進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
849年2月21日
新エルディア帝国、帝都ミットラス。
その中心部、政府中枢敷地にそびえ立つ帝国特務兵団庁舎の最上階。
絶対的な防音設備が施された総司令室の大きな窓からは、冬の終わりを告げる高く澄み渡った青空と、蒸気機関の白い煙が立ち昇る、活気と熱気に満ち溢れた帝都の街並みが一望できた。
カチャリ、と。 静かな金属音を立てて、重厚なマホガニーの扉がゆっくりと内側へ押し開かれた。
「……失礼いたします。エルヴィン総司令」
鈴を転がすような、高く透き通った可憐な声と共に、二人の少女が執務室へと足を踏み入れた。
私は、右手に持っていた万年筆を静かにペン立てへと戻し、書類から視線を上げて彼女たちを真っ直ぐに見据えた。
ほんの昨日、この同じ部屋で醜く感情を爆発させ、私とリヴァイの前で大粒の涙を流しながら子供のように逃げ出していった少女──エレン・イェーガー。
そして、その小さな背中を、この世の終わりのような痛ましい表情で追いかけていった、赤いマフラーの少女──ミカサ・アッカーマン。
だが、今、私の執務机の向こう側に並んで立つ二人の佇まいには、あの時のヒリヒリとした痛覚を伴う決裂の気配など、微塵も残されていなかった。
それどころか、部屋に漂う空気が一瞬にして書き換えられるほどの、圧倒的な『一体感』がそこにはあった。
エレンの少し赤みの残る白い頬と、緩やかに潤んだエメラルドグリーンの瞳は、どこか昨日の朝とは違う、しっとりとした艶やかさを帯びている。
そして彼女の細い指先は、隣に立つミカサの手と、ごく自然に、しかし絶対に解けない結び目のように深く指を絡ませ合っていた。
対するミカサもまた、そのエレンの存在を自身の半身として完全に受け入れたかのように、愛おしげに彼女へと身を寄せ、静かに佇んでいる。
その黒い瞳の奥には、すべてを満たされたような、底知れない充足感が満ち満ちていた。
(……なるほど。たった一夜で、一歩……いや、数歩は関係が進んだということか)
私は、胸の奥で静かに息を吐き出した。
若さとは、良いものだ。 あのどうしようもなく不器用で、傷つけ合っていた子供たちが、たった一晩の対話で、これほどまでに強固な絆を結んでみせるのだから。
(ふっ……私のような人間が、老いを感じる日が来るとはな……)
壁内人類の命運を盤上で操作してきた私が、彼女たちの放つ蒼く熱い熱気にあてられ、思わずこの軍の最高機密室には似つかわしくない、ひどく感傷的なことを内心で考えてしまった。
私は、口元が微かに緩みそうになるのを分厚い理性で強引に押さえ込み、再び為政者としての冷徹な仮面を貼り付けて、静かに口を開いた。
「答えは決まったようだな」
総司令として我々の都合を押し付けるのではなく、一つの重い決断を迫った一人の大人として、彼女たちに覚悟を問うた。
すると、エレンは自身の手に絡まるミカサの指先から勇気を貰うように、キュッと一度だけ力を込めると、スッと背筋を伸ばした。
そして、昨日見せていた荒々しい少年の素顔はどこへやら、深窓の高貴な令嬢そのものといった洗練された所作で、極めて上品なカーテシーをして見せた。
「はい。……昨日は、お見苦しい所をお見せしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
彼女は、申し訳なさそうに少しだけ睫毛を伏せ、完璧な謝罪の言葉を紡いだ。
「今朝、私とミカサで改めてしっかりと話し合った上で……『アズマビト家特使との面会』を受け入れる事に決めました」
私の目をしっかりと見つめ返し、彼女は揺るぎない『承諾』の言葉を口にした。
「……そうか」
私は、深く頷いた。 彼女たちがこの外交の場に立つことは、アズマビト家という欲深き商人たちの思惑を逆手に取り、彼らを新エルディア帝国の盤面に都合よく引きずり込むための最強の『カード』となる。
