進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第二百五十四・五話

 

 

 

「……ぁ……」

 

 

私の視線の先で。 いつの間にか目を覚ましていたエレンが、掠れた小さな、間の抜けた声を漏らした。

 

 

 

彼女は、顔全体から首筋に至るまでを、今にも沸騰して湯気を噴き出しそうなほど真っ赤に紅潮させ。

 

 

 

大きく見開かれたエメラルドグリーンの瞳を、溢れんばかりにウルウルと潤ませながら、私の方をじっと見つめ上げていたのだ。

 

 

目が、バッチリと合ってしまった。

 

 

「…………ッ」

 

 

私は、そのあまりにも庇護欲を唆る、無防備で、恥じらいに満ちた扇情的な表情に、思わず息を呑んだ。

 

 

 

視線を外すことなど、到底できなかった。

 

 

私は彼女を腕に抱いたまま、熱烈に、その瞳を見つめ返し、またしても完全に思考を停止させてしまった。

 

 

永遠にも思えるような、重く、甘い沈黙。

 

 

十数秒程経っただろうか。 私からの、一切の瞬きすらしない真っ直ぐで熱い視線に、遂に耐えきれ無くなったのか。

 

 

 

エレンが、小鳥のさえずりの如く、弱々しく、消え入りそうな声音で言葉を発した。

 

 

 

「……そ、その……」

 

 

 

彼女は私に抱き抱えられながら、ギュッと身を縮こまらせ、震える手の甲を自身の口元にあてがった。

 

 

 

「あんま見つめられると……すごい恥ずかしいっていうか……いまいち状況が読めないっていうか……」

 

 

 

視線を右往左往させ、たじたじになりながらも、上目遣いに、己の心境を語るエレン。

 

 

 

その仕草の一つ一つが、私の脳髄を直接掻き回すほどの破壊力を持っていた。

 

 

今すぐこのまま、彼女をベッドに放り投げて、その赤い顔を私の欲望でぐちゃぐちゃにしてしまいたい。

 

 

「……」

 

 

だが、私はその暴走しそうな衝動を、鋼の意志で強引にねじ伏せた。

 

 

今はまだ、その時ではない。 私たちには、まだ越えなければならない『言葉』がある。

 

 

 

私は無言のまま、ベッドの方へとすたすたと数歩進み、ゆっくりと、硝子細工を置くように慎重に、エレンをふかふかの大きなベッドの上へと降ろした。

 

 

 

エレンは、まるで借りてきた猫のように、ベッドの端で背中を丸め、ビクビクと私の様子を窺いながら固まっている。

 

 

 

私は彼女のその姿から一度視線を外し、開け放たれたままになっていた部屋の扉へと向かった。

 

 

 

そして、静かに扉を閉め、ドアノブの鍵をしっかりと回した。

 

 

 

カチャリ。

 

 

重い金属音が、部屋に響く。

 

 

これで誰もこの部屋に入ってくることはできない。

 

 

この空間は、完全に外界から遮断された、私とエレンだけの『密室』となったのだ。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

私のその退路を断つような行動に、ベッドの上で間の抜けた困惑の声を漏らすエレン。

 

 

 

私は、ゆっくりと振り返り、一歩、また一歩と、逃げ場のないベッドの上の彼女の方へと近づいていった。

 

 

 

エレンの肩が、微かに震えている。

 

 

 

「み、みかさ……?」

 

 

彼女は、私が近づいてくるプレッシャーに耐えきれず、涙目に怯えの色を滲ませながら、震える声で言葉を紡ぎ出した。

 

 

「やっぱり、怒ってる……よな……」

 

 

彼女は、自身の罪悪感に苛まれるように、視線を膝へと落とした。

 

 

「その、俺、あんな事言うつもりなくって……知らない奴にミカサを取られると思ったら……その……怖くなって……つい……八つ当たりみたいに……ほんとごめ──────」

 

 

 

彼女の、必死の懺悔。 私を誰にも渡したくないという、不器用で身勝手な、でも私にとっては狂おしいほどに嬉しい独占欲の告白。

 

 

