進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
人によっては曇らせ注意かもしれません。
作者も基準がよく分かっていないので。
冷たい冬の終わりを告げる風が、火照りきった頬を容赦なく打ち据える。
俺は、エルヴィン総司令やリヴァイ兵長、そして何より、最も傷つけたくなかったはずのミカサを残した特務兵団の司令室を飛び出し、ただ一心不乱に石畳の道を走り続けていた。
「ハァ……ハァ……うっ……うぅぅぅっ……ひぐっ……」
喉の奥から、ヒューヒューと情けない空気が漏れ、しゃくり上げるような嗚咽が幾度となく口をついて出る。
涙で視界がぐちゃぐちゃに滲み、足元すらおぼつかない。
何度も石畳の段差に躓きそうになりながら、それでも俺は走るのをやめられなかった。
今の俺にとって、全力疾走はひどく心臓に負担をかける。
肺が焼け付くように痛い。
酸素が足りなくて、頭がクラクラする。
それでも、あの場から一秒でも早く遠ざかりたかった。
自分が放ってしまった、最低で、最悪な言葉の数々が響いていたあの空間から、逃げ出したかったのだ。
幸いなことに、俺の住む家は、政府中枢の敷地に隣接する『要人専用住宅街』に位置している。
一般の民衆が立ち入ることのない厳重な警備区画であるおかげで、大泣きしながら走る痛々しい自身の姿を誰かに見咎められることもなく、数分で我が家の見慣れた玄関の前へと辿り着くことができた。
呼吸は完全に乱れきり、立っているのもやっとの状態だった。
俺は、涙で前が見えないのも気にせず、震える手で乱暴に玄関のドアノブに手をかけ、体重を預けるようにして勢いよく扉を開け放った。
ガチャンッ!!
「……エレン? お帰りなさい、どうしたのそんなに慌てて……」
リビングの方から、エプロン姿の母さんの、驚いたような声が聞こえてきた。
だが、今の俺には、そんな母さんの温かい声にすら反応を返す余裕も、体裁を取り繕うだけの理性も、一欠片も残っていなかった。
「……っ……」
俺は何も答えないまま靴を脱ぎ捨て、二階へと続く階段を転がるように駆け上がった。
「ちょっとエレン!? どうしたの、何かあったの!?」
背後から追いかけてこようとする母さんの心配そうな声を完全に無視して、俺は自分の部屋の扉を開け、中に飛び込んだ。
バタンッ!!!
部屋に入るなり、俺は扉を強く閉め、内側からガチャリと鍵をかけた。
そして、その硬い木製の扉に背中を預けたまま、まるで全身を支えていた最後の糸がプツンと切れたかのように、ずるずると床に崩れ落ちた。
「……うぅぅぁ……ぁぁっ! うわぁぁぁあああんっ!!!」
誰もいなくなった自分だけの空間で。 これまで必死に喉の奥に押し留めようとしていた感情のダムが、完全に決壊した。
子供のように両手で顔を覆い、俺は声を上げて大泣きした。
とにかく、とめどなく、熱い涙がボロボロと両手の隙間から溢れ出し、スカートの膝元を濃い染みへと変えていく。
何度も、何度も、何度も、何度も。
さっきの司令室での、ミカサとのやり取りが、鋭い刃となって俺の頭の中でリフレインしていた。
『大体、直接会ったとして、相手は外交官だぞ。口下手なお前じゃ、絶対に言葉尻を掴まれて、都合よく言いくるめられて面倒な事になるに決まってる』
冷静さを失い、自分の思い通りにならない苛立ちから、八つ当たりのようにミカサに対して言い放ってしまった、酷い言葉。
『……口下手なのは認める。……でも、そんな風に初めから決めつける様な言い方は、どうかと思う』
俺が「口下手だ」と決めつけて突き放すように言い放った時。
ミカサは、俺の言葉に反論しながらも、少し困ったように、そして……俺からそんな風に見られていたことに傷ついたような、ひどく悲しそうな表情をしていた。
「……うっうぅぅ……みかさ……っ……ごめんっ……! みかさ……ひぐっ……! おれっ……おれっ……あんなひどいこと……ひぐっ!……ごべんなざい……みかさ……みかさぁ……」
胸が痛い。 心臓そのものを、冷たくて鋭い針金でぐるぐると縛り付けられ、ギリギリと締め上げられているような、呼吸すらできないほどの強烈な痛みが俺を襲う。
俺はただ、彼女を誰の目にも触れさせず、誰にも奪われたくなかっただけだ。
彼女を危険から遠ざけ、俺の側にずっと置いておきたかっただけなんだ。 それなのに。
『私には、エレンがいる。……エレンが心配する事は、何も無い』
ミカサはあんなにも、俺のことを信じて。
