ラ・ピュセル生存記録 ―魔法少女育成計画Bloopers― 作:神谷萌
華乃の自宅。
「あれ?」
小雪がそれに気がついた。
珍しく、ラ・ピュセルはいない。
「どうかした?」
卓袱台を台布巾で拭いていた華乃が、訊き返す。
「『マジカルデイジー』の新作OVA……買ったんだ」
本棚の、DVDが並べてある棚に乗っていた、3巻BOXのそれを見て、視線はそちらに向けたまま華乃に訊く。
「チッ」
華乃が舌打ちしてから、答える。
「私じゃない」
「え?」
「颯太に頼まれて置いてある」
「ああ……」
少し呆れたように答える華乃に対して、小雪も引きつった笑みを浮かべた。
以前は、ラ・ピュセル ──── 颯太は自身のDVDコレクションを自室の押入れに隠していた。父親に一度見つかった事があるらしいが…………
それが今は、華乃の家に持ち込むようになったんだろう、ひょっとすると鑑賞もここでやっているのかも知れない、と、小雪は思った。そしてそれはだいたい当たっていた。
「まぁ、私が観ないわけでもないけど」
「ふーん……」
華乃の返事に、小雪は曖昧な返事をしつつ、BOXを取り出して手に取った。
『マジカルデイジー』は、幼少期の小雪や颯太が熱狂して観ていた、一緒にテレビの前で応援していた作品だ。だが、それももう “十年一昔”。今となっては懐かし作品の部類に入る。小雪も「今更?」と思いつつ、懐かしさも感じていた。
── そう言えば、最終回ってどんな感じだったっけ。覚えてないな……
小雪はそんな事を思いつつも、
「あれ?」
と、そのBOXの背面、内容紹介を見て、軽く驚いたように声をだした。
『マジカルデイジーのピンチに現れた、謎の仮面の剣士2人組。果たして敵か味方か!?』
それを見て、小雪はジト目になる。
“謎の仮面の剣士2人組” は、西洋剣を持った男装の麗人と、日本刀とクナイを使う寡黙美女。
「ねぇ、華乃?」
「何?」
「もしかしてこの謎の剣士って……」
小雪は、ジト目のまま視線を華乃の方に移して、低くゆっくりした声で問い質すように言う。
「チッ」
華乃は舌打ちしつつ、気まずそうに小雪から視線を逸らす。
「……………………ノーコメント」
「あーっ! やっぱり実話ネタなんだ!!」
誤魔化した華乃に対して、小雪が声を荒げた。
元々『マジカルデイジー』は、現実の魔法少女マジカルデイジーを題材にしたアニメだった。もちろん、一般人はそれを知る由も無いし、小雪達がそれを知ったのもつい最近のことだったが…………
「ずーるーいー!! 私もその場にいたかった!!」
小雪が、華乃に食って掛かるようにしつつも、駄々をこねる子どものように声を上げる。
“メアリー・スー” なんて言葉があるが、昔憧れたヒーロー・ヒロインと共演ができる、しかもモブやエキストラの類ではなくキーパーソンなんて、その作品のファンからすれば夢に見る程の願望だろう。
華乃は、視線を逸したまま、
「そう言われても……行きがかりで巻き込まれたようなものだし……」
と、以前のリップルらしくない、しかしラ・ピュセルと交際が始まってから割とそうでもない、歯切れの悪い口調で言う。
「それに、そのアニメみたいに、30分アニメ6話分になるほどのものじゃないし」
「それでもずーるーいー!!」
華乃が言い訳するものの、小雪は到底納得いかない様子で声に出す。
「もう過ぎたこと。それ以上は言われてもどうしようもない」
華乃は、流石に理不尽に感じたのか、少し説教するような口調で言った。
「むぅ」
それでもまだ不満げな様子で、小雪は唇を尖らせる。
『マジカルデイジー』のDVDBOXを戻そうとして、
「あれ?」
と、小雪はそれに気付いた。
別に隠す意図があったわけではないのだろうが、本棚の深めの奥行きに、前後2段にして詰めてあったDVDの、その『マジカルデイジー』のBOXを引き抜いた部分から見える後ろ側のジャケットを見た。
今や日本ではこちらの方が圧倒的に有名になってしまった、某怪盗の3代目のアニメ。そのテレビ第2シリーズ。
『マジカルデイジー』と一緒に並んでいた、前側の魔法少女モノのDVDを退かすと、今では考えられない13クール全155話を収録したDVDが全巻ズラッと並んでいた。
それと、昭和に制作された劇場版3作品。