 

私は、彼女が謝罪の言葉を言い切るよりも早く、その言葉を遮った。

 

 

 

「───私は怒ってない。寧ろ嬉しかった」

 

 

 

「え?」

 

 

エレンが、驚いたように顔を上げ、エメラルドグリーンの瞳を丸くして私を見た。

 

 

 

私は、ベッドの上で縮こまって座るエレンのすぐ横に立ち、心の奥底から湧き上がる、偽りのない自分の本心を真っ直ぐに伝えた。

 

 

 

「エレンが初めて、明確に私を想って感情的になってくれて、凄く嬉しかった……」

 

 

 

私は、彼女を見つめながら。 多分、私がこれまでの人生の中で一度も見せたことが無いような、すべての警戒心を解き放った、心からの満面の笑みを見せた。

 

 

 

「っ!」

 

 

エレンが、私のその笑顔を見た瞬間、息を呑んで完全に思考をフリーズさせたのが分かった。

 

 

「エレンはいつも、絵のことばかりで……私のアプローチにも、反応を示さないから。そういう感情は、私には無いんだと思ってた」

 

 

私は、ベッドの端にそっと腰を下ろし、彼女との距離をさらに縮めた。

 

 

「でも、その心配は、今日ので無くなった。……エレンも私の事、ちゃんと誰にも渡したくないって、想ってくれてたんだって。……知れて、本当に良かった」

 

 

 

私のその純粋な喜びの言葉に。 エレンは、一瞬だけ嬉しそうに瞳を輝かせたものの、すぐに気まずそうにスッと視線を逸らし、頬をさらに赤らめながら、重苦しい口を開いた。

 

 

「…………ミカサの気持ちには、気付いてた」

 

 

ぽつりと、静かな部屋に落ちたその一言。

 

 

「アプローチも、全部……分かってた」

 

 

「……え?」

 

 

今度は私が、驚きに目を見開く番だった。

 

 

エレンは、膝を抱え込むようにしてギュッと身を縮め、まるで長年隠し続けてきた大罪を告白する罪人のように、赤裸々に本心を語り始めた。

 

 

 

「全部分かった上で……俺は、『何も知らない無垢の仮面』を貼り付けて、お前の気持ちを知らない振りしてたんだ」

 

 

「……エレン……?」

 

 

「心の奥底では……ミカサになら何をされたって良い……とか……あわよくばなし崩し的に、一線を越えてしまってもいい……とか。そんな、自分の都合の良い泥沼みたいな妄想をしながら……」

 

 

エレンの瞳から、再び大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。

 

 

 

「お前の純粋な気持ちを、俺の醜い欲求を満たすために利用してたんだよ。……俺は、卑怯で穢い人間だ……」

 

 

膝に顔を埋め、羞恥と自己嫌悪に震えながら、自身の心の闇をすべて曝け出すエレン。

 

 

 

私は、そのあまりにも衝撃的な告白を聞きながら、内心で激しいパニック状態に陥っていた。

 

 

 

(……え? どういうこと?)

 

 

 

ずっと、エレンの事は、自身の恋愛感情や他意に関しては恐ろしく鈍感で、無自覚な人なのだと思っていた。

 

 

 

私の過剰なまでのスキンシップも、家族としての距離感だと勘違いしているのだとばかり。

 

 

でも、違ったのだ。

 

 

彼女は、ただ純粋な顔をして表に出さないだけで。

 

 

本当は、私の狂気的な愛情も、ドロドロとした欲望も、全部気付いていたし……何より、それを心の奥底で『受け入れて、望んでくれていた』のだ。

 

 

 

(……ちょっと待って……って言うことは、もしかして────)

 

 

 

私の脳裏に、かつての記憶が走馬灯のように駆け巡る。

 

 

 

私が、今までエレンに対して無自覚を装って仕掛けてきた、数々の過剰なスキンシップ。

 

 

そのすべてが彼女に筒抜けだったのだとしたら。

 

 

 

私が、嫌な予感と、それを遥かに上回る爆発的な歓喜に震え始めたのと同時に、彼女はさらに致命的な言葉を続けた。

 

