進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第七十話

「……アトラス、大人しく待っててね。すぐに終わらせて戻ってくるから」

 

私は、用意された分厚いキャンバス地のテントの入り口で、後ろ髪を引かれる思いで何度も何度も振り返った。

 

 

 

テントの中には、私が無理矢理着せたまんまのヴィクトリアン風メイド服に身を包み、世界で一番愛おしい私の伴侶がいる。

 

 

あんな無防備で極上の超絶美少女を一人にしておくなんて、本当に今すぐ会議などすっぽかして、あの柔らかい胸の中に飛び込んでしまいたかった。

 

 

 

だが、これからの私たちの──壁内での永遠に幸せな生活を確固たるものにするためには、どうしても越えなければならない事務的な手続きや、根回しという名の「脅迫」が必要なのだ。

 

 

 

私は一つ大きく深呼吸をして、アトラスの残り香を胸いっぱいに吸い込むと、テントのフラップを閉じて野営地の中央へと歩き出した。

 

 

 

足取りは、自分でも驚くほど軽かった。

 

 

 

昨日まで私の心臓を氷のように縛り付けていた、あの一年と三ヶ月に及ぶ途方もない喪失感と焦燥感、そしてアトラスがいない世界への憎悪。

 

 

 

それらが今、嘘のように霧散し、私の内側は春の陽だまりのような温かさと多幸感で満たち溢れていた。

 

 

 

白昼堂々、彼女の生着替えを堪能し、あの極上の匂いを肺の底まで吸い込んだことで、私の中に蓄積していたドロドロのストレスが完全に浄化されたのだ。

 

 

 

「こんばんは。遅くなってごめんなさいね」

 

指揮官用のタープ下に到着した私は、一切の殺気も威圧感もない、鼻歌でも歌い出しそうなほど穏やかな、ごく自然な笑顔で挨拶をした。

 

 

「「「…………ッ」」」

 

タープ下に集まっていたエルヴィン団長、ミケ分隊長、ハンジ班長、そして数名のベテラン幹部たちが、私の顔を見た瞬間に息を呑み、信じられないものを見るような目で見つめてきた。

 

 

無理もないだろう。

彼らが知る「リーシェ・ベニア」は、常に絶対零度の眼光で周囲を射殺し、感情の起伏を一切見せない『氷の鬼神』なのだから。

それが今や、恋をして完全に骨抜きになった、ただの年相応の(ちょっと重めの愛情を抱えた)女の顔をしているのだ。

 

 

ミケに至っては、「……嘘だろ。あの血生臭い氷の匂いが、完全に甘ったるい花の匂いに変わっている……」と呟いて頭を抱えている。

 

 

「そんなにジロジロ見ないで。さぁ、さっさと始めましょう。私、早くテントに戻ってアトラスと添い寝……いえ、護衛に戻りたいので」

 

 

私がクリスタルの椅子(アトラスが先程生成してくれたものだ)に腰を下ろすと、エルヴィン団長が胃のあたりをさすりながら、重々しく口を開いた。

 

 

「……あぁ、そうだな。まずは、明日の行軍ルートの確認だ」

 

団長が広げた羊皮紙の地図を指差す。

 

「アトラス氏という最大の目的を達成した今、これ以上壁外に留まる理由は無い。最短ルートでシガンシナ区の門を目指し、壁内への帰還を果たす。道中、巨人の群れとの遭遇が予想されるが……」

 

「問題ないわ」

 

私は即答し、花が綻ぶような笑顔で言い切った。

 

「私のモチベーションは今、かつてないほど最高潮に達しているわ。アトラスの安眠を妨げるようなゴミ共は、視界に入る前に私が一匹残らず駆逐する。あなた達は、ただ馬の歩みを進めることだけを考えておいて」

 

「……頼もしい限りだ」

 

 

エルヴィン団長は引きつった笑みを浮かべ、そして、本日の最も重要かつ頭の痛い議題へと切り込んだ。

 

 

「さて、本題だ……アトラス氏の、壁内における『処遇』についてだ」

 

タープ下の空気が、ピンと張り詰める。

 

 

