進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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だんちょ視点です


第八十四

薄暗く、腐臭と湿気に満ちた地下街の路地裏。

 

永遠に陽の当たらないこの淀んだ空間で、鋭い金属音と火花が幾度となく弾け飛んでいた。

 

 

「……ッ!」

 

 

私は手にした調査兵団の正規装備であるブレードを、袈裟懸けに振り下ろした。

 

一切の容赦を排した、並の人間であれば反応すらできずに両断される速度と踏み込み。

 

 

しかし、その一撃は硬い手応えと共に弾き返された。

 

 

目の前で泥水を蹴り上げ、野獣のような低い姿勢で私の懐に潜り込んでくる小柄な男──リヴァイ。

 

 

彼の右手に握られているのは、立体機動のブレードではない。

 

ブーツに隠し持っていたであろう、刃渡りの短い薄汚れたサバイバルナイフ一本だけだ。

 

 

(……あり得ない)

 

 

私は、次々と繰り出される男の連撃をブレードの腹で受け流しながら、内心で驚愕に打ち震えていた。

 

 

武器のリーチには圧倒的な、それこそ絶望的なまでの差がある。

 

 

通常、ナイフの間合いに潜り込む前に、長剣の刃が相手の肉体を捉えるのが物理法則の必然だ。

 

 

ましてや相手は、私と、兵団内で二番目に高い戦闘能力を持つミケ・ザカリアスの二人がかりである。

 

 

にもかかわらず、この男は、まるで舞踏でも踊るかのようにしなやかな体捌きでミケの豪腕を躱し、私の死角へと瞬時に回り込んでくる。

 

 

それだけではない。

私が防御に転じたブレードの軌道を完璧に見切り、あろうことかその短いナイフの刃先で、私の長剣をピンポイントで『弾き返して』いるのだ。

 

 

(力任せではない。相手の力のベクトルを瞬時に読み取り、最小限の力で軌道を逸らしている……なんだ、この神業は。

教導されて身につく動きではない。

地下の掃き溜めで、ただ生き残るためだけに研ぎ澄まされた、純度百パーセントの殺しの技術……!)

 

 

男の瞳には、一切の淀みがない。

 

極限の戦闘状態にあってなお、周囲の地形、我々の呼吸、そして次の一手を完全に演算し尽くしているかのような、恐ろしいほどの氷の冷静さがあった。

 

 

その無駄のない洗練された動きを見つめているうち、私の脳裏に、一つの強烈な『希望』の光が閃いた。

 

 

(……もし。もしこの男を調査兵団に引き入れ、正規の対人・対巨人戦闘の訓練を積ませたとしたら……?)

 

 

現在、我々調査兵団が抱える最大の問題にして、私の胃を物理的に削り取っている最大の要因。

 

 

それは、アトラスという神の如き巨人を溺愛するあまり、国家滅亡すら辞さない狂気を孕んだ『リーシェ・ベニア』という圧倒的すぎる暴力の存在だ。

 

 

 

現在、兵団内において彼女を武力で制止できる者は誰一人として存在しない。

 

 

 

あの異常なパワーバランスの偏りが、兵団の規律を蝕み、常に首の皮一枚で綱渡りをするような極限のストレスを私に強いている。

 

 

 

だが、もし。この男がその才能を開花させ、あのリーシェ・ベニアに比肩し得る……あるいは拮抗し得るだけの人類最強の『対の刃』へと成長してくれたなら?

 

 

 

(……いけるかもしれない。いや、彼なら到達できる……!)

 

そうすれば、リーシェの独裁的な暴走に対する強力なストッパーが誕生する。

 

 

兵団内の不健全極まりないパワーバランスは是正され、私の慢性的な胃痛問題も、劇的な改善を見せるかもしれない。

 

 

一介のゴロツキを相手に刃を交えながら、私は彼という存在に、壁内人類の未来と自身の胃壁の安寧を懸けた途方もない価値と、爆発的な評価を見出していた。

 

 

 

その時だった。

 

「リヴァイの兄貴ィッ!!」

 

「離せ! この野郎!!」

 

路地の奥から、作戦通りに男の仲間たち──ファーランとイザベルを無傷で捕縛した兵士たちの声が響いた。

 

 

 

刃を交えていたリヴァイの動きが、ほんの一瞬、ピタリと止まる。

 

 

彼は視線だけで背後の状況を確認した。

 

仲間が地に押さえつけられ、首筋に刃を突きつけられている絶望的な状況。

 

彼自身の機動力をもってすれば、我々の包囲を突破して単独で逃げ延びることは可能だったはずだ。

 

 

 

だが、彼は瞬時に己の生存率と仲間の命を天秤にかけ───ほんの数秒の逡巡ののち、握りしめていたナイフを、冷たい泥水の中へと無造作に投げ捨てたのだ。

 

