進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第八十七話

「……モブリット、彼らを別室へ案内してくれ。今後の生活についての具体的な手配を進めるように」

 

 

契約が交わされ、固い決意に満ちた別れの言葉が済んだ数分後。

 

 

私は副官のモブリットに指示を出し、ファーランとイザベル、そして救出した青年を執務室から退出させた。

 

 

 

彼らには、私が用意した安全な環境で新たな人生を歩んでもらう。

 

 

それが、目の前に立つこの小柄な男──リヴァイとの取引条件だからだ。

 

 

重い木製の扉が閉まり、広い執務室には私とリヴァイの二人だけが取り残された。

 

 

「……何の真似だ、エルヴィン。俺の初仕事は、お前の長い立ち話に付き合うことか?」

 

 

リヴァイは腕を組み、窓際の光を背にした私を警戒に満ちた目で睨みつけている。

 

 

 

「そう身構えるな。君にのみ、これからの役割……いや、『調査兵団の抱える最大の暗部』について説明しておく必要があったからだ」

 

 

私は自らのデスクに戻り、先程までロヴォフの資料が置かれていた場所を指先で軽く叩いた。

 

 

「君たちに暗殺を依頼したロヴォフ議員の標的。

……『アトラス・ベニア』についてだ」

 

 

その名を聞いた瞬間、リヴァイの目の色が変わった。

 

 

「あぁ。長期休暇で、姉だか妹だかのイカれた強さの『鬼神』と慰安旅行を満喫しているって噂の女だな。それがどうした」

 

 

「……単刀直入に言おう」

 

 

私は胃の奥に冷たい石が沈み込むような感覚を覚えながら、声のトーンを一段階落とし、極めて真面目に、そして真摯に告げた。

 

 

「彼女は、我々壁内人類を……その気になれば、片手間に滅亡させることができる『神に等しい力を持った巨人』だ」

 

 

「……は?」

 

リヴァイの眉間が深く寄る。馬鹿にしているのか、と言いたげな表情だ。

 

 

「寝言は寝て言え。人間が巨人になるだと? しかも人類を滅ぼす? そんなおとぎ話で俺を脅そうってんなら……」

 

 

「事実だ。君たちが地下で暮らしていたここ数日の間に、調査兵団の常識は完全に覆った」

 

 

私は彼の言葉を遮り、先日の平原での出来事を淡々と語り始めた。

 

 

「彼女は、15メートルの鋼のような巨人へと変身し、超音速の硬質化弾を放ち、その気になれば半径10キロ圏内の地形を一撃で消し飛ばすことができる。

……ロヴォフが放った刺客が万が一彼女の寝首を掻こうとしたところで、傷一つ負わせる前に消し炭にされていただろう。

君たちは、暗殺を完遂するどころか、彼女の無意識の反撃で跡形もなく消滅していたはずだ」

 

 

リヴァイは無言だった。私が嘘をついていないことを、その直感で測りかねているのだろう。

 

 

「……百歩譲って、そのふざけた話が本当だとする。

なら、なぜその化け物は人類を滅ぼさずに、兵団の飯を食って慰安旅行なんかに出かけているんだ?」

 

 

「そこが重要な点だ」

 

私は一つ息を吐き、少しだけ表情を和らげた。

 

 

「アトラス・ベニアという人物は、その絶望的な力に反して、極めて理性的で、心優しく温厚な性格をしているのだ。彼女自身には、人類に害をなす意思は欠片もない。

むしろ、他者を気遣う善良さすら持ち合わせている。だからこそ、我々は彼女を『聖域』として遇し、手出し無用としているのだ」

 

 

「じゃあ、問題ねぇだろ。何が言いたい」

 

 

「問題は……彼女の隣に常に張り付いている、『もう一人の存在』の方だ」

 

私は再び顔を強張らせ、これまでの兵団生活で蓄積された疲労と恐怖のすべてを込めて、リヴァイを見据えた。

 

 

「人類最強の鬼神、リーシェ・ベニア。

……君の同僚になる女だ」

 

 

リヴァイの目が、僅かに細められる。

 

 

「……あいつが、そのアトラスとかいう巨人を護衛しているんだろ」

 

「護衛という生ぬるいものではない。『狂信』であり、『極限の独占欲』だ」

 

私は、窓の外、遠く広がる王都の空を見つめた。

 

「彼女は、アトラスという存在を愛するあまり、人類の限界を突破してしまった。

先日の遠征で、彼女はワイヤーを刺す木すらない平原で、ガス圧のみで空を舞い、巨人の群れを『単騎で、無傷で』殲滅した。我々三百人は、ただその後ろをついて歩くだけだった」

 

「…………」

 