だが、それは同時に、ミカサという一人の少女のルーツを政治利用し、彼女たちに途方もない重圧とリスクを強いるということでもある。
「君たちの協力に、心から感謝する」
私は、ゆっくりと重厚な椅子から立ち上がった。
そして、彼女たちの目を交互に見つめ、己の腹の底から湧き上がる最大級の誠意と覚悟を込めて、右の拳を左胸に強く打ち当てた。
かつて調査兵団が長年掲げてきた、己のすべてを捧げる絶対的な敬意と誓いの証──『心臓を捧げる』礼だ。
「そして、約束しよう。……この外交交渉によって、決して君たち二人が引き裂かれたり、不当に利用されたりする様な事態にはさせないと。
この帝国特務兵団総司令たる、エルヴィン・スミスの名において誓おう」
私が、大人の責任として、これ以上ないほど重く、シリアスなトーンで誓いの言葉を宣言した、その直後だった。
「……一々大袈裟だ、エルヴィン。端的に言って『重い』ぞ」
私の背後の薄暗い影。 壁にもたれかかるようにして腕を組んで控えていたリヴァイから、一切の容赦もない、冷ややかな小言の刃が飛んできた。
私は、自身の最高権力者としての威厳ある誓いをあっさりと腰折りにされ、微かに眉間を寄せながら振り返った。
「ふむ……だが、帝国の未来の為に、まだ若い彼女たちに無茶な協力を申し出ているんだ。これくらいの誠意は示すべきだろう。……面会後には、協力金として莫大な予算の支給も考えていたのだが……」
私が、極めて真面目にそう反論すると。 リヴァイは「チッ」と呆れたように舌打ちをし、顎で私の正面をしゃくった。
「エレンを見てみろ。冷や汗かいてるじゃねぇか」
「……?」
リヴァイに促されるままに、私は再び正面へと向き直った。
するとそこには。 先程まで余裕のある令嬢の仮面を被っていたエレンが、額にうっすらと脂汗を滲ませながら、微かに震えている姿があった。
「えっと……大変心強いお言葉、ありがとうございます…… ご期待に添えるよう、精一杯努めます……」
彼女は、深々と頭を下げ、世辞を述べていた。
一方、隣のミカサは、エレンの異変に少し首を傾げつつも、己の感情を完全にコントロールし、特に変わった所は見受けられない。
流石はあのリーシェ・ベニアの直弟子だ。
(……なるほど、そういう事か)
私は、エレンの反応を見て、自身の失態を即座に理解した。
私からすれば、国家のトップとして当然の『安全保障』と『謝礼』の対応だった。
だが、元々小市民的な感性を持つ彼女からすれば、国家の最高権力者から突然『心臓を捧げる』礼をされ、あまつさえ「スミスの名に懸けて誓う」「莫大な協力金を出す」などと重々しく言われてしまえば。
もし特使との面会で何か失敗したら、……と、過剰に期待され、退路を断たれたと受け取ってしまう訳だ。
「……すまない、エレン。そこまで気負う必要は無い」
私は、努めて声のトーンを柔らかく落とし、先程の威圧感を感じさせないよう、慌てて補足した。
「君たちが抱える不安を少しでも払拭し、安心して面会に挑めるよう、私なりの誠意として誓ったまでだ。
……とは言え、もし交渉の準備や日常生活で何か不便があれば、都度遠慮なく申し出てくれ。こちらで直ぐに手配しよう」
私のそのフォローを聞いて、エレンはようやく胸を撫で下ろしたように、ほうっと小さく息を吐いた。
「お気遣い、痛み入ります。……ええ、もし機会があれば、その時は是非」
そして彼女は、すぐさま顔を上げ、あの神がかった比類なき美貌を余すことなく活かした、完璧な微笑みを浮かべ、見事に世辞を返してみせたのだ。
その切り替えの早さと、己の武器(容姿)の使い方の洗練具合には、流石の私も内心で舌を巻くしかない。
その後、私は彼女たちに、特使との具体的な会談の日時、場所となる迎賓館の警備体制、そして当日の移動に関わる移動の手配などを簡潔に説明し、本日の報告の場は解散となった。
