進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
最初は、特に変わった様子などなかった。
帝国特務兵団総司令室。磨き上げられた大理石の床と、重厚な家具が並ぶ、国家の最高機密が交わされる冷え切った空間。
その部屋の中央で、エレンはいつも通り、外向きの『完璧な令嬢』としての仕草と、透き通るような美しい言葉使いで、エルヴィン総司令と相対していた。
背後から見守る私──ミカサ・アッカーマンの視界に映る彼女の背中は、華奢で、儚く、それでいて凛とした気高さを放っている。
普段、アトラスさんたちの家で百合の宗教画を描き殴り、鼻血を垂らして興奮している『狂気的な天才画家』としての姿とは、完全に一線を画した深窓の令嬢。
少し火照ったような桜色の頬に、長く艶やかな睫毛。
スカートの裾を上品に摘み、完璧なカーテシーすらこなして見せるその姿は、まるでそこだけが名画の額縁で縁取られたかのように、可憐で優雅なものだった。
いつだったか。 私はエレンに、何故身内以外の人間の前で、そのように完璧な女性としての振る舞いをするのかと聞いたことがあった。
男の子として乱暴な言葉を使っていた頃のエレンを知っているからこそ、そのギャップに少しだけ胸がざわついたのだ。
するとエレンは、花が咲くような、見た者の目を完全に眩ませる極上の微笑みを浮かべながら、なんて事ない風に言葉を返してきた。
『ん? 別に深い意味はないぞ?俺がそういう風にしたいから、そうしてるだけだ』
本当に、ただそれだけの理由。この身体に順応し、それを一つの『芸術表現』として楽しんでいるかのような無邪気な言葉だった。
その、あまりにも美しく、悪気のない無防備な笑顔に、私は思わず見惚れ、呆気にとられて言葉を失ってしまった。
私が無言で彼女の顔を見つめ続けていると。途端に、エレンの宝石の様に輝くエメラルドグリーンの瞳から、先程までの明るい光がスッと消え失せた。
代わりに、そこに浮かび上がったのは、どろどろとした暗く、どこまでも深い深淵のような、ひどく不安気で自信なさげな色。
『……もしかして……』
エレンは、自身の腕をギュッと抱きしめるようにして、私の顔色を窺いながら、ぽつりと、消え入るような声で呟いた。
『……いやだったか? 俺みたいな中身の奴が、こんな格好して……気持ち悪いか……?』
『もし……ミカサが嫌なら……俺、こんなの、すぐに辞めるから……』
上目遣いで、潤んだ瞳で私にすがるように向けられたその言葉。
普段の強がりなエレンなら絶対に見せない、ましてや人前でなんて以ての外と言えるほど、どろどろとした弱々しく、私の理性を完全に溶かし尽くしてしまいそうなほど『可愛い』その姿に、全身の血液が沸騰するような錯覚を覚えた。
頭の芯が痺れ、胸の奥がドクン、ドクンと激しく打ち鳴らされる。
今すぐ彼女をこの腕の中に閉じ込め、その細い首筋に噛み付き、ベッドに押し倒して、誰の目にも触れないように私だけのものにしてしまいたい。
そんな、身を焦がされそうになるほどの獣のような衝動を、私は必死に、本当に必死に奥歯を噛み締めて抑え込んだ。
もう少しこのまま、エレンの不安気で庇護欲をそそる可愛い姿を愛でていたかった。
