進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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第九十一話

 

 

 

(やばい、やばい、やばい……!)

 

 

背筋を冷たい汗が伝う。

 

 

 

目の前で殺気をみなぎらせるリヴァイと、俺の腕に抱き着いたまま彼を「獲物」として品定めし始めたリーシェ。

 

 

 

二人の間で極限まで圧縮された空気が、今にも弾け飛びそうに軋んでいる。

 

 

 

このままでは、休憩室が文字通りの血の海に変わる。

 

 

 

 

俺は一刻も早くこの一触即発の状況を打開すべく、決意を固めて行動を起こした。

 

 

 

「……んっ」

 

 

俺は、腕にまとわりつくリーシェの細い体を、ほんの少しだけ強引に引き剥がし、彼女を背に庇うようにして一歩前へ出た。

 

 

 

リヴァイの鋭い三白眼が、警戒を露わにして俺を射抜く。

 

 

 

俺は相手に敵意が無いことを全力で示すため、頬の筋肉を緩め、極上の美少女スマイルを顔に貼り付けた。

 

 

 

 

そして、森での生活で無駄に洗練されてしまった、どこまでも透き通るような、鈴を転がすような声色を意識しながら口を開いた。

 

 

 

「こんにちは、初めまして」

 

 

 

俺の挨拶が、埃っぽい休憩室の静寂に響き渡る。

 

 

 

 

だが、リヴァイの腰を落とした臨戦態勢は、一ミリたりとも解かれる気配がなかった。

 

 

 

 

それどころか、俺の背後にいるリーシェからの致死量のプレッシャーを感じ取っているのか、彼の眼光はさらに鋭さを増している。

 

 

 

 

その後方では、ファーランとイザベルが息を呑んで立ち尽くしていた。

 

 

 

(……どうやら、問題の根源はやっぱりリーシェの方にあるらしい)

 

 

 

俺は心の中で深い溜息をつき、覚悟を決めた。

 

 

 

 

理不尽な暴力を振るう狂犬を大人しくさせるには、最高級のご褒美を与えるしかない。

 

 

 

「リーシェ、大丈夫だよ……ほら」

 

 

 

俺は振り返り、未だにリヴァイから目を離そうとしない彼女の華奢な体を、正面から優しく抱擁した。

 

 

 

ビクッ、とリーシェの体が微かに強張るのが分かる。

 

 

 

 

俺からの自発的なハグなど、この一週間強の地獄の慰安旅行中には一度たりとも無かったからだ。

 

 

 

 

そして俺は、彼女の意識を完全にこちらへ向けるための、トドメの一撃を放つ決心をした。

 

 

 

 

心臓が早鐘のように打ち鳴らされる中、俺はそっと顔を傾け、彼女の白く柔らかい、雪のようにすべすべとした頬に、自身の唇を一つ……落とす。

 

 

 

───ちゅっ。

 

 

 

僅かに触れただけの、とても小さなリップ音。

 

 

 

 

だが、それは俺の顔を火が出るほど真っ赤に染め上げるには、十分すぎる破壊力を持っていた。

 

 

 

 

(……あああああああッ!! なんで俺、こんな小っ恥ずかしいことしてんだ!?)

 

 

 

 

普段……いや、恐らく前世を含めた今までの人生の中で、俺から他人にこんな甘ったるいスキンシップを図ったことなど、ただの一度も無かったはずだ。

 

 

 

 

初めての自発的な『ほっぺチュー』が、こんな殺伐とした、一歩間違えば死人が出るような極限状況の休憩室のど真ん中だなんて……!

 

 

 

 

 

(だが、こんな事で辺り一面血の海になるのを回避出来るのなら、安いものだ……!)

