進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
それから無事、誰一人として暴走や混乱を起こすことなく、見事な規律で並んでいた兵士たち全員に特製の果物を配り終えることができた。
硬質化で生成した透き通るクリスタルのお皿の上で、赤や紫の果実が焚き火の光を反射して宝石のようにキラキラと輝いている。
それを口に運んだ荒くれ者たちは、一様に目尻を下げ、日頃の過酷な訓練や死と隣り合わせの壁外調査で強張っていた表情を嘘のように綻ばせていた。
彼らとの間にあった「人類と巨人」という絶対的な種族の壁、そして「上官の狂気的な執着対象」という気まずい壁は、この瑞々しい果実の甘さと共に今や完全にパタンと取り払われていた。
火を囲んでの談笑に混じり、兵団内で起きた珍事件や、壁の中の美味い飯屋の話、果ては誰のいびきが一番うるさいかといった他愛のない話題に、俺も相槌を打ちながら笑い合う。
(……不思議だな。俺、人間とこんな風に普通に笑って話してる)
前世の記憶を抱えたまま、この進撃の巨人の過酷な世界で巨人体として目覚め、森の奥深くで孤独に修行に明け暮れていたあの日々。
それが今、調査兵団の精鋭たちに囲まれ、他愛のない冗談に肩を揺らしている。
自分でも思っていた以上に、俺はこの人間同士の温かい繋がりと、穏やかで楽しい時間を心の底から満喫していた。
そんな和やかな空気が流れる中、ふと、果物を食べ終えてすっかりリラックスしていた一人の若い兵士が、焚き火の熱のせいか、あるいは別の理由か、顔をほんのりと赤く染めながら俺に真っ直ぐな視線を向けて問いかけてきた。
「あの……アトラスさんは、その……リーシェ班長とは、一体どういう関係なんすか?」
パチッ、と。
焚き火の薪が爆ぜる音がやけに大きく響いた。
その瞬間、周囲で談笑していた何十人もの兵士たちの動きがピタリと止まり、全員がまるで獲物を狙う猛禽類のように、真剣極まりない、ギラギラとした眼差しで俺の顔を凝視してきたのだ。
「俺も気になるっす! あの『鬼神』と呼ばれた冷徹無比なリーシェ班長を、アトラスさんは一体どうやって落としたのか!」
「そうだそうだ! 教えてくれ!」
好奇心と探究心に満ちたその追及に、俺が目をパチクリとさせて言葉に詰まっていると、一人のベテラン兵士が腹を抱えて吹き出した。
「はっはっはっ! いやぁ、しかしアレは傑作だったな! あのアトラスさんが脱いだばかりのワンピースに顔を突っ込んで、一心不乱に匂いを嗅ぐ班長の姿! あれを見た瞬間、俺の中で築き上げられてきた『無敵の鬼神班長』のイメージが、音を立てて完全に崩壊したからなぁ!」
それを皮切りに、野営地の中央にどっと弾けるような大爆笑の渦が巻き起こった。
「違いない! まさかあそこまで己の欲望に忠実なド変態だとは、夢にも思わなかったぜ!」
「しかもアトラスさんを無理矢理そのメイド服に着替えさせてただろ? 完全に職権濫用っていうか、ただのヤバい奴だったな!」
(……皆、本当に命知らずだねぇ……)
俺は、腹を抱えて笑い転げる兵士たちを見ながら、引きつった笑みを浮かべた。
もし今、本人が背後に立ってこの会話を聞いていたらと思うと、背筋が凍る思いだ。
間違いなく、ここにいる全員のうなじがコンマ数秒で綺麗に削ぎ落とされるだろう。
「あ、あれは! 私も完全に予想外というか……」
俺は、自身に降りかかった災難を思い出し、両手でパタパタと顔を仰ぎながら必死に弁解を試みた。