 

「……朝、ベッドの中で……ミカサに素肌を弄られた日とか……内心、めちゃくちゃ興奮してた……」

 

 

「っ!?」

 

 

「絵を描いている時に、後ろから抱きしめられて首筋に顔を埋められたり……その……胸を、揉まれたりした時も……」

 

 

エレンは、ぎゅっと膝を抱える手に白くなるほど力を入れて、羞恥に打ち震える様に声を震わせながら、自身の性癖のすべてを暴露した。

 

 

「……気持ち良くて、甘い声が漏れそうになるの……必死に我慢して……心が、とろけるみたいに満たされてた……」

 

 

髪の隙間から微かに覗く彼女の耳は、もはや火傷しそうなほどに真っ赤に染まり上がっていた。

 

 

 

(……ば、バレてた……)

 

 

 

私が密かに彼女の身体を味わい尽くしていたこと。

 

 

その上、本人はそれに気付いていただけでなく、快感に溺れ、満更でもないどころか『満たされていた』というのだから。

 

 

 

私の脳髄は、もはやどうしていいか分からないほどの圧倒的な多幸感と、征服欲でショート寸前だった。

 

 

 

「……引いた……よな」

 

 

 

顔を伏せたまま、エレンの口から、自嘲するような冷えきった言葉が刻まれてゆく。

 

 

 

「こんな……自分の欲を満たすためにお前を利用する、欲まみれな奴……」

 

 

 

彼女は、すっと顔を上げた。 その目尻には涙を浮かべながらも、どこか諦めたような、不器用で悲しげな笑みを私に向けていた。

 

 

「でも……これが俺なんだよ。

……ミカサに、『好きな人』に良いようにされて興奮する……最低の変態なんだよ……」

 

 

その言葉が、私の心の中でくすぶっていた最後の導火線に、完全に火をつけた。

 

 

『好きな人』。 彼女は今、はっきりと私のことをそう呼んだのだ。 これ以上、何を我慢する必要があるだろうか。

 

 

 

(……きっと、言葉だけじゃ伝わらない……)

 

 

 

私のこの、重くて、狂おしいほどの愛のすべては。

 

 

 

私は、ゆっくりと少し身を屈め、スッと手を伸ばした。

 

 

そして、涙で濡れたエレンの柔らかな白い頬を、私の左手で優しく、しかし絶対に逃がさないようにしっかりと包み込んだ。

 

 

「え……ミカサ……?」

 

 

エレンが、驚いたように息を呑む。 私がその頬に添えた手から伝わる確かな熱に、彼女は微かに身を震わせながらも、私の目を真っ直ぐに見つめ返してきた。

 

 

 

そのエメラルドグリーンの瞳の奥には、恐怖や拒絶ではなく。

 

 

私がこれから何をしようとしているのかを察し、どこか待ち望んでいるような、期待と熱情の光が確かに宿っていた。

 

 

 

私の心臓の鼓動は、先程までのパニックが嘘のように、驚く程静かに、そして深く落ち着いていた。

 

 

 

すべてが、ピタリとパズルのピースがハマったような、絶対の確信があったからだ。

 

 

 

ゆっくりと、互いの顔が近付いていく。

 

 

 

世界から、すべての音が消え去る。 エレンの甘い花の香りと、私の体温が混ざり合う。

 

 

 

吐息が直接肌を擽る程の、ゼロ距離にまで近付いて。

 

 

 

エレンが、すべてを委ねるように、ゆっくりと長い睫毛を震わせて目を閉じた。

 

 

 

私も、それに合わせるように、静かに目を閉じた。

 

 

 

「ん……」

 

 

 

エレンの喉の奥から、無意識に漏れた甘い吐息の音が、私の鼓膜を優しく揺らした。

 

 

 

柔らかくて、ひどく熱くて、そして少しだけ涙のしょっぱい味がする、暖かい感触。

 

 

 

私の唇と、エレンの唇が、完全に重なり合った。

 

 

 

「──────」

 

 

 

全身を、優しく包み込む様な、途方もない多幸感が駆け巡る。

 

