進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

41 / 110
第四十一話

その衝撃的な事実を前に、俺はそれから十分程、ただ呆然と広大な地下空間の中心で立ち尽くしていた。

 

頭の中は完全にショートし、目の前のクリスタルに映る己の姿を、まるで他人のアバターでも眺めるかのように現実感の欠如した瞳で見つめることしかできなかった。

 

前世の記憶を含めて二十年以上「男」として生きてきた精神が、この黄金比で形成された柔らかな女性の肉体を「自分自身である」と認識し、受け入れるには、あまりにも時間とプロセスが足りなすぎる。

 

だが、いつまでも現実逃避をしているわけにはいかなかった。

 

転生から四年に迫る月日の中で培ってきた生存本能が、半ば強制的に俺の意識を覚醒させる。

 

この肉体の仕様に絶望する前に、最優先で確認しなければならない致命的な懸念事項があったのだ。

 

(……この姿のまま、もし巨人化能力が失われていたら、それこそ全てが終わる)

俺は震える深呼吸を一つ落とし、あらかじめ傍らに生成してあった硬質化のナイフを手に取った。

 

白魚のように滑らかで繊細な手のひら。

 

こんな華奢な肌に刃を立てるなど、前世の俺なら躊躇しただろうが、今は躊躇っている場合ではない。

 

俺は意を決して、自らの手のひらに鋭い刃を押し当て、一気に引き裂いた。

 

チリッ、という鋭い痛みが脳を駆け抜ける。

 

滲み出す赤い血。俺はそれをトリガーとして、強烈な「巨人化」の意志を脳裏に叩きつけた。

 

直後、バチィィィンッ!!という空気を切り裂く甲高い破裂音と共に、眩い鈍色の閃光が地下空間を激しく照らし出した。

 

光は瞬く間に膨張し、落雷にも似た凄まじい轟音が鼓膜を震わせる。

 

空間を埋め尽くすほどの超高温の蒸気が爆発的に撒き散らされる中、俺の視界は一瞬にして十五メートルの高さへと引き上げられた。

 

モウモウと立ち込める白い蒸気を払い除け、広大な地下空間の底に、あの馴染み深い十五メートルの巨人体がその偉容を現した。

 

「……よかった。能力は健在か」

俺は安堵の息を吐き、自身の巨大な両手を握り込んだ。

 

筋肉の駆動、視界の高さ、みなぎる無限のエネルギー。

 

どれも数十分前まで慣れ親しんでいた、まごうことなき俺の身体だ。

 

巨人化が問題なく行えることを確認した俺は、すぐさま巨人のうなじから強烈な蒸気を噴出させ、本体である人間体への分離を試みた。

 

 

────シュウゥゥゥゥ……!

 

 

熱風の中、うなじの肉からズルリと抜け出し、巨人の巨大な背中の上に着地する。

 

俺は祈るような気持ちで、自身の身体を見下ろした。

「…………」

視界に飛び込んできたのは、やはり先程と全く変わらない、肩甲骨まで伸びる艶やかな黒髪と、女性特有のなだらかな曲線美を持つ肉体だった。

 

二つの双丘も、下腹部の喪失感も、幻覚などではなく残酷なまでの「現実」として俺に突き付けられている。

 

一度巨人化を挟めば、あるいはエラーが修正されて元の男の体に戻るのではないかという淡い期待は、見事に粉砕された。

 

(……リーシェは、どう思うだろうか……)

俺の口から、隠しきれない特大のため息が漏れた。

 

彼女とのあの雪の日の別れから、すでに一年と二ヶ月が経過している。

 

「人間に戻る」と約束して別れた相手が、再会した時に超絶美少女に変貌していたら、彼女は一体どんな顔をするだろう。

 

怒るだろうか、呆れるだろうか、それとも泣くのだろうか。

 

……最悪、俺だと信じてもらえない可能性すらある。

 

頭を抱えそうになるのを必死に堪え、兎にも角にも、今のこの状況を何とかしなければならない。

 

生まれたてのままの全裸でうろつくのは、倫理的にも、前世の男としての精神衛生的にも限界だった。

 

肌身を隠すため、衣服の代わりになりそうな物を調達する必要がある。

 

俺は自身の硬質化能力を極限まで精密にコントロールし、急ごしらえの「下着」と「衣服」の生成を試みた。

 

指先から分泌されるクリスタルを、極薄の鱗状に編み込むように変質させていく。

 

肌に直接触れる部分は硬度を落として柔軟性を持たせ、関節の動きを阻害しないようにジョイント構造を形成する。

 

