進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
849年1月19日
マーレ軍の最高権力者であるカルヴィ元帥が、逃亡した軍上層部を捕縛し、事実上マーレ帝国の全権を掌握しつつあった、まさに同日の正午。
マーレ大陸の心臓部から程近い、レベリオ軍港の沿岸にて。
本来であれば、分厚いコンクリートの壁と有刺鉄線によって厳重に封鎖され、軍の許可なき者の立ち入りが一切禁じられているこの巨大な軍事施設は、今日、異様な光景に包み込まれていた。
マーレの影の支配者たる特権階級──タイバー家が、その絶大な権限を直接行使し、軍港の一部を『一般解放』したのである。
海を背にする形で、コンクリートの広大な敷地には、一夜にして巨大な屋外特設ステージが設営されていた。
そこは、これから訪れる『来訪者』を大衆に見せつけ、新たな歴史の幕開けを刻むための、壮大なパフォーマンスの舞台であった。
そして、そのステージを見上げるようにして、軍港の冷たいコンクリートの地面には、数千……いや、下手をすれば数万という途方もない数の群衆が、敷地を埋め尽くし、入りきらずに沿道にまではみ出して一挙に集められていた。
彼らの左腕には、皆一様に『黄色い腕章』が巻かれている。
そう、集められた大多数が、すぐ隣のレベリオ収容区に押し込められ、家畜のように飼い慣らされてきたエルディア人の住民たちだった。
真冬の冷たく重い海風が、彼らの粗末な衣服を容赦なく揺らしている。
群衆の顔に浮かんでいるのは、期待や興奮などではない。
ある日突然、タイバー家の名の下に軍港へと連れ出されたことに対する『困惑』。
マーレの兵士たちに取り囲まれている現状に対する『怯え』。
そして、「今日ここで、我々エルディア人を一斉に処分する重大な発表が下されるのではないか」という、長年の迫害によって染み付いた、拭い去ることのできない深い『諦め』の色が、彼らの土気色に染まった顔から濃密に滲み出ていた。
「おい……一体、何が始まるんだ……?」 「分からない……タイバー様が、直々に演説をされるとしか……」 「まさか、中東連合との戦争の最前線に、我々が肉の盾として全員駆り出されるんじゃないだろうな……」
ヒソヒソと交わされる絶望的な囁き声と、赤ん坊の泣き声、そして数万人が吐き出す白い息の熱気が、軍港の空気を不気味に淀ませていた。
やがて。 重苦しいざわめきが平原を覆っていた、その時だった。
カツン、カツン、と。 ステージの袖から、マイクを通して拾われた革靴の静かな、しかし確かな足音が響き渡った。
現れたのは、長身ですらりとした体躯を高級なスーツに包み、気品あるプラチナブロンドの髪を冬の海風に靡かせた一人の男。
タイバー家現当主、ヴィリー・タイバーであった。
彼がステージの中央に設置された拡声器の前に立ち、その灰色の瞳で静かに群衆を見下ろした瞬間。
何も言わずとも、彼が纏う圧倒的なまでのカリスマ性と、絶対的な権力者のオーラに当てられ、数万のエルディア人たちのざわめきが、まるで巨大な波が引くようにスゥッと鳴りを潜めていった。
完全な静寂が、広大な軍港を支配した。 ヴィリーは、群衆の怯える瞳を真っ直ぐに見据え、拡声器に向けてゆっくりと口を開いた。
「……今日、私がこの場を設け、皆様にお集まり頂いたのには、理由があります」
ヴィリーの低く、しかし驚くほどによく通る声が、冷たい空気をビリビリと震わせ、すべてのエルディア人の鼓膜へと直接語りかけるように響いた。
「私が今日ここでお話するのは、百年間、この世界において厳重に隠蔽されてきた『世界の真実』について ……
そして……
───エルディア人の、真の解放を伝える為です」
ざわ……っ!
