進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
ウォール・シーナ内部にそびえ立つ、歴史と威厳を感じさせる調査兵団の広大な本部庁舎。
長きにわたる地獄の『慰安旅行』からようやく帰還し、厩舎で愛馬を預け終えた直後から、俺のささやかな平穏は早々に終わりを告げていた。
「んふふ……アトラスの匂い、やっぱり落ち着く……」
現在、俺はエルヴィン団長の執務室へと向かう石造りの長い廊下を歩いているのだが、俺の左腕には、人類最強の鬼神・リーシェがスッポンもかくやという執念でガッチリと抱き着いていた。
彼女は俺の腕を自身の胸元で抱え込むようにホールドし、支給されたばかりのタイトな女性用兵団服越しに伝わる俺の柔らかい二の腕の感触を確かめながら、嬉しそうに頬をすりすりとおしつけてきている。
それにしても、すれ違う兵士たちの視線が痛い。
痛すぎる。
一週間前、シガンシナ区に凱旋した直後は、誰もが目を剥いて腰を抜かさんばかりに驚愕していたものだが、人間というのは恐ろしい生き物だ。
彼らもこの『異常すぎる光景』にすっかり慣れてしまったのか、今ではどこか諦念の混じった憐れむような、それでいて「我らが悪魔を鎮めてくださっている尊い女神様」とでも言わんばかりの、後光を拝むようなひどく神聖な視線を向けてくるようになっていた。
中には、俺とすれ違いざまにそっと手を合わせ、拝むようにして去っていく新兵までいる始末だ。
(……それはそれで、なんだかひどく背中がむず痒くて嫌なんだが!?)
男のプライドを粉々にすり潰されるようなその宗教的な扱いに、俺は耳まで真っ赤にしながら俯きがちに歩くしかない。
だが、そんな俺の羞恥心などお構いなしに、リーシェは周囲の視線を「私の可愛い妹(お嫁さん)を見せつけてやっている」という優越感のスパイスに変換し、俺の美少女ボディを心ゆくまで堪能し続けている。
「リーシェ……腕にひっつかれると、歩きにくいんだけど……」
俺は周囲への体裁を保つため、ほんの少しだけ抗議の声を上げた。
……とは言ったものの、実のところ『歩きにくさ』は微塵も感じていなかった。
これだけベッタリと密着し、身体を傾けて甘えてきているというのに、リーシェは俺の腕に自身の体重を『一グラムたりとも』かけていないのだ。
俺の歩幅、筋肉の収縮、重心の移動。
そのすべてをコンマ一秒の遅れもなく完全に先読みし、己の異常な身体操作能力と体幹の強さをフル稼働させることで、『まるで俺の身体の一部になったかのような完璧な歩調合わせ』をやってのけているのである。
むしろ、彼女が俺の動きを先導するように絶妙なサポートをしてくれているため、一人で普通に歩くよりも遥かに歩きやすいという、物理法則を無視した謎の現象が起きていた。
(数十体の巨人を無傷で殲滅する身体能力、鬼神リーシェの無駄遣い極まれりだろ……!)
そんな内心のツッコミを飲み込みながら、俺たちは庁舎内の廊下を進み、団長室へのショートカットとなる、薄暗い第一休憩室の木扉を何の気なしに押し開けた。
───その瞬間。
「…………ッ!!」
俺の背筋を、巨大な氷の刃で撫で上げられたかのような、強烈な悪寒が駆け抜けた。
開かれた扉の先。
窓から差し込む斜光の中に浮かび上がったのは、埃舞う休憩室の安椅子の前で、俺たちを待ち構えるように立っていた三人の男女の姿。
そして俺の視線は、その後方に控える二人を庇うようにして、最も手前に立つ『一人の小柄な男』に完全に釘付けになった。
鋭く、そして底なしの闇を抱えたような三白眼。
小柄な体躯からは想像もつかないほどに圧縮され、研ぎ澄まされた尋常ではない暴力の気配。
間違いない。俺の持つ原作知識が、脳内で強烈なアラートを鳴らしてその男の正体を告げている。
あの日、雪降る巨大樹の森で思い描き、原作の物語が最後まで完結するその瞬間まで、数多の絶望の中で人類を導き、生き残った究極の猛者。
正史において『人類最強の兵士』と謳われた男、リヴァイ・アッカーマンその人が、今、俺の目の前に立っていたのだ。
……それも、いつでも喉笛を掻き切れる、完璧な『臨戦態勢』で。
男の腰にブレードはない。
だが、その重心の落とし方、床を掴む足の角度、そして俺たちに向けられている、針のように尖った純度百パーセントの殺気と警戒心。
彼がただの挨拶を交わすためにそこに立っているわけではないことは、巨人の力を持つ俺の極限の知覚が痛いほどに察知していた。
(まずい……ッ!!)
俺は瞬時に理解した。
この、のどかで平穏無事だった兵団本部の休憩室が、今この瞬間、ほんの些細な刺激一つで、原型を留めないほどの『血の海』へと変わってもおかしくない、極限の爆心地に切り替わってしまったことを。
もし、目の前のリヴァイがほんの数ミリでも敵対行動を起こせば。
あるいは、彼から放たれる明確な敵意を、俺の腕に抱き着いている『狂犬』が、己の縄張りを脅かす外敵の意思表示だとみなしてしまえば。
俺は心臓が凍りつくような思いで、恐る恐る、自身の腕にすり寄っている隣のリーシェを見下ろした。
彼女の顔は、先程まで俺に向けていた、蕩けるような甘く明るい「恋する乙女」の微笑みの形を完璧に保っていた。
口角は上がり、頬はわずかに紅潮している。
だが。
俺に向けられていた熱を帯びたアイスブルーの瞳は、今、休憩室に立つ小柄な男へと真っ直ぐに注がれ──その奥底には、圧倒的な力を持つ頂点捕食者が、ふと足元に現れた『噛み殺し甲斐のある獲物』を見つけた時のような、冷酷で残酷な、強者を品定めする意思がはっきりと宿っていた。
空気が、ギシィッ……と音を立てて軋むのが分かった。
リーシェから溢れ出した、致死量の重圧。
それが不可視の波動となって休憩室の壁を叩き、窓ガラスが微かに震える。
俺の腕に頬を擦り寄せたまま。
リーシェは、極上の甘い声色に、背筋の凍るような無慈悲な殺意を乗せて、小さく、しかし男に聞こえるように確かに呟いた。
「……ふぅん。中々、骨のある男ね……」
人類最強の宿命を背負う男と、愛ゆえに人類の限界を超越した理外の鬼神。
決して交わってはいけなかった、二つの規格外の暴力。その激突のカウントダウンが、俺の細い腕一つを挟んだわずかな距離で、今まさにゼロを迎えようとしていた。