そうして出来上がったのは、胸元から腹部、そして下半身の必要最低限隠すべき部分を覆う、青白い半透明のクリスタルアーマーのような際どい代物だった。

 

「……少し身動きは取りづらいが、仕方ないってやつだ」

 

装甲の重みと冷たさに身を震わせながら、俺は深い溜息をついて地下空間の巨大なスロープを登り始めた。

 

数分後、844年の春の風が吹き抜ける森の地表へと躍り出る。

 

そこは、俺が四年間見慣れたはずの巨大樹の森だったが、目に映る景色はまるで別世界だった。

 

十五メートルの巨人体の視座と感覚が脳に深く馴染んでしまっていたせいで、足元の草花も、木の根も、何もかもが途方もなく巨大で、自分という存在がひどく矮小な生き物に成り下がったような錯覚に陥る。

 

だが、この一見華奢な肉体に秘められたスペックは、決して矮小などではなかった。

 

軽く地面を蹴ってみる。

 

タンッ!という弾むような音と共に、俺の身体は重力を無視したかのように数メートルも軽々と跳躍した。

 

着地の衝撃も、しなやかな筋肉と関節が完璧に吸収してしまう。

あの過酷な地下空間で、八十メートルの巨木を二本担いで昇り降りするような常軌を逸したトレーニングを四年近く続けていた恩恵だ。

 

その規格外のフィジカルのベースが、この小さな人間体にもしっかりと還元されている。

 

アスリート並、いや、それ以上の優れた身体能力。

 

動作も脳のイメージ通りにコンマ一秒の遅延もなく完璧に追従してくれるため、この森を生き抜く上で特に困るようなことは無いだろう。

 

身体のチェックを終え、太い木の根に腰を下ろした俺は、静かに目を閉じた。

 

頭脳の思考回路も問題無くクリアになっている感覚がある。

 

話は変わるが、俺は地下で自身の「本体(核)」を知覚する瞑想を続けていた時、ある極めて重要な事実に気付いていた。

 

それは、俺の意識の根底に広がる空間の質だ。

 

原作で描写されていた、始祖ユミルが存在する光の樹のような『道』。

 

ユミルの民の魂が全てそこへ集約されるというあの座標の光景を、俺は瞑想の中で一度も見ていない。

 

俺が知覚した俺の深淵は、もっと独立した、他者と交わらない完全な閉鎖空間だった。

 

恐らく、前世の記憶を持ったイレギュラーとして転生した俺という個体は、ユミルの『道』から完全に逸脱した、「独立個体」として独自の進化を遂げている可能性があるのだ。

 

ユミルの呪い───知性巨人を継承した者が十三年で死を迎えるというあの絶対のルールは、ユミルの『道』に接続されているが故の制約だ。

 

そこから外れている俺には、寿命という概念すら当てはまらない。

 

巨人体を半永久的に維持し続けることができる、いわば「完全体」と称しても良い次元の存在に昇華している。

 

そして、その独自の『道』の性質に思い至った時。

 

俺の脳内で、バラバラだったパズルの一片が、雷に打たれたようにピタリと噛み合った。

 

ここである恐るべき仮説が浮かび上がったのだ。

 

……もし、もしだ。俺の持つ独自の『道』の性質が、ユミルの『道』と「同質」のものでありながら、別のネットワークを形成できるものだとしたら?

 

そう考えれば、あの一年二ヶ月前、リーシェが見せたあの異常な身体能力と戦闘力についての完璧な説明が付く。

 

あの三ヶ月間、俺と彼女は同じ空間で過ごし、同じ時間を共有し、深い精神的な対話を繰り返した。

 

そして何より、俺の能力で生成した水浴びの湯や、ガスボンベに詰めた俺の体内の「巨人蒸気」を、彼女は日常的にその身に浴びていたのだ。

 

その何らかの要因──おそらくは物理的な接触と精神的な共鳴の蓄積によって、彼女と俺の間に「パス」が繋がったのではないか。

 

後天的に俺の『道』と接続された事で、彼女の肉体はユミルの民としての情報が書き換えられた。

 

アッカーマン一族が「巨人の力を人の姿のまま引き出せる」ように、俺と接続されたリーシェの身体もまた、強引にリミッターが解除され、圧倒的な身体能力に耐えうる筋肉と骨格の強度、そして全てをスローモーションに捉える知覚領域の最適化が為されたのだとしたら。

 

俺は自身の両手をじっと見つめ直した。

 

彼女は、アッカーマンの血を引いていたから覚醒したのではない。

 

俺という「新たな座標」に接続された、……俺だけの「アッカーマン」として新生してしまったということになる……

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。