進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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団長視点です


第五十一話

シガンシナ区を出立して約十分程。

 

うららかな春の陽気と、かつてない三百名という大部隊の威容は、新兵たちの間に油断ともとれる弛緩した空気を生んでいた。

 

だが、壁外において平穏など一瞬の幻に過ぎない。

 

「─前方より赤の信煙弾!」

 

索敵班からの報告よりも僅かに早く、私の隣を駆けるミケ・ザカリアス分隊長が鼻をヒクつかせ、鋭い視線を南東の地平へと向けていた。

 

「……来るぞ、エルヴィン。前方から十体だ。奇行種も混ざっている匂いがする」

 

ミケの警告通り、うねるような平原の向こう側から土煙を上げ、大小様々な巨人の群れが姿を現した。

 

 

距離およそ四百。

 

迎撃態勢を整えるには十分な距離だが、相手は十体。

 

一歩間違えれば陣形の一部が食い破られる数だ。

 

「各班、戦闘態勢! 前衛部隊は……」

私が指揮を執ろうと息を吸い込んだ、まさにその時だった。

 

「待ちなさい」

春のうららかな空気を一瞬で凍り付かせるような、絶対零度の声が陣形に響き渡った。

 

 

声の主は、私の斜め前方を走っていた特別遊撃部隊の指揮官──リーシェ・ベニア班長だった。

 

彼女は馬の歩みを緩めることなく、抜刀しようと逸る前衛部隊を冷徹な一瞥だけで縫い留めた。

 

「迎撃は必要ないわ。あなた達は陣形を崩さず、その場で待機」

 

「し、しかしリーシェ班長! 相手は十体も───」

前衛の兵士が悲鳴のように反論するが、彼女はそれを完全に無視した。

 

(……やるつもりか、リーシェ)

私は手綱を握る手に力を込めた。今回の第22回壁外調査において、彼女は上層部の幹部たちに対し『私が死なない限り、死者はゼロ人にする。戦闘はすべて私が引き受ける』という、正気の沙汰とは思えない誓約を突きつけてこの編成の全権を握った。

 

 

いくら彼女が『鬼神』と恐れられる超人であろうと、平原での十体同時の相手はリスクが高すぎる。

 

 

私が制止すべきか迷った、そのコンマ数秒の隙に──彼女は動いた。

 

─────シュガァァァァァァンッ!!

 

大砲の直撃でも受けたのかと錯覚するほどの、鼓膜を劈く異次元の爆音が弾けた。

 

「なっ……!?」

隣でミケが驚愕に目を見開く。

 

それもそのはずだ。彼女の腰に装着されたボンベから噴き出したガスは、我々の知るそれとは明らかに密度も推進力も異なっていた。

 

白く濃密な蒸気の尾を引きながら、彼女の小柄な身体は、まるで弾き出された砲弾のように一直線に空へと打ち上がった。

 

そこからの光景は、もはや「戦闘」と呼べる代物ではなかった。

「う、嘘だろ……あんな軌道……ワイヤーが千切れるぞ!?」

後方から、巨人捕獲の妄想に胸を膨らませていたはずのハンジ・ゾエ班長が、目を血走らせて叫ぶ声が聞こえた。

 

ハンジの言う通りだ。

 

彼女の動きは、人類が長年培ってきた立体機動の物理法則を根本から嘲笑っていた。

 

空中で極端な鋭角のターンを描き、先頭の十五メートル級の顔面にアンカーを撃ち込む。

 

巨人が腕を上げるよりも早く、銀色の閃光がうなじを通過した。

 

一撃

 

血飛沫が空に舞う。

 

だが、我々がその巨人の死を認識する前に、彼女はすでに崩れゆく巨人の肩を蹴り台にして、次の標的へと牙を剥いていた。

 

「二、三……四……っ」

私が無意識に数を数える中、彼女は一度も地面に足をつくことなく、空中でピンボールのように乱反射を繰り返した。

 

