進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
アトラスに命を救われ、この巨大樹の森の奥深くで彼との奇妙な共同生活を始めてからというもの。
私の胸の内は、壁の中にいた頃には決して得られなかった、かつてないほどの穏やかな充実感で満ち溢れていた。
朝
淡い冬の木漏れ日がクリスタルの宿に差し込む頃、私は目を覚ます。
外に出ると、冷え切った森の空気の中で、私のために屈み込みながら待っていてくれる彼と「おはよう」の挨拶を交わす。
腹の底に響くような、けれどどこまでも優しいその重低音を聞くだけで、私の一日はこの上ない安心感と共に始まるのだ。
彼が毎朝欠かさず温めておいてくれる特製の湯浴み小屋で、凍えることなくゆったりと身を清める。
調査兵団の兵士として、壁外で温かいお湯に浸かれること自体が信じられないほどの贅沢だった。
さっぱりとした気分で小屋を出た後は、拠点周辺の少し開けた場所で入念に準備運動を行う。
そして、命綱である立体機動装置と、彼がコーティングを施してくれた決して刃こぼれしないブレードの点検を済ませる。ガス漏れ一つない完璧な状態を確認すると、私は勢いよく巨大樹の枝へと飛び立った。
──────シュガァァァッ!!
特製のクリスタルボンベから噴き出す高圧ガスが、私の身体を羽のように軽く宙へ押し上げる。
ここ二週間ほど、私が森を飛び回っても「本物の巨人」は一向に姿を現さなくなっていた。
それもそのはずで、私の視界と身体が別次元の力に目覚めてからというもの、このエリア周辺にいた無垢の巨人たちを、私が端から狩り尽くしてしまったからだ。
実戦の相手がいなくなってしまったため、私は脳内で様々なサイズの巨人との戦闘を克明に想像しながら、何もない空中を縦横無尽に飛び回る。
急降下、旋回、アンカーの巻き取りによる超高速の斬撃。
自分の身体が意志と寸分違わず連動する圧倒的な万能感は、何度味わっても胸がすく思いだった。
夕暮れ時
森が茜色に染まり始めると、私はアトラスが創り出してくれた手馴染みの良いクリスタルの包丁と調理器具を使い、夕食の準備に取り掛かる。
熱伝導率の異常に高いお鍋は、あっという間に具材の芯まで火を通してくれる。
今日は保存肉と森で採れた野草をたっぷり使った、熱々の煮込み料理だ。
お玉で味見をして、完璧な出来栄えに小さくガッツポーズをする。
……出来ることなら、この温かくて美味しい料理を、私を助けてくれた彼にもお腹いっぱい食べて欲しい。
けれど、巨人の身体を持つ彼には人間の食べ物を消化する必要もなく、味覚も殆ど機能していないのだという。
その事実を知った時、私は心底悲しかった。
自分が作ったものを一緒に「美味しいね」と笑い合えないのは、こんなにも寂しいことなのだと初めて知った。
結局、私は泣く泣く、湯気を立てるシチューを一人で食べるしかないのだ。
「私ばっかりごめんね、アトラス。本当に美味しいのに……」
申し訳なさそうに私が頬張ると、焚き火の向こう側で膝を抱えていた彼は、ふっとその端正な目尻を下げた。
「気にするな。……私は、君がそうやって美味しそうに食べる姿を特等席で見られるのが、何よりの癒しなんだ」
「っ……!!」
思わず、飲み込もうとした鹿肉でむせそうになった。
彼はいつもそうだ。
人間の男性なら照れて絶対に口に出さないような歯の浮く台詞を、15メートルの彫刻のように美しい顔で、一切の邪心がない大真面目な声色で真っ直ぐに伝えてくる。
本人は私が喜ぶと思って純粋に言っているのだろうが、言われたこちらの身にもなってほしい。
顔がカッと熱くなり、心臓が肋骨を突き破って破裂してしまいそうなほど激しく高鳴るのを、必死に深呼吸をして誤魔化さなければならないのだから。
夜
パチパチとはぜる巨大な焚き火の前は、私たちだけの特別な時間だった。
彼がぽつりぽつりと語ってくれる「人間だった頃(前世)」の話は、鉄の塊が空を飛び、手のひらサイズの板で世界中の人と話ができるという、魔法のような、どれも不思議で新鮮な内容ばかりだった。
私は両膝を抱え、まるで幼い頃、両親にベッドの中で御伽噺を読み聞かせて貰っていたあの頃に戻ったような、無邪気で温かい気持ちで彼の一言一句に耳を傾けた。
逆に、私の語るなんて事ない調査兵団での日常や、ドジをした失敗談、同期たちとの他愛のない笑い話に対しても、彼は決して退屈することなく、その青空のように青く大きな瞳をキラキラと輝かせながら聞き入ってくれるのだ。
自分という存在が、丸ごと肯定され、大切に受け止められているという実感。
それが、どうしようもなく、たまらなく嬉しかった。
(アトラスも、私に昔の故郷の話をしている時、今の私と同じくらい……こんなにも温かくて、嬉しい気持ちになってくれているといいな……)
揺れる炎越しに彼の優しい瞳を見つめながら、私は胸の奥でそっと願った。
そうして、今日も充実した幸せな一日があっという間に終わっていく。
これが、季節が巡り、843年に丁度入った頃の出来事だった。
いつまでも続くと思っていた、森の中の穏やかで甘い日常。
私が己の幸福感に満たされるあまり、彼が夜の闇の中で一人、どれほど深く重い「孤独な悩み」を抱え込み、自問自答を繰り返していたのか……その僅かなサインにすら、全く気付かないまま。
決して逆らうことの出来ない運命の時は、すぐそこまで迫っていた。