「彼女(彼?)が知性を持った巨人であり、同時に人類の理解を絶する力を持った存在であることは、今日の一件で我々も痛いほど理解した。

だが、壁内の王政府や憲兵団が、あのような出処不明の人間をすんなりと受け入れるはずがない。

最悪の場合、我々調査兵団ごと反逆者として処分される可能性もある」

 

「それなら、心配いらないわ」

 

私は腕を組み、事もなげに言った。

 

「彼女の戸籍や身分証明なんて、適当にでっち上げればいいのよ。

壁内に戻ったら、まずは駐屯兵団の南側最高責任者……ドット・ピクシス司令の下へ直行しましょう」

 

「ピクシス司令だと?」

 

「ええ。あの人は変人だけど、柔軟な思考の持ち主よ、何より『絶世の美女』と『強い兵士』、そして『美味い酒』には目がない。

あのアトラスの規格外の美貌を目の前でお披露目すれば……『辺境にあった失われた集落の、哀れで美しい唯一の生き残り』くらいの戸籍、喜んで偽造してくれるわ。

憲兵団の詮索も、司令の権力なら撥ね退けられるでしょうし」

 

 

私の極めて現実的かつ政治的な(そして少し黒い)提案に、幹部たちは顔を見合わせた。

 

 

「……確かに、ピクシス司令ならあの美貌を見れば二つ返事で匿いそうだが……いいのか? 我々の命運を、あの酔いどれ司令の性癖に委ねても」

 

 

「使えるものは何でも使うわ。それに、アトラスの戸籍が整えば、彼女を正式に『調査兵団』に迎え入れることができるのだから」

 

 

「調査兵団に……アトラスを入団させる気かい!?」

 

 

たまらず身を乗り出してきたのは、ハンジ班長だった。

彼女のゴーグルの奥の目が、狂気的なまでの探究心でギラギラと輝いている。

 

 

「当然でしょう? 彼女は私のものよ、私の手元に置くのは絶対条件。

それに……調査兵団の『戦力増強』という意味でも、彼女の存在は人類にとって必要不可欠だと思うけど?」

 

 

「戦力増強、か……」

 

 

エルヴィン団長が、自身の顎を撫でながら私を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「リーシェ。君に聞きたい。君は以前、『自分が一千人いてもアトラスには数秒で処理される』と言っていた。

今日、君のその人間離れした戦闘力を目の当たりにした我々からすれば、それは到底信じがたい誇張に聞こえるのだが……実際のところ、彼女の戦闘能力はどれほどのものなんだ?」

 

その問いに、私はタープの天井を見上げ、あの巨大樹の森で、彼と共に過ごした濃密な三ヶ月間を思い返した。

 

 

天を衝くような大樹を軽々とへし折り、無限に等しい硬質化のクリスタルを自在に操るあの圧倒的な質量と熱量。

 

 

……そして、そこから一年と三ヶ月という膨大な時間が経過し、彼女がどれほど自らの能力を研ぎ澄ませてきたのか。

 

 

私は視線を戻し、一切の冗談を排した、真摯で、どこか宗教的な畏敬の念すら込めた声で答えた。

 

「誇張なんかじゃないわ、団長。

……いい? 今の私を、仮に一個旅団───つまり、兵士4000人分の戦力だと仮定して」

 

 

私のその例えに、幹部たちが息を呑む。彼らからすれば、私が兵士四千人分というのは決して大袈裟な数字ではないと、今日の惨劇で痛感しているはずだ。

 

 

「私が生身で、今のアトラスと本気で殺し合いをしたとするわ。

……私が一千人、いや、一万人同時に襲い掛かったとして。完璧な連携と立体機動を駆使して、ようやく、彼女と同じ土俵に『立つことができるか、できないか』。そのくらいの次元の差があるでしょうね」

 

「な……っ」

 

ミケが絶句し、ハンジが口をポカンと開けた。

 

 

エルヴィン団長は、顔面を蒼白にしながら、必死に頭の中で恐るべき計算式を弾き出しているようだった。

 

