進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
「……ぁ……」
私の視線の先で。 いつの間にか目を覚ましていたエレンが、掠れた小さな、間の抜けた声を漏らした。
彼女は、顔全体から首筋に至るまでを、今にも沸騰して湯気を噴き出しそうなほど真っ赤に紅潮させ。
大きく見開かれたエメラルドグリーンの瞳を、溢れんばかりにウルウルと潤ませながら、私の方をじっと見つめ上げていたのだ。
目が、バッチリと合ってしまった。
「…………ッ」
私は、そのあまりにも庇護欲を唆る、無防備で、恥じらいに満ちた扇情的な表情に、思わず息を呑んだ。
視線を外すことなど、到底できなかった。
私は彼女を腕に抱いたまま、熱烈に、その瞳を見つめ返し、またしても完全に思考を停止させてしまった。
永遠にも思えるような、重く、甘い沈黙。
十数秒程経っただろうか。 私からの、一切の瞬きすらしない真っ直ぐで熱い視線に、遂に耐えきれ無くなったのか。
エレンが、小鳥のさえずりの如く、弱々しく、消え入りそうな声音で言葉を発した。
「……そ、その……」
彼女は私に抱き抱えられながら、ギュッと身を縮こまらせ、震える手の甲を自身の口元にあてがった。
「あんま見つめられると……すごい恥ずかしいっていうか……いまいち状況が読めないっていうか……」
視線を右往左往させ、たじたじになりながらも、上目遣いに、己の心境を語るエレン。
その仕草の一つ一つが、私の脳髄を直接掻き回すほどの破壊力を持っていた。
今すぐこのまま、彼女をベッドに放り投げて、その赤い顔を私の欲望でぐちゃぐちゃにしてしまいたい。
「……」
だが、私はその暴走しそうな衝動を、鋼の意志で強引にねじ伏せた。
今はまだ、その時ではない。 私たちには、まだ越えなければならない『言葉』がある。
私は無言のまま、ベッドの方へとすたすたと数歩進み、ゆっくりと、硝子細工を置くように慎重に、エレンをふかふかの大きなベッドの上へと降ろした。
エレンは、まるで借りてきた猫のように、ベッドの端で背中を丸め、ビクビクと私の様子を窺いながら固まっている。
私は彼女のその姿から一度視線を外し、開け放たれたままになっていた部屋の扉へと向かった。
そして、静かに扉を閉め、ドアノブの鍵をしっかりと回した。
カチャリ。
重い金属音が、部屋に響く。
これで誰もこの部屋に入ってくることはできない。
この空間は、完全に外界から遮断された、私とエレンだけの『密室』となったのだ。
「……え?」
私のその退路を断つような行動に、ベッドの上で間の抜けた困惑の声を漏らすエレン。
私は、ゆっくりと振り返り、一歩、また一歩と、逃げ場のないベッドの上の彼女の方へと近づいていった。
エレンの肩が、微かに震えている。
「み、みかさ……?」
彼女は、私が近づいてくるプレッシャーに耐えきれず、涙目に怯えの色を滲ませながら、震える声で言葉を紡ぎ出した。
「やっぱり、怒ってる……よな……」
彼女は、自身の罪悪感に苛まれるように、視線を膝へと落とした。
「その、俺、あんな事言うつもりなくって……知らない奴にミカサを取られると思ったら……その……怖くなって……つい……八つ当たりみたいに……ほんとごめ──────」
彼女の、必死の懺悔。 私を誰にも渡したくないという、不器用で身勝手な、でも私にとっては狂おしいほどに嬉しい独占欲の告白。
私は、彼女が謝罪の言葉を言い切るよりも早く、その言葉を遮った。
「───私は怒ってない。寧ろ嬉しかった」
「え?」
エレンが、驚いたように顔を上げ、エメラルドグリーンの瞳を丸くして私を見た。
私は、ベッドの上で縮こまって座るエレンのすぐ横に立ち、心の奥底から湧き上がる、偽りのない自分の本心を真っ直ぐに伝えた。
「エレンが初めて、明確に私を想って感情的になってくれて、凄く嬉しかった……」
私は、彼女を見つめながら。 多分、私がこれまでの人生の中で一度も見せたことが無いような、すべての警戒心を解き放った、心からの満面の笑みを見せた。
「っ!」
エレンが、私のその笑顔を見た瞬間、息を呑んで完全に思考をフリーズさせたのが分かった。
「エレンはいつも、絵のことばかりで……私のアプローチにも、反応を示さないから。そういう感情は、私には無いんだと思ってた」
私は、ベッドの端にそっと腰を下ろし、彼女との距離をさらに縮めた。
