進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
あれから一週間。俺たちは地上の豚共──エルヴィン・スミスの手引きによって、調査兵団の古びた宿舎へとぶち込まれた。
長年染み付いた血と汗の臭い、そして至る所にこびりついた埃。
最初に案内された時、あまりの汚さに舌打ちが止まらず、初日から大掃除を強行してやったが、それでも根本的な陰鬱さは拭えなかった。
それからというもの、俺たちは毎日毎日、巨人のうなじを模した模型への斬り込みや、森での立体機動のガス配分といった、反吐が出るほど単調な基礎訓練に明け暮れる日々を送っている。
周りの新兵共は必死な顔で汗を流しているが、正直言って、地下街での明日をも知れぬ命のやり取りに比べれば、生ぬるいお遊戯にしか見えねぇ。
立体機動の扱いなら、ゴミ溜めを這いつくばって生きてきた俺たちの方がよっぽど洗練されている。
そんな退屈な訓練の合間を縫って、俺はファーランとイザベルに、ロヴォフから依頼された暗殺の標的である『アトラス・ベニア』の所在と身辺調査を秘密裏に進めさせていた。
だが、連中が兵士たちから巧みに聞き出してきた報告は、俺の予想を大きく裏切る、拍子抜けするものだった。
「……長期休暇で、慰安旅行だと?」
標的は現在、この兵団本部にはいねぇらしい。
しかも一人ではなく、もう一人の女───兵団内で【氷の刃】だの【鬼神】だの、【人類最強】などと常軌を逸した二つ名で持て囃されている『リーシェ・ベニア』と共に、人里離れた特別施設で羽根を伸ばしているとのことだった。
戸籍上は姉妹として登録され、常に生活を共にしているらしい。
兵士共の話によれば、あの二人が過ごす空間は絶対に部外者が立ち入れない『聖域』などという、気色の悪い宗教じみた呼び方で神格化されているという。
だが、問題はそこじゃねぇ。
俺を最も苛立たせ、同時に底知れぬ薄ら寒さを感じさせたのは、その『鬼神』リーシェ・ベニアの、噂に聞く狂った強さだ。
ファーランが顔を引き攣らせながら語った情報によれば、先日の大規模遠征において、その女は約三百人もの精鋭を率いながら、自分以外の誰一人として前線に立たせず、行軍中に遭遇したすべての巨人を単騎で切り伏せたという。
ワイヤーを刺す木すらない平原で、ガス圧だけで空を飛び、無傷で部隊を帰還させた。
普通なら、酒場の酔っ払いが吐き出す安いホラ話か、脳の腐った狂人の妄言だと鼻で笑って切り捨てる。
だが、兵団内のほぼ全員が、幹部連中はおろか、あの底知れねぇエルヴィン・スミスでさえもが、一切の冗談抜きで、恐怖と畏敬の混ざった目でその事実を証言しているのだ。
……恐らく、マジなんだろう。
冗談じゃねぇ。そんな一個旅団にも匹敵する規格外の化け物が、妹か姉か知らねぇがアトラスとかいう標的の護衛として、常に隣に張り付き、身の回りの脅威から目を光らせているってことだ。
仮にそのフザケた慰安旅行とやらから兵団に帰還したとして、果たして目的の殺害なんて可能なのか?
どんな暗殺術を使おうが、あの鬼神の目を完全に掻い潜り、標的のうなじを削ぐ隙なんて存在するのか?
失敗すれば、俺たち三人は間違いなくその場で細切れの肉塊にされる。
果てしなく不可能に近い暗殺行。
だが、俺はファーランやイザベルにそんな焦燥や葛藤を微塵も悟らせないよう、気丈に振る舞い続けた。「隙は必ずある。俺たちがやるしかねぇんだ」と。
地下に人質として残された、俺たちの『家族同然の仲間たち』の命が懸かっている以上、ここで尻尾を巻いて逃げるわけにはいかねぇからだ。
そんな、見えないプレッシャーだけが重くのしかかる、ある日のことだった。
俺たち三人は、突然、調査兵団団長エルヴィン・スミスに直接呼び出された。
重苦しい石造りの廊下を歩き、最上階の執務室の前へ辿り着く。
何か暗殺計画の尻尾でも掴まれたか、あるいは新たな拷問まがいの命令か。
俺はブーツの中に隠したナイフの感触を密かに確かめながら、鋭い警戒心を研ぎ澄ませた。
扉の前に立つ護衛の兵士が、扉の内側に向けてノックをし、俺たちが到着したことを手短に伝える。
すると、分厚い木製の扉に遮られ、くぐもってはいるが、確かにエルヴィンのあの低く響く声で「入れ」と促された。
俺が先頭に立ち、ギイッ……と重い音を立てて扉を押し開く。
広い執務室。
大きな窓から差し込む地上の眩しい陽光を背に受けて、大きなマホガニーのデスクの前にエルヴィンが立っていた。
……だが、俺の視線は、憎き金髪の野郎には向かわなかった。
奴の傍ら、執務室の中央にポツンと立っていた『もう一人の人物』に、俺は息を呑み、完全に釘付けになった。
「……えっ?」
背後で、イザベルが素っ頓狂な声を漏らす。ファーランも、信じられないものを見るように目を見開いていた。
そこにいたのは……あの日、ロヴォフの豚共に人質として攫われた、地下街の仲間だった。
幼い頃の病で足を悪くし、松葉杖がなければまともに歩くことすらできなかったはずの、あのひ弱で大人しい青年。
そいつが今、松葉杖などどこにも見当たらず。
しっかりと両足で地を踏みしめ、背筋を伸ばして、ただ真っ直ぐに、生気を取り戻した瞳で俺たちを見つめてそこに立っていたのだ。