進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第六十六話

巨大樹の森を背にして、どこまでも広がる青々とした平原を西へと進むことおよそ三時間。

 

 

 

太陽が中天を過ぎ、じりじりと肌を焼くような陽射しが降り注ぐ中、馬たちの疲労を考慮して平原のど真ん中で何度目かの小休止が取られていた。

 

 

 

三百名の兵士たちが馬から下りて背伸びをしたり、水筒のぬるい水を回し飲みしたりしている、その無防備極まりない待機中のことである。

 

 

 

ズシン……ッ、ズシン……ッ

 

 

 

地平線の彼方から、平原の草をかき分けるようにして、土煙と共に『それら』は当然のような顔をして姿を現した。

 

 

 

目測で15メートル級が二体、その後ろを奇行種らしき足取りで追従する10メートル級が一体。

 

合計三体の無垢の巨人である。

 

 

 

(……来たな)

俺は横乗りさせられている馬の鞍の上で、メイド服のスカートの裾を握りしめながら密かに息を呑んだ。

 

 

 

現在の俺のスペック──神の如き膂力と硬質化能力を持った超絶美少女(元15m級知性巨人)──からすれば、あんな鈍重な的など小指一本で、それこそ文字通り数秒でミンチにして処理できる規模だ。

 

 

 

だが、ここは壁外。

 

相手は人類の天敵である。

立体機動装置のワイヤーを引っ掛ける木々や建造物が一切存在しないこの平らな平原において、三体の巨人を相手にするというのは、調査兵団の精鋭といえども決して油断できない死闘となるはずだ。

 

 

 

最悪の場合、陣形が崩され、何人かの兵士が間違いなく命を落とす規模の脅威である。

 

 

 

「前方より巨人三体! 15メートル級二、10メートル級一!」

 

 

索敵班の兵士が、義務的に声を上げる。

 

 

よし、各班迎撃態勢だ。俺もいざとなったら飛び出して、被害が出る前に巨人のうなじを削ぎ落として───と、俺が密かに腹を括りかけた、その時だった。

 

 

「…………あれ?」

 

 

俺は、周囲の異常な空気に気づき、呆然と瞬きを繰り返した。

 

 

誰も、どよめいていない。

 

 

誰一人として、恐怖に顔を引き攣らせたり、絶望的な悲鳴を上げたりしていないのだ。

 

 

それどころか、腰のブレードを抜こうとする兵士すら皆無だった。

 

 

彼らは「あー、また来たか」「お茶のおかわりあるか?」「馬の脚、少し冷やしてやれ」などと、まるで路地裏で野良犬を見かけた時のような、完全に気の抜けた談笑を続けている。

 

 

 

(……え? どういうこと?)

 

 

いくら調査兵団が歴戦の猛者の集まりだとはいえ、いくらなんでも緊張感が無さすぎる。

 

 

 

そう言えば、と思い返す。

 

 

 

俺が森の地下空間から連れ出される時、調査兵団の荷馬車をいくつか目にしたが、遺体や負傷者を乗せているような車両はただの一つも存在しなかった。

 

 

 

シガンシナ区を出発して、あの巨大樹の森に到着するまでの間、当然道中では数え切れないほどの巨人と遭遇し、激しい戦闘があったはずだ。

 

 

 

不謹慎な考えではあるが、これだけの大部隊の遠征となれば、何人かは戦闘で死亡し、あるいは四肢を失うほどの重傷を負っているのが『これまでの調査兵団の常識』だったはずだ。それが、死傷者ゼロ?

 

 

 

俺の頭の中で疑問符が渦巻いていると、俺の腰を背後から抱きしめていたリーシェが、ふわりと馬から飛び降りた。

 

 

 

「アトラス。少し待っててね。すぐにあのゴミを片付けてくるから」

 

 

まるで「ちょっとそこのコンビニまで行ってくる」とでも言うかのような、あまりにも日常的で軽いトーン。

 

 

 

俺が止める間もなく、彼女はチャキッと腰のブレードを抜き放ち、たった一人で、一直線に三体の巨人が迫る方向へと歩き出した。

 

 

他の兵士たちは、彼女のその無謀とも言える単独突撃を見ても、見向きもせずに談笑を続けている。

 

 

 

え? 本当にどういうこと? まさか、部隊内で壮絶ないじめに遭ってて、見捨てられてるの!?

 

 

 

慌てた俺は、すぐ近くで馬の首を撫でていた金髪の偉丈夫──エルヴィン・スミス団長に向かって、縋るように話しかけた。

 

 

「あ、あの! エルヴィン団長! リーシェが一人で向かっていきましたけど、誰も援護に行かないんですか!? あの数なら死人が出てもおかしくないのに……!」

 

 

俺の悲痛な問いかけに、エルヴィンはゆっくりとこちらを振り向いた。

 

 

 

そして、厚手のコートの上から自身の胃のあたりをひどく痛そうに押さえつけながら、深々と、この世のすべての業を背負ったような溜息を吐き出した。

 

 

 

「あぁ……それに関しては、心配には及ばない。……というより、我々には手出しができないんだ」

 

 

「……手出しができない?」

 

 

「彼女は、今回のこの『調査兵団の保有するほぼ全ての戦力と物資を動員した大規模遠征』を上層部に認めさせるために、会議室の分厚い扉を蹴り破って直接乗り込み、幹部たちと”ある異常な約束”を交わしたんだよ」

 

 

エルヴィンの言葉に、俺は嫌な予感しかせず、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

「……や、約束、ですか?」

 

 

胃の痛みに顔をしかめながら、エルヴィンは話を続ける。

 

