進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第八十九話

陽の光が差し込む調査兵団本部の兵舎。長年染み付いた埃と油の匂いが漂う簡素な休憩室で、俺は背もたれの軋む安椅子に深く腰を掛けながら、目の前で騒がしく口を動かす二人を眺めていた。

 

 

 

今日、例の「慰安旅行」とやらから帰還するという標的の姉妹を待ち構える俺の前にいるのは、調査兵団の正規兵ではなく、兵舎の清掃や雑務を取り仕切る『掃除係』という名目で雇われたファーランとイザベルだった。

 

 

 

あの日、エルヴィン・スミスと交わした絶対の誓約。

 

 

 

俺がこの兵団の鎖に繋がれる対価として、こいつらには壁外へ出る義務のない、安全な地上での暮らしが与えられた。

 

 

ただ兵舎の周辺に住まわせているのは、エルヴィンの野郎が俺に対する「いつでも人質として機能する」という立地的な牽制を含ませているからだろうが、それでも地下街の腐った泥水を啜る生活に比べれば、天と地ほどの差があった。

 

 

どうやら、周りの地上の住民や非戦闘員の職員たちとも上手くやれているらしい。

 

 

 

「でさぁ、最近居住区の近くで野良猫を飼い始めたんだけど、それがすっごいぶさいくでさー!

やっぱりずっと地下みたいな暗い路地裏で過ごしてたからか、いっつも眉間に皺寄せて不機嫌そうな顔してんだよなー。

なんか、掃除してる時の兄貴みたいな──ひぃっ!?」

 

 

ヘラヘラと笑いながら俺の顔を指差したイザベルが、突如として喉を引き攣らせて悲鳴を上げた。

 

 

一瞬、あまりにもふざけた例えを抜かしやがったから、無言のまま致死量スレスレの殺気を雑にぶつけてやっただけだ。

 

 

イザベルは涙目になってファーランの背後に隠れ、盾にされたファーランは「おいおい、冗談だろリヴァイ」と呆れたようにニヤニヤと笑っている。

 

 

(……まったく。どいつもこいつも、たかだか一週間地上の陽の光を浴びただけで、すっかり腑抜けやがって)

 

 

俺は内心で悪態をつきながら、軽く鼻を鳴らして足を組み替えた。

 

 

地下の張り詰めた空気の中では、こんな風に気の抜けた会話を交わす余裕なんてありはしなかった。

 

 

だが、文句を言いながらも、俺の頭の片隅では「まぁ、こういう生活も悪くない」と、不覚にもこの馬鹿げた平穏を受け入れ始めている自分がいた。

 

 

そう、俺が己の人生を売り払って買ったこの平穏な時間が、永遠に続くかのように錯覚した、その時だった。

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 

俺の全身の産毛が、一斉に逆立った。

 

 

 

即座に安椅子から跳ね上がり、腰を落とす。

 

 

両手は無意識のうちに、今は装備していないはずの立体機動装置のブレードの柄を虚空で握りしめようとしていた。

 

 

「え……兄貴?」

 

「どうした、リヴァイ。急に……」

 

状況が掴めずきょとんとする二人を視界の端に追いやり、俺は休憩室の開け放たれた出入口の廊下へと、眼球が千切れるほどの鋭い視線を突き刺した。

 

 

 

殺気ではない。姿もまだ見えない。足音すら、常人の耳には届かないほど微かなものだ。

 

 

 

ただ、地下街という地獄の底で、幾度となく死線を潜り抜けてきた俺の『勘』と『本能』が、脳髄に直接、けたたましい危険信号を叩き込んできているのだ。

 

 

 

(なんだ……この、吐き気のするような重圧は……!)

 

 

空気が泥のように重い。

ただそこに「存在している」というだけで、周囲の空間を歪め、大気の密度を変えてしまうかのような、濃密で圧倒的な存在圧。

 

 

 

それが、廊下の奥からこちらへ向かって、ゆっくりと、確実に流れ込んできている。

 

 

エルヴィンから言伝には聞いていた。あの二人の異常性について。

 

 

だが、書類上の情報や言葉遊びなんかで理解できる次元じゃねぇ。

 

 

……ったく、想像を遥かに絶する、文字通りの『化け物』のようだ。

 

 

俺は額に冷たい汗を滲ませながら、ただひたすらに出入口を凝視する。

 

 