 

 

舌を入れることも、貪ることもない。

 

 

 

ただ、互いの存在を確かめ合い、愛を刻み込むためだけの、優しく触れるだけの、初めての口付け。

 

 

 

何十秒、あるいは何分そうしていたのだろう。

 

 

 

やがてゆっくりと、名残惜しさを引きずるように互いの唇が離れ。

 

 

私たちは、伏し目がちに、ゆっくりと目を開いた。

 

 

 

私の視界いっぱいにうつる、エレンの顔。

 

 

 

とろんとした、熱に浮かされたように潤んだ瞳。

 

 

 

その目尻からは、先程までの悲しみの涙とは違う、圧倒的な安堵と幸福感に満ちた、きらきらと光輝く大粒の雫が頬を伝い落ちていた。

 

 

 

ぽたっ……ぽたぽたっ……と。 彼女の頬を伝った涙が、ベッドの上に広がるスカートの裾を、次々と濃い染みで濡らしていく。

 

 

 

「エレン……」

 

 

 

私は、頬に添えていた左手の親指で、彼女の目尻から溢れる涙を、愛おしむように優しく拭ってあげた。

 

 

 

そして、もう一度。 エレンが私のものだという事実を、エレン自身の魂に深く刻み込むように、確かめるように。

 

 

 

ちゅっ……。

 

 

 

もう一度、優しい口付けを彼女の柔らかな唇に落とした。

 

 

 

水面に雫が落ちる様な、甘く艶かしい音が、静まり返った部屋に響く。

 

 

 

唇を合わせながら、私は空いたもう片方の右手を伸ばし、彼女の艶やかなダークブラウンの髪を、小さな子供を優しくあやす様に、何度も何度も撫でた。

 

 

 

「んっ……ふふっ……」

 

 

 

エレンが、私のキスと撫でる手の心地よさに、微かに口角を上げて甘い笑い声を漏らす。

 

 

 

そっと顔を離し、私はベッドの上で完全に夢現な状態になり、蕩けきっているエレンのすぐ横に座り直した。

 

 

そして、彼女の華奢な肩を、私の腕の中へと優しく抱き寄せた。

 

 

すると、自然に。 エレンが、安心しきった子猫が甘える様に、私の肩へとコトンと頭を乗せてきたのだ。

 

 

 

言葉は、何も必要無かった。

 

 

 

ただお互いの体温を感じ合っているだけで、凄く心地が良くて、世界中のすべてを手に入れたような満ち足りた気持ちになる。

 

 

 

私は、肩に寄りかかる彼女の髪を、愛おしく撫で続けた。

 

 

 

(……やっと、手に入れた)

 

 

 

私の、狂おしいまでの執着と愛が、ついに実を結んだのだ。

 

 

そんな風な、少しだけ独占欲に塗れた言葉が頭の中を過ぎった。

 

 

 

すぅ……すぅ……

 

 

 

気付けば。 私の肩に頭を乗せるエレンから、先程の床で寝ていた時よりもさらに深く、規則正しい、静かで可愛らしい寝息が聞こえ始めていた。

 

 

 

極度の精神的疲労と、すべてを曝け出した開放感で、限界を超えていた彼女の意識は、私の温もりの中で完全に深い眠りへと落ちたのだ。

 

 

 

(……私だけの、可愛いお姫様……)

 

 

 

私は、心からの愛しさを込めてそう呟くと。

 

 

 

彼女を起こさないように極めて慎重に、ゆっくりとエレンの上体を横に倒し、私の太ももの上──膝へと頭を乗せた。

 

 

 

窓の隙間から差し込む、冬の冷たい月明かり。

 

 

それが、私の膝の上で無防備に眠る彼女のダークブラウンの髪を、美しく幻想的に照らし出している。

 

 

 

私は、その柔らかい髪を指の腹で優しく、いつまでもいつまでも撫で続けながら。

 

 

 

彼女の甘い寝息の音と共に、私自身も深く、誰にも邪魔されることのない幸福な微睡みの世界へと、静かに身を任せるのだった。

 

 

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