルールの完全崩壊と完敗から数十分。
バーベキューが本格的に始まり、周囲の兵士や幹部、戦士組達や家族たちが和気藹々と宴を楽しむ中、俺はただ一人、用意された折りたたみ椅子に深く腰掛け、顔面に「絶賛不機嫌中」という分かりやすい貼り紙をして、無言で串焼きの肉と野菜を咀嚼し続けていた。
あの手この手で言い訳や理不尽を訴えはしたものの、結局のところ、始祖のチート(戦闘技能のインストール&潜水潜伏)と人類最強の鬼神の知略に、完全に手玉に取られてしまったのだ。
(くそっ……あんなドヤ顔でルール説明した自分が恥ずかしすぎる……!)
思い出すたびにカァッと顔が熱くなり、俺はさらに口を尖らせて、ヤケクソ気味に肉を噛みちぎる。
そんな、あからさまに不貞腐れてハリネズミのように警戒心を放つ俺の隣に、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
「ふふっ、そろそろ機嫌直して? ほらアトラス、あ〜ん」
声の方へ視線を向けると、そこには、テーブルに肘をついて頬杖をつき、極上の慈愛に満ちた表情を浮かべるリーシェの姿があった。
彼女の細く白い指先には、フォークで刺された絶妙な焼き加減の肉が握られ、俺の口元へと優しく差し出されている。
そのアイスブルーの瞳は、怒ってそっぽを向いている俺の姿すらも「可愛くて仕方がない」とばかりに蕩けきっていた。
「……」
俺は、ムッとした表情を崩さないまま、差し出された肉とリーシェの顔を交互に睨みつけた。
ここで素直に口を開けば、また彼女たちのペースに乗せられてしまう。ささやかな意地がブレーキをかける。
だが、鼻先をくすぐる炭火焼きの肉の匂いと、何より、俺のご機嫌をとろうと甘い声を出してくる愛妻の誘惑に、俺の貧弱なストッパーはあっさりと陥落した。
俺は少し考えるように間を開けた後、目を伏せがちにして、控えめに小さく口を開き、そのお肉を受け入れた。
はむっ……
「っ……ほんっと、アトラスって何でこんなに可愛いのかしら?」
俺がもぐもぐと肉を頬張る姿を見た瞬間、頬杖をついていたリーシェが、愛おしさをこれ以上隠しきれないといった様子で自身の頬を赤く染め上げ、信じられないくらい甘ったるい、小っ恥ずかしい言葉を口にした。
ただでさえ水着という露出の多い格好で、こんな恥ずかしいやり取りを周囲に見せつけているのだ。
俺はそんな彼女の重すぎる愛情など知らんとばかりに、微かに耳の先まで赤くさせながら、ぷいっとそっぽを向いた。
「……ふんっ」
わざとらしく鼻を鳴らしてそっけない態度をとってみせるが、口の中に広がる肉の旨味と、彼女からあーんされたという事実が、俺の不機嫌を確実に溶かし始めていることは自覚していた。
すると、そんな俺たち二人の甘ったるい空間に、遠くの方から賑やかな足音と共に、ある一家の集団がやってくるのが見えた。
「あらあら、アトラスちゃん拗ねちゃってるじゃない。でも何だか新鮮ね。うふふっ」
先頭を歩いていたカルラさんが、俺の膨れた頬を見て、容赦なく微笑ましい表情でからかうように言葉を投げかけてきた。
「あっ……カルラさん……」
いつも俺たちを温かく見守ってくれている第二の母親のような存在。
彼女のその、子供の痴話喧嘩を見守るような生暖かい視線に晒され、俺は一気に居た堪れなくなり、そっと視線を落として、静かに俯くことしか出来なかった。
だが、カルラさんのからかいなど、これから訪れる暴風雨に比べればそよ風のようなものだった。