 

「『本作戦における戦闘は、すべて私が単独で引き受ける。私が死なない限り、兵団の死傷者はゼロだ。……さぁ、今すぐ決めろ』……要約すれば、こういう脅迫だ」

 

 

「……ぇ? ………」

 

 

「もし断ればその場で上層部の全員を斬り捨てるような殺気を放ちながらな。当然、命を惜しむ幹部たちは即座に首を縦に振った」

 

 

俺は、開いた口が塞がらなかった。

 

 

「じ、実態はどうなんですか……?」

 

「実態も何も、君がここに来るまでの道中を見てきた通りだ」

 

 

エルヴィンは、虚空を見つめるような死んだ目で告げた。

 

 

「シガンシナ区を出発してからこの平原に至るまで、戦闘は”すべて”彼女が一人で引き受けた。

ワイヤーを刺す木すらない平原で、自身のガスボンベの圧倒的な推進力だけを頼りに空を飛び回り、現れる巨人の群れを一方的に解体し続けてきたんだ。

我々三百人は、ただの一度も剣を抜いていない。当然、兵団の死傷者はゼロ人だ」

 

 

「…………」

 

バケモノやん……

 

思わず、俺の心の中でエセ関西弁の強烈なツッコミが木霊した。

 

 

待て待て待て。いつの間に、俺の可愛くて健気なリーシェちゃんはそんな理外のバケモノに成長したんだ?

リミッターが外れたとはいえ、それはもう人類最強と名高いリヴァイ兵長と肩を並べる───いや、下手したらそれ以上に狂った強さじゃないか?

 

 

平原で立体機動を使って巨人を無傷で全滅させる?

 

 

アッカーマン一族とタメ張れる、あるいは凌駕する人間って一体何なんだ? 新人類(ニュータイプ)か? 気づかないうちに俺の周りだけ宇宙世紀始まっちゃってる?

 

 

(てか、待てよ……。今は844年。そろそろ王都の地下街から、あのリヴァイ兵長が調査兵団にスカウトされて加入する時期だよな?)

 

 

俺の背筋に、冷たい汗がツーッと流れ落ちた。

 

 

いいか、よく考えろ。

リヴァイ兵長といえば、公式設定で「一人で一個旅団(約4000人)並みの戦力」と言われている、まさに人類のチートユニットだ。

 

 

そして今、目の前で空を飛び回っているリーシェも、確実に同等かそれ以上の強さを誇っている。

 

 

つまり、リヴァイ兵長(4000人分)+ リーシェ(4000人分)。

 

調査兵団の戦力が、この二人だけで単純計算で『8000人分』になるのだ。

 

(…………もう、巨人の駆逐、こいつら二人だけで良くないか?)

 

 

壁外調査に何百人も連れ出す必要なんてない。

 

この神がかり的な暴力装置二人に大量のブレードとガスを持たせて野に放てば、それだけでパラディ島の巨人は絶滅するんじゃないだろうか。

 

俺の知っている原作の悲壮な調査兵団の姿が、完全に根底から崩れ去っていくのを感じた。

 

 

「……その、なんというか……」

 

 

俺は、クリスタルのように澄んだエルヴィンの瞳を見つめ返し、メイド服のエプロンをギュッと握りしめた。

 

 

そして、自身の『親』としての、あるいは『彼女にすべてを捧げられている伴侶』としてのとてつもない申し訳なさに苛まれながら、馬の上で深く、深々と頭を下げた。

 

 

「うちのリーシェが、軍の規律をめちゃくちゃにしてしまって……本当に、本当にすみません……」

 

 

俺の、すべてを悟った悲痛な謝罪。

 

 

それを聞いたエルヴィンは、僅かに目を見開いた後、ふっと自嘲するような、しかしどこかひどく温かい笑みを浮かべた。

 

 

「顔を上げてくれ、アトラス氏」

 

 

促されて顔を上げると、そこには、人類の希望たる冷徹な指揮官の顔ではなく、一人の疲弊しきった男としての、深い同情と共感が入り混じった、何とも複雑で人間臭い表情があった。

 

 

「君も……あのような常軌を逸した暴君を相手に、言葉にできないほど苦労しているようだからな。

無理矢理そんな格好をさせられた上に、先程の地下空間での出来事……心中、察するに余りある」

 

 

あぁ、この人、分かってくれる。

 

 

俺の、メイド服姿で死んだ魚の目をしているこの精神的苦痛を、完全に理解してくれている。

 

 

俺とエルヴィン・スミスの間に、巨人と人間という種族の壁を越えた、確かな『戦友としての絆』が芽生えた瞬間だった。

 

 

───ドゴォォォォンッ……!!!

 

 

ふと、背後から凄まじい地響きが鳴り響き、俺はビクッと肩を揺らして振り返った。

 

そこには、空高く舞い上がったリーシェが、優雅に空中でクルリと身を翻して着地するのと同時に、丁度最後の一体である10メートル級の巨人が、うなじから大量の血と蒸気を噴き出しながら地面に倒れ伏すところだった。

 

 

 

戦闘開始から、わずか十数秒。

 

 

 

剣についた血を払い、何事もなかったかのように満面の笑みでこちらへ手を振って駆け寄ってくる、純白の十文字マントを羽織った金髪の悪魔。

 

 

(……うん。やっぱり、バケモノだわ)

 

 

俺は、周囲の兵士たちが誰も驚かないその光景を眺めながら、この絶望的に強すぎるヒロインと共に生きていく己の未来に、ただただ祈りを捧げることしかできなかった。

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