進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第五十六話

844年4月10日

 

 

 

うららかな春の陽気が巨大樹の森を包み込む昼前

 

 

 

大群のように押し寄せる、地鳴りのような無数の馬の蹄の音を自身の恐るべき聴覚で捉えた瞬間、俺は酷く、かなり、とてつもなく、焦っていた。

 

 

 

ズドドドドドド……という、かつて聞いたこともない規模の行軍の音が、着実にこの森の外周へと迫ってきている。

 

 

 

音の反響から推測するに、ざっと三百頭。調査兵団のほぼ全軍に匹敵する大部隊だ。

 

 

 

「あぁ……クソッ、終わった……」

俺は、森の奥深くで頭を抱え、純白のサマーワンピースの裾をギュッと握りしめてしゃがみ込んだ。

 

 

 

人間体に戻り、あの狂気じみた「巨人を観客にしたファッションショー」という黒歴史フェスティバルを開催してから、およそ一ヶ月。

 

 

 

結局のところ、俺はあれから一歩もこの巨大樹の森から動き出すことができていなかった。

 

 

 

理由は他でもない。

 

 

この俺の肉体が、前世の記憶に反してこの「比類なき黄金比の超絶美少女(TS)」として受肉してしまったという、取り返しのつかないバグのせいだ。

 

 

 

考えてもみてほしい。

 

 

 

『人間に戻ったら必ず会いに行く』と格好良く誓って別れた大柄な巨人が、一年以上の歳月を経て、肩甲骨まで黒髪を伸ばした長身の美少女(しかも自作の白いワンピースと麦わら帽子着用)の姿で壁内に現れたとしたら。

 

 

 

 

「やあリーシェ、待たせたね。私がアトラスだ」などと可憐な声で名乗ったところで、一体誰が信じるというのか。

 

 

 

(……気付かれないどころか、最悪の場合『アトラスの名を騙る不届きな狂人』として、問答無用で切り伏せられる可能性すらある)

 

今のリーシェは、俺とのパスが繋がったことでアッカーマン一族をも凌駕する理外の身体能力を手に入れているはずだ。

 

 

もし彼女に「私の大切なアトラスを愚弄したわね」とマジギレされれば、この華奢な首などコンマ数秒で宙を舞うだろう。

 

 

別に、彼女に殺されるならまぁ仕方ないと納得できる。

 

 

彼女の刃で死ねるなら本望だとすら思える。

 

 

 

だが、それでは「必ず生きて再会する」という彼女との最も大切な約束を破ってしまうことになるのだ。

 

 

それだけは、絶対に避けなければならなかった。

 

 

どう打ち明けるべきか、どう証明するべきか。

 

 

そんなこんなで、ウジウジと言い訳を並べて一ヶ月間も森でずるずると引きこもっていた結果が、これだ。

 

 

 

(俺が遅すぎたせいで、待ちきれなくなったか、ついに大軍を引き連れてここまでやって来てしまった……!!)

 

 

逃げ場はない。これだけの大部隊に森を包囲されれば、いずれ見つかるのは時間の問題だ。

 

 

俺は覚悟を決めた。

「……こうなったら、もうヤケクソだ」

美少女の姿のままひっそりと発見されるよりは、せめて彼女が見知っている「アトラスの姿」で出迎えるべきだろう。

 

 

 

俺は立ち上がり、あらかじめ用意してあった硬質化のナイフを、震える白魚のような手のひらに突き立てた。

 

 

チリッとした痛みに続き、強烈な目的意識を脳裏に叩きつける。

 

 

───バチィィィンッ!!!

 

 

 

鈍色の雷光が春の森を激しく照らし出し、凄まじい轟音と共に超高温の蒸気が爆発した。

 

 

 

瞬時に15メートルの肉の鎧─あの端正で中性的な顔立ちと鋼の筋肉を持つ巨人体─を纏い、俺は立ち上がる。

 

 

 

ズシン……ッ、ズシン……ッ

 

 

大地を震わせながら、俺はゆっくりと、森の外周で待っているであろう彼女の下へと向かって歩みを進めた。

 

 

不思議なことに、この分厚い巨人の肉体の中にいる方が、圧倒的に心が落ち着く。

 

 

これが俺にとっての「本来の姿」だとすら錯覚してしまいそうだった。

 

 

やがて、鬱蒼と茂る巨大樹の木々の隙間から、森の外で陣形を組むおびただしい数の調査兵団の姿が視界に入った。

 

 

 

先頭にいるのは、もちろん彼女だ。

 

 

 

透き通るような金髪。華奢な背中。一年三ヶ月前と何も変わらない、俺の愛しい人。

 

 

 

俺は木々の境界で立ち止まり、三百人の兵士たちが恐怖に顔を引き攣らせる中、極力優しく、威圧感を与えないように巨人の喉を震わせて口を開いた。

 

 

 

