進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
第六十五話
それから数時間後。
限界を超えた情報量と視覚的ショックにより、地下空間で集団昏倒という前代未聞の醜態を晒した調査兵団の面々が、次々と呻き声を上げながら意識を取り戻した。
エルヴィン団長の、もはやこの世の全てを諦めきったような虚無の号令により、俺が生成した硬質化の巨大なトランクケース(中身は俺の魂を込めた自作衣装コレクションだ)が次々と荷馬車に積み込まれ、野営の撤収作業が粛々と進められた。
そして現在。
俺は、過剰なフリルと漆黒の布地が風に舞うヴィクトリアン風のメイド服姿のまま、
愛馬に跨るリーシェの前に横乗り(メイド服で跨るのは物理的にも倫理的にも不可能だった)させられ、彼女に背後からすっぽりと抱きすくめられる形での『二人乗り』を強要されながら、巨大樹の森の地下空間を後にしていた。
「……なぁ、あの二人どっちが受けだと思う……?」
「おい……! 声がでかい……! ……俺的には、絶対アトラスさんが受けだと思う……」
「……やっぱりそうだよな。あの鬼神班長を攻められるビジョンが全く見えねぇ……」
(全部聞こえてるぞー……)
俺は、メイドの象徴たるホワイトブリムをすっぽりと被った頭を項垂れさせ、心の中で血の涙を流していた。
いくら彼らが声を潜めてヒソヒソと囁き合っていようが、俺のベースは巨人である。
聴覚の鋭さを舐めないでいただきたい。
というか、人類の希望たる調査兵団の精鋭たちが、行軍中に上官と未知の巨人のカップリング論争(しかも百合)に花を咲かせている事態がそもそも異常なのだ。
はぁ……と、今日だけで何度目か分からない深い溜息をつく。
四方八方から突き刺さる三百人の視線が、物理的な矢よりも痛い。
だが、皮肉なことに、あの狂気の大騒動(リーシェによる公開ひん剥き&脱衣直後のワンピース顔面埋めスーハー事件)以降、
俺たちに対する「未知のバケモノ」や「恐ろしい上官」といった、命の危機を感じるような恐怖の視線は完全に消え去っていた。
特に、リーシェに対する兵士たちの認識の改変は著しい。
冷徹無比で巨人を十秒で解体していたらしい『氷の鬼神』から、
「自分好みの極上美少女に対して公衆の面前で発情し、無理矢理メイド服への生着替えを強行した上に、脱ぎたての服の匂いを嗅いでガンギマリになる、救いようの無いド変態」
という、ある意味で巨人よりもタチの悪い危険人物という認識へと完全にシフトしつつあった。
まぁ……それは、白日の下に己の性癖をフルオープンにした本人の自業自得なのだが……
「んふふ……アトラス、風が気持ちいいわねぇ……メイド服、やっぱりすっごく似合ってるわ。最高……」
当のリーシェ本人は、自身の社会的な威厳が音を立てて崩壊したことなど一ミリも気にしていない様子だった。
それどころか、俺の細い腰に腕を回してガッチリとホールドしたまま、俺の背中に頬を擦り寄せ、心底幸せそうに蕩けた声を上げている。
いや、少しは気にしろよ。
お前、一応この部隊のトップ層の一人だろ。部下たちが完全に「見ちゃいけないヤバいもの」を見る目でこっちを見てるぞ。
そんな風に、羞恥心と呆れでぐちゃぐちゃになった感情を抱えながら、鬱蒼と茂る巨大樹の森の道なき道を進んでいると。
やがて、前方の視界の先に、木々の隙間を縫うようにして眩い光が差し込んでくるのが見えた。
「……もうすぐ、森を抜けるわね」
リーシェが、少しだけ真面目なトーンに戻って呟いた。
森の境界を越え、木漏れ日が完全な直射日光へと変わる。
視界が一気に開け、青空の下、どこまでも続く緑の平原が辺り一面に広がった。
風が草を揺らす波の音が、心地よく耳を撫でる。
(……外の世界だ)
風に煽られるエプロンのフリルを押さえながら、俺はその広大な景色に目を奪われた。
思えば、この進撃の世界に転生し、ワケも分からず15メートルの巨人体となって速攻でこの森に引きこもってからというもの、ただの一度もこの巨大樹の森から出たことがなかったのだ。
実にあれから、4年か。
自分の体を破壊しては再生させる狂気の修行に明け暮れ、リーシェと出会ってからは共に暮らし、そして人間体への再構築という名の受肉バグに苦しんだ日々。
振り返ってみれば、長いようでいて、あっという間の短さだったようにも感じる。
現在の時刻は、844年4月10日の午後。
人類が平和な鳥籠の中でまどろんでいられる時間も、もう長くはない。
(……ベルトルトとライナーによる、シガンシナ区の壁破壊まで、残り一年)
超大型巨人が壁から顔を出し、鎧の巨人が内門をぶち破る。
あの地獄の幕開けが、着実に迫ってきているのだ。
俺がこの狂ったような平穏に浸っていられるのも今のうちだけだ。
これからは、調査兵団と共に壁内に潜り込み、エレンやミカサ、アルミンたちが巻き込まれるあの惨劇を、この神の領域に達した力でどうにかして食い止め、あるいは被害を最小限に抑えなければならない。
そのためには、まず正確なタイムスケジュールを把握して、事前の迎撃準備を……
あれ?
俺は、メイド服のスカートの上で、ポンと小さく手を打った。
(そういや、超大型巨人の襲来による『壁破壊』って、845年のいつなんだっけ……?)
春だったか? 秋だったか?
前世の俺は、アニメを見て単行本を何回か読み返した程度の、ごく一般的なファンだった。
「この伏線がここで回収されて~」と語る原作考察勢や、年表を暗記しているようなハードコアなオタクという訳では決してなかったのだ。
大まかな流れや主要キャラクターの生死は覚えているが、「845年の〇月〇日にシガンシナ区が襲撃される」というピンポイントの正確な日付なんて、記憶の引き出しをいくら漁っても出てこない。
(えっ、ヤバい。日付が分からないと、先回りして住民を避難させたり、あの二人が壁を蹴り破る瞬間に待ち伏せして迎撃したりできないじゃん……!)
絶対的な武力と、神の如き硬質化能力を手に入れながら、物語を根底から覆すための「最も重要なスケジュール情報」を完全に忘却しているという致命的な失態。
今更ながら、己の知識の浅さと、原作知識チートの限界を突きつけられ、俺の背筋に冷たい汗が流れた。
調査兵団の保護下に入り、壁内での新たな生活が始まろうとしているまさにその第一歩で。
早速、己のポンコツ具合(ガバ)が露呈しつつある俺だった。
ギャグに振りすぎというお言葉、
真摯に受け止めた上で自分のやりたいように書きたいと思います。
勿論今後の展開としてシリアスな場面はありますが、基本ギャグ寄りです。
もし耐えられない、不快だと思った方は、そっとページを閉じて頂けたら幸いです。
第六十六話、本日20時に投稿します。