進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第一話のあとがきに諸々の注意書きを記載しました。


第八十六話

844年4月25日、昼過ぎ

 

調査兵団本部、最上階の団長執務室

 

 

窓から差し込む眩しい陽光が、室内の埃を白く浮かび上がらせていた。だが、俺の意識はその光には向かず、ただ目の前に立つ、見慣れたはずの、しかし信じられない姿で立つ青年の姿に釘付けになっていた。

 

 

地下街でロヴォフの豚共に攫われ、人質にされた仲間。幼い頃の病で足を悪くし、松葉杖なしでは一歩も歩けなかったはずのひ弱な男が、今は何にも頼らず、両足でしっかりと地を踏みしめて立っている。

 

 

 

その顔には、長年地下で培われた陰鬱な影はなく、信じられないほどの生気が宿っていた。

 

 

「リヴァイ……!」

青年が、震える声で俺の名を呼んだ。

 

 

その声には、恐怖や苦痛の色は全く混じっていない。純粋な安堵と、信じがたい奇跡を目の当たりにしたような喜びだけが滲んでいた。

 

 

「……ッ」

 

背後で、イザベルが小さく息を呑む音が聞こえた。ファーランも言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしている。

 

 

 

だが、俺はすぐに正気を取り戻し、視線を青年の隣で静かに佇む金髪の男───エルヴィン・スミスへと鋭く向けた。

 

 

ブーツの中に隠したナイフの柄を、いつでも引き抜けるように親指に軽く意識を集中させながら、低く、威嚇するような声で言い放つ。

 

 

「これは……どういうことだ。説明しやがれ」

 

 

俺の殺気を帯びた問いかけに対し、エルヴィンは表情一つ変えることなく、まるで天候の話でもするかのように、淡々と、しかし決定的な事実を口にした。

 

 

「お前たちに暗殺を依頼したニコラス・ロヴォフ議員は、つい先日、王政府によって処刑された」

 

 

「……なっ」

 

ファーランが驚愕の声を上げる。

 

 

 

処刑、だと? あの権力にまみれた腐れ豚が、数日の間に?

俺たちの頭の中で処理が追いつかないうちに、エルヴィンは間髪入れずに言葉を続けた。

 

 

その声は、どこまでも冷静で、感情の起伏を感じさせない。

 

 

「我々は事前に、ロヴォフが企てていた暗殺計画と、お前たちが人質を取られているという情報を掴んでいた。

そこで、秘密裏に部隊を動かし、お前たちの仲間である地下街の彼を救出したのだ」

 

 

エルヴィンは、傍らに立つ青年へチラリと視線を向けた。

 

「そして、兵団の息のかかった優れた医師の手で適切な治療と療養を施した。

彼の足の不自由さは、長年の栄養失調と不衛生な環境が引き起こした慢性的な神経の圧迫が原因だった。

適切な処置と栄養を与えれば、時間はかかるが、こうして自力で立てるまでには回復する」

 

 

「……お前らが、こいつを……?」

 

俺は、青年の足元と、エルヴィンの顔を交互に見た。

 

 

嘘ではない。

青年の顔色が、すべてを物語っていた。地下街の泥水を啜ってきた俺たちには、誰が自分たちを本当に救ってくれたのか、その空気を読み取る力だけは本能的に備わっている。

 

 

この青年は、間違いなく調査兵団の保護下で、人間らしい扱いを受けてきたのだ。

 

 

だが、俺の警戒心は解けなかった。

地上の人間が、ただの善意で地下のネズミを救うはずがない。必ず、裏がある。

 

 

「さらにだ」

 

エルヴィンは、重厚なマホガニーのデスクに置かれた数枚の書類を指差した。

 

 

「我々には、ロヴォフが不正に蓄財し、没収された私財の一部を利用する権限がある。その資金を使って、彼、そして君たちが地下街に残してきた”無実”の仲間たちに対して、地上での安定した職と衣食住を提供する用意がある」

 

「……!」

 

俺、ファーラン、イザベルの三人の息が、同時に止まった。

 

 

地上での居住権。安定した生活。陽の光の下で、誰に怯えることもなく、人間として生きる権利。

 

 

それは、俺たちがずっと、この汚れた両手で泥を掻き分けてでも掴み取りたかった、届かない夢だった。

 

 

それが今、目の前に、具体的な条件として提示されている。

 

「その条件は……」

エルヴィンの青い瞳が、俺を真っ直ぐに射抜いた。

 

 

 

 

「リヴァイ。君が調査兵団として残り、私の下で、その類い稀なる力を人類のために振るうことだ」

 

 

俺の背筋に、冷たい汗が伝った。

 

 

こいつは。この男は……

 

「そこの二人は、兵団を去るも残るも、自由に選択してくれて構わない」

 

 

エルヴィンは、俺の背後に立つファーランとイザベルへ視線を移した。

 

 

「去る場合も、同じく地上での安定した職と衣食住を提供すると約束しよう。

危険な壁外に出る必要はない。ただ、平穏に暮らす権利を与える」

 

……すべて、見透かされていた。

 

 

ロヴォフの暗殺計画。

俺たちが人質を取られていたこと。そして、俺たち三人のうち、真に調査兵団、あるいはエルヴィン自身が必要としている戦力が、『俺一人』であることまでも。

 