「出会った頃の彼女は、もっとずっと落ち着いてたんですよ? 芯があって、明るくて、優しくて、巨人に立ち向かう姿は凛々しくて、一本筋が通っていて……本当に、雪の妖精みたいに綺麗で、格好良かったのに……
それが何で、あんな風に……」
思い返せば返すほど、あの雪降る森での美しくも切ない別れと、今日の「白昼堂々の公開生着替え&脱ぎたて服スーハー事件」の落差が激しすぎて、顔が一気に熱くなってきた。
あんな風に、大勢の部下の前で理性を投げ捨ててセクハラと痴態を晒してくるリーシェなんて、俺だって見たくなかったのだ。俺の純情と感動を返してほしい。
俺が両手で熱を持った頬を包み込み、恥ずかしさと情けなさで俯いていると、兵士の一人が真顔で、しみじみと頷きながら言った。
「そりゃー……まぁ……アトラスさんのその顔を前にしたら、誰だって正気じゃいられないと思うぜ」
「ああ、間違いない。アトラスさんよ、あんた自身に自覚があるのかどうかは分からないが……
傾国の美女なんて言葉じゃ生ぬるい、歴史の教科書が書き換わるレベルで規格外の美人だからな?」
別の兵士が、まるで眩しいものでも見るかのように目を細めて続く。
「もしリーシェ班長があの場にいなかったら、俺、間違いなくアトラスさんに真っ先に告白して、秒で振られてたわ」
「お前、最初から振られる前提なのかよ……」
「当たり前だろ! こんな絶世の美少女に俺みたいな泥臭い兵士が釣り合うわけねぇだろ! 観賞させてもらえるだけで奇跡なんだよ!」
……これは
俺がリーシェの奇行に落ち込んでいるのを、彼らなりの不器用な言葉で励まして、フォローしてくれているのだろうか。
「……みんな……」
その温かい気遣いに胸を打たれ、俺がウルウルと瞳を潤ませて感動の声を零した、その時だった。
「それだよ! それ! その上目遣いと、庇護欲を激しく誘う表情と声音!」
「マジで、その破壊力のある顔面で誰彼構わずそんな無防備な笑顔を振り撒いてると、絶対に痛い目会いますよ……相手の男(あるいは女)が……ッ!」
兵士たちが、まるで致死量の毒薬でも見せられたかのように、一斉に顔を赤くして焦ったように身を引き、口々に指摘してきた。
「こりゃ、あのリーシェ班長も気が気じゃないだろうな。こんな危なっかしい超絶美少女を外に連れ出したら、虫が寄り付かないように威嚇(セクハラ)でマーキングしたくなる気持ちも、分からなくもないぜ」
「ああ、あの人も顔とスタイルだけなら王都でも見かけないくらい優れているが、基本が無愛想で人を殺しそうな目をしてるからな。
今は……まぁ、完全にタガが外れてアレだが……」
「アトラスさんのその声と、顔と、スタイルと、優しすぎる性格に一度でも触れちまったら……もう、他の女が平原を跋扈する巨人にしか見えなくなるな。
俺の人生、完全に狂ったわ」
注意されているはずなのに、何故か過剰なまでに褒め殺されているような感覚に陥り、俺は段々と居心地が悪くなり、耳の先まで真っ赤になって恥ずかしくなってきた。
「で、でも……皆さんは、こうして私と、普通に接して楽しくお喋りしてくれてるじゃないですか……」
なんだか俺ばかりが恥ずかしい思いをしているのが少しだけ悔しくなった俺は、メイド服のスカートの裾をギュッと握りしめ、僅かに俯き加減になりながら、長く濃いまつ毛の奥のアイスブルーの瞳で上目遣いに彼らを睨むように言い返した。
「「「ぐふぅッ!!!」」」
「いやいやいや! 全然普通じゃないっすから! 平静を装ってるだけで、全員心臓バクバクで破裂しそうっすから!!」
