進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……   作:感謝君

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リーシェ視点です


第九十八話

宿舎の簡素な木扉を押し開け、シガンシナ区の陽光が降り注ぐ石畳の街並みへと足を踏み出す。

 

 

 

私の右の手のひらには、この世の何よりも尊く、愛おしく、そして信じられないほどに柔らかい『奇跡』の感触が確かに握られていた。

 

 

 

 

「……ねぇ、リーシェ。長旅だったんだし、部屋でゆっくりしていても良かったのに」

 

繋いだ手を隠すように少し俯き加減で歩くアトラスが、ジト目を向けながらそんな不満を口にする。

 

 

 

女性用の兵団服に身を包んだ彼女の姿は、通り抜ける春の風よりも爽やかで、街のどの景色よりも美しかった。

 

 

 

長く艶やかな漆黒の髪が揺れるたび、私の胸の奥が甘く締め付けられる。

 

 

(……ふふっ。本当に、何を言っているのかしら、この娘は)

 

 

部屋で休む? この私から、最愛の彼女をひと時でも手放す選択肢があるはずがない。

 

 

 

それに、こんなにも分かりやすく頬を朱に染め、照れ隠しでジト目を向けてくる彼女の反応が、たまらなく愛おしくて仕方がないのだ。

 

 

 

「もー、アトラスったら照れちゃって。そんな素直じゃない所も、すっごく可愛いんだけどね、ふふっ」

 

 

 

私はわざとらしく彼女の二の腕に胸を押し付け、指の間に自分の指を深く絡ませる『恋人つなぎ』のホールドをさらに強めた。

 

 

 

アトラスの身体がビクッと震え、さらに顔を赤くする。

 

あぁ、なんて可愛らしいのだろう。

 

 

 

神様が丹念に作り上げた芸術品のような美貌が、私への羞恥心で彩られている。

 

 

 

この至福を味わうためなら、私は何度でも世界を救える。

 

 

シガンシナ区のメインストリートを歩いていると、すれ違う人々の視線が次々と私たちに突き刺さってくるのが分かった。

 

「おい、あの時の……!」

 

「相変わらず、女神みてぇなべっぴんさんだな……」

 

「班長さん、大事そうに手ぇ繋いでるぜ。お似合いだな!」

 

 

 

少し前の私であれば、無遠慮に見つめる愚民どもの視線など、すべて不快な汚物とみなし、その眼球をその場でくり抜いてやりたい衝動に駆られていただろう。

 

 

だが、今は違う

 

(ええ、そうよ。よく見なさい。この世界で一番美しく、気高く、そして優しさに満ちた私の女神を。

そして、彼女が『私のもの』であることを、その目にしっかりと焼き付けなさい)

 

 

道行く人々から向けられる好奇の目も、ヒソヒソと交わされる囁きも、今の私にとっては、私たち二人の永遠の絆を祝ぐ『純粋な祝福の言葉』にしか聞こえなかった。

 

 

 

恐怖に怯えるのではなく、畏敬と憧憬、そして二人の仲睦まじさをからかうような温かい声。

 

 

 

まるで、街全体が私たちの結婚パレードを祝福してくれているかのようだ。

 

 

 

私は心の底からの優越感と幸福感に浸りながら、誰に対しても、花が咲き誇るような極上の笑顔を振りまいて歩いた。

 

 

 

「おうい! そこのべっぴんさん二人組!」

 

道の向こうから、屋台の店主が熱々の肉串を持って走ってきた。

 

 

「ほれ、食いな! 調査兵団の英雄と、その可愛いお嫁さんに、うちからのサービスだ!」

 

 

『可愛いお嫁さん』

 

 

その言葉の響きに、私の脳髄は甘く痺れた。

 

 

 

アトラスは「えっ、でもお代は……」と戸惑っていたが、私は満面の笑みで店主に深々と頭を下げた。

 

 

 

「ありがとうございます。ふふっ、私たちへの何よりの結婚祝いだわ。

ありがたく頂戴するわね」

 

 

アトラスが隣で何かツッコミたそうに口をパクパクさせていたが、私は気にせずその串を受け取った。

 

 

「ん……美味しい!」

 

肉串にかじりついたアトラスが、ぱぁっと顔を輝かせる。

 

 

 

甘辛いタレが彼女の桜色の唇を濡らし、無邪気な笑顔が弾ける。

 

 

 

その姿を見ているだけで、私は胸がいっぱいになって、心が途方もない満腹感で満たされていくのを感じた。

 

 

 

「ふふっ、そうね。

……なんだか、去年アトラスと二人で過ごした、あの森での生活を思い出すわ」

 

ふと口をついて出たその言葉に、私は懐かしい暖かな記憶へと沈んだ。

 

 

 

あの巨大樹の森。

 

 

 

仲間とはぐれ、ただ餓死か捕食されるのを彷徨いながら待つだけの私を救い上げてくれた、15メートルの巨大で、鋼のように美しい巨人。

 

 

 

彼女は私に硬質化の家を与え、温かいお風呂を作り、私が料理をする間、焚き火のそばで静かに見守ってくれていた。

 

