進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
844年4月14日、夕方
調査兵団本部、団長執務室
分厚いカーテンの隙間から差し込む茜色の夕陽が、重厚なマホガニーの執務机を赤く染め上げていた。
私はカップに注がれたぬるい紅茶を一口含み、深く、そして静かに息を吐き出した。
この数日間、私を長らく悩ませていた慢性的な胃痛と不眠は、嘘のように鳴りを潜めていた。
執務室の鏡に映る私の顔色には、赴任して以来といっていいほど久々に生気が宿り、目の下の濃い隈も薄らいでいる。
無理もない。壁内人類の常識を根底から破壊する「歩く終末兵器(メイド姿の超絶美少女)」と、彼女を溺愛し一瞬で数十体の巨人を塵に変える「人類最強の鬼神」。
あの諸悪の根源たる二人と数日間一切接触していないというだけで、私の精神はこれほどまでに健やかな平穏を取り戻せるのだ。
私は小さく安堵の笑みを浮かべ、机の上に置かれた数枚の書類に視線を落とした。
一つは、まもなくダリス・ザックレー総統の下へ直接提出する予定の極秘書類。
王都でふんぞり返る腐れ貴族の一人、ニコラス・ロヴォフ議員が長年にわたって働いてきた黒い汚職と、兵団資金の横領を決定づける証拠書類の束である。
そしてもう一つは、王都の地下街に潜伏させている裏の仕事を生業とする密偵から、つい先程届けられたばかりの最新の報告書だった。
「さて、あの狸親父はどこまで尻尾を出したか……」
私は報告書の封を切り、羊皮紙に走る暗号化された文字列を素早く目で追った。
内容は、ロヴォフ議員による地下街のゴロツキを利用した暗殺および証拠奪取計画の概要だった。
当初、この暗殺計画の標的は『エルヴィン・スミス』だった。
私がザックレー総統に汚職の証拠を握らせる前に、書類ごと私を闇に葬り去る。
いかにもあの強欲な豚が考えそうな、短絡的かつ古典的な手口だ。
自分の命が狙われているというのに、私は「やはりな」と冷ややかに受け止める余裕すらあった。
しかし。
その報告書の末尾、密偵が血相を変えて書き殴ったであろう『標的の変更』を告げる一文が目に飛び込んできた瞬間。
「……暗殺対象……『アトラス・ベニア』…………っ!? ……うぐっ……!!」
ドクンッ!! と。
私の心臓が、まるで巨大な氷の楔を打ち込まれたかのように激しく跳ね上がり、そのまま機能を停止しそうになった。
「……っ! ……はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……!!」
私は喉を掻き毟るようにして自身の胸を強く押さえつけ、椅子から転げ落ちそうになりながら必死に酸素を求めて喘いだ。
ほんの数秒前まで血の気が戻っていた私の顔面は、一瞬にして土気色の蒼白へと染まり、全身の毛穴から脂汗が滝のように噴き出していく。
(……中央の人間……いや、あの唾棄すべき豚共は、どうやら自分のしでかしたことの意味を、全く、これっぽっちも正確に理解していないらしい……!!)
冗談じゃない。
あのアトラス・ベニアを暗殺するだと? 地下のゴロツキを使って?
私は痛む胃と心臓を必死になだめながら、極限の恐怖と共に思考をフル回転させた。
分かっている。この暗殺計画が成功することなど、天地がひっくり返っても絶対にあり得ない。
標的であるアトラス自身が、半径10キロの地形を一撃で消し飛ばす理外のバケモノなのだ。
暗殺者が寝首を掻こうと刃を立てたところで、傷一つ負わせる前にあの硬質化能力とやらで刃が砕け散るだけだ。
私が何もしなくても、襲撃者たちは勝手に自滅する。アトラスの命に危険が及ぶ確率など、完全なるゼロだ。
だが、問題はそこではない。本当に恐ろしいのはそこではないのだ。
この計画を、奴────リーシェ・ベニアに知られた時点で、壁内人類の終了が確定するということだ。
「……あぁ、神よ……」
柄にもなく神という不確実な存在を口にしてしまう。
そして私は頭を抱え、絶望的な未来のビジョンに打ち震えた。
もし、リーシェが「中央の議員が、地下の人間を使って愛しのアトラスを殺そうとした」という事実を知ってしまったら、どうなる?