「今のあ〜ん! もっかいお願い出来ますか!? 不機嫌ながらも真っ直ぐな愛に渋々受け入れるアトラスさんのその表情と、そんな不器用ながらもしっかり甘えてくれる彼女にどうしようもない愛が滲み出すリーシェさんのあの顔! あれは必ず後世に遺さなければならない最高の構図です! お願いします! もう一回おなじ──────ぐあぁぁ!」
俺たちのやり取りに興奮を隠すこともせず、マシンガンのように言葉を投げまくってきたのは、可愛らしいフリルのついた水着姿のエレン少女であった。
彼女のその、深窓の高貴な貴族令嬢みたいな可憐な見た目からは到底想像もつかない、早口でオタク特有の熱量を持った語り口。
だが、彼女のその狂気的な要求は、最後まで言い切られることはなかった。
彼女のすぐ隣に立つ、これまたスタイルの良い、引き締まった美しい肢体を水着に包むミカサちゃんが。
無言のまま、エレン少女の頭を後ろから右手でガシッと鷲掴みにし、そのままギリギリとミシミシ音を立てて締め上げ始めたのだ。
(ふ、深窓の高貴な貴族令嬢みたいな見た目で、なんつーこと言ってんだ君は……そしてミカサちゃん、握力が完全に暗殺者のそれだよ……)
俺は、頭蓋骨が軋む音を聞きながら、内心でドン引きしつつツッコミを入れた。
「──────エレン、少し落ち着いて」
ミカサちゃんは、エレンの頭を鷲掴みにしたまま、全く抑揚のない、単調で冷徹な声音でそう言葉を掛けた。
アイアンクローをキメながら「落ち着いて」も何もないと思うのだが。
「いだいだいっ! 割れる! 割れるってミカサっ!!! 助けて母さん!!!」
エレンが涙目になりながら悲鳴を上げ、唯一の希望であるカルラさんに向けて両手を伸ばして助けを懇願する。
だが、イェーガー家の母は強かった。
「ミカサ、あと三十秒そのままお願い出来る?」
「分かりました」
「なんでぇっ!?」
カルラさんは、満面の、一切の曇りもない笑顔でミカサちゃんにアイアンクローの続行を指示し、ミカサちゃんは「了解しました」とばかりにさらに指の力を強める。
エレンちゃんは、信じていた母からの無慈悲な宣告と、頭蓋骨を軋ませ続く痛みに、完全に絶望の表情を作って顔を歪めていた。
そんな、カオスを煮詰めたような女たちのやり取りから少し離れた、タープの奥の木陰。 そこには、この光景をどこか遠い世界のものとして傍観している、二人の男の姿があった。
「父さん……俺ちょっと、"コレ"が異母妹とは思いたくないんだが、どうしたらいいと思う……?」
「…………」
バーベキューの紙皿を持ったジークが、完全に冷めきった死んだ魚の目で、頭を鷲掴みにされて悲鳴を上げているエレンを視界に入れながら、隣のグリシャさんに乾いた声で問いかけていた。
対するグリシャさんもまた、言葉を発することなく。 ただ無言で、受け入れ難い光景に目元に濃い影を落とし、重く深い溜息を吐き出すことしかできていなかった。
かつて、血みどろの未来を幻視していた二人の男が、今や「天才百合絵師オタクと化した娘(妹)」の奇行に頭を悩ませるだけの、哀愁漂う一般男性へと成り下がっている。
(……ごめんな、二人とも。大体俺のせいなんだ……)
俺は、彼らの背負う理不尽な疲労感に密かに同情し、心の中でそっと手を合わせた。 と、その時。
「あっ! エレンちゃんだ! やっほー! また暴走してたのー?」
向こうの焼き台の方から、両手にたんまりと焼きたての肉と野菜を盛った大皿を持つユミルが、なんとも間の抜けた、平和で緩い声音でエレンの様子を面白そうに笑いながら近づいてきた。
彼女もまた、純白の可愛らしいビキニ姿だ。
「お肉持ってきたよーっと。よしっ! お姉様、膝借りるねー」