「……リーシェ、久しぶりだね。どうしたんだい、こんなにお仲間を連れてきて」

その言葉が風に乗って届いた瞬間。

 

 

彼女は愛馬から飛び降り、こちらへ向かって猛然と駆け出してきた。

 

 

そして、俺の巨大な足の甲にすがりつき、周囲の兵士たちの視線など完全にそっちのけで、子供のように大声で泣き喚き始めたのだ。

 

 

「遅い……ッ! 遅いから、私が迎えに来たのよ!!」

 

彼女の熱い涙が、巨人の足の甲を濡らす。

 

 

その声には、一年三ヶ月分の耐え難い孤独と、張り詰めていた糸が切れたような切実な感情が込められていた。

 

 

「早くしてって言ったよね!? 一年と三ヶ月も待ったのに! なんで、なんでまだ巨人のままなのよ!! 私を納得させるための、ただの嘘だったの!?」

 

 

胸を抉られるような悲痛な叫びに、俺の心臓は激しく軋んだ。

 

違う、嘘じゃない。

 

 

俺は本当に人間に戻れたのだ。戻れたのだが、その結果が「これ(美少女化)」だから言い出せなかっただけなのだ。

 

 

 

俺は酷く気まずくなり、15メートルの巨体でオロオロと視線を泳がせながら、必死に弁解を試みた。

 

 

「いや、その、なんだ……嘘じゃない。

人間には、戻れるようになったんだ……でも、その……」

 

 

美少女になっちゃったから恥ずかしくて出られませんでした、などと、三百人の屈強な兵士たちの前でどうして言えようか。

 

 

歯切れが悪く、もごもごと口ごもる俺の態度が、逆に彼女の不安と焦燥を限界まで煽ってしまったらしい。

 

 

 

「今すぐ人間になって!」

叫びと共に、彼女はチャキッと腰のブレード─俺がコーティングを施した、絶対に折れない銀色の刃─を引き抜き、あろうことか、それを自分自身の白く細い首筋にピタリと押し当てたのだ。

 

 

 

「今すぐ人間の姿を見せて! じゃないと、ここで自分の首を斬るから!!」

 

 

「わ……っ!? 分かった! 今すぐ人間になるから落ち着けリーシェ!! 刃を下ろすんだ!!」

 

 

俺は完全にパニックに陥り、15メートルの巨躯を慌てて屈ませながら絶叫した。

 

 

 

冗談ではない。

 

俺の能力でリミッターの外れた彼女の筋力でその刃を引けば、首の皮一枚どころか頸椎ごと切断されてしまう。

 

 

もはや、TSだの恥ずかしいだのと言っている場合ではなかった。

 

 

俺は一も二もなく、うなじの奥底で強烈な「解除」の意志を念じた。

 

 

───シュウゥゥゥゥゥゥッ……!!

 

 

 

凄まじい勢いで、俺の巨人体のうなじから超高温の蒸気が噴き出す。

 

 

 

肉の鎧が崩壊し、白い霧が森の境界を覆い尽くす中、俺の「本体」はズルリとうなじから抜け出し、熱風を切り裂きながらタンッ、と軽い音を立てて地面に降り立った。

 

 

 

シューゥゥ……と、熱を持った白い蒸気が、春の風に流されてゆっくりと晴れていく。

 

 

 

俺は、リーシェの数メートル目の前に立っていた。

 

 

 

三百人の兵士たちの視線が、そして何より、ブレードを下ろしたリーシェの、信じられないものを見るような大きく見開かれた青い瞳が、俺の全身に突き刺さる。

 

 

 

風が、俺の肩甲骨まで届く艶やかな黒髪をふわりと揺らした。

 

 

 

身に纏っているのは、自作の純白のサマーワンピース。巨人体にあった無駄のない筋肉は消え失せ、代わりに女性特有の柔らかな曲線美と、胸元のささやかな、しかし確かな双丘の膨らみが、俺が「完璧な超絶美少女」であることを残酷なまでに主張している。

 

 

 

長く濃いまつ毛の奥のアイスブルーの瞳で、俺はおずおずとリーシェを見つめ返した。

 

 

 

恥ずかしさと申し訳なさで、一気に頬がカッと熱くなるのが分かる。

 

 

指先をどうしていいか分からず、俺はワンピースの裾をギュッと握りしめ、身をよじるようにして、か細く透き通るような声で呟いた。

 

 

「…………私も、まさかこうなるとは思わなかったんだ……」

弁解ともつかないその言葉は、圧倒的な美貌から発せられる扇情的な恥じらいを帯びて、静まり返った森の空気に吸い込まれていった。

 

 

目の前で完全に思考停止しているリーシェの瞳に、今の自分がどう映っているのか。

 

 

俺はただ、このまま足元の地面が割れて森の底まで落ちてしまいたい衝動と必死に戦いながら、彼女の次の言葉を待つことしかできなかった。

 

 

 

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