進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった…… 作:感謝君
退屈で平坦な壁内移動を経て、翌日の昼前
特に巨人の襲撃に怯えることもなく、俺たちを乗せた馬車は無事にシガンシナ区の調査兵団宿舎へと到着した。
「……んーっ、やっと着いたぁ!」
俺は馬車から降り立つなり、大きく伸びをして凝り固まった身体をほぐした。
馬を厩舎に預け、最低限の個人装備を持って割り当てられた宿舎の部屋へと入る。
といっても、俺とリーシェの二人は道中、幌付きの荷馬車の中で延々と平和な景色を眺めて(俺は暇を持て余し、リーシェは俺の太ももで爆睡して)いただけなので、肉体的な疲労は皆無に近い。
軽く昼食を済ませた後、俺たちは明日の壁外調査に備えた英気を養うため、二人でシガンシナ区の街を散策することにした。
「……ねぇ、リーシェ。長旅だったんだし、部屋でゆっくりしていても良かったのに」
俺は、当たり前のように俺の指の間に自分の指を滑り込ませ、『恋人つなぎ』でしっかりとホールドしてくる隣の変態……いや、リーシェにジト目を向けながら、遠回しに「なんでピッタリくっついてくるんだ」と牽制してみた。
だが、彼女の反応は俺の期待を悪い意味で軽々と裏切った。
「もー、アトラスったら照れちゃって。そんな素直じゃない所も、すっごく可愛いんだけどね、ふふっ」
とろけるような甘い声と、俺の二の腕に胸を押し付けてくる無駄な密着感。
(ダメだ、会話が全く成立しない)
彼女の脳内は、アトラスという名の聖域を中心とした『絶対不可侵の百合園』に完全にトリップしてしまっている。
俺の放つ牽制球など、彼女の強固なフィルターを通せばすべて「アトラスの可愛い照れ隠し」という都合の良いご褒美に変換されてしまうのだ。
「……はぁ」
俺は抵抗を諦め、大きな溜息をついて前を向いた。
街を歩いていると、すれ違う人々の視線がやけに痛い。
俺だけか? この周囲からの好奇と驚き、そしてどこか生暖かい視線を意識して居心地の悪さを感じているのは。
無理もない。
数週間前、このシガンシナ区のメインストリートで、調査兵団が死傷者ゼロで帰還したあの伝説の『凱旋パレード(実質的な俺のメイド服アイドルお披露目会)』を直接目撃した者たちも多いのだろう。
あの時、鬼神リーシェの背後に抱きすくめられて顔を真っ赤にしていた謎の超絶美少女(俺)が、今は女性用の兵団服に身を包み、堂々と半ば引きずられるように街を歩いているのだから。
「おい見ろよ、あの時の……!」
「相変わらず、女神みてぇなべっぴんさんだな……」
「班長さん、大事そうに手ぇ繋いでるぜ。お似合いだな!」
道行く人々から、俺たちの様子を見てからかいながらも祝福するような、そんな声がちらほらと聞こえてくる。
(やめてくれ……俺の中身は男なんだ……)
俺が羞恥心で耳の先まで赤くしていると。
「おうい! そこのべっぴんさん二人組!」
道の向こうから、屋台の店主らしき恰幅の良いおっさんが、わざわざ小走りでこちらへ向かってきた。
その手には、炭火でこんがりと焼かれ、タレと脂がジュウジュウと音を立てる大ぶりの肉串が数本握られている。
「ほれ、食いな! 調査兵団の英雄と、そこの可愛いお嫁さんに、うちからのサービスだ!」
おっさんは満面の笑みで、その熱々の串肉を俺とリーシェに押し付けてきた。
「えっ、でも……お代は……?」
俺が慌てて財布を取り出そうとすると、おっさんは豪快に笑って手を振った。
「いらねぇいらねぇ! お代は嬢ちゃんたちの、その仲睦まじい姿を見せてもらっただけで十分だ! 明日の壁外調査、気をつけてな!」
そう言って風のように去っていくおっさんの背中に、俺は深く頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
リーシェも、自分の「お嫁さん」扱いされたことがよほど嬉しかったのか、満更でもないドヤ顔で「ありがたく頂戴するわ」と感謝を伝えていた。
「ん……美味しい!」
