進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第二百三十九話

 

 

848年8月上旬

 

 

マーレの大陸から海を隔てた南方に位置する、広大な砂漠と豊かな資源を有する国家群の同盟、『中東連合』。

 

 

その軍事的な心臓部である参謀本部の中枢にて、重苦しく、それでいてどこか熱を帯びた極秘の会議が開かれていた。

 

 

真夏の焼け付くような熱気を遮断するために分厚い石壁で囲まれた大広間には、冷たい氷柱を置いた風通しの工夫が施されているものの、円卓を囲む各国の軍を統括する代表者らが放つ異様な興奮と熱気が、室内の空気をジットリとしたものに変えていた。

 

 

 

香辛料の効いた濃いコーヒーの香りと、高級な水煙草の煙が入り混じる中。

 

 

彼らが今日、この厳重な警備の下で一堂に会した理由は言うまでもない。

 

 

『マーレ国・巨人戦力完全喪失』に関わる、世界を根底から引っくり返すであろう極大の案件についてであった。

 

 

「……各国の諜報部から上がってきた断片的な情報を照らし合わせた結果。……もはや、疑いようがない」

 

 

円卓の上座に座る中東連合の軍総司令が、組んだ両手の上に顎を乗せ、血走った目で周囲の代表者たちを見回した。

 

 

「マーレは……その絶対的な軍事力の要であった『九つの巨人』の殆どを、失っている」

 

 

その言葉が落ちた瞬間、円卓を囲む代表たちの間で、押し殺したような息を呑む音が連鎖した。

 

 

中東連合をはじめとする諸外国の上層部は、ここ数ヶ月間、水面下で密かにその可能性について議論と推測を重ねてきた。

 

 

そして遂に今日、その可能性が『非常に高い』という確信に至るだけの、決定的な証拠のピースが揃ったのだ。

 

 

「数年前にマーレが大々的に発表し、実行に移したパラディ島の『始祖奪還計画』。……作戦に赴いた四人の戦士、すなわち『超大型』『鎧』『女型』『顎』の四つの知性巨人は、未だに帰還していない。彼らはあの島で消息を絶ち、喪失したのだ」

 

 

総司令は、卓上に広げられた世界地図のパラディ島を指先でトントンと叩いた。

 

 

「さらに、だ。我々の放った密偵からの報告によれば、四つの巨人を失い功を焦ったマーレ軍上層部は、その後、切り札である『獣』と『車力』までをもパラディ島へ偵察に送り込み……結局、その二体をも喪失した」

 

 

「……馬鹿な。あのマーレの『驚異の子』と呼ばれたジーク・イェーガーまでもがか?」

 

 

代表の一人が、信じられないものを見るように声を震わせた。 だが、事実はさらにマーレの無様な失態を浮き彫りにしていた。

 

 

「それだけではない。過去、マーレがパラディ港の『拡張工事』と称して定期的に送っていた工作船。

……あれは、マーレが島に橋頭堡を築いているのではない。あの港は既に、何者かの手によって奪取されており、マーレの船は帰還することなく次々と拿捕されているのだ」

 

 

総司令は、水煙草の煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 

 

「そして何より。……ここ最近、我々中東連合や諸外国に対する、あの傲慢なマーレからの国境沿いでの軍事的挑発行為が、ピタリと止まっている。

……これが、奴らが内情の致命的な弱体化を隠蔽し、怯えているという何よりの証拠なのだ」

 

 

「…………」

 

 

会議室に、濃密な沈黙が落ちた。 長年、巨人の圧倒的な武力によって蹂躙され、資源を奪われ、屈辱を味わい続けてきた諸外国の代表たち。

 

 

彼らの胸の奥底で、巨大な獣の首に今まさにナイフを突き立てられるという、途方もない歓喜と野心がドロドロと燃え上がり始めていた。

 

 

「……待て。罠である可能性は?」

 

 

その熱に浮かされた空気を冷水で割るように、慎重派の初老の代表が、険しい顔で言葉を投げかけた。

 

 

「我々中東連合が対巨人用の徹甲弾や新兵器の開発を進めていることは、マーレも知っているはずだ。 その我々に、あえて『弱体化』をアピールし、こちらから手を出させる為のブラフ……高度な情報戦という可能性も十分考えられるのではないか?」

 

 

彼の危惧は尤もだった。相手は百年もの間、謀略と恐怖で世界を支配してきた帝国なのだから。 しかし、別の代表が鼻で笑ってそれを一蹴した。

 

 

「ハッ。……買い被りすぎだ。あの己の権力と保身にのみ縋り、巨人の力に胡座をかいてきたマーレの『無能な豚共』が、そのような己の威信を傷つける回りくどい策を取るとは到底考えられない」

 

 

「その通りだ」と別の者も同調する。

 

 

「奴らは力でねじ伏せることしか知らない軍国主義の亡者だ。もし戦力が健在であれば、我々が新兵器を完成させる前に、軍艦と知性巨人を国境に並べて恫喝してきているはずだ。それが無いということは、本当に『手も足も出ない』状態にあると見て間違いない」

 

 

これまで幾度となく強硬な手段と暴力で世界を黙らせてきた国だ。彼ら諸外国の中にあるマーレに対する『傲慢で思慮の浅い国』というある種の固定観念は、そう易々と振り払えるものではなかった。

 

 

むしろ、その固定観念こそが、彼らの目を真実から遠ざけていた。

 

 

「……だが、もし、だ」

 

 

最初に罠を疑った初老の代表が、額に嫌な汗を滲ませながら、誰もが避けて通りたかった『最悪の懸念』を口にした。

 

 

「もしマーレが本当に六体もの巨人戦力を喪失していたとして……その知性巨人は、一体『どこの手』に渡ったというのだ? ……まさか、パラディ島……あの壁の中に住まう『悪魔たち』が、すべてを奪い取ったとは言うまいな?」