ここでは直射日光が当たらないようになっているにも関わらず、ジャケットはかなり褪色していた。多分安売りされていた中古なのだろう。もっとも「観られればいい」という人間にとっては、中身のプレスのDVDさえ無事ならそれで充分なのだが。
「華乃はこういうの観るんだ……」
1巻を手にとってしげしげと見つつ、小雪は、半ば呟くようにそう言った。
「それも颯太だけど?」
「えぇえぇぇぇっ!?」
華乃が答えると、小雪は素っ頓狂な声を出してしまった。
ハッキリ言って颯太の好みからかなり逸れている。と、小雪には認識されていた。
颯太の好みは魔法少女だ。魔法少女と言っても昔の魔女っ子から、『マジカルデイジー』や初代『キューティーヒーラー』あたりからのバトルモノまで幅広く嗜好しているが、基本的には “清く正しいヒロイン” だ。
ダークキューティーが推しキャラの1人だったりするが、それも “取り返しのつかない程の瑕疵” はないキャラだから “光堕ち” が許される。
「そうちゃんの好みの作品には思えないなぁ……」
小雪が呟く。
「最初は、レンタルショップで、『キューティーヒーラー』の昔の劇場版を借りようとして、中身を取り違えられたって話だったけど」
華乃が言う。
「それでハマっちゃったんだ」
「そうみたい」
小雪の言葉を、華乃が肯定した。
「それでも全巻揃える程かな」
小雪が、視線をDVDに向けたままつぶやくように言うと、
「自分に被るんだと思う」
と、華乃がやはり呟くような口調で言った。
そこで、小雪はDVDを持った姿勢のまま、視線を華乃に向けた。
「好きというより、安心できるのかもね」
決して清廉潔白じゃない。むしろ付いている属性は犯罪者。それも並大抵じゃない。
人殺しでもある。引くべき時に引き金を引ける男。
──── このシリーズの本放送は自分達の親が生まれているかどうかと言ったところだが、自分達でも名前はたいてい知っている、永遠のダークヒーロー。
ファヴとクラムベリーの “ゲーム” が終わった直後、ラ・ピュセルは自分の中の憎悪と殺意に怯えていた。その事自体はスノーホワイトも “声” を聞いて知っていた。解決できたのはリップルだったけれど。
クラムベリーに憎悪と、『
今の “魔法少女ラ・ピュセル” は、王道魔法少女モノの清廉さはない。むしろ誰かを守る為なら誰かを殺すダークヒロイン、本人はそう考えるようになっているのかも知れない。
「そっか……」
小雪は、やるせないような切ないようなため息を吐いた。
「でも、本質は変わってない」
「え?」
華乃の言葉に、小雪が反射的に訊き返す。
「少し気に入ったからっていきなりDVD26巻買ってくる?」
「あはははは……確かにそうちゃんらしい収集癖かも」
口元に引きつったような笑みを浮かべながら言う華乃に、小雪も苦笑しながら同意した。
「へっくしっ」
「ところで、華乃はこれは観るの?」
「一度は目を通したけど、映画の2作目が好き」
─☆──☆──☆──☆─
「ホントに貰っていいの?」
「ああ」
華乃が聞くと、隻腕の女性、室田つばめは笑いながら答えた。
「オレの同級が親父とやってる車検屋にあったんだけどさ、旧いだけじゃなくて、今じゃオートマ免許ばっかりだから代車にもならねぇってんで、処分しようとしてたところを拾ってきた」
そう言うつばめと、華乃、それにラ・ピュセルの目の前にあるのは、ラ・ピュセルや小雪の親が生まれて物心ついたかどうか、という時期の旧い軽自動車。
SS40型 2代目 スズキ セルボ CT-Gターボ。色はガンメタリック。
2代目セルボ自体は、先代のSS20型初代セルボに比べるとだいぶ
だが、黒い塗装に社外ホイール、バンパー下部に補助灯を着けた目の前の個体は、初代に負けず劣らずのアクの強さを表している。
華乃が自動車免許を取った、と言ったら、室田つばめ ──── トップスピードが持ってきたのである。
処分寸前の元代車を拾ってきた、と言う割には、やたらきれいに整備してあった。
「オレはほら、これ貰っても運転できないからさ」
つばめは苦笑しながら言う。
つばめには右腕がない。だから自動車免許には運転補助装置の免許条件があった。つばめ自身がここまで乗ってきたスズキ ジムニーノマドは、片手でもハンドルが回せるようにするノブ(フォークリフトなんかには標準で付いているやつである)と、左足シフトペダルが付いている身障者仕様車だ。