さっそく肉串にかじりつくと、甘辛いタレと肉汁が口いっぱいに広がった。
大雑把でジャンクな味付けだが、俺にとっては前世の学生時代から変わらず、こういうのが一番口に合う。
(最高だな。これは絶対におつまみに持ってこいだ。キンキンに冷えたビールが欲しくなる……)
隣を見ると、リーシェも兵団の無味乾燥な保存食ばかり口にしていたせいか、久々の屋台飯に目を輝かせながら舌鼓を打っていた。
「美味しいね、リーシェ」
俺が素直に笑いかけると、彼女も幸せそうに目を細めた。
「ふふっ、そうね。……なんだか、去年アトラスと二人で過ごした、あの森での生活を思い出すわね」
リーシェのその言葉に、俺の脳裏に、懐かしくも鮮烈な記憶がフラッシュバックした。
──842年の秋
あの巨大樹の森で、立体機動のガスを失い死を覚悟していた彼女を、俺が偶然助けたことからすべては始まった。
そうだ。
あの時は、深い森の奥で、俺が能力を駆使して作った硬質化クリスタルの宿を拠点にしていた。
冬が近づいて凍えるような寒さになった頃には、川辺の水浴び小屋を改築して、『硬質化製の湯槽小屋』まで作ったっけ。
食事も、森に自生する木の実や果実を集め、たまに辺りに生息する鹿やイノシシなんかを俺が狩ってきて、俺が作った硬質化製の調理器具を使って、リーシェが手際よく料理していた。
その頃の俺は、今のこの美少女ボディではなく、15メートルの端正で鋼のような肉体を持つ『巨人体』のままで、常に落ち着いた大人の青年として彼女に振る舞っていた。
(……今は、この神がかった美少女の見た目とのギャップを抑えるために、話し口調まで女の子っぽくなっちゃってるけど……ほんと、TSの理不尽さ解せぬ……)
当時の俺(巨人体)は、味覚というものが皆無に等しかった。
だから、リーシェが一生懸命作ってくれた温かい料理を、俺自身が味わうことはできなかった。
俺にできたのは、ただ焚き火のそばで、美味しそうに、そして時折寂しそうに笑いながら食事をする彼女の小さな姿を、静かに見守ることだけだった。
もちろん、それを羨んだり、巨人の身体を呪ったりしたことはない。
巨人というバケモノの姿でありながら、人として思考し、流暢に言葉を交わし、彼女という一人の人間と心を通わせることができたのだから。
それだけで、俺は十分に満たされていた。
……ただ
今は、違う
こうして、陽の当たる街角で。
人として。
一人の人間として、彼女の隣に立ち、手を繋ぎ。
同じ屋台の肉串をかじり、同じ「美味しいね」という感情を、味覚という確かな感覚を通して共有できている。
その当たり前で、しかし奇跡のような事実に気づかされた瞬間。
途端に、俺の胸の奥がキュッと締め付けられるように苦しくなった。
「…………っ」
ツン、と鼻の奥が痛み、視界が滲む。
涙腺が緩み、熱いものが込み上げてくるのを止められなかった。
俺の白い頬を伝って、一筋の透明な雫が静かに流れ落ちる。
「……アトラス?」
俺の変化に気づいたリーシェが、心配そうに足を止め、俺の顔を覗き込んできた。
俺は、繋いでいる彼女の手を、ギュッと強く握り返した。
言葉にできないほどの愛おしさと、どうしようもないほどの感謝の念が、俺の胸の中で溢れ出していた。
ただの勘違いから始まった、狂気に満ちた愛情かもしれない。
俺の正体を知れば失望するかもしれない。
それでも、彼女は俺のために世界を敵に回す覚悟で、あの森から俺をこの光の差す場所へと引っ張り出してくれたのだ。
振り向いて、驚いたように目を丸くしているリーシェの顔を視界に捉える。
俺は、込み上げる涙を拭おうともせず。
ただただ、純粋な愛と感謝を込めた、これ以上ないほど不器用で、真っ直ぐな笑顔を彼女に向けた。
「……迎えに来てくれて……ありがとうッ……!」
震える声で紡がれた、その一言。
再会したあの日から、カオスな状況や羞恥心に誤魔化されて、ずっと、ずっと言えていなかった心からの感謝の言葉を。
ようやく、この平和な街の片隅で、俺は彼女に伝えることができたのだった。