だが、このままでは私の中の抑えきれない情欲が暴走し、お互いに取り返しのつかない一線を越えてしまうと本能が警鐘を鳴らしたため、私は震える声で『そんな事ない。とても綺麗で、似合っている』と、慌ててフォローしてあげたのだった。
(……本当に、エレンは可愛い)
そんな、少し爛れた、甘く危険な過去のやり取りを脳内で回想しつつ。
私は赤いマフラーに口元を埋め、エレンの一歩斜め後ろで、彼女を脅かすあらゆる外敵を排除するための完璧な護衛の立ち位置を維持しながら、話の行方に耳を傾けていた。
すると、エルヴィン総司令からの『ヒィズル国の特使からの面会要請』という報告に対し、エレンが、自身が一介の絵師であるにも関わらず指名された事について、冷徹な声色で明確な『違和感』を指摘した。
「……何故、ヒィズル国という大国の特使が、軍人でも政治家でもない、一介の絵師に過ぎない私を、名指しで指名したのでしょうか」
「……私には、そこに何か『別の裏』があるようにしか思えません」
エレンのその鋭い指摘が響いた瞬間。 目前に座るエルヴィン総司令の青い瞳が、僅かに大きく開かれ、微かに揺れ動いたのが分かった。
無理もない。 普段のエレンは、アトラスさんや師匠(リーシェさん)、ユミルさん達の過剰で甘いスキンシップや、爛れた逢瀬のような日常を描き殴り、傍から見れば『常に百合の煩悩に塗れている狂人』だと勘違いされがちだからだ。
それが今、他者の謀略を本能的に嗅ぎ取り、一切の淀みなく論理的な矛盾を突いてきたのだ。
その強烈なギャップに、国家のトップである男でさえ虚を突かれたのだろう。
「……エルヴィン。話してやれ」
部屋の奥の暗がりに控えていたリヴァイ兵長の、低く掠れた後押し。
それを受け、エルヴィン総司令は重苦しい口を開き、百年以上前のパラディ島とヒィズル国との歴史……そして、この島に取り残された『将軍家の忘れ形見』についての過去を語り出した。
話を聞いている間。 私の前で静かに立っていたエレンの気配が、段々と、そして急激に、研ぎ澄まされた刃のように鋭く、冷え切ったものへと変化していくのが、背中越しに痛いほど伝わってきた。
やがて、総司令が全てを話し終える前に、エレンの脳内で全ての情報が繋がり、彼女の鋭く正確な考察が、氷のように冷えきった声音で語られた。
「そういう事ですか」
「特使とやらは、私に常に付き従っている東洋人の『ミカサ』が、その将軍家とやらの末裔である可能性が高いと目を付けた。 ……そして、彼女を誘き出し、真偽を直接その目で確かめるために、あえて彼女と深い関係にある『私』を交渉の場に指名したという訳ですね」
「「「──────ッ!?」」」
私含め、エレン以外の全員が、その完璧すぎる推論に完全に虚を突かれ、一斉に息を呑むのが分かった。
だが、エレンの思考はそこで止まらなかった。 令嬢としての完璧な仮面を被っていた彼女の肩が、小刻みに震え始める。
ふっ、と。 エレンの口から、少女らしからぬ、どす黒い怒りと嘲笑の入り混じった息が吐き出された。
それと同時に、彼女が纏っていた外向きの『完璧な令嬢』の気品が、バリバリと音を立てて剥がれ落ちていく。
「……もしミカサが、本当にその"将軍家"の末裔だったとしたら。 帝国とヒィズルの『友好の証』だとか、『祖国への帰還』だとか、都合の良い綺麗事を並び立てて……俺からミカサを奪い取ろうって算段か。 ……ふざけた野郎め」
ドスの効いた、荒々しい少年の口調。
(……っ!)
