進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
「……リーシェ。そろそろ、本当に離れて欲しいなぁ…」
耳元で紡がれたその声は、かつての重低音ではなく、鈴を転がすように高く透き通った可憐な響きだった。
けれど、その奥に潜む呆れと照れ隠しが入り混じった優しい響きは、間違いなく私が一年以上焦がれ続けた「彼」のものだった。
「……んっ、もう。仕方ないなぁ」
私は名残惜しさに唇を尖らせながら、彼女(彼)の背中に回していた腕をゆっくりと解いた。
離れた瞬間にフワッと漂った、春の陽だまりと甘い花が混ざったような香りに、再び脳が蕩けそうになるのを必死に堪える。
振り返れば、そこには私語一つ許されない極限の緊張状態のまま、完全に状況を理解できず石像と化している約三百人の調査兵団の精鋭たちと、
胃痛のあまり馬の首元に突っ伏して魂を抜かれているエルヴィン団長の姿があった。
彼らは私を恐れている。
感情を持たない『鬼神』として、無慈悲に巨人を解体する『氷の刃』として。
これまでは、舐められないためにも、そして何よりアトラスのいない世界に対する耐え難いストレスの防波堤として、その冷徹な仮面を被り続けてきた。
けれど、もうそんなものは必要ない。
だって、私の隣には今、世界で一番愛しくて、世界で一番美しい私の伴侶(一方的な宣言)がいるのだから。
私はアトラスの隣に並び立つと、彼女の白魚のように細くしなやかな右手をガシッと握り、まるで凱旋将軍のように高々と天に向けて掲げた。
「ひゃっ!? ちょ、リーシェ!?」
突然腕を上げられたアトラスが、ビクッと肩を揺らして頬を真っ赤に染める。
その恥じらいに満ちた上目遣いすらも、国を傾けるほどの破壊力を持っていた。
私はその圧倒的な美貌を三百人の兵士たちに見せつけるように、胸を反らせた。
そして、兵団に入ってから一度も見せたことのない、満面の、これ以上ないほど輝かしい『ドヤ顔』を浮かべて、森の空気を震わせるほどの大声で叫んだ。
「みんな、聞いて!! 見て!! この子こそが私の愛する知性巨人! 私がずっとずっと待ち焦がれていた、私のアトラスよ!!」
そこに、冷徹な上官の威厳など微塵もなかった。
ただひたすらに自分の恋人(?)を見せびらかし、自慢したくてたまらない、完全に浮かれきった、どうしようも無いほどの素の口調だった。
「どう!? すっごく可愛いでしょ!! びっくりするくらい美人でしょ!!
人間に戻ったら性別が変わっちゃったみたいだけど、そんなの全然関係ないわ!
むしろ最高じゃない!? この黄金比の顔立ち! 絹みたいな黒髪! 私より少し背が高いところも堪らないわよね!? ねぇ、そう思わない!?」
「わ、わぁぁぁ! リーシェ、ストップ! 恥ずかしい! 恥ずかしいからやめてぇぇっ!!」
私の怒涛の惚気と紹介に、アトラスはついに耐えきれなくなり、空いている左手で真っ赤に茹で上がった顔を覆い隠し、私の背中に隠れるようにしてうずくまってしまった。
その仕草のあまりの愛らしさに、私の心臓はもはやオーバードーズを起こしそうだった。
一方、その光景を真っ向から浴びせられた三百人の兵士たちは───
(((…………)))
彼らの脳内では、かつてない規模のパラダイムシフトが起きていた。
死を覚悟してやってきた魔境。
人類の歴史を覆す、神のごとき力を持つ知性巨人。
跋扈する巨人を単機で蹂躙できる、血も涙もないはずの鬼神リーシェ・ベニア。
それが蓋を開けてみれば。
鬼神は恋する乙女のような笑顔で満面のドヤ顔をキメており、脅威であるはずの巨人は、純白のワンピースを着た絶世の美少女として「恥ずかしいからやめて」と身悶えしている。
恐怖、絶望、緊張、そして目の前のあまりにも眼福すぎる百合の園。
極限状態に置かれていた彼らの精神は、その許容量(キャパシティ)を完全に超え、
そして──心地よい音を立てて、一斉に弾け飛んだ。
「……あ、あぁ……」
「そうか……俺たちは、天国に……」
「考えるな……もう、何も考えるな……」
前衛にいた分隊長の一人が、ポロリとブレードを取り落とした。
それを合図にしたかのように、張り詰めていた三百人の緊張の糸が、完全に、そして物理的に断ち切られた。
「「「「う、うおおおおおおおおおおッ!!!」」」」
「可愛い!! アトラスちゃん超可愛いぃぃぃッ!!」
「万歳! 調査兵団万歳!! リーシェ班長万歳!! アトラスちゃん万歳!!」
「結婚してくれぇぇぇぇぇッ!!」
ヤケクソだった。完全にヤケクソの歓声だった。
彼らは巨人の脅威も、軍規も、常識もすべてを投げ捨て、ただ目の前の圧倒的な「美」と「ハッピーエンド」に向けて、地鳴りのような大歓声を上げ始めた。
馬の上で立ち上がってガッツポーズをする者、感動のあまり泣き出しながら隣の兵士と抱き合う者、ブレードを天に掲げて謎のコールを始める者。
そこはもはや、人類の希望たる調査兵団の陣形ではなく、熱狂的なアイドルオタクのライブ会場と化していた。
「ひぃぃぃ……っ! なんで歓声が上がるの!? 帰りたい、森の地下に帰りたい……っ」
怒涛の歓声と野太いコールを一身に浴びたアトラスは、完全に涙目になりながら私のマントの裾をギュッと握りしめて震えている。
私はそんな彼女の肩を抱き寄せ、三百人のヤケクソの祝福を全身で浴びながら、この一年と三ヶ月で一番の、心の底からの笑い声を巨大樹の森に響かせるのだった。
「あははははっ! 大歓迎されてるわよ、アトラス! さぁ、私たちの家に帰りましょう!」
すみません、突然
なんだかキリが悪かったのでもう一話投稿しました。
あと良ければ活動報告の方に怪文書を投稿しましたので興味がある方は是非お目を通していただければ幸いです。