「でも、その心配は、今日ので無くなった。……エレンも私の事、ちゃんと誰にも渡したくないって、想ってくれてたんだって。……知れて、本当に良かった」
私のその純粋な喜びの言葉に。 エレンは、一瞬だけ嬉しそうに瞳を輝かせたものの、すぐに気まずそうにスッと視線を逸らし、頬をさらに赤らめながら、重苦しい口を開いた。
「…………ミカサの気持ちには、気付いてた」
ぽつりと、静かな部屋に落ちたその一言。
「アプローチも、全部……分かってた」
「……え?」
今度は私が、驚きに目を見開く番だった。
エレンは、膝を抱え込むようにしてギュッと身を縮め、まるで長年隠し続けてきた大罪を告白する罪人のように、赤裸々に本心を語り始めた。
「全部分かった上で……俺は、『何も知らない無垢の仮面』を貼り付けて、お前の気持ちを知らない振りしてたんだ」
「……エレン……?」
「心の奥底では……ミカサになら何をされたって良い……とか……あわよくばなし崩し的に、一線を越えてしまってもいい……とか。そんな、自分の都合の良い泥沼みたいな妄想をしながら……」
エレンの瞳から、再び大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。
「お前の純粋な気持ちを、俺の醜い欲求を満たすために利用してたんだよ。……俺は、卑怯で穢い人間だ……」
膝に顔を埋め、羞恥と自己嫌悪に震えながら、自身の心の闇をすべて曝け出すエレン。
私は、そのあまりにも衝撃的な告白を聞きながら、内心で激しいパニック状態に陥っていた。
(……え? どういうこと?)
ずっと、エレンの事は、自身の恋愛感情や他意に関しては恐ろしく鈍感で、無自覚な人なのだと思っていた。
私の過剰なまでのスキンシップも、家族としての距離感だと勘違いしているのだとばかり。
でも、違ったのだ。
彼女は、ただ純粋な顔をして表に出さないだけで。
本当は、私の狂気的な愛情も、ドロドロとした欲望も、全部気付いていたし……何より、それを心の奥底で『受け入れて、望んでくれていた』のだ。
(……ちょっと待って……って言うことは、もしかして────)
私の脳裏に、かつての記憶が走馬灯のように駆け巡る。
私が、今までエレンに対して無自覚を装って仕掛けてきた、数々の過剰なスキンシップ。
そのすべてが彼女に筒抜けだったのだとしたら。
私が、嫌な予感と、それを遥かに上回る爆発的な歓喜に震え始めたのと同時に、彼女はさらに致命的な言葉を続けた。
「……朝、ベッドの中で……ミカサに素肌を弄られた日とか……内心、めちゃくちゃ興奮してた……」
「っ!?」
「絵を描いている時に、後ろから抱きしめられて首筋に顔を埋められたり……その……胸を、揉まれたりした時も……」
エレンは、ぎゅっと膝を抱える手に白くなるほど力を入れて、羞恥に打ち震える様に声を震わせながら、自身の性癖のすべてを暴露した。
「……気持ち良くて、甘い声が漏れそうになるの……必死に我慢して……心が、とろけるみたいに満たされてた……」
髪の隙間から微かに覗く彼女の耳は、もはや火傷しそうなほどに真っ赤に染まり上がっていた。
(……ば、バレてた……)
私が密かに彼女の身体を味わい尽くしていたこと。
その上、本人はそれに気付いていただけでなく、快感に溺れ、満更でもないどころか『満たされていた』というのだから。
私の脳髄は、もはやどうしていいか分からないほどの圧倒的な多幸感と、征服欲でショート寸前だった。
「……引いた……よな」
顔を伏せたまま、エレンの口から、自嘲するような冷えきった言葉が刻まれてゆく。
「こんな……自分の欲を満たすためにお前を利用する、欲まみれな奴……」
彼女は、すっと顔を上げた。 その目尻には涙を浮かべながらも、どこか諦めたような、不器用で悲しげな笑みを私に向けていた。
「でも……これが俺なんだよ。
……ミカサに、『好きな人』に良いようにされて興奮する……最低の変態なんだよ……」
その言葉が、私の心の中でくすぶっていた最後の導火線に、完全に火をつけた。
『好きな人』。 彼女は今、はっきりと私のことをそう呼んだのだ。 これ以上、何を我慢する必要があるだろうか。
(……きっと、言葉だけじゃ伝わらない……)
私のこの、重くて、狂おしいほどの愛のすべては。
私は、ゆっくりと少し身を屈め、スッと手を伸ばした。
そして、涙で濡れたエレンの柔らかな白い頬を、私の左手で優しく、しかし絶対に逃がさないようにしっかりと包み込んだ。
