進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
第二百四十八話
849年2月17日
新エルディア帝国、帝都ミットラス
政府中枢の敷地に隣接する、豪奢な邸宅のリビングは、まだ冬の寒さが残る外気とは裏腹に、暖炉の火と平和な空気に満たされ、春の陽だまりのようなぽかぽかとした温かさに包まれていた。
「うーん……ここの光の反射具合、もう少し柔らかくした方が良いのかな……いや、でもリーシェさんのこの時の熱を帯びた瞳の透明感を表現するには、もっと鋭いコントラストが……」
俺の視界の先、リビングの窓際で最も自然光が入る特等席。
そこにイーゼルを立て、真剣な、それこそ巨人を一匹残らず駆逐するかのような鋭いエメラルドグリーンの瞳でカンバスに向かっているのは。
『TS超絶美少女天才百合絵師原作主人公』とかいう、属性が過多すぎて胃もたれしそうな、エレン・イェーガーちゃんだ。
艶やかなダークブラウンの髪をハーフアップにまとめ、絵の具で少し汚れたエプロン姿の彼女は、うんうんと可愛らしく悩ましい表情を浮かべながら筆を動かしている。
そして、そんな彼女の華奢な背中から、赤いマフラーを巻いた黒髪の美少女──ミカサちゃんが、まるで大切な宝物を外界のすべてから守り抜くように、ピッタリとバックハグの体勢で優しく包み込んでいた。
「……エレン、あまり根を詰めすぎないで。疲れたら、少し休んで」
ミカサちゃんが、エレンちゃんの耳元で甘く、蕩けるような声で囁きながら、彼女の白い首筋にすりすりと頬を寄せている。
エレンちゃんの方は、極限の集中状態にあるためか、「あぁ、大丈夫だミカサ。この筆のノリを逃したくないんだ」と、完全に絵画の世界に没入していてその過剰なスキンシップを気に留める様子もない。
(……はぁ。正直、眼福だ)
俺は、淹れたての温かい紅茶を一口含みながら、心の中で深い溜息と共に尊さを噛み締めていた。
何はともあれ、あの理不尽極まりない『TS事変(始祖ユミルのお熱バグ)』から、早くも二年以上が経過している訳で。
今や完全にこの姿に順応し、立ち振る舞いや所作に至るまで、女の子らしさに更なる磨きがかかっていた。
何なら、俺の方もすっかりこのカオスな状況に慣れきってしまい、今では「エレンちゃん」と呼ぶことに一切の違和感すら抱かなくなっている。 人間の環境適応能力とは、本当に恐ろしいものだ。
(それにしても……)
俺はティーカップをソーサーに置き、ふと、窓の外に広がる平和な帝都の街並みへと視線を向けた。
この、暖かで穏やかな日常が守られている背景にある、ある一人の男の『狂気的なまでの盤面操作』を思い出し、今更ながらに内心で震えが止まらなくなっていた。
エルヴィン・スミス。
あの金髪の苦労人は、俺たち特異点のことをやれ『理外』だの『常識外れ』だのと言って胃薬をボリボリ噛み砕いていたが。
いやいや、アンタのその冷徹な知略と、世界をチェス盤に見立てて引っくり返す盤面操作も、相当イカれてる事を自覚すべきだと思う。
何しろ、たった一年足らずだ。
百年以上、世界を恐怖と暴力で支配し続けてきたあの超大国マーレを、殆ど血も流さずに、まるでケーキを綺麗に切り分けるかのように内部から分割・解体してしまったのだから。
『マーレ共和国』と『自由諸方連邦国』、そしてタイバー家の治める『レベリオ自由領』。
あまつさえ、その全てを事実上の絶対勢力圏として、帝国の経済と武力の傘下に組み込んでしまった。
さらには、マーレの弱体化を狙って嬉々として牙を剥こうとしていた中東連合に対しても、事前にマーレを無条件降伏させて『戦争の大義名分』を完全に潰し、俺たちの理外の武力を見せつけることで、彼らの心をへし折り、手出し無用の大団円へと強制的に着地させたのだ。
(……本当に、訳がわからん)
あの百万の大軍勢を前にして、兵器ではなく政治と情報の操作だけで自壊に追い込むなど、歴史の教科書に載せても誰も信じないレベルのチート戦略である。
そして、そのエルヴィンの描いた絵図によって独立を果たした『レベリオ自由領』も、現在、とんでもない事になっているらしい。
『ここは世界で唯一、エルディア人の自由が保証されている聖地である』という降伏調印式でのエルヴィンの大演説により。
今やマーレ本土のみならず、世界中の収容区で家畜のように虐げられてきたエルディア人たちが、真の自由を求めて、毎週『数千人規模』という途方もない数でレベリオへと移民してきているのだ。
いくら帝国の圧倒的な資金と建築技術をもってしても、流石にこの爆発的な人口流入には公共住宅の建設やインフラ整備が追いつかず、一時的なパンク状態に陥りかけているとのこと。
その事態を重く見たのか、現在では急ピッチで、マーレ共和国と自由諸方連邦国が合同で、人材と建材の支援、そして移民を分散させるための独自の『エルディア人自治区』の制定を、水面下で進めているらしい。
(……でも、それだけ皆、必死に希望を持ってやってきているんだよな……)
故郷を捨て、未知の土地へ決死の覚悟で海を渡ってくる。
それだけで、外の世界のエルディア人たちが、今までどれほど酷い、想像を絶する差別と弾圧の地獄を生きてきたかが痛いほどに分かる。
今はまだ、レベリオや各国の体制が完全に整っていないから無理だけれど。