『真実』。そして『解放』。 その予想外の単語の響きに、群衆の間に電流が走ったような微かな、しかし明らかな動揺の波が広がった。
ヴィリーは、その波を掌で制するように、淀みなく言葉を重ねていく。
「どうか、恐れずに聞いて頂きたい。順を追って説明しましょう。
……先ずは、およそ百年前。古代エルディア帝国で繰り広げられた、あの熾烈を極めた『巨人大戦』についてです」
誰もが収容区の教育で耳にタコができるほど叩き込まれてきた歴史。
「マーレの教育では、大戦の幕を下ろしたのは、マーレの誇る英雄『へーロス』であると教えられてきました。
……しかし、それは全くの偽りです。へーロスという英雄は、情報操作によって創り出された虚像に過ぎない」
「なっ……!?」 「へーロスが、偽り……!?」
マーレの歴史の根幹を否定するヴィリーの言葉に、エルディア人たちは目を丸くして息を呑んだ。
タイバー家の当主自らが、マーレの正史を真っ向から否定したのだ。
「では、誰が大戦を終結させたのか?
……それは、同胞同士の殺し合いと、巨人の力による世界の蹂躙を憂い、そのすべての痛みを我が身一つに受け止めようとしたエルディアの王……『カール・フリッツ』だったのです」
カール・フリッツ。 壁の中に逃げ込んだ、臆病で忌まわしき王の名。
それが、実は大戦を終結させた真の立役者であったという衝撃の事実に、一気にどよめきが波となって軍港全体へと広がっていく。
だが、ヴィリーの演説は、そこからさらに群衆の魂の最も柔らかい部分を抉り出すように、鋭利な刃となって突き刺さった。
「王は、壁の中に去る前、我々に向けてこう言い残しました。 『もし、再びマーレがエルディアを滅ぼそうとするなら、それを受け入れよう。我々エルディア人が過去に犯した罪はあまりにも深く、決して償いきれるものではない。
……しかし、報復を受けるそれまでの間だけは、壁の中の、巨人のいない世界で、どうか争いのない、束の間の平和を謳歌させてほしい』……と」
ヴィリーは、マイクを握る手にギリッと力を込め、あえて怒りを滲ませた声で、広場に響き渡るように叫んだ。
「平和を願い、争いを避けた王の悲壮な決意! ……だが! そうして彼は、身勝手にも! 貴方々エルディア人をこの危険な大陸に置き去りにしたまま、自分たちだけがパラディ島の安全な壁の中に引きこもったのです!!!」
ビクンッ、と。 集まった数万のエルディア人たちの肩が、激しく震えた。
「王は、自らの良心を満たすために、大陸に残された同胞たちの運命を見捨てた!
……その結果、どうなったか!? 皆様、思い出してください!!」
ヴィリーの悲痛な叫びが、彼らの脳裏に、長年封じ込めてきた血の滲むような記憶を強制的にフラッシュバックさせる。
「壁の中に逃げられなかったが故に! 貴方たちは日々、マーレ人に家畜のように虐げられ、理由もなく暴力を振るわれ、顔に唾を吐きかけられ、『悪魔の末裔』だと不条理に罵られる毎日を強いられてきた!!!」
そうだ。 エルディア人たちの瞳の奥に、理不尽に親を殺された記憶、楽園送りにされた友の顔、黄色い腕章をつけさせられて泥水を啜ってきた屈辱の日々が、鮮明に蘇り始める。
「彼らに支配されてきた恐怖を!!!
────『鳥籠の中に囚われてきた屈辱を』!!!」
ヴィリーの言葉は、完璧な煽動であった。
長年、「自分たちは悪魔だから罰を受けて当然だ」というマーレの洗脳によって心の奥底に押し込められ、凍りついていた彼らの『怒り』と『不満』の火種。
ヴィリーの熱意と真実の告白に当てられたエルディア人たちの心の中で、その火種が、一気に燃え盛る業火となって爆発した。
「そうだ……! 俺たちは、王に見捨てられたんだ……!」 「俺の息子は、何も悪いことをしていないのに治安当局に連行された……っ!」 「ふざけるな……! 俺たちが、一体何をしたって言うんだ!!」
群衆の中から、ポツリ、ポツリと上がり始めた怒りの声。
それはやがて、うねるような巨大な共鳴となり、数万のエルディア人たちが、これまで口にすることすら許されなかったマーレと王への不満を、一斉に、そして大きな叫び声として軍港の空へぶちまけ始めた。
「そうだ!! ふざけるな!!」 「俺たちは家畜じゃない!!!」
その、爆発寸前まで膨れ上がった民衆の熱狂と怒涛のエネルギーを正面から受け止めながら。
ヴィリーは、スッと表情を冷徹な指導者のそれへと切り替え、マイクを両手で包み込んで、彼らの行き場のない怒りを『希望』へと完璧に誘導した。
「しかし! 皆! 今日!!」
ヴィリーの腹の底から放たれた力強い咆哮が、暴動寸前の群衆の声を一瞬で縫い留めた。
「百年に及ぶ、偽りの平穏と欺瞞の歴史は終わる!! 壁の中の同胞たちは、かつての愚王の洗脳から自力で抜け出し、真の自由を勝ち取った!
