進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
844年4月11日、夕方
シガンシナ区の壁門前で警備の任に就いていた俺、ハンネスは、オレンジ色に染まり始めた空を見上げながら、重い溜息を吐き出していた。
調査兵団がその保有するほぼ全戦力と物資を投入した、過去最大規模の大規模遠征。
あの大部隊がこの壁門を越えて外の世界へと出て行ってから、もうすぐ三日が経とうとしている。
酒場での与太話や兵士たちの間の噂によれば、この常軌を逸した作戦は、あの『氷の鬼神』と恐れられるリーシェ・ベニア班長が、単身で上層部を脅迫して強行させたものだという。
だが、あくまでも言伝で聞いた眉唾物の話だ。俺は内心、鼻で笑っていた。
いくらあの鬼神が人類最強クラスの兵士だとはいえ、会議室には何百人という歴戦の精鋭や幹部たちが鎮座しているんだ。
人間である限り……いや、仮に巨人だったとしても、あの場を一人で制圧して全軍を動かすなんて馬鹿げたこと、できやしない。
もしそれができるとしたら、それこそ『神』ぐらいのものだろう。
「それにしても、調査兵団の連中も気の毒なこった……」
俺は手元の酒瓶……ではなく、支給された水筒を揺らしながら呟いた。
上の判断で、あんな馬鹿げた規模の作戦に付き合わされ、壁外の地獄を練り歩かなくちゃならんのだからな。
これだけの大所帯だ、巨人に狙われる確率も跳ね上がる。
今回の作戦、死傷者は間違いなく3桁はいくんじゃねぇかな……
そんな風に、帰還してくるであろう凄惨な光景を想像して胃を重くしていた、その時だった。
「調査兵団が帰ってきたぞ!!!」
壁上から、見張り兵の張り裂けんばかりの大声が響き渡った。
その声に、夕飯の買い出しに出ていた周囲の民衆たちが一斉にどよめき、門の前へと集まってくる。
(おいおい冗談だろ……予定より、早すぎる)
俺の背筋に、嫌な汗が伝った。
三日での帰還。それはつまり、俺の最悪の予想───『死傷者多数による、作戦の続行不可能・早期撤退』が当たったのかもしれないということだ。
「本当に100人以上死んだってなったら、笑えねぇぞ……」
辺りに立つ民衆たちも、俺と同じように不安と恐怖の入り混じった、強張った表情をしている。
ここ最近は、あのエルヴィンという男が団長に就任したことで、遠征時の戦死率は格段に下がっていた。
だが、今回の作戦は規模が規模だ。俺たち駐屯兵団も、民衆も、みんな内心穏やかじゃねぇ。
また、泣き叫ぶ家族に「腕一本」だけを返すような、あの地獄を見なきゃならねぇのか。
そんな風に、無意識に奥歯を噛み締めながら重い鉄の門を見つめていると。
「開門ッッッ!!!!」
壁上の号令と共に、巨大な歯車が軋む音を立て、重い壁門がゆっくりと上がっていく。
ズズズズズ……という地響きと共に、壁の影に遮られていたシガンシナ区の石畳に、夕焼けの眩い光が差し込んできた。
俺は、目を背けたい気持ちを必死に抑え、その光の先、門の向こう側へと視線を向けた。
そこに現れたのは──────
「…………ッッ!?」
俺は、呼吸を忘れた。
民衆のどよめきも、風の音も、すべてが遠退いていくような錯覚に陥った。
そこにあったのは、泥にも、血にも、傷にも塗れていない兵士たちの姿だった。
誰一人として欠けていない。負傷者を乗せた荷馬車もない。
ただ、充実した疲労感と、どこか「憑き物が落ちた」ような穏やかな表情を浮かべた、三百人の完全無傷の精鋭たちが、堂々と馬に跨って行進してきていたのだ。
だが、俺の脳を最もバグらせたのは、その奇跡的な生還劇ではなかった。
全軍の先頭。一際目立つ、指揮官が陣取るべきその場所に─────周りの屈強な兵士たちとは完全に一線を画した、『異質な人物』が馬に跨っていたのだ。
(……給仕姿!? なぜ!? というか、誰だあの子は!?)
頭が真っ白になった。
真っ白なフリルのヘッドドレスに、漆黒の布地で仕立てられた過剰なまでに華やかなメイド服。
背中まで伸びた艶やかな黒髪が、夕風にふわりと揺れている。
長く濃いまつ毛の奥には、夜空のように深くミステリアスな雰囲気を宿したアイスブルーの瞳。ただし今は、強烈な羞恥心で潤み、今にも泣き出しそうになっている。
神が定規を用いて、すべての美の基準を叩き込んで設計したかのような、老若男女誰もを無条件で惑わす絶対的な『黄金比』の顔立ち。
女性にしては少し高めの身長と、メイド服の上からでも分かる圧倒的なスタイル。
今にも頭から蒸気を立ち昇らせそうなほど顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯くその超絶美少女の姿に、門の前に集まっていた数百人の民衆は、歓声を上げることも忘れ、完全に静寂に包まれていた。
そして、その絶世のメイド美少女の背後にピタリと密着し、彼女の細い腰に腕を回して同じ馬に横乗りさせている人物。
(……ウソだろ。あれが、あのリーシェ班長だってのか……!?)
俺は自分の目を疑った。
普段、表情一つ動かさず、仲間が食われようが返り血を浴びようが冷徹無比な視線を崩さないっていう、あの『氷の鬼神』リーシェ・ベニアが。
今はまるで、悪霊の憑き物がすっかり落ちたかのように、明るく、蕩けるような『恋する乙女』の笑顔を浮かべているのだ。
いや、それだけじゃない。
自身が世界で一番大切にしている宝物(所有物)を民衆に見せびらかし、優越感に浸りきっているような、緩みきった表情で、その謎のメイド美少女を背後からギュッと抱きしめていた。
「アトラス、みんな見てるわよ。ほら、手でも振ってあげたら?」
「む、無理無理無理! リーシェの馬鹿! 恥ずかしくて死んじゃう……っ!」
耳まで真っ赤にして身をよじる美少女と、彼女の髪の匂いを嗅ぐように顔を寄せながらクスクスと笑う最強の鬼神。
その背後で、エルヴィン団長をはじめとする三百人の兵士たちが、もはや完全に悟りを開いたような顔で、その二人を、そして彼女たちのイチャつきを静かに見守りながら行進を続けている。
壁門から真っ直ぐに差し込む、黄金色の夕日の光。
それが先頭の二人の姿を神々しく照らし出し、平原から生還した兵士たちを背負うその構図は───もはや軍隊の帰還などではなく、一種の『宗教画』とさえ思わせる、圧倒的で、そして完全に狂った光景だった。
俺は、手から水筒が滑り落ちるのも気づかず、ただ口をぽっかりと開けて、その美しすぎるカオスのパレードを呆然と見送ることしかできなかった。