「え……ミカサ……?」
エレンが、驚いたように息を呑む。 私がその頬に添えた手から伝わる確かな熱に、彼女は微かに身を震わせながらも、私の目を真っ直ぐに見つめ返してきた。
そのエメラルドグリーンの瞳の奥には、恐怖や拒絶ではなく。
私がこれから何をしようとしているのかを察し、どこか待ち望んでいるような、期待と熱情の光が確かに宿っていた。
私の心臓の鼓動は、先程までのパニックが嘘のように、驚く程静かに、そして深く落ち着いていた。
すべてが、ピタリとパズルのピースがハマったような、絶対の確信があったからだ。
ゆっくりと、互いの顔が近付いていく。
世界から、すべての音が消え去る。 エレンの甘い花の香りと、私の体温が混ざり合う。
吐息が直接肌を擽る程の、ゼロ距離にまで近付いて。
エレンが、すべてを委ねるように、ゆっくりと長い睫毛を震わせて目を閉じた。
私も、それに合わせるように、静かに目を閉じた。
「ん……」
エレンの喉の奥から、無意識に漏れた甘い吐息の音が、私の鼓膜を優しく揺らした。
柔らかくて、ひどく熱くて、そして少しだけ涙のしょっぱい味がする、暖かい感触。
私の唇と、エレンの唇が、完全に重なり合った。
「──────」
全身を、優しく包み込む様な、途方もない多幸感が駆け巡る。
舌を入れることも、貪ることもない。
ただ、互いの存在を確かめ合い、愛を刻み込むためだけの、優しく触れるだけの、初めての口付け。
何十秒、あるいは何分そうしていたのだろう。
やがてゆっくりと、名残惜しさを引きずるように互いの唇が離れ。
私たちは、伏し目がちに、ゆっくりと目を開いた。
私の視界いっぱいにうつる、エレンの顔。
とろんとした、熱に浮かされたように潤んだ瞳。
その目尻からは、先程までの悲しみの涙とは違う、圧倒的な安堵と幸福感に満ちた、きらきらと光輝く大粒の雫が頬を伝い落ちていた。
ぽたっ……ぽたぽたっ……と。 彼女の頬を伝った涙が、ベッドの上に広がるスカートの裾を、次々と濃い染みで濡らしていく。
「エレン……」
私は、頬に添えていた左手の親指で、彼女の目尻から溢れる涙を、愛おしむように優しく拭ってあげた。
そして、もう一度。 エレンが私のものだという事実を、エレン自身の魂に深く刻み込むように、確かめるように。
ちゅっ……。
もう一度、優しい口付けを彼女の柔らかな唇に落とした。
水面に雫が落ちる様な、甘く艶かしい音が、静まり返った部屋に響く。
唇を合わせながら、私は空いたもう片方の右手を伸ばし、彼女の艶やかなダークブラウンの髪を、小さな子供を優しくあやす様に、何度も何度も撫でた。
「んっ……ふふっ……」
エレンが、私のキスと撫でる手の心地よさに、微かに口角を上げて甘い笑い声を漏らす。
そっと顔を離し、私はベッドの上で完全に夢現な状態になり、蕩けきっているエレンのすぐ横に座り直した。
そして、彼女の華奢な肩を、私の腕の中へと優しく抱き寄せた。
すると、自然に。 エレンが、安心しきった子猫が甘える様に、私の肩へとコトンと頭を乗せてきたのだ。
言葉は、何も必要無かった。
ただお互いの体温を感じ合っているだけで、凄く心地が良くて、世界中のすべてを手に入れたような満ち足りた気持ちになる。
私は、肩に寄りかかる彼女の髪を、愛おしく撫で続けた。
(……やっと、手に入れた)
私の、狂おしいまでの執着と愛が、ついに実を結んだのだ。
そんな風な、少しだけ独占欲に塗れた言葉が頭の中を過ぎった。
すぅ……すぅ……
気付けば。 私の肩に頭を乗せるエレンから、先程の床で寝ていた時よりもさらに深く、規則正しい、静かで可愛らしい寝息が聞こえ始めていた。
極度の精神的疲労と、すべてを曝け出した開放感で、限界を超えていた彼女の意識は、私の温もりの中で完全に深い眠りへと落ちたのだ。
(……私だけの、可愛いお姫様……)
私は、心からの愛しさを込めてそう呟くと。
彼女を起こさないように極めて慎重に、ゆっくりとエレンの上体を横に倒し、私の太ももの上──膝へと頭を乗せた。
窓の隙間から差し込む、冬の冷たい月明かり。
それが、私の膝の上で無防備に眠る彼女のダークブラウンの髪を、美しく幻想的に照らし出している。
私は、その柔らかい髪を指の腹で優しく、いつまでもいつまでも撫で続けながら。
彼女の甘い寝息の音と共に、私自身も深く、誰にも邪魔されることのない幸福な微睡みの世界へと、静かに身を任せるのだった。