進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第六十四話

密室と化したクリスタルのドーム内。

 

 

徹底的に計算し尽くされた漆黒の布地と、過剰なまでに純白のフリルがあしらわれたヴィクトリアン風のメイド服。

 

 

それを完璧に着せられ、頭にはご丁寧にホワイトブリムまで乗せられた俺は、完全に光を失った、いわゆる『死んだ魚のような目』で目の前に立つ女を見下ろしていた。

 

 

自らの鼻から流れる一筋の赤い血(鼻血)を拭おうともせず、ただただ恍惚とした表情で俺のメイド姿を堪能している正真正銘のド変態──リーシェ・ベニアを。

 

 

「……満足した?」

俺の口から出たのは、感情の起伏が一切削ぎ落とされた、ひどく平坦な声だった。

 

 

「一通り堪能したなら、着替えるから元の服を返してくれないかな?」

いくら彼女の我儘とはいえ、こんな羞恥の極みのような格好でいられるのはこの密室の中だけだ。

 

 

俺には男としての、いや、一人の人間としての最低限の尊厳というものがある。

 

 

だが、俺のその至極真っ当な要求を聞いたリーシェは、心底不思議そうな、何を馬鹿なことを言っているのかとでも言いたげな表情で小首を傾げた。

 

 

「何言ってるの? そのまま一緒に壁の中(おうち)に帰るのよ?」

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

スゥウウ……っと大きく息を吸って

俺は、クリスタルの天井を仰ぎ見た。

 

 

何をどうすれば、人はこれほどまで残虐非道な宣告を、こんなにも無邪気な笑顔で下すことができるのだろうか。

 

 

 

これから壁内に辿り着くまで、広大な壁外の荒野を馬に乗って何時間も移動するのだ。

 

 

このヒラヒラの、風の抵抗を無駄に受けまくる上に絶対領域が剥き出しのメイド服で? 三百人の屈強な兵士たちの熱視線に晒されながら?

 

 

それはもう、公開処刑という生ぬるい言葉では表現しきれない。

 

社会的な死、いや、精神への消えない拷問だ。

 

 

「……リーシェ。冗談は良くないよ」

俺は沸き上がる絶望を必死に押さえ込み、まるで聞き分けのない子供をあやすような、限界まで優しく諭す声色で促した。

 

 

「さぁ、そのワンピースを早く返して。出発の準備をしなきゃ…」

 

「スゥゥゥゥゥゥゥゥ…………ッッ」

言葉は、届かなかった。

 

 

 

あろうことか、人類最強の矛にして調査兵団の絶対的エースたる彼女は、本人の目の前で、

堂々と、俺の脱ぎ捨てたられたばかりの純白のサマーワンピースに顔面を深く埋め、肺の限界までその空気を吸い込んでいたのだ。

 

 

「あぁぁぁぁぁ……っ、良い匂い……アトラスの、甘くて、すっごく良い匂いがする……! さいっっっこう……」

 

ダメだこりゃ。

 

 

俺の頭の中で、何かが完全にプツンと音を立てて切れた。

 

 

目の前で繰り広げられているのは、もはや愛だの恋だのといった美しい感情ではない。

 

脱衣直後の衣服に顔を埋め、鼻血を垂らしながら匂いを堪能してガンギマリになっている、唾棄すべき外道変態女の姿である。

 

こいつはもう、言葉でどうにかなる次元の生き物ではない。

 

 

ならば、と。

俺は心の中で暗く、冷たい決意を固めた。

 

 

ただ一方的に尊厳を蹂躙されてたまるか。こうなったら、せめてもの抵抗だ。

 

 

この恥辱に満ちたメイド姿を、外で待機している約三百人の調査兵団の前に晒し上げる代わりに──この女の、隠しきれない真性の『ド変態』っぷりも諸共に、白日の下に晒し上げてやる。

 

 

俺は、目を閉じ、己の羞恥心という名のストッパーを自らの手でへし折った。

 

 

そして、俺たち二人を覆い隠していた硬質化クリスタルのドームに対し、一瞬にして『解除』の命令を叩き込んだ。

 

 

刮目せよ、調査兵団の諸君。

 

 

 

お前たちが畏怖し、崇め奉り、背中を預けている人類最強の、その救いようのない真実の姿を。

 

 

 

────パキィィィィンッ!!!

