進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第四十話

844年3月頃

 

厳しかった冬の寒さがようやく底を打ち、巨大樹の森にも微かな暖かみが戻り始めていた。

 

地表を覆っていた分厚い雪が少しずつ溶け出し、森の土と柔らかな命の匂いが風に乗って運ばれてくる、そんな春の兆しを感じる日のことだった。

 

俺はあの日から一日も欠かすことなく、自ら創り上げた広大なクリスタルの柱が立ち並ぶ地下空間の底で、深い瞑想を続けていた。

 

15メートルの肉の鎧のさらに奥深く。

 

途方もないエネルギーの海に沈む、自分自身の「核」を引っ張り上げるための精神の修練。

 

それは、分厚い氷の底に沈んだ針を、素手で探り当てるような気の遠くなる作業だった。

 

だが、その日は違った。

 

意識の最深部で、これまでどうしても繋がらなかった最後の歯車が、唐突に「カチリ」と完璧な音を立てて噛み合ったのだ。

 

(……掴んだ!!)

直後、俺の15メートルの巨躯から、凄まじい勢いで超高温の蒸気が噴き出し始めた。

 

ブシュゥゥゥゥッ!!という轟音と共に、鋼のように硬く重かった巨人の肉体が、まるで春の雪解けのように急速に崩壊し、白い霧となって散っていく。

 

そして、灼熱の蒸気の中から、俺の意識はついに、巨人のうなじの奥底に再構築された「170センチほどの小さな肉体」へと完全に移行した。

 

どさりと、蒸気を裂いて地面に足をつく。

 

ひんやりとした地下空間の空気が、剥き出しの肌を撫でる。その生々しい触覚が、温度が、風の流れが、俺の脳髄に歓喜の電流を走らせた。

 

「……やった……やったぞ! 遂に成し遂げた!!」

俺は両拳を強く握り締め、天井の岩盤へ向かって力いっぱいに叫んだ。

 

大気はビリビリと震えない。

 

足元の地面も、地響きを立てて揺れない。

 

俺の叫び声は、ただ広大なクリスタルの地下空間に、人間の声としてささやかに木霊しただけだった。

 

それが、俺がバケモノの檻から抜け出し、人間の肉体を取り戻したという何よりの証明だった。

 

俺は歓喜に震え、涙を流して天を仰ごうとし──ふと、猛烈な違和感に首を傾げた。

 

「……あー、あー。……なんか、やけに声が高くないか?」

耳に届いた自分自身の声。

 

それは、前世の男子大学生だった頃の低い声でもなければ、巨人体だった時の腹の底から響く重低音でもなかった。

 

鈴を転がすような、酷く澄んだ、高すぎず低すぎない不思議な響きを持った声だった。

 

嫌な汗が背筋を伝う。

 

俺は恐る恐る、視線を下げて「自身の手」を見やった。

 

骨太でゴツゴツしていたはずの男の手ではない。

 

白魚のように細くしなやかで、指先まで手入れが行き届いたように滑らかな、やけに曲線の多い繊細な手がそこにあった。

 

バサリ、と。視線を下げた拍子に、艶やかな黒い髪が肩甲骨の辺りまで流れ落ちてくる。

 

俺の前世の髪は、せいぜい耳にかかる程度の短髪だったはずだ。

 

そして───

 

俺は気づいてしまった。己の胸元に、ある筈のない「二つの膨らみ」が存在していることに。

 

決して大きすぎるわけではないが、自己主張を忘れない、手のひらにすっぽりと収まりそうな絶妙なサイズの双丘が、俺の呼吸に合わせて柔らかく上下している。

 

(まさか……いや……そんな筈は……。俺は、俺は男だぞ……!?)

俺は一瞬で青ざめ、ガチガチと歯の根を鳴らしながら、最後の希望を確かめるために視線を自然と下腹部へと移した。

 

……無い。

 

無いのだ。

俺と苦楽を共にしてきた男としての絶対的な象徴である「息子」が、綺麗さっぱり、影も形も消え失せていた。

 

そこには、ただ滑らかな平原が広がっているだけだった。

 

(そういえば……)

俺の脳裏に、かつて水面に映った15メートル級の自分の姿がフラッシュバックする。

 

他の無垢の巨人たちのような醜悪な顔つきではなく、異様なまでに中性的で端正な顔立ち。

 

そして、巨人体としては珍しく肩にかかるほど長かった、あの黒い髪。

 

あれは、ユミルの民のバグでも何でもなく、本体の姿をそのまま投影した「伏線」だったというのか。

 

俺は完全に血の気を失い、膝から崩れ落ちた。

 

そのまま自重を支えるように両手のひらも地面に突き、絵に描いたような四つん這いの絶望ポーズ(OTL)をとる。

 

異世界転生、チート能力、人外化、

 

これだけでも既に「属性過多」でお腹いっぱいだったというのに、ここに来てまさかの、最悪にして最大の新たな属性が付与されてしまった。

 

TS(転性)である。

 

「いや、そうはならんやろ……っ!」

広大な地下空間に、俺の悲痛な叫びが響き渡った。

 

だが、その絶望の底から絞り出したはずの声すらも、透き通るような聞き心地の良い、可憐で情けない少女の声にしかならない。

 

自分の声帯から発せられるその女々しい響きが、さらに俺の精神をゴリゴリと削っていく。

 

俺はフラフラと立ち上がり、すぐ傍にあった純白のクリスタルの柱へと近づいた。

 

鏡面のように磨き上げられたその表面に、現在の俺の姿がはっきりと映し出される。

 

そこにいたのは、前世の冴えない男子大学生では断じてなかった。

 

肩甲骨の辺りまで伸びる、絹糸のように艶やかな漆黒の髪。

 

黄金比を計算し尽くして神が彫刻したかのような、完璧にバランスの整った美貌。

 

長く濃いまつ毛の奥で瞬くアイスブルーの瞳は、どこか憂いを帯びたミステリアスな雰囲気を醸し出しており、放っておけば誰もが振り返るであろう、控えめに言っても「超絶美少女」がそこに立っていた。

 

そして、肉体だ。

 

15メートルの巨人体であれほど鍛え抜いた鋼の筋肉は、人間のサイズに圧縮される過程で「必要最低限のしなやかなインナーマッスル」にまで削ぎ落とされていた。

 

引き締まった腹筋や背筋には確かな武の気配が残っているものの、全体的なフォルムは女性特有の柔らかな曲線美に支配されている。

 

腰のくびれや、なだらかな肩のラインが、「どうしようもなくお前は女なのだ」と残酷な事実を突きつけてきた。

 

穴が開くほど自分の姿を見つめ続け、やがて。

「…………」

深く、深く、長い溜息を一つ吐き出した。

 

(まぁ……そもそも、進撃の巨人の世界に前世の記憶を持って巨人に転生してる時点で、俺という存在自体が世界のバグみたいなもんだし。人間の肉体を一から再構築する過程で、性別のデータがバグって反転するくらい……こういうことも、あるか……)

 

 

あまりの事態の連続に、脳の処理能力が完全に限界を突破したのだろう。

 

俺は、自身のアイデンティティの崩壊について、それ以上深く考える事をあっさりと諦めたのだった。

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