進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第八十二話

あの脂ぎった豚───ロヴォフ議員から、前金という名の人質と引き換えに『アトラス・ベニアの暗殺』という胸糞悪い依頼を押し付けられてから数日後のことだ。

 

 

 

俺たちはいつものように、地下街の闇に紛れて仕事を行っていた。

 

 

 

標的は、地上の貴族と癒着して不当に富を肥やしている強欲な商人。

 

 

奴らが雇った用心棒どもを出し抜き、積荷の金品を掠め取る。いつも通りの、単調で反吐が出る日常のひとコマのはずだった。

 

 

 

腰に装備した立体機動装置のガスを吹かし、地下の天井を支える巨大な柱から柱へとワイヤーを打ち込んで跳躍する。

 

 

 

「リヴァイ! 憲兵の犬どもが追ってきたぜ!」

 

 

 

後方から飛んでくるファーランの声。

 

チラリと背後を一瞥すれば、確かに数名の兵士がワイヤーを伸ばして追従してきている。

 

 

 

だが、いつも俺たちを追ってくる憲兵団の鈍重な動きとは、明らかに何かが違っていた。

 

 

 

ガスの噴射音が鋭い。ワイヤーの射出角度に無駄がない。

 

 

何より、奴らが纏う空気が、この淀んだ地下街のゴロツキや腐った憲兵のそれとは全く異質だった。

 

 

本物の死線を潜り抜けてきた者だけが放つ、血と鉄の匂い。

 

 

「……チッ、憲兵じゃねぇ。背中の紋章……『自由の翼』か」

 

壁外をうろつく死に損ないの集団、調査兵団。

 

 

なぜそんな連中がこんな地下の掃き溜めにまで降りてきているのかは知らねぇが、厄介なことになった。

 

 

 

俺はファーランとイザベルに散開の合図を出し、薄暗い路地裏へと滑り込んだ。狭い空間を利用して機動力を削ぎ、一人ずつ確実に潰す算段だった。

 

 

 

だが、水たまりの跳ねる不快な音と共に俺の前に立ちはだかったのは、異常に鼻の利くノッポ野郎と、氷のように冷徹な青い瞳を持つ金髪の男だった。

 

 

 

ワイヤーを巻き取る暇はねぇ。

 

俺は即座に立体機動のブレードの柄を捨て、ブーツに仕込んでいたナイフを逆手で引き抜いた。

 

 

「……大人しく投降しろ」

 

 

金髪が低く、しかし絶対的な威圧感を伴った声で宣告する。

 

 

「寝言は寝て言えよ」

 

 

俺は泥水を蹴り上げ、金髪の懐へと一気に踏み込んだ。

 

 

 

逆手持ちのナイフを下から上へとすくい上げるように振るう。急所は外す。殺せば後が面倒だからだ。

 

 

 

だが、刃が肉を裂く感触はない。

 

金髪は俺の踏み込みを完全に予測していたかのように、最小限の動きで上体を逸らし、手にしたブレードの峰で俺のナイフを的確に弾き返した。

 

 

(……重ぇ。それに、隙がねぇ)

 

 

反撃に転じようとした瞬間、死角からノッポ野郎が巨大な体躯に似合わぬ俊敏さで距離を詰めてくる。

 

 

 

俺は姿勢を低くしてその豪腕を躱し、壁を蹴って背後を取ろうとした。

 

 

だが、ノッポと金髪は言葉一つ交わすことなく、まるで互いの思考を共有しているかのような完璧な連携で俺の退路を塞ぎ、追い詰めていく。

 

 

 

刃先を交える度に伝わってくる、圧倒的な実戦経験の差。こいつら、対人戦闘すらただの作業のようにこなしやがる。

 

 

「リヴァイの兄貴ィッ!!」

 

「離せ! この野郎!!」

 

路地の入り口から、悲痛な叫び声が響いた。

 

 

舌打ちと共に視線を向けると、そこには別の調査兵団の兵士たちに取り押さえられ、泥だらけの地面に押さえつけられているファーランとイザベルの姿があった。

 

 

首筋には冷たい刃が突きつけられている。

 

 

「……っ」

 

 

俺はナイフを握る手に力を込めたが、これ以上足掻けばあいつらの命が危ない。

 

 

ギリッと奥歯を噛み締め、俺は手にしたナイフを水たまりへと投げ捨てた。

 

 

「そこまでだ」

 

金髪が静かにブレードを収める。

 

 

 

俺たち三人は両手を後ろで縛られ、冷たく汚れた石畳の上に並んで膝をつかされた。

 

 

 

周囲を調査兵団の兵士たちが囲む。

 

 

 

俺の目の前に、金髪の男が静かに歩み寄る。

 

 

「立体機動装置は、どこからどうやって手に入れた」

 