 

 

 

ドームを形成していた超硬度のクリスタルが、まるで春の氷が溶けるように一瞬にして粉々に砕け散り、青白い光の粒子となって地下空間の空気へと溶けていった。

 

 

 

遮るものが何一つなくなった空間の中央。

 

 

 

突如として視界が開けた俺たち二人の全身に、周囲で待機していた三百人の兵士たちからの視線が、まるで無数の矢のように一斉に突き刺さった。

 

 

 

先程まで、高音質のオーディオドラマ(生着替えの音声)を強制的に聞かされ、極限の想像力で脳内をショートさせていた兵士たち。

 

 

彼らの目に飛び込んできたのは、あまりにも対照的で、あまりにも残酷な『答え合わせ』だった。

 

 

片や。

 

神が創り賜うたかのような黄金比の超絶美少女が、自身の魅力を暴力的なまでに引き立てる漆黒のメイド服に身を包み、しかしその瞳は完全に光を失った『死んだ魚のような目』をして、この世のすべての不条理を諦めきったように立ち尽くしている姿。

 

 

 

片や。

 

人類の希望であるはずの調査兵団班長が、鼻から一筋の血を垂らしながら、本人の目の前で脱衣直後のワンピースに顔を深く埋め、恍惚とした表情でスーハースーハーと匂いを堪能し続けているという、弁明の余地が一切ない真性変態の姿。

 

 

 

「あ……」

「…………」

地下空間を、一切の物音が存在しない、真空のような静寂が支配した。

 

 

 

兵士たちの脳内で、これまで積み上げてきた『巨人への恐怖』『上官への畏敬』『人類の尊厳』といったあらゆる概念が、ガラガラと音を立てて崩壊していくのが、目に見えるようだった。

 

 

 

極限の音声による聴覚の破壊に続き、この絶望的に美しくも狂った光景による視覚へのダイレクトアタック。

 

 

 

彼らの精神の許容量は、とうの昔に限界を突破していたのだ。

 

 

 

ドサッ。

 

最前列にいた一人の兵士が、白目を剥いて、まるで糸の切れた操り人形のように冷たいクリスタルの床へと倒れ伏した。

 

 

それを皮切りに。

 

「ごふっ……」

 

「班長が……鬼神、が……ッ」

 

「アトラスちゃん、尊、い……」

バタッ、バタバタバタッ!!

 

まるでドミノ倒しのように。あるいは、強力な睡眠ガスでも撒かれたかのように。

 

 

約三百名の調査兵団の歴戦の猛者たちが、口から泡を吹く者、鼻血を噴き出して昇天する者、

キャパシティオーバーで脳が機能停止する者など、様々な理由で一斉に意識を手放し、次々と床に倒れ伏し始めた。

 

 

「だ、団長! 兵士たちが次々と───ごふぅッ!!」

エルヴィンに報告しようとした兵士すら、視界に入ったメイド姿の俺と目が合った瞬間に胸を押さえて崩れ落ちる。

 

 

俺は、阿鼻叫喚(無音)の地獄絵図と化していく地下空間の中央で、死んだ魚の目のまま、心の中でそっと合掌した。

 

 

(すまない、調査兵団の皆……俺とこの変態の些事に巻き込んでしまって、本当にすまない……)

 

 

 

 

こうして、第22回壁外調査における調査兵団の部隊機能は、巨人の脅威によってではなく、たった一着のメイド服と一人の変態の暴走によって、文字通り完全に『全滅』の憂き目を見るのだった。

 

 

 




土日は更新お休みとさせて頂きますm(_ _)m

次回更新は来週月曜日の18時です。
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