進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
「うおおおおおおおッ!! アトラスちゃああああん!!」
「俺と! 俺と結婚してくれえええええッ!!」
地鳴りのような大歓声と、完全にヤケクソになった野太いコールが巨大樹の森に響き渡ってから十数分。
ようやく、限界を超えて壊れてしまった約三百名の調査兵団の熱狂が、少しずつ冷め始めていた。
(……終わった。俺の尊厳も、人類の希望たる調査兵団の威厳も、今ここで完全に終わったんだ……)
俺は、リーシェのマントの陰に隠れ、真っ赤になった顔を手で覆いながら絶望のどん底に沈んでいた。
まさか俺の美少女化(バグ)が、彼らの恐怖と緊張を通り越して謎のアイドルイベントへと昇華してしまうとは。
この世界の兵士たちは、ストレスの逃がし方が極端すぎる。
「さぁ、アトラス! 挨拶も済んだことだし、私たちの家(壁の中)へ帰りましょう!」
リーシェが、まるで新婚旅行に向かうかのような花が咲いた笑顔で、俺の細い腕を引いて彼女の愛馬へと乗せようとしてくる。
有無を言わさぬその強制連行の気配に、俺はハッと我に返り、慌てて抵抗した。
「ま、待って! 待ってリーシェ、一旦ストップ!」
「え? どうしたの? 馬に乗るの怖いの? 大丈夫よ、私が後ろからしっかり抱きしめてあげるから」
「そうじゃなくて!」
俺は、ブンブンと首を横に振った。
既にキャパオーバーを起こしている脳の混乱を抑える為か、自然と美少女ボディに合わせた口調に切り替わりつつあった。
「私……森の地下に拠点を作ってて。
そこに、着替えの服とか色々と置いてあるの。
いくらなんでも、この格好のまま壁の中に行くのはちょっと……その、恥ずかしいし……」
俺は自身の純白のサマーワンピースの裾を少しだけ摘み、上目遣いで訴えた。
いくらなんでも、このリゾート地にでも行くような薄着(しかも中身は男だ)のまま、王都や兵団本部を歩き回る勇気はない。
せめて、自作したもう少し布面積の多い服か、マントのようなものを羽織りたかった。
それに、と俺はリーシェ越しに、広大な平原を駆け抜けてきた三百人の兵士たちや、未だに馬の首に突っ伏して胃を押さえているエルヴィン団長を見遣る。
「……皆さんも、長旅で疲れてるでしょ? もし良ければ、私の拠点で少し休憩していきませんか?」
俺の中の『気の利く(元)男子大学生』としてのホスピタリティが、うっかりそんな提案を口走らせてしまった。
人類の敵であるはずの巨人が、討伐部隊である調査兵団に向かって「うちでお茶でも飲んでいく?」と誘っているのだ。
客観的に見れば、意味不明にも程がある状況である。
だが、この異常事態において、最も常識的な判断を下すべき人物──エルヴィン団長(分隊長か?)が、
顔を青白くしながら「巨人の拠点……罠の可能性は……いや、彼女がいれば……」と指揮官としての思考を巡らせ、重い口を開きかけた、まさにそのコンマ一秒前のことだった。
「行くわ!!」
エルヴィンの言葉を完全に遮り、リーシェが食い気味に、そして一切の迷いなく即答した。
「アトラスの拠点! アトラスが一年以上暮らしていたお部屋ね!?
行く! 絶対に行くわ! 皆、聞いての通りよ! 本作戦はこれより、アトラスの拠点での大休止へと移行するわ!!」
「えっ、ちょ、リーシェ!? 指揮官さんがまだ何も──」
「異論はないわね、エルヴィン団長?」
リーシェが、俺に向けていた甘い笑顔のまま、圧を混ぜた眼光で背後のエルヴィンを睨みつけた。
逆らえばうなじを削ぐ、という明確な殺気が込められている。
「…………全軍、リーシェ班長に続け」
エルヴィン団長は、一切の抵抗を放棄し、虚空を見つめたまま死んだ声でそう命じた。
(だ、団長ォォォ!! あんた人類の希望だろ!? なんでそんなあっさり屈しちゃうんだよ!!てか何でもう団長になってんだ!?)
俺は内心で激しくツッコミを入れたが、もはやこの暴走特急(リーシェ)を止める術は、この世界のどこにも存在しなかった。
かくして。
俺は、リーシェに手を引かれながら、森の奥深く──俺が硬質化能力を駆使して岩盤をくり抜き、巨大なクリスタルの柱で支え上げた『地下都市』とも呼べる広大な拠点へと、三百人の兵士たちを案内することになってしまった。
「な、なんだここは……っ!?」
「ひんやりしてて……それに、この光る柱は一体……綺麗だ……」
地下空間へと続く巨大なスロープを下りきった兵士たちが、感嘆の声を漏らす。
俺が暇つぶし……いや、修行の合間に整備したその空間は、天井から青白い発光鉱石の光が降り注ぎ、
地下水脈から引いた清流が流れ、俺が手編みした植物製のハンモックや、クリスタルで作ったテーブルや椅子が並ぶ、無駄に快適なリラクゼーション空間と化していた。
「ほら皆! 勝手に座っていいわよ! アトラス、お茶とかあるかしら!?」
完全に自分の家であるかのように振る舞い始めるリーシェ。
「あ、うん。森で採れたハーブを乾燥させたのがあるから、今お湯を沸かすね……」
俺は半ばヤケクソになりながら、指先からパキッとクリスタルを生成して即席のコンロを作り、自身の『超高圧蒸気』の熱をミリ単位でコントロールして、巨大なクリスタルの鍋でお湯を沸かし始めた。
「……信じられない。知性巨人が……美少女の姿で、我々にハーブティーを淹れてくれている……」
ハンジ分隊長(班長か?)が、クリスタルのテーブルに突っ伏しながら、キャパシティを超えた現実に壊れた笑いを漏らしている。
ミケは「……本当に、ただのいい匂いしかしない。平和だ……」と呟きながら、ハンモックに揺られて完全に目を閉じていた。
エルヴィン団長に至っては、クリスタルの椅子に深く腰掛け、配られた温かいハーブティーを両手で包み込みながら、まるで老後の隠居生活のような穏やかな顔で放心している。
「アトラス、アトラス! このクッションすっごく柔らかい! これもアトラスが作ったの!?」
「う、うん……植物の繊維をクリスタルで細かくコーティングして……」
「天才!! やっぱり私のアトラスは天才よ!! ねぇ、隣に座って!!」
俺は、リーシェにグイグイと腕を引っ張られ、三百人の兵士たちが無防備にくつろぐ地下空間のど真ん中で、彼女の隣にちょこんと座らされた。
(……どうしてこうなった、俺)
人類と巨人の血みどろの戦いが繰り広げられているはずの進撃の世界で。
なぜ俺は今、超絶美少女の姿で、調査兵団の精鋭三百人相手にハーブティーを振る舞い、最強のヒロイン(物理)にベタベタと甘えられているのだろうか。
「……まぁ、皆さんが無事で、ゆっくり休めてるなら……いっか」
俺は、諦めと少しの安堵が混ざった溜息を吐き出しながら、リーシェの頭をそっと撫でてやった。
彼女は「えへへ……」と幸せそうに目を細め、俺の膝にすりすりと頬を擦り寄せてくる。
かくして、人類史上初となる「調査兵団と知性巨人との歴史的接触」は、地下空間での大規模かつ平和すぎるお茶会(ティーパーティー)という、なし崩し的でカオスな大休止へと発展していくのだった。