私は確信している。
襲撃者たちを肉塊に変え、首謀者であるロヴォフ議員の首を物理的にねじ切ったぐらいで、あの女の怒りが収まるはずがない。
愛する人の平穏を脅かされた彼女は、その矛先を『壁内の体制そのもの』へと向けるだろう。
国家転覆ぐらいなら、彼女は文字通り「朝飯前」の散歩感覚で軽々と実行してしまうはずだ。
それでも彼女の狂気が止まらなかったら?
アトラスに害をなす可能性が1パーセントでも存在するなら、彼女は王都へ単騎で乗り込み、王家を殺し、貴族を殺し、議員を殺し、阻止しようとする憲兵団を殺し、駐屯兵団を殺し、我々調査兵団すら殺し──目に映るすべての人間を、殺して、殺して、殺し尽くすやもしれない。
あの女は、人類最高の頭脳であると自負する私の予測演算を、常に最悪のベクトルで凌駕していく。
アトラスとの再会により、冷徹無比な鉄仮面が剥がれ落ち、常に花のような笑顔を浮かべ、多少は話が通じるようになったとはいえ……
あの常軌を逸した独占欲と、アトラス以外を平然と塵芥と見なす残虐性という『本質的な部分』は、何一つとして変わっていないのだ。
「……何としてでも、阻止しなければならない。リーシェの耳に入る前に、私がすべてを終わらせる」
私はギリッと奥歯を噛み締め、震える手で羽根ペンを握り直した。
まず、彼女らには『長期休暇』を与えよう。
壁内の騒動や王都の腐敗から完全に隔離するため、人里離れた特別区画か、誰も寄り付かない山奥の施設にでも二人きりで押し込んでおく。
アトラスには申し訳ないが、彼女がリーシェの意識を己のメイド服と柔肌に釘付けにしておいてくれるだけで、人類は滅亡の危機から免れるのだ。
そして、ロヴォフ議員。
あの男の政治生命は、この書類がザックレー総統の手に渡る数日後には完全に終わる。
これ以上の無用な刺激を与えないよう、迅速かつ秘密裏に処理を急がねばならない。
さらに、密偵の報告書に記された『襲撃者』たちについて。
報告によれば、ロヴォフが雇った地下のゴロツキたちは、立体機動装置を独学で操り、憲兵団を全く寄せ付けないほどの圧倒的な腕前を持っているという。
中でもリーダー格の小柄な男は、異常なまでの戦闘能力と、瞬時の状況判断力に長けているとのことだった。
(……この襲撃者たちも、ただの金目当てではないようだな)
報告書を読み解くと、彼らはロヴォフに『前金という名の人質』───地下街で身を寄せ合う仲間たちを捕らえられ、無理矢理この暗殺依頼を引き受けさせられていることが推測できた。
「……使えるな」
私は、恐怖で冷え切っていた脳細胞が、再び冷徹な指揮官としての熱を取り戻していくのを感じた。
彼らの目的が人質の安全と地上の居住権であるならば、条件さえ合致すれば、ロヴォフの手先から我々の手駒へと引き入れることは容易だろう。
暗殺計画の実行犯を未然に制圧し、同時に調査兵団の新たな戦力として迎え入れる。リーシェという制御不能の爆発物を抱える我々にとって、有能な手駒は一人でも多く必要だ。
「モブリット、いるか!」
私は執務室の扉に向かって鋭く声を上げた。
「はっ! どうされました、団長! また顔色が……!」
飛び込んできたモブリットが私の顔を見て悲鳴を上げるが、私はそれを手で制した。
「すぐにミケと、精鋭数名を秘密裏に集めてくれ。
王都の地下街へ赴き、『ある人物たち』を捕縛する。
……いや、その前に」
私は、机の上の白紙の羊皮紙を引き寄せ、素早いペン捌きで作戦の概要を書き留め始めた。
暗殺者たちを確実に我々の側に引き込むための、最高にして絶対の交渉材料を手に入れるために。
「私が自ら指揮を執り、ロヴォフ議員に監禁されている『人質』の救出作戦を立案、実行する。
……壁内人類の命運がかかった、一秒の猶予も許されない極秘任務だ」
リーシェが事実を知って暴走する前に。
アトラスが謎のゴロツキに寝首を掻かれる(そしてゴロツキが消滅する)前に。
私はこの世界で最も恐ろしい『狂愛による人類滅亡』を回避するため、再び胃痛と過労の泥沼へとその身を投じていくのだった。
ちょっと自身の脳みそをクリアにする為に片手間にオリジナル作品を書いていこうと思います。(不定期更新)
もちろん進撃二次の投稿ペースに影響は出ませんのでご安心下さい。
『よくあるクラス召喚物(仮名)』
https://syosetu.org/novel/408976/