進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第九話

目の前の太い枝の上に立つ小柄な女性兵士は、文字通り腰を抜かし、完全に硬直していた。

 

立体機動装置のグリップを握る手は白く虚血し、カタカタと微かに震えている。

 

(……やばい、完全にミスったか?)

 

巨大な死骸の山を築いた直後に、返り血(蒸発中)まみれの15m級が「こんにちは」と微笑みかけてきたのだ。

 

冷静に考えれば、友好的な挨拶というより、サイコパスの捕食宣告にしか見えないだろう。

 

彼女の視点に立てば、失禁して気絶していないだけ称賛に値する精神力だ。

 

とにかく、まずはこれ以上刺激しないよう「敵ではない」という意思表示をする必要がある。

 

俺はゆっくりと動作を落とし、その場で静かに両膝を突き、巨大樹の枝との距離感を適切に保ちながら姿勢を低くした。

 

そして、なるべく威圧感を与えないよう、腹の底から響く重低音を少しでも柔らかく抑え、落ち着いた口調で語りかけた。

 

「驚かせてすまない。怯える必要はない。私は、先程までそこにいた他の無垢の巨人たちのように、君たち人間を捕食したり、理由もなく殺したりはしない」

 

言い含めるようにゆっくりと紡がれる流暢な人語。

 

その声を聞いた彼女は、まるでこの世の理から外れた、絶対にあり得ないバグを目の当たりにしたかのように、信じられないものを見る目で俺を凝視した。

 

その瞳孔は極限まで見開かれ、呼吸すら忘れているように見える。

 

しかし、同時に彼女の視線がせわしなく動き、必死に頭を回転させて今の状況を処理しようとしているのが、こちらの手にとるように分かった。ベテランの生存本能が、パニックに陥る脳を強制的に再起動させようとしているのだ。

 

「……一つ、聞きたいことがある」

 

俺は本題を切り出した。

 

「今は、何年だろうか」

 

 

 

「……あっ……あ、あ……」

彼女は引き攣った喉から絞り出すように声を出し、何度か瞬きをした後、しどろもどろになりながらも何とか言葉を紡いだ。

 

「わ、分かった……今は……842年の……10月、だ」

842年、10月。

(なるほど……! つまり、原作開始──超大型巨人によるウォール・マリア破壊まで、まだあと2年ちょっとはあるということか!)

 

最悪の場合、既に原作が始まって地鳴らしカウントダウンに突入していることすら覚悟していた俺にとって、それは想像を絶するほどの朗報だった。

 

現在の正確な時期を把握できただけでなく、事態に対処するための準備期間が2年以上も残されている。

 

これは、圧倒的な戦力を持つ俺にとって、歴史を塗り替えるための巨大なアドバンテージと言って差し支えないだろう。

 

「答えてくれてありがとう。助かった」

 

予想以上の好条件に一気に気分が良くなった俺は、少し声を弾ませながら、彼女に対する恩返しとして要望を聞き出すことにした。

 

「代わりといっては何だが、今、君が困っていることがあれば何でも言ってほしい。この森から出るなり、仲間を探すなり……私にできることであれば、何でも叶えよう」

 

俺の提案に、彼女はハッと息を呑んだ。そして、少しの間葛藤するように視線を泳がせた後、決死の覚悟を決めたような声で叫んだ。

 

「でっ……であれば! 少しの間でいい、私を巨人から匿ってもらえないだろうか……!」

 

そこまで言って、ハッとして俺を見る。

 

「あっ……いや、その、貴方も巨人だが、他の巨人とは明らかに違う……ので。お願いします! どうか! 助けてください!!」

 

彼女は太い枝の上で、立体機動装置をガシャリと鳴らして深く頭を下げた。

 

ガスも刃も尽きかけ、仲間とはぐれた彼女にとって、言葉の通じる異常な巨人に縋るしか生存の道は残されていなかったのだろう。

 

「分かった。とりあえず、安全な水場まで案内しよう」

 

俺はゆっくりと巨大な右手を彼女のいる枝へ差し伸べ、手の平を上に向けた。

 

「乗りたまえ」

 

差し出された、大人が数人は寝転がれそうな巨大な掌。

 

彼女は一瞬、食べられるのではないかという恐怖に迷いを見せたが、すぐにギュッと唇を噛み締め、決心したように俺の掌の上へとおずおずと乗り移った。

 

羽のように軽い。人間一人など、今の俺にとっては塵芥ほどの重さも感じなかった。

 

俺は彼女を落とさないよう、胸の高さで慎重に手を保ちながら、ゆっくりと立ち上がって歩き出した。

 

震える彼女の気を少しでも紛らわせるため、歩きながら静かに質問を投げかける。

 

「君の名前を聞いても良いだろうか」

 

手の平の上で小さく縮こまっていた彼女は、ビクッと肩を揺らした後、消え入るような声で答えた。

 

「……リーシェ……リーシェ・ベニアです」

 

「リーシェか。良い響きだ」

 

俺が素直に称賛すると、リーシェは少しだけ緊張を解いたのか、おずおずと見上げて聞き返してきた。

 

「あの……貴方の、お名前も……伺ってもよろしいでしょうか……」

 

「そうだな……」

 

俺は歩みを進めながら少し考えた。

 

(名前、か。前世のバリバリの日本名なんて名乗ったら、この世界観から浮きまくるよな。それに、この身体になってから名前なんて必要なかったし……そうだ)

 

俺は視線を手の平の上の小さな命に向け、穏やかに言った。

 

「リーシェ。君に、名付けてもらいたい」

 

「……え?」

リーシェの口から、間の抜けた声が漏れた。

 

調査兵団のベテラン兵士が、規格外の力を持つ未知の喋る巨人の名付け親になる。

 

その奇妙すぎる光景が、この絶望の世界でどんな波紋を呼ぶことになるのか、この時の俺たちはまだ何も知らなかった。

 

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