進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
地上10メートルの空中で、俺の巨大な親指と人差し指に力なくつまみ上げられた人類最強の鬼神は。
「あははっ! すごいすごい! 全然敵わないや! ねぇアトラス、もう一回! もう一回やろう!」
敗北の悔しさなど微塵もなく、むしろ極上のアトラクションを体験した子供のようにキラキラとした瞳を輝かせてごね始めた。
(いや、もう一回って……遊園地のコーヒーカップじゃないんだから)
俺は心の中で苦笑しながら、暴れる彼女を傷つけないよう、そっと優しく地面へと下ろした。
そして、自身の意識をうなじの本体へと戻し、巨人化を解除する。
同時に、平原に林立させた十数本の脆い硬質化の柱と、500メートル離れた調査兵団を守るために展開していた超透明な巨大結晶の壁に対しても、脳内で『解除』の命令を出した。
────シュゥゥゥゥゥッ……!
凄まじい高温の蒸気が立ち上る中、俺は巨人のうなじから抜け出し、人間の姿となって地面に降り立った。
パキィィンッと音を立てて、周囲の柱や遠くの防壁が青白い光の粒子となって平原の風に溶けていく。
「むぅ……」
俺が着地するなり、目の前で待っていたリーシェが、不満げに頬をぷくっと膨らませながら抗議するような目で俺を見つめてきた。
もっと全力で殴り合いたかった(じゃれ合いたかった)のだろう。
最強ゆえの戦闘狂の血が騒いでいるのか、それとも単に俺とのスキンシップが足りないのか。
おそらく後者だろうが。
俺は微かに微笑み、彼女に向けてそっと手を差し伸べた。
「ほら、みんなのところに行くよ」
俺のその一言と差し出された手を見た瞬間、リーシェの不満げな表情はパァッと春の花が咲くように明るくなった。
「うんっ!」
彼女はちょっと機嫌を良くしたのか、当たり前のように俺の指の間に自分の指を滑り込ませ、ギュッと『恋人つなぎ』をしてきた。
そのまま嬉しそうに俺の腕にすり寄りながら、二人で調査兵団の待つ場所へと歩き出す。
500メートルの距離をのんびりと歩ききり、ポカンと口を開けて立ち尽くす兵士たちの前へと辿り着いた、その瞬間だった。
「ねぇねぇ!!」
凄まじい勢いで土煙を上げながら、一人の人物が俺の目の前にスライディング気味に飛び出してきた。
ハンジさんだ。
彼女はゴーグルの奥の目をこれ以上ないほどにギラギラと輝かせ、興奮で口から唾を飛ばさんばかりの勢いで質問を浴びせかけてきた。
「本気を出したらどれくらい地形変えれるの!? あの柱って任意で解除する感じ? 持続時間は? もしかして無限!? 耐久性はどれくらいかな!? 巨人体の全力の攻撃と結晶の強度、どっちが強いんだい!?」
「えっ、あ、あの……」
突然の質問攻めに遭い、俺がタジタジになって後ずさる。
すると、隣で俺と指を絡めていたリーシェが、ハンジさんに向けて絶対零度の『殺意の視線』を向けた。愛しの恋人との甘い散歩タイムを邪魔された怒りで、今にも空いている方の手でブレードを抜きそうな気配だ。
俺は慌ててリーシェの手をギュッと握り返してなだめつつ、興奮しきったハンジさんに向けて努めて冷静な声で答えた。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。硬質化結晶は、任意で解除しようとしない限り消えませんよ。
耐久性は……そうですね……私が巨人化状態で拳に硬質化を纏わせて打ち出せば、普通に砕けますね。
地形については、昨日のあの地下空間を想像してもらえれば分かりやすいと思います」
「ひゃああああっ!! 素晴らしい!! つまりあの地下空間レベルの質量をノーモーションで構築できるってことだね!?」
ハンジさんが奇声を上げてメモ帳を取り出し、凄まじい速度で羽ペンを走らせる。
しかし、彼女の知的好奇心はそれだけでは満たされなかったようだ。
さらにズイッと距離を詰めてこようとするハンジさんに、ついにリーシェが低く唸り声を上げた。
俺はこれ以上の流血沙汰を防ぐため、リーシェの耳元で「後でいっぱいいっぱいハグしてあげるから、ちょっとだけ待ってて」と甘い声で約束し、なんとか彼女を引き剥がすことに成功した。
リーシェは「絶対だからね!」と念を押して、少し離れた場所で腕を組んでこちらを監視し始めた。
そこから約10分程。
俺は平原のど真ん中で、ハンジさんと、その後ろで聞き耳を立てているエルヴィン団長やミケさんたちに向けて、自身の持つ理外のスペックについて懇切丁寧に回答することとなった。
「さっきは格闘戦だけだったけど、遠距離攻撃とかはできるの!?」
「できますよ。巨人が発する超高温の蒸気を、硬質化の結晶内部に超圧縮して、直径2メートル程の球体を生成します。
それを超音速で投擲して、硬い岩盤層に大穴を開けることができます。応用すれば、散弾のように広範囲にバラ撒いたり、貫通力を高めた徹甲弾タイプを撃ち出したりもできますね」
「大砲いらず!? いや、もはや超巨大な榴弾砲じゃないか!!」
ハンジさんが鼻息を荒くする。後ろで聞いていた兵士たちが「俺たちの大砲の存在意義が……」と震え上がっていた。
「じ、持久力や再生能力はどうなんだ!? あれだけの硬質化を使えば、本体もひどく消耗するはずだろう!?」
今度はエルヴィン団長が、額に冷や汗を浮かべながら口を挟んできた。
「いえ、持久力は事実上無限です。息切れもしませんし、全身を硬質化させたままでも無限に活動できます。
それに、うなじにいる私(本体)が無事である限り、巨人の肉体は何度でも、ほぼ一瞬で無限に再生可能です」
「む、無限……ッ」
エルヴィン団長が再び胃を押さえてうめき声を上げた。ミケさんは完全に空を仰いで現実逃避を始めている。
「じゃあ最後の質問!!」
ハンジさんが、興奮のあまり鼻血を出しそうな顔で俺に迫る。
「さっき、全身を硬質化させて殴れば自分の作ったクリスタルも砕けるって言ってたよね!? もし、アトラスが全身硬質化状態で、全力の打撃を地面に叩き込んだら……一体どうなるんだい!?」
「あぁ、それですか」
俺は、さも「今日の夕飯はシチューです」とでも言うような、ごくごく普通の、平坦なトーンで答えた。
「おそらくですが……半径10キロ圏内の地盤が、一撃で完全に崩壊(陥没)すると思いますよ」
…………
………………
平原を吹き抜ける風の音だけが、やけに大きく聞こえた。
半径10キロ。
それはもはや、一つの都市、あるいは一つの区画が丸ごと地図上から消滅することを意味する。たった一人の巨人の、ただの「一撃」によって。
「…………ハンジ」
「……何だい、エルヴィン」
「もう、質問は終わりにしよう。これ以上彼女のスペックを聞き出せば……我々の脳が、物理的に破裂する」
死んだ魚のような目をしたエルヴィン団長の言葉に、ハンジさんは手元のメモ帳をパタリと閉じ、静かに、そして深く頷いた。
周囲の兵士たちは、もはや驚く気力すら失い、ただ目の前に立つ華奢な美少女を「歩く終末」として拝むような姿勢に入っている。
俺は、すっかり静まり返ってしまった調査兵団の面々に少し申し訳なさを感じながらも、約束通り、遠くで待ちわびていたリーシェの元へと小走りで戻り、その腕の中にすっぽりと収まってやるのだった。