進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
「……本当に、あの可憐な少女が、一個旅団を単騎で殲滅するリーシェの『一万倍』の力を持っているというのか……?」
超硬度かつ超透明なクリスタルの壁の奥。安全圏である500メートル離れた特等席から、エルヴィン・スミスは目を細めて平原のど真ん中を見つめていた。
彼の視線の先には、立体機動装置のブレードを構えた人類最強の鬼神リーシェと、彼女と対峙する、風に衣服を揺らす華奢な美少女────アトラスの姿があった。
昨夜の会議でリーシェが語った『兵士四千万人分の戦力』という言葉。
頭では理解しようと努めても、あんなにも庇護欲を誘うメイド服の少女が歩く世界滅亡兵器だとは、指揮官の常識が警鐘を鳴らして信じることを拒絶しようとしていた。
「ハハッ! わからないよエルヴィン! でも、彼女が作り出したこの透明な壁一つとっても、我々の常識を軽く超えてるじゃないか!」
ハンジがゴーグルを押し上げ、分厚いクリスタルの壁に顔を押し付けながら興奮に身をよじらせている。
「この透明度、この硬度! 一体どういう原理で……ああもう、早く! 早く巨人化した姿を見せてくれ!!」
「……来るぞ」
ミケが、鋭い鼻先をヒクつかせて低く唸った。
「アトラスの匂いが変わる。圧倒的な……世界を焼き尽くすような熱量の匂いだ」
ミケの言葉とほぼ同時だった。
500メートル先の平原で、アトラスが手にしたナイフで自らの掌を切り裂いた。
────カァァァァァッ!!!
目を開けていられないほどの凄まじい鈍色の閃光が平原を白く染め上げ、遅れて、落雷のような轟音と爆風が我々を庇うクリスタルの壁に激突した。
ビリビリと大気が震え、壁の向こう側で巨大な蒸気の竜巻が巻き起こる。
やがて、春の風がその白煙を吹き飛ばした先に現れたのは。
「おおお……っ!!」
ハンジが歓喜と驚愕の入り混じった叫びを上げた。
そこに立っていたのは、15メートルの巨大な体躯。
しかし、我々が知るおぞましい無垢の巨人とは全く異なる、古代の彫刻家が理想の戦士を象ったかのような、無駄のない鋼の筋肉を纏う『端正な男性型の巨人』だ。
先程までの美少女の面影は消え失せ、絶対的な王者の威厳がそこにはあった。
リーシェは全く怯むことなく、むしろ歓喜に満ちた笑顔で巨人に挑みかかった。
───ドシュゥゥゥゥゥッ!!!
「なっ……速い!」
ミケが驚愕に目を見開く。
「立体機動の速度じゃない! まるで大砲の弾だ! リーシェの奴、あの行軍での機動ですら手加減をしていたというのか!?狂った推進力でさらに加速して……っ」
エルヴィンの動体視力でも、リーシェの動きはもはや銀色の残像にしか見えなかった。
彼女が巨人の背後に回り込み、絶対に刃こぼれしないというあの特注ブレードをうなじへと振り下ろす。
決まった。誰しもがそう思った、次の瞬間。
─────カキィィィィンッ!!!
平原に、甲高い金属音が響き渡った。
「……は?」
ハンジが、信じられないものを見るようにクリスタル壁にへばりついた。
巨人は、振り返りすらしていなかった。
ただ、後ろ手に出した右手の『人差し指』の腹。
その一点のみで、リーシェの超音速のフルスイングを完全に受け止めていたのだ。
「ひ、皮膚の表面だけを瞬時に硬質化させただと!?」
ハンジが頭を抱えて絶叫する。
「あり得ない! あの速度の斬撃に対して、刃が触れるコンマ一秒前にピンポイントで硬質化を展開するなんて……どれほどの反応速度と演算能力があれば可能なんだ!?」
「……匂いが、全く乱れていない」
ミケが、額に冷や汗を浮かべながら呟いた。
「あれだけの連撃を加えられているのに……アトラスからは、欠片ほどの焦りも、殺気すら感じない。
ただ、小さな子供と『じゃれ合っている』だけだというのか……!」
ミケの言う通りだった。
リーシェが空中で軌道を変え、全方位から雨霰と斬撃を浴びせかける。
しかし巨人は歩幅一つ変えず、直立不動のまま、狙われた箇所の皮膚をミリ単位で硬質化させ、すべての攻撃を弾き返していく。
キンッ! カンッ! と鳴り響く金属音は、もはや絶望的な力の差を奏でる打楽器のようだった。
そして、決着は一瞬だった。
巨人が、軽く踵で地面を踏みつける。
────ドゴォォォォンッ!!
「な、大地が……!」
エルヴィンは思わず息を呑んだ。
巨人の軽い踏みつけ一つで、平原の地面が波打ち、リーシェがワイヤーの支点にしていた十数本の硬質化の柱が、まるで飴細工のようにドミノ倒しとなって崩壊したのだ。
足場を失い、空中に投げ出される人類最強の鬼神。
そこへ、巨人がゆっくりと手を伸ばす。
まるで、飛んでいるトンボを優しく捕まえるように。
巨人の巨大な親指と人差し指が、空中に浮かぶリーシェのワイヤーの付け根を、極めて正確に『つまみ上げた』。
地上10メートルの空中で、指二本にブラブラとぶら下げられるリーシェ。
勝負あり。わずか数十秒の、あまりにも一方的な蹂躙劇だった。
「…………」
「…………」
「…………」
透明なクリスタル壁のこちら側。
エルヴィン、ハンジ、ミケの三人は、そして背後に控える約三百人の精鋭たちは、完全に言葉を失い、魂を抜かれたように立ち尽くしていた。
「……ハハッ」
やがて、エルヴィン・スミスの口から、乾いた笑いが漏れた。
昨夜、リーシェが言っていた言葉が脳裏に蘇る。『私が一万人集まって、ようやく彼女と同じ土俵に立てる』。
「四千万人分……いや、それ以上か……」
エルヴィンは、コートの上から胃のあたりを力強く押さえつけ、平原の彼方で笑い合う規格外のバケモノ二人を見つめながら、静かに呟いた。
「兵士の士気を上げるどころか……我々人類の存在意義そのものが、根本からへし折られそうになるな……」
ミケは完全に嗅覚を閉ざして天を仰ぎ、ハンジは「あああ神よ……!」と訳の分からないうわ言を呟きながら崩れ落ちる。
調査兵団の幹部たちは、人類がこれまで戦ってきた『巨人』という概念が、ただの砂上の楼閣に過ぎなかったことを、細胞の隅々で、絶望的なまでの安堵と共に理解させられたのだった。