私の胸の奥で、心臓が爆発しそうなほどの激しい甘さと、歓喜の熱が弾けた。
エレンが。私の愛するエレンが、私の為に、私を奪われそうになっているという可能性だけで、国家の最高権力者たちの前で仮面を投げ捨て、本気で怒り狂ってくれている。
私を、誰にも渡さないと。 私を、己の傍から離す気など微塵もないのだと。
その剥き出しの独占欲と愛情を正面から浴びせられ、私はその場でエレンの細い肩を掴み、床に押し倒して、息ができなくなるほど強く抱きしめたい衝動に駆られた。
だが、ここは総司令室だ。私は奥歯を強く噛み締め、呼吸を浅くして、必死に無表情の仮面を取り繕った。
エレンは、怒りで語気を強め、まだ見ぬ異国の特使を幻視しているかのように、虚空を鋭く睨みつけながら言った。
「ミカサ、お前は来るな」 「あんな狸野郎の所に行く必要はねぇ。俺が一人で行って、適当に言いくるめて、この島から二度と近づかねぇように叩き出してやる」
突き放す様に、強い口調で言い放たれた命令。 この時の私は、まだエレンの心の奥底にある本当の『怯え』に気付いていなかった。
ただ、不器用な彼女が、私を外交の泥沼や危険な謀略から遠ざけ、私の身を案じて守ろうとしてくれているのだと、純粋にそう思っていたのだ。
事実、私はエレンの傍から離れるつもりなど毛頭無かった。
将軍家だろうが何だろうが、私の居場所はエレンの隣だけ。
それに、師匠から叩き込まれた暗殺術と、私の中に眠るアッカーマンとしての力があれば。
仮に相手が大国の軍隊を引き連れて無理矢理私を連れ去ろうと実力行使に出てきたとしても、一瞬で全員の首を刎ね落とせるという、絶対的な武力の『自信』と『余裕』があった。
だからこそ、私は一歩前に出て、自分の純粋な好奇心をそのまま口にしてしまったのだ。
「……私は、自分の出自が知りたい」
単純に、己の血筋を知っておきたかった。 長らく壁外の脅威や巨人の恐怖から解放され、私にこの命と、右腕の刺青の『印』を託してくれた亡き実母が。
あの日、強盗に殺される直前まで、どういう思いで私にこれを継承させたのか。
それが世界においてどういう意味を持っているのか。
エレンなら、私のこの小さな願いを、きっと分かってくれる。
私がいなくなる心配などしなくても大丈夫だと、信じてくれるはずだ。
だが、その私の認識は、あまりにも甘すぎた。
「なら俺が代わりに聞いてきてやる。それで問題ないだろ」
エレンは、私の目を見ようともせず、ただ冷徹に、私を遠ざけるための代替案を口にした。
「エレンが聞いても、彼らが素直に教えるとは思えない」 「それに、もしその時は躱せても、きっと諦めずに何度もやってくると思う。……エレンは、その度に何度も誤魔化すつもり?」
私は、論理的な事実を並べて反論した。
根本的な解決にならなければ、ずっとエレンに心労をかけ続けることになる。
私は、自分の問題は自分で決着をつけたかった。
気付けば、私とエレンは、新エルディア帝国の長たるエルヴィン総司令と、人類の刃たるリヴァイ兵長の存在すら完全にそっちのけにして、互いの顔を睨み合いながら、激しい言い合いになっていた。
「口下手なのは認める。……でも、そんな風に決めつける様な言い方はどうかと思う」
私は、エレンが私を信じてくれないことに、チクリとした痛みを覚えながら口調を強めた。
そこからは、売り言葉に買い言葉だった。
「大体エレンだってすぐ感情的になって、よく皆を困らせてる。
……外交官相手に誤魔化すって言うけど、それでもし失礼な態度を取って外交問題になったらどうするつもりなの」
エレンの瞳が、怒りと焦燥で大きく揺れる。 彼女が私に対して抱いていた『私を誰の目にも触れさせたくない』という独占欲と依存は、私の想像を遥かに超えて重く、そして脆いものだったのだ。
言い合いがエスカレートすればする程、彼女の言葉の端々から、私を失うことへの異常なまでの恐怖と、不器用な愛が痛いほどに伝わってきた。
(あぁ……嬉しい……)
不覚にも、心の底でそう思ってしまった。
こんなにも必死になって、顔を真っ赤にして、私を自分のテリトリーに囲い込もうとしてくれている。