リヴァイは沈黙を保ったままだが、その瞳の奥には、確かな戦慄と、己の常識を揺るがされる戸惑いが浮かんでいた。

 

「アトラスと再会を果たす前、リーシェは感情の一切を廃した、冷徹無比な『氷の刃』だった。

だが……先日アトラスと再会したことで、彼女の精神は満たされ、その冷徹な鉄仮面は綺麗に剥がれ落ちた。

今は年相応の明るい表情を見せ、言葉遣いも本来のフランクな素のものになっている」

 

 

私はそこで言葉を切り、ゆっくりと首を横に振った。

 

 

「だが……根本的な部分は、何一つとして変わっていないのだよ」

 

「根本的な部分?」

 

「あぁ。アトラス至上主義と、それ以外を平然と塵芥と見なす残虐性だ」

 

私は、ロヴォフの暗殺計画を知った時の絶望を思い出しながら語った。

 

「もし、今回のロヴォフの暗殺計画が実行に移され、アトラスの身にほんの僅かでも危険が及んだとリーシェが知れば……彼女は笑顔のまま、王都に乗り込んでいただろう。

王家を殺し、貴族を殺し、憲兵団を殺し、我々調査兵団すら皆殺しにして、世界を血の海に変えていたはずだ。あの女は、笑顔で国家転覆を成し遂げる。

……今、調査兵団という組織は、彼女の機嫌一つで人類の存亡が左右されるという、異常なバランスの上に成り立っているのだ」

 

 

リヴァイは腕を組み、忌々しそうに舌打ちをした。

 

 

「……随分と狂った組織だな、地上の軍隊ってのは。

で? そんな狂犬どもを抱えて胃を痛めてるお前が、地下のゴロツキだった俺に何をさせようってんだ」

 

 

「君を引き入れた、真の理由だ」

 

 

私は真っ直ぐにリヴァイを見据え、隠すことなく私の本音と、彼に見出した途方もない希望を口にした。

 

 

「現在の兵団内において、リーシェ・ベニアの暴走を武力で制止できる者は誰一人として存在しない。

あの異常なパワーバランスが、我々の規律を蝕んでいる」

 

 

私は彼へと一歩近づき、その底知れぬ力を持つ小柄な男の肩越しに、未来の『人類最強の矛』の姿を重ねた。

 

 

「リヴァイ。あの日刃を交え、私は確信した。

君のその天性の空間把握能力と、地下で研ぎ澄まされた死線の経験……君が調査兵団で正規の対巨人訓練を積み、その才能を完全に開花させたなら」

 

 

私は、彼の双眸を覗き込み、極めて真面目に、そして切実な願いを込めて告げた。

 

 

「君は将来、あのリーシェ・ベニアに比肩し得る……あるいは、彼女の暴走を物理的に食い止められる、唯一の『対抗馬』に成り得る逸材だ」

 

 

「……俺が、あの一個旅団を全滅させる化け物と同等になるだと?」

 

 

リヴァイは鼻で笑ったが、その目には、強い光が宿っていた。

 

 

「買い被りすぎだ。俺はただ、生きるためにナイフを振ってきただけのネズミだぞ」

 

 

「買い被りではない。これは、壁内人類の未来と……私の胃の安寧を懸けた、正当な評価だ」

 

 

私は一切の冗談を排して答え、デスクの上にあった調査兵団の紋章が刻まれた緑色のマントを手に取り、彼へ向けて差し出した。

 

 

「頼む、リヴァイ。狂気に支配されたこの兵団の、もう一つの『剣』となってくれ。

……そしていつか、あの理不尽なまでの暴力から、我々を救ってほしい」

 

 

差し出された『自由の翼』。

 

リヴァイはそれを見下ろし、数秒の静寂の後、乱暴な手つきでマントをひったくった。

 

 

「……チッ。厄介な仕事を押し付けやがって。

いいだろう、俺の仲間が安全に暮らせるってんなら、どんな狂犬だろうが巨人の群れだろうが、俺が削いでやる」

 

 

彼はマントを肩に羽織り、振り返りざまに鋭い眼光を私に向けた。

 

 

「だが忘れるなよ、エルヴィン。お前が約束を違えれば、その化け物どもの前に、俺が真っ先にお前のうなじを削ぐからな」

 

 

「あぁ。肝に銘じておこう」

 

 

地下の底から見出した一条の光。

 

 

彼がリーシェと対峙する日が来るのか、それとも共に並び立つ日が来るのかは分からない。

 

 

だが、ここに一つの確かな「楔」が打ち込まれたことだけは事実だった。

 

 

私は、微かに痛みを和らげた胃を撫でながら、彼が扉の向こうへと去っていく背中を静かに見送った。

 

 

 

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