 

 

見透かした上で、こいつは俺たちを泳がせ、訓練という名目であの汚い宿舎に押し込み、その間に背後ですべての盤面をひっくり返して見せたのだ。

 

 

 

条件は、悪くない。

 

 

いや、悪くないどころか、俺たちが望み得る最高の、奇跡のような結末だ。

 

 

事実上、俺一人がこのふざけた兵団に残り、巨人のうなじを削ぐという危険な役回りを引き受けさえすれば、ファーランもイザベルも、そして地下に残してきた仲間たちも、安全な地で、太陽の光を浴びながら安定した暮らしが約束される。

 

 

 

だが、果たして、この目の前の金髪野郎は、心の底から信用できる人間なのか?

 

 

 

地下のクソ共に裏切られ続け、他人の言葉など一欠片も信じずに生きてきた俺だ。

 

 

こいつの言葉が、ただの甘い罠ではないという保証がどこにある?

 

 

俺は、エルヴィンの深層を測るように、試すような低く冷たい声で告げた。

 

 

「……もし。もし、お前がその約束を違えたら……どう落とし前をつけるつもりだ」

 

 

俺の放った殺意に満ちた問い。

 

 

それに対する、エルヴィン・スミスの答えは。

「私を殺せ」

即答だった。

 

 

 

何の迷いも、躊躇いもなく。

まるで「明日は晴れるだろう」とでも言うように、極めて自然に、当然のこととしてそう口にした。

 

 

 

俺は、ハッと息を呑んだ。

 

嘘をついている顔ではない。ごまかしや、虚勢を張っている目でもない。

 

 

あの目は、俺が地下街で腐るほど見てきた、自分より弱い他者を蔑み、利用価値だけで人間を測るクソども(ロヴォフのような豚)の目とは、決定的に違っていた。

 

 

 

どこまでも澄んだ、氷のように冷たく、しかし、その奥底に狂気にも似た途方もない情熱と、己の命すらも盤上の駒の一つとして切り捨てる『静かな覚悟』を宿した眼。

 

 

この男は、本気だ。本気で、俺の力を求め、その代償として自分の首を差し出している。

 

 

「……チッ」

俺は小さく舌打ちをし、ブーツのナイフに向いた意識をゆっくりと切り離す。

 

 

そして、振り返り、俺の決断を不安げに見守っていた二人の仲間へ向き直った。

 

 

「……ファーラン、イザベル。お前たちは、地上で暮らせ」

 

 

俺の言葉に、二人は弾かれたように顔を上げた。

 

「……リヴァイ」

 

「兄貴……! でも、私たちも一緒に……!」

 

「ダメだ」

俺は、短く、しかし絶対に譲らないという強い意志を込めて遮った。

 

 

壁外の世界がどれほどの地獄か、俺にはまだ分からない。

 

 

だが、あのアトラス・ベニアの護衛をしているという一個旅団殲滅の【鬼神】がのさばっているような異常な組織だ。

 

 

そんな場所に、こいつらを巻き込むわけにはいかない。俺一人が泥を被れば、それで丸く収まる話だ。

 

 

「……俺からの、一生に一度のお願いだ。お前らは、安全な場所で生きてくれ」

 

 

俺が、これまでの人生で一度も口にしたことのない『お願い』という言葉。

 

 

それを聞いたファーランの顔が、無念そうに、しかし俺の決意の固さを痛いほど理解したように歪んだ。

 

 

「……リヴァイ……そんな風に言われちまったら……断れねぇじゃんかよ……ッ」

 

 

ファーランは、悔しそうに拳を握りしめ、顔を伏せた。

 

 

イザベルは、ボロボロと大粒の涙を零しながら、俺の腕に縋り付いてきた。

 

 

「……兄貴……分かったよ……でも、絶対……絶対、死なないでくれよな!」

 

 

「ああ」

 

俺は、イザベルの頭を乱暴に、しかし優しく撫でながら、短く、だが確かにそう返事をした。

 

 

ここに、揺るぎない、絶対の契約が交わされた。

 

 

地下のネズミと、地上の指揮官との間に結ばれた、呪いにも似た誓約。

 

 

俺は、背後に立つエルヴィンへと再び視線を戻し、睨みつけるように鋭い圧をかけながら宣言した。

 

 

 

「……"エルヴィン"。その条件、呑んでやる。

……俺の仲間たちに、絶対に不自由はさせるな。裏切るんじゃねぇぞ」

 

俺の承諾と、殺意を孕んだ警告。

 

 

 

それを受け止めたエルヴィン・スミスは、微かに、ほんの微かにだが、満足げな笑みをその端正な口元に浮かべた。

 

 

「賢明な判断だ。

……期待しているぞ」

 

 

そして、彼は初めて、俺を道具やゴロツキとしてではなく、彼自身の最も信頼する『兵士』として、その名を呼んだ。

 

 

 

 

 

「──"リヴァイ"」

 

 

 

王都の地下深くでくすぶっていた黒い炎が、調査兵団の『自由の翼』に迎え入れられ、人類最強の矛へと姿を変える、確かな産声を上げた瞬間だった。

 

 

 

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