「私が四千人分。その私が一万倍集まって、ようやく互角

……単純計算で、アトラスを調査兵団に引き入れれば、兵団は一瞬にして『兵士四千万人以上』の兵力に匹敵する、歩く世界滅亡兵器を保有することになるわね。

巨人なんて彼女が本気を出せば、壁外全体を一日で更地にできるでしょうね」

 

 

「よ、四千万、人……っ」

 

タープの下が、完全に重力場が狂ったかのような沈黙に包まれた。

 

 

無理もない。人類が長年、数え切れないほどの命を犠牲にして、たった数メートルの巨人を倒すために血と涙を流してきたというのに。

 

 

目の前にいる恋に浮かれた少女が、「私の彼女(彼)は兵士四千万人分の強さです」と、まるで新しいドレスでも自慢するように語っているのだから。

 

 

「……信じられない。いや、信じたくないが……君のその顔を見れば、それが事実なのだと理解せざるを得ないな」

 

 

エルヴィン団長は、もはや胃痛すら通り越して、諦観の境地に達したような顔で深く頷いた。

 

 

「ただ……言葉でいくら説明されても、外の兵士たちはまだ半信半疑でしょう。

今日、彼らが見たアトラスは、私に無理矢理メイド服を着せられて震えている、ただの可憐で大人しい美少女なんだから」

 

 

私はそこで、口元にニィッと、かつての私がよく浮かべていた好戦的で嗜虐的な笑みを張り付けた。

 

 

「だからこそ、証明する必要があるわよね。彼女が人類の『絶対的な守護神』であることを兵士たちの魂に刻み込み、彼らの士気をこれ以上ないほどに向上させるための、最高のエンターテインメントを」

 

「エンターテインメント……だと? 何を企んでいる、リーシェ」

 

「簡単なことよ」

 

私は立ち上がり、両手をパンッと打ち鳴らした。

 

「明日の帰還道中、平原の開けた場所で、全軍の立ち止まった前で『模擬戦』をするわ。

……私と、巨人化したアトラスとのね」

 

 

「正気か!?」

 

温厚な分隊長が思わず叫んだ。

 

 

「君たち二人が本気でぶつかり合えば、模擬戦どころか、周囲の地形が吹き飛んで我々まで巻き添えになるぞ!!」

 

 

「大丈夫よ。アトラスは信じられないくらい優しい子だから、絶対にあなた達を巻き込むようなことはしないわ。

それに、私も彼女を傷つけるつもりなんて毛頭ないしね」

 

 

私はクスクスと笑いながら、すでに頭の中で明日繰り広げられる「愛しの巨人との久々のじゃれ合い(という名の超次元戦闘)」を想像して、胸を高鳴らせていた。

 

 

「ただ、私が全力で彼女に挑み、そしていとも容易くあしらわれる姿を見せれば。

兵士たちは理解するはずよ。調査兵団に、もはや恐れるべき巨人の脅威は存在しないのだと。私たち二人がいれば、この世界はすでに人類の箱庭になったのだと」

 

 

タープ下に、再び重い沈黙が降りた。

 

 

だが、その沈黙は恐怖によるものではなく、狂気じみた希望と、歴史の転換点に立ち会ってしまったという途方もない畏怖によるものだった。

 

 

「……分かった」

 

やがて、エルヴィン団長がゆっくりと立ち上がり、私に向けて力強く頷いた。

 

「その提案、許可しよう。明日、全軍の前でアトラスの真なる力を示してくれ。

……ただし、絶対に被害は出さないように」

 

 

「ええ!任せなさい。ありがとう、団長!」

 

私は弾むような声で応じ、くるりと踵を返した。

 

 

これ以上、ここに長居する理由はない。やらなければならない仕事はすべて終わったのだ。

 

 

あとは、愛しの彼女が待つあのテントへ帰り、その温かい身体を抱きしめて朝まで眠るだけ。

 

 

「それじゃあ皆、おやすみなさい。明日のショー、楽しみにしていて!」

 

 

 

私は幹部たちの引き攣った顔を背に、軽やかなステップを踏みながらタープを出て、夜風に揺れる野営地の中央を、アトラスの待つテントへと一直線に駆け出していくのだった。

 

 

 

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