「えっと、その……」
ラ・ピュセルがなにか言おうとしたが、
「ああ、その話はすんな。オレを不幸扱いすんじゃねぇ」
と、つばめは先回りしてそう言った。まず不機嫌そうにそう言ってから、妙にニタニタした笑いを浮かべる。
「2歳差が丁度いいし旦那のトシもあるからそろそろ2人目って話もしてるんだ。これが不幸なやつの話か?」
それを聞いて、華乃とラ・ピュセルは顔を赤らめて、なんとも言えない表情になる。
「じゃ、まぁ後は事故にだけは気をつけてくれ。まだ初心者なんだからな」
「う、うん」
つばめに言われ、華乃はそう返事をする。
「じゃあ、またそのうち、小雪も呼んで4人で騒ごうぜ」
そう言って、つばめはジムニーノマドの運転席に乗り込む。助手席には、セルボをここまで運転してきた夫が乗っていた。
わざわざ腕を回して、左手で運転席の窓越しに手で挨拶してから、つばめのジムニーノマドは走り去っていった。
「少し、走ってみようか」
華乃が言う。
「う、うん」
ラ・ピュセルが、どこか慌てたような返事をする。
当然、華乃が運転席に乗り込み、ラ・ピュセルは助手席に乗る。
まだビギナードライバーの華乃だったが、初めて乗るMTのそれも旧車を、苦もなくスムーズに発進させる。
昭和のクーペに、スラリとした美人の華乃は様になっているように見えた。渋いガンメタリックの塗装に、初心者マークがやや無粋だった。
「…………」
今日はつばめが来た頃から、というより、ここ数週間、ラ・ピュセルに覇気がない。
「まだ気にしてる?」
左右に緑鮮やかな国道の郊外区間を
ラ・ピュセルは、ボーッと助手席側から車窓の外を見ていたが、
「うん」
と、華乃の問いかけには、そう答えた。
名深市で、新たなマスターを据えて、魔法少女選抜試験が行われた。
ファヴとクラムベリーによる改変のない、健全なルールでの “ゲーム”。
そのはずだった。
実際には、それは名深市と “ゲーム” を使った実験だった。
ホムンクルスベースの試作人造魔法少女を兵器として完成させるための。
候補生として集められたはずの16人の魔法少女も、ラ・ピュセル達が認識しているだけで3人は既存の魔法少女が紛れ込まされていた。しかもその全員が、ラ・ピュセル自身もその範疇に含まれる “クラムベリーの子供達” だった。
ラ・ピュセルが異例の早さでマスターになったのも、ベテランマスターだとすぐに看破されると思われたから、まだ慣れてもいない新米をマスターに据えた。
ただ、ラ・ピュセル達に届けられたのは悪意ばかりでもなかった。
電脳妖精ネク、開発コードNE-X。
ラ・ピュセルには、ファヴの所属したFAシリーズの改良型と聞かされて、マスター端末とともに送られてきた。
──── 実際には、人造魔法少女の量産化に成功した際に、そのアシスタントとして持たされる予定だった “NEシリーズ”、その試作型だった。
だが、ネクがラ・ピュセルのもとに送られてきたのは、悪意側の意図ではなかった。
「あの子は人造魔法少女だぽん。ホムンクルスをベースに作られた一種の兵器ぽん」
ネクは自分の正体を明かすと同時に、そう言った。
それでも、その優しさは本物だと思った。
だから守ると決めた。
「それでこそラ・ピュセルだぽん。ネクがここに来た甲斐があったぽん。どうか助けてあげてほしいぽん」
ネクと、ネクをラ・ピュセルの元に送り出した協力者も、善意から彼女を救う為に行動していた。
──────── 結果として、ラ・ピュセルは何人かの魔法少女を殺した。けれど心優しい白い人造魔法少女を始め、それ以上の数の魔法少女を生還させた。
全体的な結果から言えば、それは、若干の後悔はあるものの、呑み込んで納得できるものだった。
ただ ────
1人だけ ──── 送り込まれてきた “クラムベリーの子供達” のうちの1人だったその娘は、クラムベリーへの憎しみにとらわれて、少しでも、言葉の欠片だけでもクラムベリーと共通点があると、対象を斬殺するような状態になっていた。
ネクが調べたその原因は、早くに亡くしていた父親を除き、家族全員が魔法少女にされた。その中で生き残ってしまった。つまり、家族全員を亡くし、しかもその元凶はファヴとクラムベリーとは言え、自身にも少なからずその遠因があるということだ。