数秒なのか、或いは数分なのか。

 

極限の緊張によって時間感覚が曖昧に引き伸ばされる中、靴底が床を叩く軽やかな足音と共に、遂に『それら』は俺の視界へと足を踏み入れた。

 

 

最初に目に飛び込んできたのは、背中まで伸びる艶やかな漆黒の髪。

 

 

身長は170センチ程度。

 

支給されたばかりであろう真新しい女性用の調査兵団服に身を包み、革ベルトに締め付けられたその肉体は、とんでもない程に洗練された黄金比のプロポーションを誇っていた。

 

 

だが、何よりも異常なのはその顔立ちだ。

 

神が狂ったような情熱を注いで創り上げたとしか思えない、老若男女すべてを無条件でひれ伏させるような、ミステリアスで超越的な美貌。

 

 

そして、もう一人。

 

 

その黒髪の女の腕に、まるで樹木に巻き付く蔦のようにピッタリと抱きつき、全体重を預けるようにして横に並んで歩く金髪の女。

 

 

隣の規格外の女程ではないにせよ、こちらも十分に目を引く整った顔立ちをしている。

 

 

身長は俺と同じか少し高いぐらい……163センチといったところか。

 

 

俺の戦闘者としての目は、隣の絶世の美女ではなく、この小柄な金髪の女の『挙動』に完全に釘付けになっていた。

 

 

 

(……意味不明だ。どうなってやがる)

 

 

金髪の女は、隣の黒髪の女の腕に抱きつき、甘えるように上体を完全に傾けている。

 

 

通常、人間に限らず生き物というものは、他者に体重を預ければ必ず重心がブレる。

 

 

足元が疎かになり、姿勢のどこかに「隙」が生まれるのが物理法則の必然だ。

 

 

完全に抱きつくか、あるいは自立してしっかり立つかのどちらかでしかあり得ない。

 

 

だが、コイツは違った。

 

 

身体を斜めに傾け、満面の笑みで隣の女にすり寄っているにも関わらず、その足運びにはミリ単位のブレすら一切ない。

 

 

肩の力の抜け具合、視線の配り方、重心の置き所。

 

 

そのすべてが、いつでも、どの体勢からでも、瞬時に音速で敵の喉笛を掻き切れるように最適化された『隙のない立ち姿』を維持しているのだ。

 

 

「甘えること」と「完璧な臨戦態勢」という、絶対に相容れないはずの二つの状態を、コイツは極めて自然に、息を吐くように両立してやがる。

 

 

背筋に悪寒が走った。

 

 

恐らく、この常軌を逸した異常な身体操作を無意識に行っている金髪の女こそが、エルヴィンが言っていた、一個旅団を単騎で殲滅する狂犬───リーシェ・ベニアなのだろう。

 

 

そして、そうなれば必然的に。

 

 

今、その狂犬からヨダレを垂らさんばかりの熱視線を受け、居心地悪そうに頬を赤らめながら歩いている隣の絶世の美女が……俺たちが地下街のゴロツキ共を使って「殺そうとしていた」、半径10キロを吹き飛ばす人外、アトラス・ベニアということになる。

 

 

 

もしあのまま、ロヴォフの依頼通りに俺たちがこの二人に刃を向けていたら。

 

 

 

俺たちは今頃、一分一秒の誤差もなく、文字通り肉のミンチに変えられて下水道に流されていただろう。

 

 

「……ファーラン、イザベル」

 

 

俺は、一歩も動かずに警戒の姿勢を崩さないまま、背後にいる二人の仲間に向けて、かつてないほど低く、そして絶対の命令を含んだ声で告げた。

 

 

「じっとしてろ……絶対に、動くんじゃねぇぞ」

 

 

俺から放たれるただ事ではない気配と、視界に現れた姉妹の尋常ではない空気を肌で感じ取った二人は、息を呑み、声を発することなくただ静かに首を縦に振った。

 

 

調査兵団本部、薄暗い休憩室の入り口。

 

 

地下の泥水を這いずり回ってきた最強の暗殺者と、壁内人類の常識を破壊する最強のバグ姉妹。

 

 

 

運命の歯車が噛み合う、最悪で、そして不可避の対面が、今まさに静かな幕を開けようとしていた。

 

 

 




ストックが積み上がらない……
書き出そうとすると思考のループに陥って手が動かなくなる……
(/. _.\)
これが無量空処……
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