進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
842年、11月末。
森の木々が完全に葉を落とし、吐く息が白さを増す本格的な冬の入り口。
昼下がり、澄み切った冷たい空気の中を、鋭いガス噴射の音が幾度も切り裂いていた。
────シュガァァァッ!!
俺が超高温の巨人蒸気を応用して作った特製クリスタルボンベからガスを噴かし、リーシェが巨大樹の間を縦横無尽に飛び回る。
彼女のその日の日課は、立体機動装置の入念な点検とガスの補充を終えた後、俺が森の広場に設営した「特設訓練場」で汗を流すことだった。
そこには、俺が硬質化能力と木材を組み合わせて精巧に作り上げた、大小様々な「巨人サイズの標的」が立ち並んでいる。
ただの木製のダミーではない。
うなじの弱点部分だけを本物の巨人の肉質に近い柔らかい木材にし、それ以外の部分を超硬質のクリスタルで覆った特別仕様だ。
少しでも刃の角度が甘かったり、狙いが数センチでもズレたりすれば、俺がコーティングした超々硬質ブレードであっても弾き返される。
極めて実戦的かつシビアなこの訓練設備を、リーシェは「教官のシゴキより性格が悪いわ」と笑いながらも、真剣な眼差しで次々と木っ端微塵に斬り伏せていく。
時には、動く標的を求めて巨大なイノシシや鹿を狩りに行く日もあった。
リーシェの立体機動の機動力と、俺のサポート(獲物を追い込んだり、逃げ道を塞いだりするだけだが)が合わされば、森の獣たちなどあっという間に夕食のシチューの具材へと変わるのだった。
だが、そんな充実した(?)森の訓練生活が板についてきたある日のこと。
木製の標的をすべて切り刻み、額に薄っすらと汗を浮かべたリーシェが、巨体の俺の足元へとふわりと降り立った。
「アトラス」
息を整えながら、彼女は俺を見上げる。その夜空のような青い瞳には、どこか悪戯っぽさと、確固たる決意が入り混じっていた。
「……なんだい、リーシェ。今日の動きも完璧だったぞ。刃の入り方も申し分ない」
俺が褒め言葉を口にすると、彼女は立体機動装置のブレードをカチャリと鞘に納め、一歩前へと踏み出してきた。
「ありがとう。でもね……そろそろ、動かない木の人形や、逃げるだけの動物じゃ物足りなくなってきたの」
「……嫌な予感がするんだが」
「お願い、アトラス。私に『本物の巨人』と戦わせて」
俺は思わず、15メートルの巨体の顔面を手で覆いたくなった。
彼女の言い分は痛いほど分かる。
調査兵団の兵士として実戦感覚を鈍らせないためには、本物と刃を交えるのが一番だ。
だが、相手は少しでも油断すれば人間を容易く噛み砕く無垢の巨人である。
万が一のことがあれば、俺は一生自分を許せない。
「却下だ。そんな危険を冒さなくても、巨人が現れたら私が一分で肉片にしてやる。君が手を汚す必要はどこにもないだろう」
俺が極力冷静な声色で諭そうとすると、リーシェは俺の巨大な足の甲に両手をつき、ぐっと顔を近づけて(彼女なりに)上目遣いで俺を睨みつけてきた。
「ダメよ。アトラスが強いのはよーく分かってるけど、私は守られるためのお姫様じゃないわ。調査兵団の兵士なの」
「だが……」
「それに、もし何かのトラブルでアトラスとはぐれた時、私が自衛すらできなかったらどうするの? アトラスだって、私が自分の身を守れるようになっていた方が安心でしょう?」
正論だった。
それに加えて、この透き通るような金髪と青い瞳を持つ美人に、上目遣いで「お願い」と懇願されてしまっては、中身がただの男子大学生である俺の防御力などたかが知れている。
「……分かった。私の負けだ」
俺が深く大きなため息(地響き付き)を吐いて折れると、リーシェは「やった!」と満面の笑みでガッツポーズをした。