でも、現実では私たちは、鋭い言葉の刃をぶつけ合っている。
嬉しいのに、悲しい。 根本にあるのは、ただならぬ互いへの愛のはずなのに。どうして私たちは、こうして傷付け合ってしまっているのだろう。
「何が言いてぇんだよ……! 俺はただ、お前の事を思って──────」
エレンは、感情に任せ、自分の思い通りにならない苛立ちから、八つ当たりする様に時折酷い言葉を言い放つ。
愛する人から向けられる拒絶の言葉は、いくら不器用な愛情の裏返しだと分かっていても、流石に私の胸を深く抉り、堪えた。
でも、私ももう止まらなかった。
エレンは溢れ出す感情で。
私は、エレンを守りたいが故の冷徹な理詰めで。
決して交わることのない二つの愛情が、正面から激突し続けた。
そして、結果どうなったか。
エレンの叫び声が、不意に、ヒックと情けない音を立てて詰まった。
「……え?」
私の視界の中で。 エレンの大きく見開かれたエメラルドグリーンの瞳から、透明な水分が溢れ出し、それが一筋の線となって、彼女の白い頬をツゥッと伝い落ちたのだ。
「うっ……」
彼女は、自身の目から流れる涙に驚いたように震える手で目元を乱暴に擦ったが、一度決壊した感情の濁流はもう止まらなかった。
必死に堪えようと顔をぐしゃぐしゃに歪めるも、遂には、喉の奥から抑えきれない嗚咽が漏れ出す。
ぐずっ……ぐずっ……
静まり返った司令室に、エレンの痛ましい泣き声だけが響き渡る。
(……あ)
私の全身の血の気が、一気に引いていくのが分かった。
私は、やってしまった。 エレンを。私がこの世で誰よりも愛し、守り抜くと誓った大切な人を。
私自身の意固地な言葉で、本気で泣かせてしまったのだ。
「エレン……?」
私が後悔で胸を張り裂かせそうになりながら、エレンの名を口にした瞬間。
「うっ……うぅっ……! もういいっ!!! 好きにしろよ!!!」
バシッ!と。 エレンは、肩に乗せていた私の手を乱暴に振り払い、子供のように泣き叫んだ。
そして、片腕で涙で濡れた顔を覆い隠したまま、逃げるようにして司令室の重厚な扉を押し開け、石造りの廊下の奥へと、走り去っていってしまった。
「エレンッ!」
私が伸ばした手は、空を切り、冷たい空気だけを掴んだ。
扉の向こうへと消えていく彼女の背中を見つめながら、私は自分の愚かさに、ギリッと強く唇を噛み締めた。
「……っ……」
司令室に、重く、痛いほどの静寂が訪れる。
追いかけたい。 今すぐエレンの背中を追いかけて、その華奢な身体を抱き締め、泣き止むまで何万回でも『ごめんなさい、私が悪かった』と謝り倒し、彼女の不安をすべて溶かしてしまいたかった。
「行かないのか」
不意に、背後から落ち着いた、低い声がかけられた。
ハッとして振り返ると、そこには、先程までの国家の命運を背負う冷徹な司令官としての威圧感は欠片も無い、エルヴィン総司令の姿があった。
彼は、机に両手を突き、どこか昔を懐かしむような、深い慈愛と温かさのこもった眼差しで、静かに微笑んでいた。
「……えっ?」
「君たちの関係性について、とやかく言うつもりは無い。……すでにそれを極めた強烈な『前例』が存在しているのでな」
エルヴィン総司令が、少しだけ自虐を含んだような冗談めかした口調で告げる。
その奥の暗がりでは、リヴァイ兵長が壁にもたれかかったまま、「……チッ、どいつもこいつもガキの痴話喧嘩を見せつけやがって」とでも言いたげな、心底呆れたような表情で深いため息をひとつついた。
その二人の反応を見て。 私の頭のてっぺんから足の先まで、一気に血が沸騰するような強烈な熱が集まった。
(……見られていた)
ついさっきまで、エレンと二人だけの世界に入り込み、感情を剥き出しにして、人様には絶対に見せられないようなドロドロとした愛憎のやり取りを。
新エルディア帝国のトップである総司令と、人類最強の兵士の前で、これ以上ないほど堂々と繰り広げてしまっていたのだ。
途端に、顔から火が出るほどの気恥ずかしさと羞恥心が全身を襲い、私はたまらず視線を落として深く俯いてしまった。
「その……すみま──────」
私が、場違いな痴態を晒したことを謝罪しようと口を開きかけた、その時だった。