俺の前にやってきたユミルは、大皿を俺の前のテーブルの上に置くと。 なんの躊躇いも、事前の許可もなく、俺の大胆に晒されている素足──水着姿で無防備になっている柔らかい太ももの上に、くるりと背を向けて、自分のお尻をどすんと乗せて座り込んできたのだ。
「えっ……」
ユミルの柔らかなお尻と太ももの裏側が、俺の素肌にダイレクトに密着する。
彼女は、時折むにむにとしたお互いの肌の感触を確かめる様に、わざとらしく体重をかけて身体を揺らしながら、自分の皿の肉を口に運び始めた。
「……なんで当たり前の様に座んの……普通に恥ずかしいんだけど」
俺は、周囲の視線(特に鼻血を出しそうな顔で見ているライナーやベルトルトなどの男性陣)を気にして、死んだ魚の目で、声を低くしながらユミルに苦言を呈した。
ただでさえ水着で肌の露出が多いのに、こんな密着した状態を見せつけるなんて、羞恥心で身体が燃え上がりそうだった。
だが、ユミルは、そんな俺の小言など全く意に介さなかった。
「お姉様の太ももがあったからだけど?」
まるで、「そこに山があるからだ」という登山家の名言でも口にするかのような、一片の曇りもない堂々とした表情で。
彼女は、モグモグと肉を咀嚼しながら、事も無げにそう答えたのである。
「うぉおおおお!!! 最高ですユミルさん!!! そのままっ! そのままでお願いします!!!」
その、超絶美少女の太ももに、無邪気な美少女が座り、さらにその横で頬杖をついて微笑む鬼神という、完成されすぎた至高の構図。
それを見たエレン少女が、またしてもミカサに頭を鷲掴みされている痛みすら完全に忘れ、奇声を発しながら、震える手でスケッチブックに猛烈な勢いでペンを走らせ始めた。
(……はぁ……もう、なんだこれ)
俺は、アイアンクローされながら狂ったようにスケッチを続けるエレンと、俺の太ももで上機嫌に肉を食べるユミル、そして俺を蕩けるような目で見つめ続けるリーシェを交互に見比べた。
太陽はすでに西の空へと大きく傾き、アトラス湖の水面を黄金色から深い茜色へと染め上げている。
夕暮れ特有の、少しだけひんやりとした涼しい風が、湖面を渡って水着姿の肌を撫でていった。
(もういいや……日が暮れてちょっと寒くなってきたし)
これ以上、一人で不貞腐れてツッコミを入れ続けるのが、なんだか急に馬鹿らしくなってきたのだ。
どんなにカオスでも、どんなに恥ずかしくても、結局のところ、俺はこの騒がしくて愛おしい空間が、どうしようもなく好きなのだから。
俺は、小さく息を吐き出して、顔に張り付けていた不機嫌の仮面をスッと下ろした。
そして、俺の太ももの上に座って肉を頬張っているユミルの、その細く引き締まったくびれへと、自身の両腕をゆっくりと伸ばした。
「えっ……お姉様?」
不意に背後からホールドされたユミルが、驚いて動きを止める。 俺は構わず、彼女の華奢な身体をギュッと抱き寄せると、そのまま彼女の温かい首筋に、自身の顔をすっぽりと埋めた。
「んんっ……お姉様、くすぐったい……えへへ」
ユミルの甘い花の香りと、柔らかな体温が、夕暮れの肌寒さを優しく中和してくれる。
俺が甘えるようにユミルを抱きしめ返すと、隣で見ていたリーシェも「もう、アトラスったら」と嬉しそうに目を細め、俺の肩にそっと自身の頭を乗せて寄り添ってきた。
結局のところ。 俺はいつだって、この愛すべき彼女たちの引力に、抗うことなどできないのだ。
俺は、ユミルの首筋の温もりを感じながら、湖畔に響く賑やかな笑い声の中で、静かに、そして幸せな諦めを含んだ微笑みを浮かべるのだった。
来週から月・水・金の週三投稿に戻ります。