「ただし、条件がある」
俺は真剣な声で念を押す。
「戦闘中は私の指示に絶対に従うこと。そして、私が『危険だ』と判断したら、即座に介入してその巨人を潰す。これに同意できるか?」
「ええ、もちろん! アトラス教官の指示には絶対に従うわ!」
かくして、俺が監督の下、リーシェの「対巨人実戦訓練」が幕を開けた。
数十分後。森の奥深くで、フラフラと彷徨う単独の7メートル級を発見した。
奇行種ではない、典型的な鈍重な無垢の巨人だ。
俺は周囲の木々に同化するように息を潜め、いつでも硬質化した指先で巨人の頭を吹き飛ばせるよう全身の筋肉をバネのように引き絞りながら、枝の上のリーシェに的確な指示を飛ばした。
「リーシェ、奴の重心は右に偏っている。左半身の死角から回り込め。正面からのアンカー射出は悟られるぞ」
「了解!」
リーシェは俺の指示通り、巨人の視界外から音を殺して木々を飛び移る。
巨人が微かなガス音に気づき、のろのろと振り返ろうとしたその瞬間───俺の視座から状況を俯瞰し、最適なタイミングを測る。
「今だ! 膝の裏の腱を削げ!」
「シィッ!」
鋭い呼気と共に、リーシェの放ったアンカーが巨人の足元の幹に突き刺さる。
振り子のような遠心力を利用し、彼女は巨人の巨大な左膝の裏をすれ違いざまに深く斬り裂いた。
巨人がバランスを崩し、ドスンと無様な音を立てて前傾姿勢で倒れ込む。
完全にうなじが無防備に晒された。
「そのまま高度を落とさず、背中を滑るようにしてうなじへ!」
「はああぁぁっ!!」
シュガァァァッ!とガスが咆哮を上げ、リーシェの身体が弾丸のように宙を舞う。
クリスタルコーティングされた刃が、太陽の光を反射して銀色の弧を描いた。
ズバァァァッ!!という肉を断つ快音と共に、7メートル級の巨人のうなじが深々と、そして完璧な角度で抉り取られた。
ドスゥン……。
巨人が完全に沈黙し、急速に高温の蒸気を吹き上げながら朽ちていく。
その蒸気を切り裂くようにして、リーシェがふわりと近くの太い枝に着地した。
「……ふぅっ」
ブレードについた血を払い、鞘に収める彼女の額には、心地よい緊張感からくる汗が光っていた。
俺はゆっくりとその枝に近づき、視線を合わせて労いの言葉をかける。
「見事だ。刃の入り方も、アンカーを打ち込む位置も完璧だった。クリスタルのダミーを斬り続けていた成果が出ているな」
「本当!? やったぁ!」
パッと顔を輝かせるリーシェ。だが、俺は「教官」として甘やかすだけでは終わらない。
「だが、改善点もある。膝の腱を削いだ後、うなじへ向かうためのアンカーの射出が半秒遅かった。もしあれが通常の巨人ではなく、動きの読めない奇行種だったら、その半秒の隙に空中で叩き落とされていた可能性がある」
俺が厳しいトーンで事実を指摘すると、リーシェはすぐに真剣な表情に戻り、自身の機動を反芻するように頷いた。
「確かに……倒れ込む巨人の動きに見惚れて、次の動作への移行が遅れたわ。次は、斬った瞬間に次のアンカーの狙いを定めるように意識する」
「ああ、それがいい。立体機動は常に『三手先』をイメージして飛ぶんだ。……よし、今日の訓練はこれくらいにしておこう。夕食は昨日狩った鹿の肉だ」
「わぁい!今日もアトラスの特製お鍋で作るね!」
兵士としての鋭い顔つきから一転、年相応の無邪気な笑顔に戻ったリーシェを肩に乗せ、俺たちは蒸気を上げる巨人の死骸を後にして拠点へと歩き出した。
人類の天敵であるはずの巨人が、人間の兵士に巨人の殺し方をレクチャーし、的確なフィードバックを与える。
傍から見れば狂気の沙汰としか思えないこの光景も、今や俺たちにとっては、生き抜くための大切な、そして愛おしい日常の一コマとなっていた。