「謝る必要は無い」
エルヴィン総司令の、低く、しかし絶対的な誠実さを込めた声が、私の言葉を遮った。
私が驚いて顔を上げると。 エルヴィン総司令は、自らの重厚な椅子からゆっくりと立ち上がり、執務机の横へと歩み出てきていた。
そして──────
「まだ十代の、幼い君達二人に……このような過酷な決断と重圧を強いる形になってしまった事、無理を言った私に全ての責任がある」
「国家の軸を握る総司令として。
……そして、何より君たち子供の未来を守るべき一人の大人として、心から謝罪する。すまなかった」
バサッ、と。 一国の命運を左右する、軍の最高権力者であるその男が。
一介の、ただの小娘でしかない私に対して。 深く、深く、九十度に腰を折り、頭を下げて心からの謝罪の意を示したのだ。
あまりにも非現実的で、大人の誠実さというものを真っ向から見せつけられる光景に、私はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
私がただその光景に狼狽していると。
エルヴィン総司令はゆっくりと上体を起こし、再び為政者としての、しかしどこまでも理知的な瞳で私を見据えた。
「ミカサ。君がアズマビト家の末裔である可能性は、先程のエレンの推察通り、ほぼ確定だろう」
「恐らく、ヒィズル国の特使は、かつての同盟国のよしみや、あらゆる甘い言葉と手練手管を尽くして、君を祖国へと迎え入れようとする筈だ」
エルヴィン総司令の言葉には、威圧的な重みは無い。
しかし、その言葉の裏にある『国家間の外交という泥沼の現実』が、明確な意思として伝わってきた。
「エレンが、手段を選ばずに君を隠し通し、会わせまいとしたのにも……彼の感情的な理由だけでなく、恐るべき一理がある」
エルヴィン総司令は、窓の外の帝都の景色に視線を向けながら、静かに語った。
「もし、彼らが君の引き渡しを要求し、我々がそれを拒んだ場合。 彼らが、卑屈な手……例えば、『新エルディア帝国は、将軍家の正当な末裔を人質として不当に監禁し、我々に政治的な要求を突き付けてきている』と、国際社会に向けて流布すればどうなるか。
真偽に関わらず、ようやく国際社会の一員として仲間入りを果たした我が国の諸外国からの外聞の悪化は、避けられない事態となるだろう」
「──────ッ」
私の額から、タラーッと冷や汗が滲み出た。
私の個人の意志や、師匠から受け継いだ『戦闘力』など、国家間の情報戦や外交の謀略という盤面の前では、何の意味もなさない。
極めて政治的で、狡猾で、悪意に満ちた大人の戦略。
(……エレンは……)
私が自分の出自を知りたいという純粋な好奇心だけで動こうとしたのに対し。
エレンは、そこまで先の最悪の可能性に直感的に気付き、私が政治の道具として利用され、帝国との板挟みになって傷つくことを恐れて、必死に引き止めようとしてくれていたのかもしれない。
そう気づいた瞬間、自分の浅はかさと、エレンを泣かせてしまった罪悪感が、さらに重くのしかかってきた。
「もう一度言うが、ミカサ」
エルヴィン総司令が、私の迷いを見透かしたように、優しく、力強い声で呼びかけた。
「君に責任は無い。全ては、我々大人が背負うべき問題であり、私にある。 だから、何も今すぐ、ここで急いで結論を出す必要は無い」
総司令は、ほんの少しだけ口角を上げ、慈愛に満ちた表情で私に微笑んだ。
「もう一度……エレンと、しっかりと向き合って話し合ってきなさい。 そして、君たち『二人』の出した答えを、私に教えて欲しい」
二人で出した答え。 どんな結論を出そうとも、私が君たちを守り抜くという、大人からの絶対的な信頼と庇護の約束。
「……分かりました」
私は、胸の奥に詰まっていた重い塊が、スッと溶けていくのを感じた。
エレンの溢れる愛情と、この総司令の懐の深さに応えるためにも。私は、きちんとエレンと向き合わなければならない。
私は、エルヴィン総司令と、奥で静かに見守ってくれていたリヴァイ兵長に向けて深く、深い一礼をし。
「失礼いたします」
一言、そう言葉を返して、愛する人が待つ家へと向かうべく、静かに司令室を後にした。