 

 

(……見事だ)

 

 

私はブレードを下げながら、彼に対する評価をさらに一段階引き上げた。

 

 

 

己のプライドや無駄な抵抗よりも、仲間の命を最優先し、瞬時に己の負けを認めて降伏の意思を示す。

 

 

 

その判断の異常なまでの早さと合理性は、感情で動くゴロツキのそれではなく、極めて優秀な『兵士』の資質そのものであった。

 

 

泥に塗れた石畳の上に、後ろ手に縛られた三人が並んでひざまずかされる。

 

 

私は彼を見下ろしながら、静かな口調で尋問を開始した。

 

 

「立体機動装置はどこからどうやって手に入れた。扱い方は誰に教わった」

 

 

……沈黙

リヴァイは、汚物に塗れた顔を上げることなく、ただ獲物を引き裂くような鋭い眼光だけで私を射抜いていた。

 

 

 

背後に立つミケが、その反抗的な態度を制圧するため、彼を頭から泥水の中へと力強く押さえつける。

ゴフッ、と息の詰まるような音が響く。

 

 

「何しやがる! 兄貴から手を離せ!!」

 

「俺たちが悪かった、だからリヴァイに乱暴すんじゃねぇ!!」

 

仲間たちが悲痛な声で抗議する中、リヴァイ本人は、屈辱的な泥を啜らされながらも、微かな呻き声一つ上げなかった。

 

痛みに顔を歪めることすらなく、ただ氷のような沈黙で我々の暴力に耐え抜いている。

 

 

(……これほどの拷問に近い扱いを受けてなお、決して口を割らない強靭な精神力。仲間を庇い、すべての泥を己一人で被ろうとするその気高さ……)

 

 

間違いない。彼は、これ以上ない最高の人材だ。

 

 

この腐りきった地下街にあって、これほどまでに強靭な芯を持つ人間が野に埋もれていたとは。

 

 

私は、隣で耐えきれずに詳細を自白し始めたファーランの言葉を耳にしながら、もはや確信に近い思いを抱いていた。

 

彼を、何としてでも地上の光の元へ引き上げなければならない。

 

 

私は泥に塗れた彼と同じ目線になるよう、ゆっくりとその場に膝をついた。

 

 

これより彼に提示するのは、絶対的な権力者からの命令ではない。

 

ロヴォフ議員の暗殺指令という『裏の事情』を互いに抱えたまま行われる、悪魔の契約だ。

 

 

「お前たちに選択肢をやる」

 

私は、泥水から顔を上げた彼の、底なしに暗い双眸を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「一つ目は、このまま憲兵団に引き渡され一生を無為に過ごす。

お前たちの有り余る余罪なら、恐らくろくな扱いにはならないだろう」

 

 

その言葉の裏にある『仲間の命の保証はない』という事実を、彼は正確に理解したはずだ。

 

 

「そして二つ目……調査兵団として私のもとにつき、その力を巨人相手に振るう」

 

 

わざと、私が『アトラス・ベニアの所属する調査兵団の団長』であることを強調するように告げた。

 

ロヴォフの依頼を遂行するためには、彼は調査兵団に入るしかない。

 

私は、彼が絶対に食いつくであろう最高級の餌を、泥の中に垂らしたのだ。

 

 

張り詰めた沈黙が、地下の冷たい空気を支配する。

 

リヴァイは、前髪の隙間から覗く鋭い瞳で、私の意図を探るように数秒間睨みつけてきた。

 

 

その瞳の奥には、地下の底を這いずり回ってきた者特有の泥臭い生存本能と、そして……私という人間に対する明確な殺意が、静かに、しかし激しく燃え滾っているのが見て取れた。

 

 

やがて。

 

彼は口の中の泥と血をペッと石畳に吐き捨て、薄く、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「……やってやるよ」

 

地鳴りのような、低く掠れた声。

 

「調査兵団に入ってやる。

……その代わり、俺たちの仲間には指一本触れさせるな。地上の居住権も、キッチリ用意してもらうぞ」

 

 

「あぁ、約束しよう」

 

 

私は、彼の奥底に潜む暗殺の意図に全く気づいていないかのように、ただ冷徹な指揮官としての顔を崩さずに頷いた。

 

 

(さぁ、来るがいいリヴァイ。お前のその殺意ごと、我々がすべて呑み込んでやる。そして、あの規格外の暴力に対抗し得る、人類の新たな剣となってくれ……!)

 

 

暗殺者と、それを迎え入れる標的の防人。

 

 

決して交わるはずのなかった二つの思惑が、王都の最下層の泥の中で、不気味な産声を上げた瞬間だった。

 

 

 

 




感想欄に展開予想とかじゃんじゃんしちゃってください。
ストックの関係上だいぶ先になりますが、採用するかもしれないので∠( ・´ー・`)/

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