「失礼いたします」
静かに一礼し、ミカサにエスコートされるようにして退室していくエレンの背中を見送りながら、私は重厚な扉がカチャリと閉まる音を聞き届けた。
執務室には、私と、壁際のリヴァイの二人だけが取り残され、何とも言えない静けさが部屋を支配した。
私は、ゆっくりと自分の革張りの椅子へと腰を下ろし、冷めきった珈琲の入ったカップを見つめた。
窓の外からは、蒸気機関車の汽笛の音が微かに聞こえてくる。
思えば。 あの日、特異点たる彼女たちと遭遇して以来、ここまでとてつもなく濃い数年だった。
嘗ては、旧・調査兵団の一介の分隊長でしかなかった私が。
旧体制を無血で打倒し、百年の記憶の改竄を解き、マーレを裏から盤上操作で解体し、気付けばこの新エルディア帝国という巨大な国家の舵取りを行う総司令にまで上り詰めてしまったのだ。
私一人では、絶対に辿り着けなかった景色。
あの狂気に満ちた神々と、そして何より、私の右腕として、常にその鋭い刃を人類のために振るい続けてくれたこの男がいなければ。
「……リヴァイ」
私は、ふとカップから視線を外し、背後の壁にもたれかかる小柄な男へと声をかけた。
かつて王都の地下の泥水の中で見出し、「狂気に支配されたこの兵団の、もう一つの『剣』となってくれ」と、私が自らの手で引き上げた男。
「ここまで……"俺"についてきてきてくれて……ありがとう」
総司令としての威厳も建前もすべて捨て去り。 私は一人の人間としての、素の言葉で、大きく息を吐き出しながら、万感の思いを込めて彼に感謝を伝えた。
リヴァイは、私のそのらしくもない感傷的な言葉に、ピクリと眉を動かした。
そして、いつものように呆れたような、しかしどこか悪態をつくような顔で鼻を鳴らした。
「……なんだ。エルヴィン、やっとくたばるのか? なら清々するな」
『今生の別れ』の挨拶とも取れる私の言い回しに対し、彼は一切の遠慮もなく、残酷な冗談を口にして返してきた。
だが、その毒舌の裏にある、彼なりの不器用な照れ隠しと信頼の形を、私が分からないはずがない。
「ふっ……。いや、まだ死ぬわけにはいかないさ。この世界には、まだ解き明かさねばならない謎が山ほどあるからな」
私は口角を上げ、少しだけ身体を前のめりにして、自身の脳内で最近渦巻いていた『ある思考』について、彼に向けて語り出した。
「実はな……これはまだ私の、妄想に近い仮説なんだが」
私は、先程の冷静な指揮官の顔から一転、かつて父の残した歴史の謎を追っていた頃のような、知的好奇心に満ちた熱を瞳に宿らせた。
「始祖ユミルの、あのデタラメな権能。あれは、単なる肉体構造の書き換えや記憶操作に留まらず……場合によっては、『死者蘇生』すら可能にするのではないかと考えていてな」
「……は?」 リヴァイが、怪訝そうに眉をひそめた。
「そうだろう? 考えてもみろ。二千年前に死んだはずの神話の存在である彼女が、あの可憐な少女の肉体を得て、現実に『復活』したこと自体が、その仮説を裏付ける最大の証拠ではないか。
もし、あの『道』という空間にエルディア人の魂がすべて保存されているのだとしたら、器さえ用意できれば、過去に命を亡くなった者たちを現世に呼び戻すことも理論上は──────」
私は、ハンジのように柄にもなく饒舌になり、身振り手振りを交えながら自身の狂気的な考察をリヴァイに向けて熱く語り続けた。
「……チッ。どいつもこいつも、頭の中がバグり始めやがって」
リヴァイは、そんな私の学者のような熱狂を心底呆れた様に一瞥し、再び深く舌打ちをした。
だが、彼はそう悪態をつき、壁にもたれかかったまま……決してその場を立ち去ろうとはしなかった。
冬の終わりの陽光が差し込む総司令室。 人類の未来を背負う二人の男の、果てしなく重く、しかし確かな信頼に満ちた穏やかな時間は、珈琲の苦い香りと共に、静かに流れていくのだった。