進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
駐屯兵団司令部、最上階に位置する司令官執務室。
重厚なマホガニーのデスクと、微かに漂う安酒の匂い。
本来ならば壁内防衛の要である厳格な空間のはずだが、現在この室内には、どう控えめに表現しても「奇妙」としか言いようがない、極限まで張り詰めた異常な空気が流れていた。
室内に立つのは、俺、リーシェ、エルヴィン団長。
そしてデスクの向こう側に座る駐屯兵団のトップ、ドット・ピクシス司令と、壁際に控える数名の屈強な護衛の駐屯兵たちだ。
俺は未だにあの恥ずかしいヴィクトリアン風メイド服を着せられたまま、リーシェに指を絡められ(恋人つなぎでしっかりホールドされている)、エルヴィン団長の斜め後ろで小さくなっていた。
重苦しい沈黙を破り、まずはエルヴィン団長が一歩前へ出て、右手の拳を左胸に当てる完璧な敬礼と共に口を開いた。
「報告いたします。第22回壁外調査において、当兵団約300名……死者、負傷者、行方不明者、共に0名。全軍、誰一人欠けることなく無事に帰還いたしました」
その報告が執務室に響いた瞬間。
「……は?」
壁際で直立不動の姿勢をとっていた護衛の駐屯兵たちが、軍規を忘れたように信じられないものを見る目で大きく目を見開いた。
無理もない。壁外調査において「死傷者ゼロ」など、人類が巨人に支配されてからの100年間、ただの一度も達成されたことのない完全なるお伽話だ。
彼らはエルヴィンが過労で狂ったのかと疑うような視線を向けている。
しかし、その歴史的な大偉業の報告を受けたピクシス司令は、驚くでもなく、手元のスキットルから酒をあおり、ひたすらに俺の全身──特に、メイド服の過剰なフリルによって強調された胸元の谷間──を、エロオヤジ全開のねっとりとした目つきで凝視していた。
「ほう……それよりエルヴィン、そこの嬢ちゃんのおっp───」
ギチィィィィィィィィィッッ!!!!
ピクシス司令がその単語を最後まで発音する、コンマ一秒前のことだった。
俺の隣で、ただひたすらに機嫌良くニコニコと俺の指を握っていたリーシェから、凡そ「人間」という生物から発せられるとは思えない、絶対零度の『殺気の波動』が執務室全体を暴力的に包み込んだのだ。
「ヒッ……!?」
駐屯兵の何人かが、見えない巨大な手に喉を掴まれたように呻き声を上げ、膝から崩れ落ちそうになる。
心なしか、いや、気のせいではない。執務室の分厚い窓ガラスが、急激な気圧の変化と殺気の圧力に耐えかねて、ピシッ、ミシッ……と不気味な軋み音を立ててひび割れ始めた。
リーシェの顔は依然として微笑みを浮かべているが、そのアイスブルーの瞳の奥には、「次の一音でも発すれば、この部屋にいるすべての生命体を一瞬で肉塊に変える」という、確固たる破壊の意思が渦巻いていた。
(や、やめろリーシェ!! ピクシス司令は壁内南部の最高責任者だぞ!? ここで殺したら俺たちが反逆罪でお尋ね者になる!!)
