進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第五十二話

夕闇が、人類の痕跡が何一つ存在しない広大な荒野を深い藍色へと染め上げていく。

 

ウォール・マリアという巨大な鳥籠から解き放たれ、三重の壁の遥か外側に位置する手つかずの自然の中。

 

そこへ、総勢約三百名という過去最大規模の調査兵団が、今宵の野営のための陣地を設営していた。

 

周囲には、鳥の鳴き声すら響かない。

夜行性の動物たちも、そして何より平原をうろついていたはずの巨人たちでさえ、この一帯から完全に姿を消していた。

 

それもそのはずだ。あの出発直後の「十秒の惨劇」の後も、私たちの行軍ルートには何度か大小様々な巨人の群れが立ち塞がった。

 

奇行種が土煙を上げて接近してこようが、地を這うような異形の巨人が現れようが、結果はすべて同じだった。

 

私は陣形から飛び出し、ただ刃を振るった。アトラスが与えてくれたこの偽装型・高圧蒸気ガスボンベの圧倒的な推進力と、決して刃こぼれしないクリスタルブレード。

 

そして、巨人の肉体は次々とただの蒸気を噴き上げる肉塊へと変わっていった。

 

そのすべてを、私一人が、無傷のまま瞬きする間に切り伏せたのだ。

 

結果として、前衛部隊は一度も剣を抜く必要がなく、馬たちも無駄な消耗を避けることができた。

 

行軍速度は飛躍的に跳ね上がり、一日目の進軍予定距離を遥かに凌駕するペースで平原を駆け抜けることに成功していた。

 

このペースが維持できれば、明日の二日目の昼辺りには、いよいよ目的の地である『巨大樹の森』の入り口に到達するだろう。

 

だが、驚異的な進軍速度とは裏腹に、三百人の大部隊を包む空気は異様なまでに重く、そして静まり返っていた。

 

巨人が現れても、私が宙を舞って巨大な肉塊が地響きを立てて倒れても。

 

報告を上げる索敵班の強張った声以外、誰一人として言葉を発しようとはしなかった。

 

荷馬車から物資を下ろす音、馬に飼い葉を与える音、テントのペグを打ち込む音。

 

それらの作業音だけが、まるで通夜の準備をしているかのように淡々と、感情を削ぎ落とされたまま繰り返されている。

 

彼らにとって、巨人の脅威よりも、先頭を飛ぶ私という存在の次元の違う暴力こそが、最大の恐怖対象へとすり替わってしまったからだ。

 

やがて完全に夜の帳が下り、野営地の中心にいくつか焚き火が焚かれた頃。

私は、陣形の中央に張られた指揮官用の厚いキャンバス地のタープの下に呼び出されていた。

 

揺らめく炎の灯りに照らされているのは、エルヴィン団長、ミケ分隊長、そしてハンジ・ゾエ班長を含む数人のベテラン分隊長や班長クラスの面々だった。

 

彼らの顔には、壁外の過酷な環境による疲労ではなく、全く理解の及ばない未知の現象に直面した強烈な精神的疲労が色濃く刻まれていた。

 

パチッ、と。焚き火の爆ぜる音が、重苦しい沈黙を破る。

「……リーシェ」

組んだ両手に顎を乗せ、炎を見つめていたエルヴィン団長が、静かに、しかし決然とした声で口を開いた。

 

「今まで、君の有用性を重んじてあえて避けてきたことだが……そろそろ、聞かせて欲しい」

エルヴィンのその青い瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。

 

「あの巨大樹の森で、君の身に……一体何があった。何が、君をそうさせた」

その言葉が落ちた瞬間、タープの下にいた数人の幹部たちが、ヒュッと息を呑むのが分かった。

 

ミケは険しい顔で私の匂いを探り、ハンジはゴーグルの奥で狂気的なまでの探究心と畏怖を入り混じらせた目を大きく見開いている。

(……まぁ、そうなるわよね)

私は内心で小さく息を吐いた。

 

正直なところ、ここまで物理法則を完全に無視して派手に暴れ回ってしまえば、誤魔化しようがない。

 

それに、明日には彼らがその真実の欠片を目撃することになるのだ。

私は、一切の感情を顔に出さず、氷の鬼神としての冷徹な表情を保ったまま、断片的な事実だけを口にすることにした。

「あの巨大樹の森には、完全な知性を持った巨人がいるわ」

私のその一言に、空気が完全に凍りついた。

 

知性を持った巨人。

ただ本能で人を喰うだけの災害ではなく、人間と同等の、あるいはそれ以上の思考能力を持った規格外の存在。

 

その事実は、調査兵団が長年積み上げてきた常識の根底を覆すものだ。

 

