進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第六十三話

青白い発光鉱石の柔らかな光が降り注ぐ、巨大樹の森の地下深くに創造された広大なクリスタル空間。

 

 

つい数時間前まで、壁外の魔境で命を散らす覚悟を決めていた約三百名の調査兵団の精鋭たちは今、

完全に毒気を抜かれ、無防備な弛緩状態に陥っていた。

 

 

地下水脈から引かれた清流のせせらぎを聞きながら、ある者は植物繊維で編まれたハンモックに揺られ、

 

ある者は冷たいクリスタルの床に寝転がり、配られたハーブティーの芳醇な香りに酔いしれている。

 

 

 

人類の存亡を懸けた遠征の最中だというのに、ここはまるで王都の高級リゾート地か、あるいは天国そのものだった。

 

 

第13代団長エルヴィン・スミスもまた、豪奢な装飾が施されたクリスタルの椅子に深く腰掛け、

 

両手でティーカップを包み込みながら、長年の過労と胃痛が嘘のように溶けていくのを感じていた。

 

 

 

(……悪くない。

巨人の脅威がない世界がこれほど穏やかなものだとは……)

 

そんな、指揮官にあるまじき平和ボケした思考が脳裏をよぎった、まさにその時だった。

 

 

「アトラス」

地下空間の中央から響いた、地を這うような低く、そしてただならぬ執着を帯びた声。

 

 

その声の主が『鬼神』リーシェ・ベニアのものであると認識した瞬間、エルヴィンをはじめ、

 

くつろいでいた三百人の兵士たちの背筋が反射的に凍りつき、全軍の視線が一斉に空間の中央へと釘付けになった。

 

 

 

視線の先には、巨大な硬質化ケースに色とりどりの布地を詰め込んでいる、純白のサマーワンピース姿の超絶美少女───先程まで15メートルの巨躯を誇っていた『アトラス』の姿があった。

 

 

 

そして、その背後に立つリーシェの両手には、およそこの過酷な壁外調査には似つかわしくない、漆黒の布地と純白のフリルで構成された衣服──メイド服が恭しく捧げ持たれていた。

 

 

「アトラス……これを着て」

 

「無理!」

美少女の即答。

 

しかし、我らが人類最強の鬼神は、そんな拒絶で引き下がるような生ぬるい存在ではなかった。

 

「脱げ!!!」

「何言ってるの!?」

 

「問答無用!!!」

「ひゃああっ!?」

エルヴィンは、持っていたティーカップを危うく落としそうになった。

 

 

ハンモックで目を閉じていたミケが弾かれたように身を起こし、テーブルに突っ伏していたハンジが「えっ? えっ?」と奇声を上げる。

 

 

周囲の兵士たちは、自分たちの目を疑った。

 

 

人類の希望たる冷徹無比な上官が、全人類の常識を覆す神のごとき知性巨人(極上の美少女)に襲い掛かり、白昼堂々、大勢の部下の目の前でそのワンピースを乱暴にひん剥こうとしていたのだ。

 

 

純白の肩紐が引きずり下ろされ、美少女の滑らかな白い肌が露わになりかけたその瞬間。

 

 

 

────ガゴォォォォンッ!!!

 

 

 

けたたましい轟音と共に、地下空間の岩盤から巨大なクリスタルの柱が放射状に隆起し、瞬く間にアトラスとリーシェの二人を覆い隠す半球状のドームを形成した。

 

 

 

彼女の持つ圧倒的な硬質化能力。

 

 

その奇跡の力が、ただ「生着替えを覗かれないため」だけに最高出力で行使されたのだ。

 

 

「……ふぅ。驚いたが、賢明な判断だ」

 

エルヴィンは微かに冷や汗を拭いながら、安堵の息を吐いた。

 

 

いくらなんでも、三百人の荒くれ者が揃う男所帯のど真ん中で、あのような超絶美少女の肌を晒すのは軍紀が乱れるどころの騒ぎではない。

 

 

アトラスが咄嗟に視線を遮断したことで、この空間の平穏は保たれた───誰もがそう思った。

 

 

 

だが、彼らは致命的な事実を知らなかった。

 

 

 

アトラスはパニックのあまり、空間を物理的に隔離することしか頭になく、「防音性」を完全に度外視して薄いクリスタルのドームを構築してしまっていたのだ。

 

 

 

さらに最悪なことに、ドーム状の硬質化クリスタルは、内部の音を反響させ、極限までクリアな音質で外部へと増幅して伝える「巨大なスピーカー」としての音響特性を備えていた。

 

 

 

静まり返った地下空間に、突如として、艶かしくも生々しい音声が響き渡った。

 

 

『あ……ぅ……』

スピーカー(ドーム)から最初に出力されたのは、衣服を完全に奪い取られ、クリスタルの床にへたり込んだであろう美少女の、涙声のくぐもった嗚咽だった。

 

 

 

(((ッ!?!?)))