ラ・ピュセルには、クラムベリーの被害者という同情はあった。
助けてあげたかった。もとに戻してあげたかった。でも無理だった。心が壊れきっていた。どんな言葉をかけても会話にはならなかった。
その被害が一般人に及んだところで、ラ・ピュセルとリップルは決断した。
「この娘には、殺して
そうして、2人で殺した。
ラ・ピュセルが人を殺める閾値に達していなかった。憎みきれることもなく、悪と断じきることもできず、それでも殺すしかなかった。
それは、ラ・ピュセルの心の深い傷になっていた。
「颯太は悪くなかった、なんて言わない。でも、私も同罪」
前を向いたまま、華乃は言う。
「うん……」
その言葉は、何度も聞いていた。
それでも、自分達の時の “ゲーム” の時と違って、リップルの言葉でも吹っ切れなかった。
「このままじゃいけないと解ってるけど……もう少し時間が欲しいよ」
「時間で解決するなら、大丈夫、私はそばにいる」
「華乃…………」
ようやく、ラ・ピュセルは顔を運転席の方に向けた。
「でも、いつまでもクズグズしてたら、その時は少し乱暴にでも立ち直らせる」
「…………うん」
『アイツに今必要なのは、守られるお姫様じゃなくて共犯者だ』
トップスピードが言ったという言葉が、改めて刺さる気がした。
セルボは他のクルマの流れとともに、緑深い季節の国道を走っていった。
さて。
後日談に使うネタも尽きてきたので、今回で一旦エンドマークを付けさせていただきます。
以降はR-18のシリーズ(https://syosetu.org/novel/407399/ でも非エロ回もあるよ)にゆっくり投稿していこうと思っています。
あ、でも季節ネタの時期になったらこちらにも新しい話を投下するかもです。
自分はデスゲームやゴア表現が苦手なのですが(第08話でスノーホワイトの目の前で対人地雷を炸裂させたやつがどの口で言ってんだは正論ですが)、ラ・ピュセルはそのキャラクター性から情報が入ってきてしまい。「好みのキャラ設定だな」「でも6話で死ぬのか……」と思うのが止められず、GrokやChatGPTとネタの蠱毒をやっているうちに、
「このままじゃ可哀想過ぎる! 原作未履修批判上等だ! 書く!」
になり、3月後半を勢いで駆け抜けた次第です。
Grok・ChatGPT・Geminiに推敲・妥当性の検証をお願いしていたのですが、やっぱりそれでも微妙なところがいくつもありますね。
まず、ラ・ピュセルとスノーホワイトがトップスピードとリップルに最初敬語を使ってた件。これはだいぶズレているんじゃないかと思います。二次創作で確認できる限りでは最初から呼び捨てだったみたいですし。直そうかなぁ。
(ただし、第09話でスノーホワイトが「トップスピード、さん……」と言ってるのは故意の演出です)
リップルのセリフは最後まで苦労しました。様々な断片情報を仕入れましたが、結局まだ掴みきってないのが本音です。
それに加えて、自分はセリフでストーリーを回すタイプなので、リップルの喋り方をエミュしようとすると話が回らなくなってしまうんです。
なので「リップルはこんなに長々と喋らねぇ!」と思った方は多いと思います。
逆にすげぇ楽だったのがトップスピード。桜土浦インターチェンジが地元にあるという時点で察せる通り、自分はそうではないとは言えヤンキー・暴走族文化の中で育ってきたので、茨城弁だけ抜けばだいたいこういう喋り方じゃないか、というのが作りやすいんです。
トップスピードはまず、妊婦だというのが先に入ってきて、「……じゃあ助けるか」になり、その後魔法少女の際のヴィジュアルを確認してやられました。
また、生き残らせた結果、他の3人よりやや年長・社会人目線で行動させて喋らせていいので、話を回すのが凄く楽になりました。
ラ・ピュセルとトップスピードは商業ベースでも救済ルートとか来てほしいですね。
切に願ってます。
最後に。ここまで拙作にお付き合い戴き、本当にありがとうございました。
2026/04/07 神谷萌
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