進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
842年、11月
木々がわずかに色づき始め、朝夕の空気に冬の気配が混じり始めた頃。
あの日から一ヶ月。
絶望の象徴である巨大樹の森で、一体の巨人と一人の人間による奇妙で穏やかな共同生活は、すっかり日常として定着していた。
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「おはよう、アトラス」
「おはよう、リーシェ」
朝の淡い木漏れ日の中、クリスタルの宿から出てきたリーシェと挨拶を交わす。
彼女はそのまま、あの日俺がせっせと建てた「水浴び専用小屋」へと向かい、日課である身支度を始める。
俺はその間に、彼女の視界や導線を邪魔しないよう地響きを抑えつつ、周囲数キロに無垢の巨人が接近していないか見回りに出る。
とはいえ、一ヶ月前に俺が数百体の巨人を派手にミンチにしたせいか、最近はこのエリア一帯に他の巨人が寄り付く気配すらなくなっていた。
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昼下がり。
木陰に座り、俺が採ってきた果実を器用に切り分けて齧りながら、リーシェは壁内の事情を語ってくれる。
「壁の中の王政府はね、とにかく現状維持を最優先にしているの。調査兵団への資金提供も渋るくせに、憲兵団は内地で腐敗しきっていて……本当に、嫌になっちゃうわ」
「なるほど。平穏に胡坐をかき、外の脅威から目を背けているわけだ」
俺は彼女の話に真剣に相槌を打ちながらも、手元では極めて精密な作業を行っていた。
リーシェから預かった立体機動装置のブレードの表面に、俺の硬質化能力を使って極薄のクリスタルコーティングを施しているのだ。
これで、巨人の硬い骨を斬っても容易には刃こぼれしない「超々硬質ブレード」の完成である。
さらに最近、俺の体から発する超高温・高圧の蒸気を、硬質化で造った特殊なクリスタルボンベの中に圧縮密閉することで、立体機動装置のガスの代用品を作れないかと研究していた。
試行錯誤の末、数日前にようやく「それっぽいもの」が完成したのだ。
「アトラス、これ凄い! 前のガスより出力が高いし、それに刃も全くこぼれないわ!」
シュガァァァッ!!と鋭い音を立てて、リーシェが久方ぶりに巨大樹の間を飛び回る。
ガスの残量を気にせず、感覚を取り戻すように風を切って宙を舞う彼女の姿は、ひどく生き生きとしていて美しかった。
俺はそれを見上げながら、どこか父親のような、あるいは有能なメカニックのような満足感に浸っていた。
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日が傾き始めると、夕食の準備だ。
俺の巨大な指先から精密に削り出して作った「人間サイズのクリスタル製調理器具(鍋や包丁)」を使い、リーシェが手際よく野草や保存食を調理していく。
「アトラスの作ったこのお鍋、熱伝導率がすっごく良くて本当に助かるわ。ほら、いい匂いでしょう?」
「ああ、そうだな」
俺は巨人の体であるため、人間の食べ物を摂取する必要はないし、味覚もほとんど機能していない。
それでも、出来上がった温かいスープをリーシェが「美味しい!」と幸せそうに頬張る姿を特等席で眺めているだけで、心が満たされた。
(いや、ただひたすらに可愛い。美味そうに食べる女の子って最高だな……眼福だわ)
内心で学生らしい俗物的な感想を抱きながら、俺は穏やかに目を細めていた。
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夜の帳が下り、パチパチとはぜる焚き火の前。
この時間は、俺たちの他愛のない、けれど最も有意義な語らいの場だ。
「私の故郷では、鉄の塊が空を飛んだり、人が乗れる鉄の箱が猛スピードで道を走っていたりしていた。夜になっても、星が見えないくらい街中が光り輝いていたんだ」
「ふふっ、何それ。おとぎ話みたい。アトラスの故郷って、本当に変なのね」
俺が前世の記憶──核心的なネタバレは避けつつ、現代日本の風景を遠い異国の話として語ると、リーシェは目を丸くして笑う。
代わりにと、彼女も調査兵団の日常を語ってくれた。
「私の班の先輩なんてね、教官の寝ている隙に落書きをしてこっ酷く叱られていたわ……ふふっ、思い出しただけでもお腹痛い……!」
「それは……彼が今も存命であることを祈るよ」
種族も体格も違う俺たちが、同じ火を囲んで笑い合う。
この残酷な世界において、奇跡のように尊い時間だった。
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やがて夜が更け、リーシェがクリスタルの宿に入り、安らかな寝息を立て始めたのを確認する。
「おやすみ、リーシェ」
小さな声で呟き、俺はゆっくりと立ち上がった。
俺の巨躯は睡眠を必要としない。
俺は足音を殺し、拠点から巨人基準の歩幅で10分ほど離れた場所へと向かった。
そこは、俺があの狂気の二年間を過ごした、岩盤まで深く掘り抜かれた巨大な地下空間。
薄暗い穴の底に降り立った俺は、先程までの温和な表情を消し去り、全身の筋肉を硬直させた。
(守るべきものができた。なら、俺はもっと理不尽なまでに強くならなければならない)
──────バキィィィィッ!!
自らの腕を硬質化させ、己の肉体を限界まで破壊しては、超回復で再生させる。
静かな森の地下深くで、アトラスという名のイレギュラーは、彼女の明日を切り拓くために、朝まで続く血みどろの修練をひたすらに繰り返すのだった。