 

見下ろすような、感情の読めない瞳。

 

 

「扱い方は誰に教わった」

 

 

俺たちは揃って無言を貫いた。

 

 

こんな地上の豚共に、俺たちの惨めな泥泥の生活を語って聞かせる義理はねぇ。

 

 

俺は、獲物を睨みつける野犬のように、金髪の目を鋭く睨み返した。

 

 

 

その反抗的な態度が気に入らなかったのだろう。

 

 

俺の後ろに立っていたノッポ野郎が一歩踏み出し、巨大な掌で俺の頭を鷲掴みにした。

 

 

「……ッ!」

 

抵抗する間もなく、凄まじい力で地面へと叩きつけられる。

 

 

ドンッ!という鈍い音と共に、俺の頬が地下街の悪臭を放つ泥水と汚物にまみれた石畳に押し付けられた。

 

 

 

肺から空気が漏れ、口の中に鉄の味が広がる。

 

 

「何しやがる! 兄貴から手を離せ!!」

 

「やめろ! 俺たちが悪かった、だからリヴァイに乱暴すんじゃねぇ!!」

 

イザベルとファーランが顔を真っ赤にして抗議の声を上げる。

 

 

だが、俺は泥水に塗れながらも、決して呻き声一つ上げず、ただ沈黙を貫き通した。

 

 

こんな物理的な痛みより、こいつらに屈服することの方がよっぽど反吐が出る。

 

 

だが、俺のその無様な姿に見兼ねたのか、ファーランがとうとう口を割ってしまった。

 

 

「立体機動装置は、強欲な商人どもを襲撃した時に手に入れたんだ! 扱い方も全部独学だ!」

 

 

悲痛な、怒りに満ちた声が地下の路地に響く。

 

 

「こんな光すら差さねぇ地下街で、誰かから使い方を学ぶ方法なんかありやしねぇ! ゴミ溜めを這いつくばって、生きるために必死に覚えたんだ……! お前たちみたいに、陽の当たる地上でぬくぬくと生きている人間には分からねぇだろうがよ!!」

 

 

(……ったく、ファーランの馬鹿野郎。余計な事をベラベラと……)

 

 

俺は泥の冷たさを感じながら、内心で悪態をついた。俺一人が泥を啜れば済む話だというのに。

 

 

 

俺たちの背後にある絶望を読み取ったのか、金髪の男───エルヴィン・スミスは、おもむろにその長身を折り曲げ、汚れた石畳の上に膝をついた。

 

 

 

地上の特権階級が、わざわざ俺たちと同じ目線にまで下りてきたのだ。

 

 

 

「お前たちに、選択肢をやる」

 

 

エルヴィンは、泥に塗れた俺の顔を真っ直ぐに見据えて言った。

 

 

「一つ目は、このまま憲兵団に引き渡され、一生を無為に過ごすことだ。

お前たちのこれまでの有り余る余罪を考慮すれば、光の差さない牢獄で、恐らくまともな扱いにはならないだろう」

 

 

淡々とした、事実のみを告げる残酷な声。

 

 

 

「そして二つ目

……調査兵団に入団し、私のもとにつき、その類い稀なる力を巨人相手に振るうことだ」

 

 

(……ハッ)

 

どいつもこいつも、地上のクソどもは俺たちに『選択肢と呼べない選択肢』を突き付けるのが本当に好きらしい。

 

 

ロヴォフの豚も、目の前のこのすまし顔の金髪も。

 

 

結局は自分の駒として使い潰すために、もっともらしい言葉で首輪を嵌めようとしているだけだ。

 

 

だが、

俺は泥水に塗れた顔を僅かに上げ、前髪の隙間からエルヴィンを睨みつけた。

 

 

(……今回ばかりは、願ったり叶ったりだ)

 

 

調査兵団に入団する。

 

それはつまり、ロヴォフの豚に依頼された『アトラス・ベニアの殺害』という任務に、これ以上ないほど自然な形で近づけるということを意味する。

 

 

 

外部から兵団に潜り込む手間が省けた。

 

堂々と奴らの懐に入り込み、標的のうなじを削ぐ機会を窺えばいい。

 

 

 

乗ってやろうじゃねぇか。お前らのその薄汚いゲームにな。

 

 

仲間を人質に取った地上の豚の依頼をこなし、地上の居住権と俺たちの自由をもぎ取ってやる。

 

 

 

そして、そのアトラスとかいう女を殺したあと……

 

エルヴィン・スミス。

 

てめぇのその常に冷静ぶった気に食わねぇツラも、俺が必ずこの手で切り裂いてやる……

 

泥に塗れた冷たい石畳の上で、俺は誰にも悟られることなく、昏く冷たい殺意の炎を静かに燃え上がらせたのだった。

 

 

 

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