 

 

 

三百人の兵士たちの肩が、一斉にビクンと跳ね上がった。

 

『……見ないでよ……っ』

『瞬きすらしないわ。さぁ、早く』

 

ドームの反響効果により、アトラスの羞恥に震える甘い吐息も、リーシェの欲望を隠しきれない荒い呼吸音(ゴクリと喉を鳴らす音まで)も、まるで兵士たち一人一人の耳元で直接囁かれているかのような異常な解像度で響き渡る。

 

 

 

「だ、団長! これは……っ!」

若い新兵の一人が、顔をトマトのように真っ赤にしてエルヴィンを振り返る。

 

 

「聞くな! 全員、耳を塞げ!!」

エルヴィンは即座に指揮官としての命令を下したが、遅かった。

 

 

クリスタルが増幅する音波は、両手で耳を覆った程度で防げるものではなかった。

 

 

『しゃり……』

衣擦れの音が響く。絹のような滑らかな布地が、素肌の上を滑っていく生々しい音。

 

 

『んっ……ちょっと、リーシェ、手伝うフリして触らないで……っ!』

 

『ごめんなさい、手が滑っただけよ。ほら、背中のフック、留めてあげる』

 

『ひゃんっ……! 冷たいっ……そこは……!』

 

「ぐあっ……!」

最前列で音を浴びた兵士数名が、鼻を押さえてその場に崩れ落ちた。

 

 

あまりにも破壊力が高すぎる。

 

巨大樹の森に住まう知性を持った巨人の正体が、メイド服を着せられながら背中の感触にビクついている薄幸の美少女だというのか。

 

 

彼らの脳内の「巨人への恐怖」は、凄まじい勢いで「別の何か」へと塗り替えられていく。

 

 

「ミ、ミケ……どうなってる……中で何が起きてるんだ……?」

 

 

ハンジが顔を真っ赤にしてミケの肩を揺するが、嗅覚の鋭いミケはさらに悲惨な状況に陥っていた。

 

 

「……ダメだ。あのドームの隙間から、アトラスの極度の羞恥心が放つ甘い汗の匂いと……

リーシェの、完全に理性が焼き切れた獣のような発情の匂いが漏れ出してきている……むせ返るほどの、百合の園だ……」

 

 

ミケは、かつて巨人の大群を前にしても決して崩さなかった冷静な顔を完全に歪ませ、眩暈を起こしたように壁に手をついた。

 

 

そして、ドーム内の生着替え(という名の一方的な蹂躙)が佳境を迎え、衣擦れの音が止んだ直後。

 

 

『…………尊い……ッ』

リーシェの完全に涅槃に到達した低く熱い呻き声と共に、ポタッ、ポタッ……と、何か液体の滴る音(おそらく大量の鼻血がクリスタルの床に落ちる音)が響いた。

 

 

そしてアトラスの、羞恥と屈辱と涙でぐちゃぐちゃになった、

世界で一番可憐で情けない罵倒の声が、最高の音響設備を通して地下空間の隅々にまで響き渡る。

 

 

 

『……この、変態っ……!///』

甘く、掠れ、微かに震えを帯びたその一言。

 

 

 

 

 

 

ドームの外側にいる約三百名の調査兵団は、完全に無言だった。

 

 

誰もが虚空を見つめ、顔を限界まで赤く染め上げ、中には神聖な儀式でも目撃したかのように両手を組んで静かに涙を流す者すらいた。

 

 

彼らの心の中にあった巨人と戦うための闘志は、この数分間の「高音質・百合生着替えオーディオドラマ」によって、跡形もなく消し飛んでいた。

 

 

「…………」

エルヴィン・スミスは、完全に冷え切ったハーブティーのカップを静かにテーブルに置き、懐から取り出した胃薬の瓶を、水も飲まずにそのままガリガリと噛み砕いて飲み込んだ。

 

 

(……この部隊は、もう終わりだ。人類の反撃など、二度と不可能だ……)

 

 

人類の希望を導く歴戦の指揮官は、青白く発光するクリスタルのドームを見つめながら、己の軍隊が物理的ではなく、精神的に完全に壊滅させられたことを静かに悟り、深い絶望の淵へと沈んでいくのだった。

 

 

 

 




今日の20時にもう一話投稿します
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