「俺たちだって男の端くれだぞ! こんな絶世の美少女を前にして、慌てふためいて鼻の下を伸ばすような、みっともなくて格好悪い姿は見せられないっていう、ただの痩せ我慢だよ!」
「こんなの、1対1の個室だったら緊張とフェロモンで窒息死してた! 仲間がいて、恐怖を分散できてるから辛うじて無事でいられるんだよ!! 集団心理の勝利だ!!」
顔を真っ赤にして、半ばヤケクソ気味に男のプライドと本音を叫ぶ兵士たち。
……なるほど。
外見は国を傾ける超絶美少女になってしまったが、俺の心はれっきとした元・男子大学生だ。
彼らのその「男としての見栄」と、「仲間がいるから強がれる」という心理は、痛いほどによく理解できた。
確かに自分が逆の立場で、こんな美少女を前にしたら、仲間と肩を組んで虚勢を張るしかないだろう。
「……ふふっ、そっか。皆、無理してくれてたんだね。ありがとう」
俺が、男同士の奇妙な連帯感を感じて心からの純粋な笑顔を向けると、彼らは再び「尊い……」と呟いてバタバタと何人かが倒れ込んでいった。
それから十数分程、すっかり打ち解けた彼らとさらに親睦を深めた後、俺は長居して睡眠時間を削ってはいけないと判断し、硬質化の長机と使い終わったクリスタルの皿をパリンッ、と粒子状に分解して片付けた。
「それじゃあ、私はそろそろ休むね。皆も明日に備えて、ゆっくり休んで」
名残惜しそうに手を振る兵士たちに見送られながら、俺はその場を後にする。
忘れてはいけないと、俺は夜風に吹かれながら野営地の後方へと足を向け、一番最初に声をかけた、荷馬車の番を直立不動で続けていたあの若い兵士さんの元へと向かった。
「お待たせしました。これ、見張りをしてくれたお礼の、あなたと交代要員さんの方の分です」
「あ……っ! ア、アトラスさん! わざわざ、俺のような下っ端にまで……ッ! 一生、家宝にして腐らせます!!」
「いや、腐る前に食べて! 美味しいから!」
感激のあまりトンチンカンなことを叫ぶ彼に苦笑しながら、特大サイズに切り分けた果物を手渡し、俺は割り当てられた自分(というかリーシェと同室)のテントへと向かった。
分厚いキャンバス地のテントのフラップをくぐると、中は風が遮られて少しだけ温かい空気が漂っていた。
ランタンの微かな灯りの中、用意された簡易ベッドに腰を下ろす。
「……はぁ、疲れた……」
肉体的な疲労よりも、今日一日で処理しきれないほど浴び続けた精神的疲労が、どっと波のように押し寄せてきた。
自分の超絶美少女化への戸惑い、三百人の兵士の前での公開生着替え、リーシェの狂気的な執着、そして予想外の楽しいお茶会。
四年間引きこもっていた反動にしては、あまりにも濃密すぎる一日だった。
(……リーシェ、まだ会議終わらないのかな)
あの様子なら、俺をテントに置いていくこと自体に猛反発して、会議を早く終わらせようとエルヴィン団長を物理的に脅迫している可能性すらある。
本当なら彼女が戻ってくるのを起きて待って、「今日はいろいろごめんね、でも会えて嬉しかったよ」と、ちゃんと言葉で伝えるべきなのだろう。
だが、極限まで張り詰めていた緊張の糸が解けた俺の脳は、急速に睡眠という名のシャットダウンを要求していた。
メイド服のままベッドに横たわると、シーツの冷たい感触が心地よく、瞼が鉛のように重くなっていく。
「……おやすみ、リーシェ……」
微かな寝息と共に、俺はテントの入り口が揺れるのを待つことなく、静かに、そして深く、意識の底へと沈んでいった。明日から始まる、壁内での激動の日々など知る由もなく、ただ安らかな眠りの中へと。