いずれ、街のインフラが安定し、人々の生活に余裕が生まれた頃には。
俺たち『三柱の女神』として、世界中のエルディア人たちを祝福し、安心させるために、各地の自治区を『巡礼』して回る日が来るのだろう。
(……まぁ、その頃には間違いなく、世界中の思想が完全に『汚染(百合)』された人達で溢れかえってるんだろうなぁ……)
俺は、再び窓際で絵筆を走らせているエレンちゃんへと視線を戻し、深い、深いため息を心の中で吐き出した。
ある意味で、新エルディア帝国が世界に放つ『最強の思想兵器』。
それが、エレンちゃんの神がかった筆致で描かれる『三神教の百合宗教画』である。
彼女の描く、俺とリーシェ、そしてユミルの尊くも背徳的なイチャイチャ空間は、すでに壁内の民衆の宗教観を完全に百合一色へと染め上げている。
それが今、レベリオ自由領の開国に伴って、島を飛び出し、世界中のエルディア人の間へ、そしていずれは他民族の間へもじわじわと『百合園』の福音として広がっていくのは、火を見るより明らかだった。
何しろ、最近では絵のモデルである俺たちだけでなく、その絵を描き上げる天才絵師エレンちゃん『そのもの』に対する熱狂的なファンまでつき始めているという始末なのだ。
『あの神聖なる芸術を生み出すエレン先生もまた、尊き美少女であられる!』などと、帝都の貴族やパトロンたちの間で変なムーブメントが起きていると、ハンジさんから嬉々として報告されたばかりだ。
(……うん。まぁ、美少女だからな)
俺は改めて、真剣にカンバスに向かうエレンちゃんの横顔を視界に捉え、深く頷いた。
来月で十四歳になる彼女は、TS当初のあどけなさはまだ残しているものの、背も少し伸び、顔立ちも女性らしい柔らかな曲線を描く立派な美少女として順調に成長しつつある。
(……というか、思ってたより意外と胸あるんだよなぁ、エレンちゃん……)
俺がぼんやりとそんな失礼な観察をしていると。
「……エレン。ここはもう少し、影を入れたほうがいい……」
「おっ、なるほど。流石ミカサ、鋭いな。……っ」
俺の視界の中で。 バックハグをしていたミカサちゃんの手が、スゥッとエレンちゃんの脇腹を滑り上がり。
あろうことか、エプロン越しにふくらみ始めたエレンちゃんの双丘へとそっと手を這わせ、まるで芸術品の弾力を確かめるかのように、ふにふにと指先で微かに揉みしだき始めたのだ。
「ああ、この色合いなら、アトラスさんとリーシェさんのあの夜の熱っぽさが……よし、これだ……!」
もちろん、当のエレンちゃんは、究極の百合空間の具現化という極限の集中状態にあるため、己の胸が幼馴染の少女に絶賛セクハラされていることになど、微塵も気付いていない。
(…………他人の家のリビングで、堂々とセクハラするんじゃない……ミカサちゃん……)
俺は、流石にこれ以上直視するのは精神衛生上よろしくないと判断し、気まずさでそっと視線を天井へと逸らし、紅茶を飲んで無理やり思考を別の真面目な話題へと切り替えることにした。
(えーっと……そういや、近々、極東から『ヒィズル国』の特使がやって来るんだったな)
ヒィズル国の特使。 確か、キヨミ・アズマビトとかいう、計算高くて底知れない雰囲気を持ったおばさん(外交官)だ。
(……何か、原作でもヒィズル国との絡みで、あんまパッとした大きな出来事(戦争とか)は無かったんだよなぁ。
……なんか重要な設定とか内容、あったっけなぁ……アズマビト……将軍家……)
俺は、もう随分と薄れてしまった前世の『進撃の巨人』の原作知識の引き出しを、必死にひっくり返して思い出そうと試みた。
(……あっ、そういやあったわ……!)
俺の脳裏に、一つの設定がフラッシュバックする。
ミカサちゃんの、あの東洋人の血筋だ。 確か原作では、ミカサちゃんがヒィズル国の『将軍家直系の末裔』だか何だかで、キヨミが彼女をヒィズル国に迎え入れよう(あるいは政治的に利用しよう)と画策していたんだったはずだ。
(……でもまぁ、原作の時はパラディ島の地鳴らしの脅威を盾にしつつ、技術援助を餌にして、この島の『氷爆石』とかの莫大な資源を独占して中抜きする狙いでやってきた訳だけど……)
俺は、今の新エルディア帝国の圧倒的な状況を思い浮かべた。
現在の帝国は、ハンジやアルミンの尽力で既に独自で蒸気機関を実用化し、産業革命をガンガン進めている。
おまけに、俺という歩く終末兵器や、170mの始祖ユミル、そしてマーレを無血開城させたエルヴィンの完璧な外交網がある。
(……今の帝国に、あのキヨミが付け入る隙なんか一ミリもないしな。まぁ、今回は普通に『超大国との国交締結と、対等な貿易協定』の話し合いだけで終わるだろうから、心配ないか)
俺は、自分の中で勝手に納得のいく答えを導き出し、「エルヴィン総司令なら上手くやるだろう」と、あっさりとその思考を放棄した。
「……うん。でもまぁ」
俺は、窓際でエレンちゃんの首筋に顔を埋めながら、未だにふにふにと胸を揉み続けているミカサちゃんと、絵に集中しすぎて「ちょっとくすぐったいぞミカサ」と無防備に笑うエレンちゃんの姿を眺めながら、温かい紅茶をごくりと飲み込んだ。
(エレミカ、てぇてぇなぁ……)
俺は、完全に平和ボケした一人の百合オタクとしての満面の笑みを浮かべながら、その尊すぎる空間に、ただひたすらに癒やされ続けるのだった。