 

 

 

 

俺は、遠く離れた廊下の隅で、様子を窺っていたであろう数名の兵士たちが「アトラスさんが……尊い……!」と謎の呻き声を上げてバタバタと倒れる音を耳にしながら、必死に自身を納得させた。

 

 

 

 

 

恐る恐るリーシェの方を見やると、案の定、俺の捨て身の攻撃は効果覿面だったらしい。

 

 

 

 

彼女は、視線だけは未だに前方、リヴァイの方向を見据えながらも、信じられないものに触れられたかのように、完全に動きを止めていた。

 

 

 

 

そして、耳の先まで茹でダコのように真っ赤に染まった自身の頬へ、ゆっくりと確認するように指先を這わせている。

 

 

 

(……うわ、リーシェのガチ照れ、久々に見たな)

 

 

普段の冷酷無比な鬼神の面影など欠片もない、完全に乙女の顔になった彼女を見て、俺は思わずニヤけそうになる表情を必死に引き締めた。

 

 

 

よし、リーシェの殺気は完全に霧散した。あとは目の前の小柄な暗殺者とのファーストコンタクトを無難にこなすだけだ。

 

 

 

俺は再びリヴァイに向き直り、花も照れるような、これ以上ないほどの満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

俺は彼が地下街のゴロツキであり、数日前に自分たちを暗殺しようとしていた首謀者の一味であることなど全く知らないという『無垢な少女』のフリをして、自己紹介を切り出した。

 

 

 

「皆さん、新人さんですよね? 私はアトラス・ベニアっていいます。……良かったら、気軽にアトラスって呼んでくださいね!」

 

 

 

俺の放った、殺伐とした空気を完全にぶち壊すあまりにも平和的で間抜けな挨拶に、リヴァイは一瞬、毒気を抜かれたように目を瞬かせた。

 

 

 

 

目の前で繰り広げられた百合ップルのイチャつきと、歩く終末兵器の屈託のない笑顔。

 

 

 

 

その凄まじいギャップに拍子抜けしたのか、彼はゆっくりと臨戦態勢を解き、微かに警戒を残したまま口を開いた。

 

 

 

 

「……俺はリヴァイだ。エルヴィンに、先週辺りから調査兵団にぶち込まれた……新人だ」

 

 

 

低く、ぶっきらぼうな声。

 

 

 

だが、そこには先程までの明確な敵意は感じられなかった。

 

 

 

彼は親指で、背後に立つ二人、ファーランとイザベルをクイッと指し示した。

 

 

 

「後ろにいる奴らは、俺の仲間だ。兵士じゃねぇ……こいつらに手ぇ出したら、タダじゃおかねぇからな……」

 

 

 

 

そう言って、口調はともかく、彼は律儀に俺の自己紹介に応えてくれたのだ。

 

 

 

 

ただ、やはりまだ警戒心は解けきっていないのか、後ろの二人の名前については教えてくれなかった。

 

 

 

(まぁ、俺は原作知識でもう知ってるから別にいいんだけどさ)

 

 

 

俺は、彼の仲間を想う不器用な優しさに内心で微笑ましく思いながら、首を横に振った。

 

 

 

「ふふっ……手出しなんてしないですよ。みんなが安心して暮らせるなら、それが一番ですから」

 

 

 

俺はニコッと笑いかけ、ペコリと軽く頭を下げた。

 

 

 

「それじゃあ、私たちはエルヴィン団長の所に報告に向かうので、これで失礼しますね」

 

 

 

俺は、未だに自身の頬に手を当てて「アトラスから、キス……私に……えへへ……」と完全にフリーズして幸せな妄想の世界に旅立ってしまっているリーシェの腕を掴み、半ば引き摺るようにして、リヴァイの脇を通り過ぎた。

 

 

 

 

彼らの横をすり抜ける瞬間、リヴァイの視線が俺の横顔を鋭く捉えたのが分かったが、俺はそれに気づかないフリをして真っ直ぐに廊下を進み続けた。

 

 

 

 

(……ふぅ。危機は、無事回避されたようだ……)

 

 

 

俺は心の中で安堵の息を吐き出しながら、未だに夢見心地でフワフワと歩くリーシェの手を引いて、エルヴィン団長の待つ最上階の執務室へと歩みを進めたのだった。

 

 

 

 

これが、後の人類最強の兵士たちと、理不尽の権化たる姉妹との、奇妙で、しかし血の流れない平穏な初邂逅の結末であった。

 

 

 

 

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