 

「……一応、忠告しておくけど。『討伐』なんていう無意味なことは、考えない方が賢明よ」

 

 

私は冷たい視線で幹部たちをぐるりと見渡し、彼らの脳裏に絶対の絶望を刻み込むように、はっきりと告げた。

 

 

「仮に、今の私と同等の力を持った兵士が100人……いえ、1000人束になって掛かったとしても、数秒で彼に“処理”されるでしょうから。……冗談抜きで」

 

 

静寂。

 

 

そして直後、タープの下に激震が走った。

 

「な……なんだと!?」

今日一日で私が巨人の群れを一方的に蹂躙する姿を、その目で直接見てきた分隊長の一人が、耐えきれずに立ち上がり絶叫した。

 

 

「君が1000人いても敵わないだと!? そんな神か悪魔のようなバケモノの住処に、我々を……この三百人を、死地に送ろうと言うのか! 君の目的は調査兵団の壊滅か!?」

 

 

恐怖で顔を真っ赤にして唾を飛ばす分隊長に対し、私はピクリとも眉を動かさず、ただ淡々と、事実だけを氷のような声で告げた。

 

 

「あなた達三百人を殺すつもりなら、こんな回りくどいことをしなくても壁の中でとっくに全員皆殺しにしているわよ」

 

 

「ヒッ……!」

私の瞳の奥に宿る一切の淀みのない殺気と、それが決して誇張ではないという圧倒的な実力差を悟り、絶叫していた分隊長は言葉を失い、へたり込むように椅子に崩れ落ちた。

 

 

「あの巨人……私が『アトラス』と名付けた彼はね、私と約束したのよ……」

その時だった。

 

 

彼らに向けていた私の冷徹な殺意が、唐突に霧散した。

 

 

炎を見つめる私の視点の焦点が徐々に合わなくなり、頭の中を占めるのは、ただ一つ。

 

 

あの雪の降る日、巨大な足の甲に縋り付いて泣きじゃくった私を見下ろし、優しく無謀な嘘(かもしれない)を吐いた、青く美しい瞳だけ。

 

 

「自身が人間に戻ったら、必ず壁を越えて、私に会いに行くって……そう言ったの」

 

 

無意識のうちに、私の表情から軍人としての冷徹さと堅苦しさが抜け落ち、一人の女としての、むき出しの感情が零れ落ちていく。

 

 

「それで、私は一年と一ヶ月、ずっと壁の中で待ったのよ? 彼が来てくれると信じて、毎日毎日、ずっと……!」

ギリッ、と。自分が両手を強く握り締め、爪が掌に食い込んでいることに気づいた。

 

 

声の端が震え、感情が激しく昂っているのが自分でも分かる。氷の鬼神という仮面が、アトラスへの狂気的な愛情と執着の熱によって、ドロドロに溶け出していた。

 

 

「……私は、これ以上待てない。彼が来ないなら、こっちから行くしかないでしょ?」

 

 

まるで恋人に会いにいくために着飾る少女のような、あるいは目的のためなら世界を焼き尽くすことも辞さない狂人のような。

 

 

そんな矛盾した声音で私が告げると、タープの下は、本物のバケモノの素顔を覗き込んでしまったかのような、底知れぬ恐怖と戦慄に包まれた。

 

 

この冷徹無比な生きた戦術兵器の行動原理が、人類の未来でも兵団の誇りでもなく、ただ一体の『巨人への異常なほどの執着と愛情』であったという事実に、誰もが言葉を失っていた。

 

 

その異常な空気を切り裂いたのは、やはりこの男だけだった。

 

「……一つ、確認させてくれ、リーシェ」

エルヴィン団長が、自身の胃の痛みを奥歯を噛み締めて耐えながら、指揮官としての最後の理性を振り絞って問いかけた。

 

 

「我々は……この三百人の兵士は、無事に壁の中へ帰れるのか?」

その必死の問いかけを聞いた瞬間。

 

 

私の頭の中に、「帰れないかもしれない」という選択肢は一ミリも存在しなかった。

 

「は? ……当たり前でしょ?」

何を愚かなことを聞いているのだと、私は心底不思議に思って小首を傾げた。

 

 

そして、自分でもはっきりと分かるくらい、甘く、とろけるような恍惚とした笑みを顔いっぱいに浮かべて、彼らに向かって言い放ったのだ。

 

 

 

「だって、帰る時は……私のアトラスも、壁の中へ連れて帰るんだから」

揺らめく焚き火の光に照らし出された私のその笑顔は、きっと、彼らの目にはどの無垢の巨人よりも悍ましく、狂気に満ちた恐ろしいものに映ったことだろう。

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