左右の七メートル級のうなじを同時に削ぎ、死角から迫る奇行種の脳天にアンカーを突き立てて振り子のように旋回し、一刀両断する。

 

 

ブレードの刃が巨人の硬い骨や肉を断つ際の、あの鈍い抵抗感が一切ない。

 

 

まるで熱したナイフでバターを切るように、あまりにも滑らかに、あまりにも容易く、巨人の肉体が解体されていく。

 

 

「……匂いが、全くブレない」

ミケが信じられないものを見るように呟いた。

 

「普通、あれだけの高機動と連続討伐を行えば、恐怖や疲労、焦燥の汗の匂いが混じる。

だが彼女からは……何も感じない。

ただ純粋な、底なしの冷たさだけだ」

 

「信じられない……信じられないよエルヴィン!!」

 

ハンジが馬上で身を乗り出し、ゴーグルをずり落としながら絶叫する。

 

「あんな速度で急旋回したら、普通は遠心力で全身の毛細血管が破裂する! 骨だって砕けるはずだ! なのに彼女の身体はどうなってるんだ!? それにあのブレード! なんであれだけも巨人の肉を斬って、一度も刃こぼれしてないのさ!?

 

ハンジの狂乱に近い疑問を余所に、惨劇は瞬く間に終わりを迎えた。

 

「八、九……十」

最後の一体、背を向けて逃げようとした五メートル級の延髄が真っ二つに裂かれる。

 

宙を舞った彼女は、残ったガスを微かに噴射して落下速度を相殺すると、ふわりと、何事もなかったかのように自身の愛馬の鞍の上へと着地した。

 

 

──────ドゴォォォォン……ッ!!

 

ズズズンッ……!!

その着地を合図にしたかのように。十体の巨人が一斉にバランスを崩し、凄まじい地響きを立てて平原へと倒れ伏した。

 

傷口から立ち昇る尋常ではない量の蒸気が、春の青空を真っ白に染め上げていく。

 

「……進路、クリアよ。行軍を再開しなさい」

蒸気の向こう側から、血の一滴すら浴びていない無傷の彼女が、抑揚のない冷徹な声で陣形に向けて指示を飛ばした。

 

 

静寂

 

 

圧倒的で、絶対的な静寂だった。

 

先程まで、あれほど談笑のざわめきで満ちていた三百人の大部隊が、誰一人として声を出すことができない。

 

聞こえるのは、風が平原の草を揺らす音と、怯えきった馬たちの荒い呼吸音だけ。

 

一体につき、一秒

 

わずか十秒足らずの間に、十体の巨人が消滅したのだ。

 

(……これが、彼女の約束した『戦闘はすべて私が引き受ける』という言葉の真意か)

 

 

私は手綱を握る手にじっとりと汗が滲むのを感じながら、静かに息を吐き出した。

 

彼女は人間ではない。

 

人類の希望という言葉すら生ぬるい、文字通りの『災害』だ。

 

一体、あの魔境たる巨大樹の森で、彼女の身に何が起きたというのか。

 

彼女をここまで造り変えた『何か』が、あの中には存在するというのか。

「……信じられない……あんなの、あんなの……! まるで……」

ハンジが震える声で呟き、言葉を失う。

 

ミケもまた、冷や汗を流しながら黙り込んでいた。

 

私はズキズキと痛み始めた胃のあたりを左手でそっと押さえながら、静かに号令を下した。

 

「……各班、行軍を再開せよ。前衛はリーシェ班長に続け」

恐怖と畏敬の念で完全に固まった兵士たちが、まるで神に仕える使徒のように、ゆっくりと彼女の後を追って馬を歩き出させる。

 

人類最強の矛にして、我々の理解を完全に超越した鬼神。彼女が先導するこの第22回壁外調査が、果たしてどのような結末を迎えるのか。

 

私は、遠く地平線の彼方に霞む『巨大樹の森』を、ただ重い覚悟と共に見据えていた。

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