優しく、俺を諭すように肩に触れ、最後まで「俺が第一だ」と、揺るぎない愛情を伝えてくれたというのに。
俺は、そんな暖かく優しい慈愛に満ちた手を、乱暴に振り払ってしまった。
彼女の『自分のルーツを知りたい』という切実な想いを踏みにじり、子供のように駄々をこねて逃げ出したのだ。
濁流のように襲いかかってくる、身を切り裂くような罪悪感と、凄まじい自己嫌悪の嵐。
「あぁぁっ……あぁぁぁあああっ……!」
俺は両手で頭を抱え、自分の艶やかな髪を根本から引き毟るように強く握りしめながら、暗い部屋の中で嗚咽し続けた。
自分が、これほどまでに醜く、卑怯で、身勝手な人間であったという事実。
あの美しく純粋なミカサを、俺のどす黒い独占欲で汚し、泣かせてしまったという取り返しのつかない罪。
感情が限界を超えて暴走し、過呼吸気味に息を吸い込もうとした、その時だった。
「うぷっ……!?」
不意に、極度の精神的ストレスと酸素不足が引き金となり、胃の奥底からドロリとした異物が込み上げてくる感覚に襲われた。
「……ぁえっ……がっ……うおぇぇっ……!」
胃液が食道を這い上がり、喉の粘膜を焼き尽くすような鋭い痛みと、強烈な吐き気が俺の全身を襲った。
俺は反射的に両手で自身の口元をきつく塞ぎ、胃の中身が逆流しそうになるのを必死に、必死に抑え込んだ。
「んぐっ……!……っ……ハァ……ハァ……ハァ……」
涙と冷や汗で顔中をぐしゃぐしゃにしながら、口を塞いだまま荒い息を繰り返す。
酸っぱい胃液の匂いが鼻の奥にツンと抜け、何度もえずきそうになる波を、全身の筋肉を硬直させて何とか堪え凌いだ。
数分後、吐き気の波が少しだけ引き、限界を迎えた俺の身体は、まるで糸の切れた操り人形のように、バタンっ……とフローリングの床へと横に倒れ込んだ。
冷たい木の床の感触が、火照りきった頬に触れる。
重力にしたがって、目尻からとめどなく流れる涙が横へと伝い落ち、床の木目に濃い染みを作っていく。
汗と涙で濡れた長い髪が、鬱陶しいくらいに頬や額、口元にべったりと張り付いている。
今の自分の顔がどれほど醜く、どれほどひどい有様になっているか、鏡を見なくても容易に想像がついた。
酷く不快で、惨めで、情けなかった。
「ミカサ……ミカサ……ミカサ……ごめん……ごめんなぁ……ミカサ……っ……うぅぅ……みかさぁ……ごめん……ひぐっ……ごめん……ごめん……」
床に横たわったまま、俺は焦点の合わない虚ろな目で、部屋の暗い隅を見つめながらうわ言のように謝罪の言葉を零し続けた。
怖い。 ミカサに嫌われてしまったのではないか。
俺のあのあまりにもみっともなく、見苦しい姿に、もしかしたら……ついに愛想を尽かしてしまったのではないか。
彼女はいつも、俺の隣で静かに微笑んでくれていた。
俺のどんな無茶にも付き合い、俺の絵を誰よりも一番近くで見守り続けてくれた。
でも、そんな彼女の優しさに甘えきって、俺は彼女を自分の所有物のように扱い、彼女の心を傷つけた。
こんな自分勝手で、最低な奴。ミカサの足枷にしかならないような奴なんて、早々に愛想を尽かして、彼女のルーツであるヒィズル国という新しい世界へ旅立っていった方が、彼女にとっては絶対に幸せだったのかもしれない。
頭では、そんな極端な自己否定の思考がぐるぐると渦巻いている。
だが。 心が、魂が、彼女を手放すことを激しく拒絶して泣き叫んでいた。
「……ぃやっ……やだ……っ……ずっとそばにいてほしぃ……」
俺は、床に身を丸め、自分自身を抱きしめるようにしながら、震える声で哀願した。
「ずっといっしょがいい……っ……はなれないで……ひぐっ……一人にしないでぇ……」
潤んだ視界の暗闇の中に、幻影が浮かび上がる。
赤いマフラーを揺らしながら。 俺に背を向け、冷たい瞳のまま、一度も振り返ることなく遠ざかって去っていくミカサの姿。
「待って……行かないで、ミカサ……っ」
俺は、その幻影に向かって手を伸ばそうとしたが、指先は虚空を掻くだけだった。
肩をガタガタと震わせながら、母親とはぐれた迷子の子供のように、ぽつり、ぽつりと情けない言葉を漏らす。
震えが止まらない。
寒い。悲しい。寂しい。
誰もいない暗い部屋の中で、自分自身の罪悪感と、彼女を永遠に失うかもしれないという果てしない孤独感に押し潰されそうになりながら。
泣き疲れて限界を迎えた俺の意識は、冷たい床の上で、ゆっくりと、深い真っ暗な泥の底へと沈み込むように手放されていった。