 

 

あの頃のアトラスは、味覚を持たない巨人の身体だった。

 

 

 

 

私が作った料理を食べることはできず、ただ私が美味しそうに食べる姿を、あのアイスブルーの瞳を細めて、優しく、本当に優しく見つめてくれているだけだった。

 

 

 

私は、あの寡黙で巨大な「彼」を、心の底から愛していた。

 

 

 

けれど、奇跡は起きたのだ。

 

 

 

何の因果か、神の気まぐれか。

 

 

 

私の愛した逞しい巨人は、人間への再構築という過程を経て、こんなにも可憐で、儚く、触れれば折れてしまいそうなほど華奢な『絶世の美少女』として私の目の前に現れた。

 

 

 

こうして手を繋ぎ、その柔らかな体温を直接感じることができる。

 

 

 

同じ街の空気を吸い、同じ食べ物を口にして、「美味しいね」と笑い合うことができる。

 

 

 

あの森では決して叶わなかった、人間同士としての当たり前の営み。

 

 

 

 

それが今、私の手の中にある。これほどの幸福が、世界に存在していいはずがなかった。

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

私の手を握るアトラスの指先に、ぎゅっと強い力がこもった。

 

「……アトラス?」

 

歩みを止め、不思議に思って彼女の顔を覗き込んだ瞬間。

 

 

私の心臓は、ドクンと激しく跳ね上がり、そのまま時を止めた。

 

 

 

アトラスの、夜空のように深いアイスブルーの瞳。

 

 

 

そこから、大粒の透明な雫が、ポロリと零れ落ちたのだ。

 

 

 

透き通るような白い頬を伝うその涙に、悲しみや苦痛の色は一切なかった。

 

 

 

ただ、痛いほどの愛おしさと、抑えきれないほどの激しい感情の波が、彼女の全身から溢れ出しているのが分かった。

 

 

 

 

『……迎えに来てくれて……ありがとうッ……!』

 

 

 

 

震える声。

 

 

 

涙で濡れた、けれどこの世のどんな宝石よりも眩しく、真っ直ぐな笑顔。

 

 

 

ずっと、ずっと胸の奥に秘めていたであろうその感謝の言葉が、彼女の桜色の唇から紡がれたのだ。

 

 

 

「────あ」

 

私の視界から、街の喧騒も、降り注ぐ陽光も、すべてが白く飛んで消え去った。

 

 

 

ただ、目の前で涙を流して微笑む、愛する一人の少女だけが存在していた。

 

 

(……ああ。ああ、アトラス。私の、私の可愛いアトラス……!)

 

何を言っているの。

 

 

お礼を言うのは私の方なのに。

 

 

 

あなたが私をあの地獄から掬い上げてくれたから。

 

 

 

あなたという光がこの世界に存在してくれたから、私は今日まで息をすることができたのに。

 

 

 

迎えに行くなんて、当然じゃない。

 

 

 

あなたのためなら、私は幾千万の人間を肉塊に変えても、この壁をすべて粉砕して世界を灰塵に帰してでも、必ずあなたを見つけ出していた。

 

 

 

それなのに、この子は。

 

 

 

神様のような力を持ちながら、こんなにも不器用で、こんなにも純粋に、私のちっぽけな行動に涙を流して感謝してくれるのだ。

 

 

 

その魂の美しさに、私の胸の奥で堰き止められていた『愛』という名の巨大な濁流が、完全に決壊した。

 

 

「アトラス……ッ!!」

 

私は、手に持っていた串を放り投げることも忘れ、気づけば彼女の華奢な身体を、壊れ物を抱くように、けれど絶対に逃がさないほどの力強さで、正面からきつく、きつく抱き締めていた。

 

 

 

「アトラス、アトラス……私の、私の大切なアトラス……!」

 

 

 

彼女の細い背中に腕を回し、その柔らかな肩口に顔を埋める。

 

 

 

私より少しだけ背の高い彼女の首筋から、甘く清らかな香りが鼻腔をくすぐった。

 

 

 

「泣かないで……私はね、アトラスに会うためだけに生きてきたの。

あなたがいてくれるなら、他には何もいらない。

だから、そんな風に、私を泣かせないで……っ」

 

 

 

彼女の涙を見ているだけで、私の目頭も熱く焼け付くように熱を帯びていた。

 

 

 

周囲の人間たちが、突如として街角で熱烈に抱き合う美しい少女二人を見て「おおっ……」「見ちゃダメよ」とどよめき、さらに生暖かい拍手を送ってきている気配すら感じたが、そんなものはもはやどうでもよかった。

 

 

 

 

今はただ、この腕の中にある、奇跡のような温もりだけが私の世界のすべてだった。

 

 

 

「大好き……愛してるわ、アトラス。

この命が尽きても、魂ごと永遠に愛し続けるから……」

 

 

私は彼女の涙を自身の頬で拭うようにして顔をすり寄せ、狂おしいほどの愛の言葉を、

シガンシナ区の平和な空に何度も、何度も囁き続けたのだった。

 

 

 

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