俺は心の中で絶叫しながら、彼女の殺気を少しでも和らげようと、繋いでいる手をギュッと強く握り返し、すがるような上目遣いで彼女を見つめた。
一方、歴戦の将であるピクシス司令も、自身の踏み抜いた地雷が「壁内人類の滅亡」に直結するレベルの超弩級兵器であったことを、その老練な直感で即座に悟ったのだろう。
顔を紙のように真っ青にし、額から滝のような冷や汗を流しながら、彼は信じられない速度でスキットルをデスクに置き、わざとらしく「ゴホンッ!!」と大きな咳払いをした。
「……此度の快挙、誠に見事であった。駐屯兵団司令として、調査兵団の諸君に心から敬意を表する……!」
一切の冗談を排した、軍のトップに相応しいシリアスで威厳に満ちた表情。
数秒前までセクハラ発言をかまそうとしていたスケベ親父の面影は微塵もなく、ただ純粋に彼らの功績を褒め称える『名将ドット・ピクシス』がそこにいた。
見事なまでの手のひら返し、あるいは生存本能のなせる業である。
「…………ありがとうございます……」
背後で荒れ狂う歩く災害のプレッシャーと、胃を突き破らんばかりの激痛に耐えかね、気絶寸前になりながらも、エルヴィン団長は絞り出すような声で何とかそれに答えた。
彼からすれば、壁外の無垢の巨人などよりも、今のこの執務室の空気の方がよほど寿命が縮む思いだろう。
「して……エルヴィンよ」
ピクシス司令は、視線を絶対に俺の首から下へ向けないよう細心の注意を払いながら、話題を本題へと切り替えた。
「そちらの、ひときわ目を引く美しい嬢ちゃんは……壁外から連れ帰ってきたと聞いたが。それが此度の作戦の『真の目的』ということで相違ないか?」
「はい」
エルヴィン団長が頷く。
「彼女の存在は、人類の希望そのものです。
しかし、壁内の戸籍を持たない彼女をこのまま王政府や憲兵団に見つかれば、無用な混乱と弾圧を招くことは明白。
……どうか司令のお力で、彼女の『身分』を保証していただきたい」
エルヴィン団長の言葉に、ピクシス司令は自身の禿頭を撫でながら思案顔になった。
本来であれば、素性も知れない、しかも明らかに異常な力を持つリーシェが溺愛している人間を壁内に匿うなど、反逆行為に等しい。
だが、ピクシス司令は生粋のギャンブラーであり、何よりこの異常な状況が壁内の硬直した体制を打ち破る「劇薬」になることを本能で嗅ぎ取っていた。
「……よかろう。儂が手を回して、適当な戸籍をでっち上げてやろう。
ウォール・マリア南端の集落の身寄りのない無戸籍者……といったところか。憲兵団の詮索は儂がすべて撥ね退ける」
「恩に着ます、司令」
「それで、名前と素性はどうする? 誰かの親戚ということにした方が、手続き上は不自然ではないが……」
ピクシス司令の問いかけに、エルヴィンが口を開くより早く、俺の隣で殺気を完全に収めて花のように微笑んでいたリーシェが、弾むような声で即答した。
「私の『妹』です。名前は、アトラス・ベニア」
「……は?」
俺は思わず、すっとんきょうな声を漏らしてリーシェの横顔を見つめた。
「ちょっと、リーシェ!? 妹って……!」
(俺、中身男なんですけど!? しかも赤の他人だよね!? なんで急に家族の、それも妹のポジションに収められようとしてるの!?)
俺がパニックになりかけて抗議しようとすると、リーシェは繋いだ手をグイッと引き寄せ、俺の腰に腕を回して耳元で甘く囁いた。
「だって、夫婦の籍を入れるにはまだ手続きが面倒だし、教会も通さなきゃいけないでしょ? 妹として私の戸籍に入れちゃえば、誰にも文句を言われずに、ずっと同じ部屋で暮らせるじゃない」
「なっ……!?」
(同じ部屋で暮らす!? いや、森でもずっと一緒だったけど、壁内でそれやったら完全に俺の逃げ場がなくなるじゃねぇか!!)
「……というわけですので、司令。アトラスは私の大切な、本当に大切な『妹』です。
手出しをする不届き者がいれば、憲兵団だろうが王族だろうが、私が相手の九族まで遡って一匹残らず解体しますので、その旨も併せて上層部にお伝えくださいね」
極上の笑顔で放たれた、国家転覆すら辞さない恐るべき脅迫宣言。
ピクシス司令は再び額の汗を拭いながら、「あ、あぁ……承知した。ベニア班長の……妹、だな。手続きは至急進めさせよう」と引きつった笑みで頷くしかなかった。
こうして、俺の壁内における身分は、人類最強にして最凶の鬼神・リーシェ・ベニアの『妹』という、誰一人として絶対に手出しができない(手を出した瞬間に命が消える)という、最強にして最悪の不可侵領域へと固定されてしまったのである。
俺は、己の運命が彼女の掌の上で完全に絡め取られていくのを感じながら、ただメイド服のスカートの裾を力なく握りしめることしかできなかった。
大変お待たせ致しましたm(_ _)m
次回はようやく地下街編です。