そして今……大陸に残されたまま苦しみ続けてきた貴方たちエルディア人を解放する為に! 彼ら『解放者達』が、ここへ来るのです!!!」
「解放、者……?」
「その名を───────『新エルディア帝国』!!!」
ヴィリーが高らかに天を指差し、その絶対的な国名を叫んだ。
「それは、かつて世界を恐怖と暴力で蹂躙した『古代エルディア帝国』では無い!!
自由と平和を愛し、共に手を取り合うことを望み! かつての愚王が犯した身勝手な罪を償い、大陸に残された同胞たるエルディア人を救い出す為に、遥々海を越えてやってくる、我々の真の同胞なのです!!!」
群衆の怒りが、熱を帯びた圧倒的な『希望』へと転換していくのが分かった。
ヴィリーは、ステージの縁まで歩み寄り、広大なエルディア人の海を見下ろしながら、固く握り締めた右拳を、天高く、誇り高く掲げた。
「そして、私はタイバー家当主として、ここに宣言しよう!!!ここ、レベリオは! エルディア人による、エルディア人の為の、自由なる理想郷として!!!
今、この瞬間を持って!!! 悪魔の帝国マーレからの……
──────『独立』を宣言すると!!!!」
静寂は、無かった。
─────────うぉおおおおおおおおおおお!!!!!!! うわああああああああああああああっっ!!!!!!
軍港の空気が物理的に破裂したかのような、大地を揺るがす凄まじい大歓声が爆発した。
それは、百年間抑圧され続けてきた数万人の奴隷たちが、一瞬にして自らの誇りと魂の自由を取り戻した、魂からの絶叫だった。
エルディア人たちは、熱狂のあまり隣にいる見ず知らずの同胞と強く抱き合い、肩を叩き合い、顔をぐしゃぐしゃにして大粒の涙を流しながら、互いの解放と喜びを分かち合っていた。
黄色い腕章を自ら引きちぎり、天に向かって放り投げる者すらいる。
そんな、狂気にも似た歓喜の渦の最中。 ふと、海岸の最前列付近にいた人々が、海の方角に目をやり、息を呑んで指を差した。
「おい、見ろ……あれは……!」
波穏やかな冬の海。水平線の彼方から、一隻の巨大な黒塗りの船が、モウモウと黒煙を吐き出しながら、堂々と真っ直ぐにこのレベリオ軍港に向かって、海を割って突き進んで来ていたのだ。
「皆!!! 海を見よ!!! そして、あの船を見よ!!!」
ヴィリーが、拡声器を通して群衆の視線を海へと向けさせる。
ぞろぞろと、数万の人々が、前へ前へと押し寄せるようにして進み、防波堤の際からその一隻の蒸気船を視界に捉えた。
マーレの軍艦とは違う、重厚でありながらもどこか洗練された、新エルディア帝国の誇る技術の結晶たる蒸気船だ。
「恐れる事は無い!!!」
ヴィリーの言葉が、冬の海風に乗って響き渡る。
「今から我々は、百年の歴史の目撃者となり、本物の『神話』を目にするのだ!!!」
その言葉を皮切りに。 群衆が固唾を呑んで見守る中、海上に信じられない『奇跡』が起きた。
──────ピシッ……! ピシピシピシッ……!
蒸気船の船首が海面を割って進むその周囲の海面が、突如として、太陽の光を反射する『青白い膜』のようなもので覆われ始めたのだ。
「なっ……なんだあれは!?」
民衆が驚愕する中、その青白い膜──超硬度の硬質化結晶は、海中深くへと巨大な柱を何本も撃ち込みながら、急速に海面を凍らせていく。
──────キリリリリリッッッ!!!!!!
ガラスが軋むような、しかしもっと重厚で硬質な音が響き渡った、次の瞬間。
──────ギィィィイイン!!!