 

 

その言葉に、会議室の温度が物理的に数度下がったかのような錯覚が起きた。

 

 

長年、マーレの脅威に晒されてきた彼らだが、それ以上に彼らの魂の根底に刻み込まれているのは、かつて世界を地獄の底へと突き落としたエルディア帝国の悪夢──パラディ島に住まう『本物の悪魔たち』に対する根源的な恐怖であった。

 

 

もし、壁の中の悪魔たちが、タイバー家の管理する『戦鎚』を除く、すべての知性巨人をその手中に収めたと言うならば。

 

 

もはや、マーレが弱体化したなどという次元の話ではない。世界が明日終わるかもしれない、真の終末の危機だ。

 

 

「…………それは、分からない」

 

 

総司令は、苦虫を噛み潰したような顔で首を横に振った。

 

 

「密偵からも、有益な情報は一切返ってきていない。 だが……もし仮に、島の悪魔共がすべての巨人を手にしていたとして。

あの島には、我々を地鳴らしの恐怖から守り続けている絶対的な枷──『不戦の契り』によって戦いを放棄し、縛られている壁の中の王が居る」

 

 

総司令は、その『王の平和主義』という百年続いた伝説にすがるように、言葉に力を込めた。

 

 

「あの呪縛が存在する限り、島の悪魔たちが壁を越えて、あちらから積極的に世界へ手出しをしてくる事は無いだろう。

……現に、マーレの戦力が喪失して尚、我々がこうして無事に話し合いの場を設けていられているのが、その何よりの証拠ではないか」

 

 

その言葉を聞き、議場内に居る代表らは、強張っていた肩の力をホッと抜き、目に見えて安堵の息を吐き出した。

 

 

滑稽であった。 あまりにも、無知ゆえの喜劇であった。

 

 

 

彼らは、知らないのだ。

 

 

 

パラディ島というかつての辺境の流刑地が、アルミンやハンジの頭脳と、地下の莫大な資源によって産業革命を成し遂げ、既に諸外国と同等、あるいはそれ以上の近代技術力に近付いているという事実を。

 

 

 

彼らは、知らないのだ。

 

 

 

百年の平和を担保していた『不戦の契り』という名の枷が、とうの昔に物理的かつ概念的に破壊され、粉々に消え去っているという事実を。

 

 

 

彼らは、知らないのだ。

 

 

 

二千年前に死んだはずの、全エルディア人の魂を束ねる本物の『始祖ユミル』が、現世に降臨し、嬉々として壁内の生活をエンジョイしているという事実を。

 

 

 

彼らは、知らないのだ。

 

 

 

すべての元凶であり、始祖の権能をハッキングし、一撃で大地の地形を変え、単独で人類文明を容易く灰塵に帰すことができるデタラメな戦闘力を誇る『理外の巨人』がいるという事実を。

 

 

 

そして何より、彼らは知らないのだ。

 

 

 

今、彼らが「好機」だと信じて疑わないマーレの弱体化そのものが、タイバー家とマーレ軍元帥カルヴィが結託し、意図的に国を腐敗させて進めている『計画的自壊』であり…… その絵図を描いたのが、パラディ島に君臨する冷徹な指揮官、エルヴィン・スミスであるという事実を。

 

 

 

そう、彼らがマーレを討とうと決起するよりも遥か昔に、世界の理は書き換えられ、すべては『既に手遅れ』であったのだ。

 

 

 

「……パラディ島の件については、情報が少なすぎる。今は後回しで問題無いだろう」

 

 

 

総司令が、重厚なテーブルを拳で叩き、彼らの目を「現実(と錯覚しているもの)」へと向けさせた。

 

 

 

「今考えるべきは、目前にぶら下がっているこの千載一遇の『好機』を、決して逃してはならないという事だ」

 

 

 

その言葉に、議場内に居る代表らの目が、獲物を見つけた飢えた狼のように鋭く、獰猛に光った。

 

 

 

「然り! これ以上、マーレの傲慢な横暴を許してはならない!」

 

 

 

一人の代表が立ち上がり、拳を振り上げた。

 

 

 

「我々中東連合が前に立ち、マーレの圧政に苦しむその他諸外国とも連携を取り、水面下で確実に『対マーレ包囲網』を形成するのだ!」

 

 

「まずは情報戦だ」 別の代表が、口の端を歪めて陰湿な笑みを浮かべた。

 

 

「各国の報道機関と密かに連携し、マーレの『巨人戦力喪失』に関する噂を、尾鰭をつけて大々的に世界中へと流すんだ。マーレ国内、そして彼らの植民地で軍部への不信感と恐怖が高まれば、奴らは必ず暴動や反乱の瓦解を阻止しようと、残された僅かな戦力を内部鎮圧に割かざるを得なくなるはずだ!」

 

 

 

「その通りだ! 奴らの足元が完全に崩れたその時こそ……我々が誇る新兵器で、あの悪逆なるマーレに引導を渡してやるのだ!!」

 

 

「おおおおおおおっ!!!」

 

 

冷房の効いた参謀本部の会議室に、男たちの熱に浮かされた狂信的な賛同の声が響き渡った。

 

 

 

遂に、彼らは動き出した。 百年以上、大陸を恐怖で支配し続けてきた巨大国家マーレの弱体化。

 

 

 

その歴史的な好機に、彼らは積年の恨みと野心を爆発させ、嬉々として飛びかかろうとしているのだ。

 

 

 

それが。 遥か海の向こう、壁という鳥籠から解き放たれた超帝国『新エルディア』の、冷徹な軍師と神々が支配する、完全なる【掌の上】である事など、彼らは露ほども知らずに……。

 

 

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