蒸気船のすぐ隣、海面を覆った硬質化の膜の上に、空気を押し潰すような鈍色の閃光が強烈に放たれた。
閃光と爆風が晴れた後に現れたのは。
「お、おおおお……っ!!」
全高15メートル。 黄金比で彫刻されたかのような完璧な鋼の肉体を持ち、全身を神々しい青白い硬質化結晶で完全に覆い尽くした巨人であった。
その圧倒的な威容を誇る水晶の巨人は、軍港の民衆に向けて威嚇するでもなく、ただ静かに、蒸気船の進路を護るかのように、硬質化の膜の上で深々と『膝をついて』ひざまずいたのだ。
民衆がその美しくも恐ろしい巨人の姿に唖然として息を止めていると、巨人が現れると同時に、海面の硬質化の膜が、蒸気船の進路となる中央の航路だけを残して、一気にレベリオ海岸全体へと向かって覆い尽くすように広がり始めた。
──────ピシィィィィン!!!!
海が、突然魔法で凍りついたかのように、硬質化結晶特有の美しい破裂音を立てながら、幾何学模様を描いて瞬く間に軍港の周囲の海域を埋め尽くしていく。
冬の太陽の光を反射した広大な結晶の海が、青白く、神秘的な輝きを放つ光景は、正に人間業とは思えない『神話』そのものであった。
民衆は、押し寄せる圧倒的な美と力に完全に魂を奪われ、ただその光景を立ち尽くして見つめることしかできなかった。
しかし、彼ら新エルディア帝国が用意した『神がかった演出』は、それだけでは終わらなかった。
──────キィィィィン!!!! ──────キィィィィン!!!!──────
立て続けに五回。 蒸気船を覆う様に広がる硬質化結晶の海の上、船の左右を取り囲むような位置に、天を貫くような強烈な金色の閃光が連続して放たれた。
落雷のような轟音と、発生する膨大な白い蒸気。 それが海風に流されて晴れていくにつれ、そこに現れた姿に。
──────っ!?
数万の民衆は、己の目を疑い、恐怖と畏敬のあまり膝から崩れ落ちそうになった。
そこには……距離感が完全に狂いそうになる程に圧倒的に巨大な、天を衝くような全高170メートルの『始祖の巨人』が、まるで山脈のようにそびえ立ちながら、項垂れる様に静かに膝をついていた。
そして、その巨大な始祖の周囲には。 筋繊維を剥き出しにし、蒸気を吐き出す60メートルの『超大型巨人』。
長い毛皮に覆われた『獣の巨人』。
全身を硬い装甲で覆った『鎧の巨人』。
しなやかな肉体を持つ『女型の巨人』。
マーレの誇る最強の軍事力であり、かつて世界を恐怖に陥れた『九つの巨人』のうちの五体までもが、皆一様に、海原を進むその一隻の蒸気船に対して、恭しく頭を垂れ、跪いていたのである。
その光景は、船に乗る新エルディア帝国の首脳陣が、これらの神のごとき巨人たちを完全に『従え、平服させている』という、圧倒的で、絶対的な格の違いを見せつける威容であった。
左右に傅く神話の巨人たちの間を抜け、蒸気船は、黒煙をなびかせながら、威風堂々と真っ直ぐに、収容区で長年囚われていたエルディア人らが立つマーレの岸壁へと向かって、静かに滑り込むように進み行く。
「皆、見たか!!!」
ヴィリーの、魂の底から絞り出したような絶叫が、静まり返っていた軍港の空気を再び激しく震わせた。
「これこそが! 我々を救う解放者『新エルディア帝国』の真の力だ!!!
我々は、神々をも従える超帝国を味方にしたのだ!! !
──────エルディア人の夜明けは今日、今、この瞬間! 完全に迎えることとなったのだァァァ!!!」
その宣言が終わるか終わらないかの刹那。
──────ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!
空気を、海を、そして世界そのものを震わせんばかりに響き渡る、数万人のエルディア人たちによる、血を吐くような魂の咆哮。
それは、長年彼らを縛り付けてきた呪縛から完全に解放され、生まれ変わった瞬間の産声であった。
最早、彼らの瞳の中に、マーレに怯える奴隷としての卑屈な自罰意識は一切掻き消えていた。
代わりにそこに燃え上がっていたのは、自分たちはこの強大で美しい超帝国の同胞であるという、決して揺らぐことのない『誇り』。
彼らは、迫り来る新エルディア帝国の蒸気船と、ひざまずく神々の姿に向かって、涙を流しながら無数の腕を突き上げ、歓喜と自由の咆哮を、いつまでも、いつまでも冬の空へと轟かせ続けるのだった。